おかげさまで大賑わい

家の改装が終わってこちらになんとか落ち着いてから、友人や家族・親戚が次々と訪れてくれている。今週はお盆だからというわけではないのだが、大賑わいとなった。先週から来てくれていた拓姉夫婦&叔母さんに加えて、南アフリカでであったフランス人家族がついに今年のバケーションに日本を選んでくれて昨日到着!子供が3人もいるので、全部で子供は5人となって、すごいことになっている。

最初は圧倒されていたうちの子も今日になってようやく一緒に遊び始めた。

言葉がお互い通じなくても一緒に遊べるというのは、やはり子供の感性ならではのことだろう。いい刺激になっているに違いない。やっぱりこれだよねーと勝手に納得している我らである。

私たちも久しぶりに外国人の旅人に触れてリフレッシュしている。
南アフリカで出会った後、彼らのフランス宅にお邪魔してから3年ぶりの再会。
旅しているときに「日本に来ることがあったら是非知らせてね」と何人にいったかわからないが、本当に来てくれたのは彼らが初めて。しかも飛騨まで。感激!
相変わらず旅に対する情熱は変わっていないのもうれしくなってしまう。

これからもどんどんこの飛騨にこんな外国の風を吹かせたいな~(慈芳)

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夏を涼しく過ごすには @飛騨

夏真っ盛り。こちらもさすがに昼間はかなり暑くなってきた。比較的涼しかったうちの1階もこのあいだついに30度を記録した。

ここ古川では、そんな夏を少しでも涼しく過ごす昔ながらの方法が見られる。
まずは、とにかく風を通すこと! 開け放つ窓には簾をかけて日よけをし、玄関も引き戸を開ける。都会でも窓を開けることは多いだろうが、玄関まで開けっぱなしということはそうはないのでは? 暑い日に散歩すると、あっちもこっちも玄関が空いていて面白い。「そうだよね、暑いよね」となんか仲間意識を感じる。でも、玄関の引き戸が空いていても、中にもう一枚格子の建具があったり、のれんをかけていたりと、中が見えても全然見苦しくない。昔からそうやっているから、そういうつくりになっているのだ。もちろん、うちも開けっぱなし~

次に打ち水! ここはお昼と5時に音楽が流れるのだが、だいたいその時間になると、あっちこっちから人が出てきて、自分のうちの前をジャバ~と打ち水する。前にも書いたが、用水路があるので、大きな柄杓でそこから汲んでジャパーン! だから雨も降っていないのに昼すぎと夕方は道がぬれていることが多い。町家の並ぶ通りに何人も人が並んで打ち水する様はなかなか絵になる。夜になってからもう一度しておくと、寝るときも涼しいのだとか。

だいたい、昼間は風通しと打ち水で何とかしのぐと、陽が傾いてくるころには、す~っと涼しい風がどこからか吹いてきてくれる。
夏の飛騨はどうやらこんな感じらしい・・・(慈芳)

PS. と思ったら先日からは、さらに冬の道路の凍結防止用の水がでるところから、水が出ていた。夏も使うんだねー。でも打ち水の方が風情があって、より涼しくなる気がする。

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はたけ

畑、始めました。

ようやく畑を始めました。
やりたいなとは思っていたものの、なかなか着手できずに、気が付けばもう周りの畑には夏野菜が鈴なり。

知人の畑の一角を貸してもらうことになり、今日、鍬を振り上げた。
6畳ほどの大きさの畑を耕して、畝を作るところまでが今日の目標。

(初心者へっぴり腰)

「こうやって耕すんや」と師匠はいとも簡単に耕していくが、いざ自分で鍬を持つとそれがうまくいかない。

しばらく汗をかきつつ奮闘していたら、ウォーンとエンジン音が近づいてきた。耕運機である。
「文明の利器のありがたみを感じてみぃ」と言われ、軟弱な僕らはさっそく耕運機を手にする。

(次は耕運機で)

スバラシイ。。。
扱いに難しいところもあるが、なんとか全面を耕し、堆肥をまいて一休み。

冷たいお茶を口にした後は、畝作り。
畝作りも苦労しながら終えました。

最後に、すぐにできる葉物やコリアンダーなどの種を蒔いて、水をやって初日の作業は終了。


(種まき後)
はたして、芽は出るのか。(拓)

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ルーツを探る旅

大学時代の友人は数年前から箱根の温泉旅館、豊永荘の若旦那として頑張っている。
館内に建つ別館、雉子亭は創業者である祖父が移築したものらしい。

つい先日、若旦那からの興奮気味のメッセージが留守電に残っていた。
「雉子亭がね、宮川町のある集落から移築されたみたいなんだよね」と。宮川町とは美ら地球の本拠地がある飛騨市内にあり、ここから車で30分少しで着くところである。

昔の記録を手にルーツを探りに来たいという本人の希望をかなえる為に、近所の方に話を聞かせてもらえるように段取りした。

まずは、雉子亭の跡地を見学する為に宮川町洞(ほら)集落へ。多いときで22戸あったこの集落も今は3戸のみが残る超(?)限界集落である。そのうちの一軒、かつての家主M氏とはご近所であったNさんに跡地まで案内してもらった。

(N氏とG氏(案内人)と談笑する若旦那)

かつて雉子亭が建っていたその地には杉が植えられ、草は生い茂っていたものの、土台の石や周囲の石垣、室(昔の貯蔵庫)のあとは確認できた。

(雉子亭跡地)

40年前のこの集落の様子などを色々教えてもらった。

かつての家主は今どうしているのか、という話になり、この家で生まれ育った方がこの近くに住んでいるとのこと、場所を聞いて訪れてみることにした。
M氏宅で生まれ育った娘さんが住む家を訪れてみたが、あいにく留守。
次に、もう一人の娘さん(昨秋に永眠)宅へ。ご主人が玄関に現れ、一部始終を説明。

「それはよく来てくんなはった」と頭を下げるご主人は典型的な飛騨人だ。

その後、せっかくなのでということで、家に上げてもらい永眠した娘さんの仏さんにお参りさせてもらった。

(亡き雉子亭の元住人と若旦那)

「あした帰って雉子亭見たら、また違う感覚なんだろうな。」といたく感動している若旦那。

とあるきっかけから飛騨市にたどり着いた僕ら。僕らの友だちのこんな物語がすぐ近くにあるなんて、本当に不思議なもんですな。(拓)

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朝顔、並べました

1昨年の夏だったか、飛騨古川に夏に来たとき、目についたのが、軒先の朝顔。家の前にプランターを置き、紐や棒を添えて軒先まで高くつるを伸ばすのだ。町家のこげ茶の格子に、朝顔の緑の葉と青や紫の花がものすごくマッチしていた。「古川に来られたら、これやりたい!」 そのときからそう思っていた。

今年4-6月まで実家にいることが多かったので、種まきはちょっと出遅れてしまった。遅ればせながら7月のはじめに種をまき、ちょっと実家に戻る間、中庭で放置していたのだが、帰ってきたらちゃーんと双葉が出ていて、ガーデニング初心者としてはまず感激。その後数日中庭で育てて、今日ついに家の前に並べてみた。

町中では、もう花が咲いているところも多い。ちょっと出遅れたけど、咲いてくれるといいなぁ~
(慈芳)

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種蔵にて古材塗り

飛騨市の素敵なところのひとつに種蔵がある。ここは山あいに石積みの棚田と板倉、古民家が並ぶ、いわゆる「原風景」と呼ばれるようなところ。

今回、縁あって、ここの週末作業をお手伝いさせてもらうことに。
拓の大学時代の友人2人がたまたま来ていたので、男三人衆が命じられたのは、搗き屋(つきや)の塗装。搗き屋とは、水の力を利用して穀物を搗き、粉にする、大きな「ししおどし」のようなもの。このあたりでは水車文化は無かったため、このようなものがつかわれていたとか。以前、種蔵にあったものを復元したらしい。復元というと、もとのものと全く風合いの違うものができがちだが、ここではちゃんと古材を使っているので、まわりの景観にも合う。

男衆が働いている間に、私はうちの子と水遊び。ここは山水が用水路をジャーっと流れているので、思う存分、水と戯れられる。水場で遊んでいると、近くの家のおばちゃんが、すいかをくれた。と思ったら、反対隣のおばちゃんはブルーベリーをくれた。みんなやさしいなぁ~
それにしても、この日はけっこう暑かったけど、水の音をきいているだけでいい気分になる。

午後3時すぎからは早めにお疲れ会がスタート。ニジマスとジャガイモのちゃんちゃん焼き(?)に飛騨牛(とろけた)におばあちゃんのお漬物。おいしいな~

夕方になると、涼しい風がさぁ~っと吹いてきて、おばあちゃんたちが今日最後の畑仕事に出る。
日暮れの農村風景はなんとも素敵である。
帰り際には、じゃがいもとおつけもの、たまねぎ、きゅうりをどっさりもらった。もちろん無農薬。
そして何よりもうれしいのがおばちゃんたちが、「またいつでもおいでね」といってくれること。
THE田舎暮らし満喫の1日でありました。(慈芳)

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