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10ヶ月ぶりの温泉

私たちが旅の間ラーメンと並んで恋しがっていたのが温泉。今日帰国後初めて温泉に行った。今回訪れたのは修善寺温泉。平日だったので人も少なく、宿でのお風呂は貸切状態。ひさびさにゆったり湯につかってポッカポカ。幸せいっぱい・・・

旅の間に温泉らしい温泉に入ったのは2回しかない。米国コロラド州で行った、看板も何もない知る人ぞ知る露天風呂(そのときのブログ)とナミビアのフィッシュリバーキャニオントレッキング中の温泉(そのときのブログ)である。他にも温泉と名のついたところはいくつかあったのだが、どれもヨーロッパの「スパ」風で私たちの好む温泉ではなかった。スパは私たちにとっては温泉というより温水プールである。日本の温泉のように岩や木造りじゃないし、すごくぬるくて全く温まらない。しかも本当の温泉は水着を着てはいるものじゃなーい!と私たちは勝手に思っている。
南米パタゴニア地方の北部や東アフリカの山の上など、行きたくても行かれなかった温泉もあって、そのあたりはもしかしたら素敵な自然の温泉かもしれないが。

それにしてもやはりこれほど温泉が親しまれているのは日本だけだと思う。きいたところでは、フランスでは熱い湯は体に悪いと思っている人が多いから皆あんまり興味がないらしい。もしかしたら、だからヨーロッパのスパはぬるいのかな? 

だから私たちが「日本ではトレッキングの後で必ず温泉に入ってるよー」と言っても、皆「いいねぇー」とは言うがその気持ち良さを本当に知っていてピンときている人はごく一部と思われる。
ヨーロッパのバックパッカーに日本が敬遠されているのがちょっと悔しい私たちは、この日本の温泉の素晴らしさを知らしめてやるぞーっと密かにたくらんでいる。(慈芳)

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鯨肉

先日、テレビを見ていたら「鯨肉流通増」というニュースがあった。日本の調査捕鯨の枠を増やすことにしたため、鯨肉の流通が増えることを見込んで、各地で鯨肉ビジネスが活況!という内容だった。

私たちはこのニュースに敏感に反応した。というのは欧米の人々が考える日本のイメージのひとつとして「鯨・イルカを殺して食す人々」というのがあるからだ。が、捕鯨と鯨文化に関して彼らに説明しようと思っても、恥ずかしながら説明できるほどの知識がない。そんなわけで、私たちはこのニュースで「捕鯨問題の歴史・背景」、「なぜ今調査捕鯨の数が増やされたのか」「現在の国際的鯨管理の問題点」なんてことを勉強できることを期待したのだが、ニュースでは鯨ビジネスのみに焦点があてられており、それを見て日本国内と諸先進国の捕鯨に関する温度差を再認識した。

ドイツでは1月20日、日本大使館前で死んだ鯨をディスプレイし、捕鯨に対する抗議活動が行われたという。
たまたま私たちがオランダ・アムステルダムにいるときにも、広場でグリーンピースが巨大スクリーンで捕鯨シーンのビデオを繰り返し流し、訴えていた。もちろん日本の鯨文化についての説明なんて何もない。ただ鯨が捕獲され、血が流されるシーン、グリーンピースが捕鯨船のまわりを囲んで抗議するシーンが流されるのみである。なぜこんなに悪者扱いされなくてはいけないのか。しかし抗議活動の様子しかメディアに登場しない国々では、その扱われ方がそのまま日本のイメージとなるわけである。

それに対して日本国内では捕鯨問題の本質についてメディアではほとんど取り上げられないため、関心は低いのではないだろうか。「最近『鯨肉』よく見かけるようになったね」「調査捕鯨で捕獲された鯨肉が市場に出回っているって、ちょっと違和感あるよね」と思うくらいがせいぜいでは?「調査捕鯨の捕獲数がなぜ増えることになったか」、「なぜ南極の保護区内で日本だけ捕鯨してるのか」なんてことに興味がある人はあんまりいないだろう。それが海外では大問題として取り上げられているにも関わらず・・・

(写真: 魚料理店のメニューに「クジラ」 )

鯨問題については、捕獲を続ける側、保護を訴える側の主張があまりに食い違っている(鯨の生息数、保護すべき海域など)ため、一概にどちらが正しいとはいえないが、国内外でそれぞれ非常に偏った情報が伝わっているために温度差が開いているのは間違いない。
日本の捕鯨を理解してもらいたいなら、まず私たち日本人自身がもっと捕鯨について知ることが大切だと思う。(慈芳)

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ばっさり!

今日、切りました。 旅の期間、2年弱の間伸び放題だった髪の毛を。

僕らのような長期の旅人は僕のように伸ばしっぱなしにするパターンとスキンヘッド、いわゆる「ハゲ」にするかどちらかに二分されると思う。きっとそれは0もしくは100で、あいだはないという感覚なのだと思う。スキンヘッドは小さなバリカンひとつあれば慣れればいつでも誰でもできる。それができない人、やらないほうがいい人は伸ばし続けるのだと思う。
中途半端な髪型は継続的な手入れが必要で、見知らぬアフリカの大地などで散髪を頼むのはけっこう勇気がいる。

僕は後者、スキンヘッドはやらないほうがいい人(僕の絶壁頭ではハゲはダメだ!と日本にいたときに美容師に断られた経験がある・・・)。


(バッサリ前: アムステルダムの空港にて)

(バッサリ後: 自宅庭にて)
美容師に「もったいない」とか言われたが、僕自身は未練のようなものはあまりなかったし、どうせ切るならバッサリと思っていた。次なる新しい日々に積極的に歩いています!
(拓)

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久々のテレビ

長期にわたって旅を続け、「日常」に戻ってくると、日常に違和感を覚えることもある。
今日、感じたのは「テレビ」について。なんとテレビを見ている時間が長いことかと。
「チャンネル変えても同じニュースが繰り返されるだけ・・・」、「くだらん番組ばっかり・・・」などという声はよく聞くが、なんだかんだ言ってもテレビの電源はついている。

南米やアフリカではいうまでもなく、ヨーロッパでも訪れたすべての家にテレビはなかった。ある人は「テレビで得られる情報の密度は限りなく薄く、映像が必要ない場合も多くある」と言って、テレビはまったくいらないと言う。

日本はオリンピックやワールドカップを控え、フラットディスプレイ大画面テレビの熱い大商戦が繰り広げられているとか。ヨーロッパ内の主要都市もいくつか訪れたがどこの国でもそんな風景は見られなかった。

今の僕は、はっきりと「そんなものは要らない」と言える。(拓)

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「ようこそジャパン」?

予定より30分ほど遅れ、成田空港に着陸した。いつも小汚い格好をしていると税関のチェックが気になるが、前回同様、カバンのひとつも開けられずに通過することができた。

出口を出て僕らを迎えてくれたのは「.. We, we, welcome to Japan…」という戸惑い交じりの言葉。僕もいきなり英語で話しかけられたので、「.. Thanks」と戸惑いながら答えた。
その声の主は中学生くらいの男の子。その後、晴れ着を来た女性に「千代紙」の束が手渡された。

後からわかったのだが、今は「ようこそジャパンキャンペーン」中だそうで、地元の子供たちもキャンペーンに借り出されているようだ。僕らも旅の途中、なぜ日本への旅行客が少ないのかとよく考えていた。的外れなことが多いお役所主導のキャンペーン、成功することを祈る。

そのあと、去年の一時帰国のときと同じで専属のハイヤー(会社時代からの悪友、わざわざ有給をとってきてくれた)に揺られ、最初の目的地「じゃんがらラーメン」に向かった。

(拓)

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回遊最後の日

2006年1月19日朝7時、まだ暗い中友人に送ってもらってアムステルダム・スキポール空港に到着。そう、今日はついに回遊最後の日。搭乗券には「TOKYO/NARITA」・・・

一時帰国後、再出発してから約9ヶ月。何とあっという間だっただろうか。
今は旅に出る前より世界の広さを感じている。アフリカなんて7ヶ月以上いたのに地図上ではほんの一部にすぎないし、これだけの時間ではオセアニア・アジアには一歩も足を踏み入れることができなかった。
が、一方で交通手段と情報通信の発達によって世界が狭くなっていることも痛感する。行こうと思えば世界中どこへでも行かれるし、どこでもインターネットで情報を得られる。欧米のメディアをリアルタイムで見ることもできる。グローバル企業は世界の隅々まで市場を拡大しようとしている。携帯を持つマサイ族、マヤ人の村で売られているコカ・コーラ・・・

「帰国はどんな気分?」とよくきかれるし、自分でも考えてみたりするが、まずお伝えしたいのは私たちは今回の旅にすごく満足していることである。自然の中でゆったり時間を過ごすことで地球のこと、日本のこと、いろいろ考えることができた。

もちろん、まだ行きたいところは山ほどあるし、つれづれなる旅生活を終わるのはちょいと寂しいのは間違いないが、ここで一段落して、旅中に思いついたあれやこれや新しいことをやってみたい。
そして回遊はもちろんこれ限りではない。子供がいても歳をとっても出来ると思っている。実際赤ちゃんを連れてアフリカに来る家族、お歳を召しヨーロッパのバックパッカー夫婦には何度も出会っているから何も特別なことではないのだ。

そんなことを思いめぐらしながらついにアムステルダムを飛び立った・・・(慈芳)

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運命という言葉

「運命」という言葉をよく使う友人がいる。その友人は大学時代にアルバイト先のレストランで、幼なじみと「運命的」な再会を果たし、恋に落ち、その相手と結婚した。
その友人と話すとよく出てくる「運命」という言葉に、昔の僕はあまりピンと来るものがなかった。
すべてのことに関してではないが、自分が自分の居場所に立ち、その環境に身を置いているということの大半は自分の意思によるものだとも思っていた。
しかし、この長旅の中で、僕もその「運命」という言葉に対する認識が変わってきた。というのも自分が今、こうやって旅をして地球上の様々なところを自分の足を運び、自分の五感で感じているということは「運命」なのかもしれないと。

確かにこの旅の準備には頭を悩ませ、様々な努力をし、多くの人に力を借りて実現した。しかし、もし僕がアフリカ大陸に存在する、とある小さな村に生まれていたら、こんなことは実現したのであろうかと考えるのである。旅が実現したことに対して自分の意思で動かそうとした部分なんかは、日本という国で自分の親の下に生まれたことに比べれば微々たる要因である気がする。

「運命」、えらく小っ恥ずかしい言葉ではあるが、もしかしたら、これからは自分の口からも発せられるかもしれない。(拓)

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光にあたろう!

アムステルダムにある友人宅を訪れたときのこと、机の上にこんなものがあるのに気付いた。

最新グッズにうとい私たち、ヨーロッパの流行りモノかなと思って「これ、なーに?」ときいてみた。
すると、「あ、これね、日が短い冬の間、これに当たるようにするといいんだって」とのこと。つまりデスクトップ太陽! よくよく見ると光の強さを調整するボタンやタイマーがついている。
彼女の会社ではなんと全ての人のデスクにコレがついているのだとか。冬極端に日が短くなる北ヨーロッパでは良くつかわれているらしい。日焼けより美白の日本に対して、太陽にあたるのが大好きなヨーロッパの人々らしいこの品、効用はいかに!(慈芳)

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フランスの家庭を垣間見る

南アフリカで知り合ったフランス人家族を訪ねてリヨンにやってきた。日本にすごく興味を持ってくれていて近いうち行ってみたいといっていたので、いろいろ教えてあげるよということでやってきたのだが、それ以外にもフランス流の仕事と家庭のバランスや日本との教育システムの違い、などなどいろいろ興味深い話をすることができた。
私たちが感激したのが、お父さんが19時前には家に帰ってきて一緒に夕食を作ったり、子供の相手をしたりしていること。フランスでは家族第一!という話はよくきいていたのだが、ウソではなかった。日本で19時にお父さんが台所に立っているなんてめったにないのでは!?

フランスでは仕事場以外のつきあい、のみニケーションがほとんどないという。たとえば新しく入社する人や退職する人も自らそのような場を開かない限り、歓送迎会などは行われないとか。しかも自ら開く場合もアフターワークだと誰も来ないから仕事時間内にちょこっと開催したほうがいいらしい。日本人の感覚からするとそこまで付き合いがないのはちょっと寂しいし、デスクを離れてコミュニケーションすることも少しは必要な気はするが、これも家庭が最優先のフランスならではなんだろう。

(写真:家族で団欒)
これぞ家族!というような温かい家庭を垣間見ながら、「こんなんがいいねぇ~」を将来を思い巡らす私たちでありました・・・ (慈芳)

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SUDOKU & SANTOKU

「SUDOKU」ってご存知だろうか? フランスの書店で見かけた本の題名、なんか日本語っぽくない?と調べてみたところ、やはり日本発祥「数独」「ナンバープレイス」などと呼ばれているゲームだとか。日本でどのくらい流行っていたのか(いるのか)知らないが、こちらヨーロッパでは今大ブームらしく、どこの書店・キオスクに行っても「SUDOKU」本が平積みしてある。

(写真:スペインの新聞にのっていたSUDOKU)

そしてもうひとつ、日本の言葉がそのまま商標になっているものに「SANTOKU」がある。ジュリアンと包丁の種類を調べていたときのこと、ドイツの包丁メーカーで「SANTOKU」という種類の包丁を発見した。これってもしかして日本の「三徳」のことかな? と思っていたらフランスの包丁メーカーでも同じく「SANTOKU」を発見。こんなところで日本の職人技が評価されていると知ってちょっとうれしくなった。
(慈芳)

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人生初の誕生日ケーキ

今日は一ヶ月強のあいだ滞在したアンティーブでの最後の夜である。
単なる偶然なのだが、今日は僕の誕生日。

ジュリアンが帰ってきたのは18時半くらいだったであろうか、いつものニコニコした笑顔で「オタンジョウビ、オメデトウ」といって何かを取り出した。
彼からのプレゼントは「Saint-Julien」という彼の名前と同じワイン、しかも1997年モノだ。
いつも数ユーロの数年モノのワインしか飲んでいない僕にとってはえらい代物だ。

そのほかにもまだあった。コルシカ島産のチーズ。チーズケーキではなくチーズである。
そのかぐわしい香りのするチーズの上にロウソクを取り出して並べ始めた。
二人にハッピーバースデーの歌を歌ってもらい、フッとろうそくを吹き消した僕の目頭はかすかに潤んでいた(これはウソ・・・)。


そういえば、去年の誕生日もアルゼンチンにて、合流した友人にワインを贈ってもらい、おいしく飲んだ。(昨年の誕生日ブログはこちら
気持ちよく酔っ払いあまり働かない頭の中を、僕の人生を彩ってくれている多くの友人の顔がたくさん浮かんできた。(拓)

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レシピで感じる日本の生活

私たちの旅の基本は自炊である。外食は数えるほどしかしていない。たぶんこれが健康に過ごせている理由のひとつでもあると思う。特にヨーロッパへ来てからは、材料が豊富、友人宅のキッチンが使える、日本のレシピ本がある、とあってますます充実した自炊生活を送っている。

(写真: 日本のレシピ本を借りて熟読する拓)

というわけで最近は本やネットでよく日本のレシピを見ているのだが、この間ひとつ気になる表現を見つけた。それは材料の欄に「XXX 1パック」などと書いてあるものがあること。フランスでは(というか今まで私たちが訪れたところほとんど全て)では、野菜はバラで山積みされていて好きなだけとって量り売りしてもらうのが普通。「1パック」というのは野菜が丁寧にパックされている日本ならではの表現である。(そもそも1パックといってもいろいろ大きさがあるだろうからこう書くのはおかしいと思うが)

見栄えが良いとか清潔だとか物流事情など、いろいろ理由もあるんだろうが、誰もがエコ生活を口にするこのご時勢、何でもパックにしてゴミを増やすのはやめてほしい。
(慈芳)

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JFSの新しい活用法

僕らがお世話になっている、ここの住人ジュリアンは日本語を学ぶフランス人である。
奥さんが日本人(慈芳の友達)であることもあり、日本語はかなり上手。最近、日本語検定の試験も受けたばかりだ。
僕らもジュリアンとは基本的に日本語で話をしていて、難しい話になると英語での会話となる。
そんな彼は日本でも仕事ができるようにと今も週に一回の日本語クラスに参加しているそうだ。

ある休日の朝食どきに、ASB( The Alan Smithy Band) の曲をかけていてJust For Sake of it(僕らの友人が歌う僕らのテーマソング)が聞こえてくると、「この曲の歌詞、ある?」とジュリアンが聞いた。ジュリアンもこの曲が初披露された僕らのウェディングパーティに出席してくれた一人なのだ。

「最近、擬態語、擬音語を学びました。」という彼にとって「グネグネ」、「モヤモヤ」などが多く出てくるこの歌ははちょうどいいようで、さっそく慈芳と一緒にこの曲の歌詞を使って日本語の勉強。

漢字にフリガナをつけ、わからない単語は余白に意味を書く。一時間ほどで一通り終えた後は三人で大合唱。

しばらくして、改めてこの曲をささげてくれた友人夫婦への感謝の念が沸いてきた。(拓)

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王様パレードとガレット

キリスト教ではクリスマスとともに重要な日が1月6日。これは生まれたばかりのイエス・キリストのもとに3人の王様が訪れるという日らしい。こちらの方が元旦より大事みたいだ。

各国各地域でそのお祝いの仕方は違うようだが、たとえばスペイン・バルセロナでは、年末くらいから街中に王様がちらほら現れはじめる。小さなステージに椅子が用意されていてそこに王様の格好をして座り、子供たちにキャンディをあげたりしていた。当日は休日だそうで、バルセロナでは王様パレードが行われる。港に船で到着するところからはじまるというかなり本格的でにぎやかなイベント。その様子がネットで同時中継されたりしている。

一方こちら南仏では特に休日にはなっておらず、王様パレードもないのだが、そのかわりガレットとよばれるアーモンドパイを食べる。このパイは必ず紙の王冠と共に売られている。パイの中に1つだけ小さな人形かまたはアーモンドの粒などが入っていて、切り分けたパイの中に入っていた人が当たり!王様である。

それにしても、スペインでは王様パレードで、フランスはガレット食べるだけというのが、なんとなくお国柄が感じられて面白い。

そんなわけで私たちもこの週末、このパイを買って王様ゲームをした。
あたりはめでたく ↓ ちなみになんかプレゼントはもらえない・・・

(慈芳)

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カタルーニャ語から考える

スペインのバルセロナで多く話されている言葉は実はスペイン語ではなく、カタルーニャ語。素人目にはフランス語とスペイン語がミックスされたような言葉に聞こえる。街の表示もまずカタルーニャ語。次にスペイン語という順で書いてあり、カタルーニャ語をもっとしゃべろう!という運動も新聞で見かけたりして、このあたりの人はこの言葉を大切にしたいんだなーというのが伝わってくる。

ヨーロッパは地続きでいろんな国が隣り合わせになっており、現在はEU圏内は国境で入国審査もないから非常に行き来しやすいが、だからこそ皆それぞれ自分たちの独自の文化を守ろうという気持ちが強いような気がする。それは国単位だけでなく、カタルーニャのように地方単位だったりもするのだ。その意識が強すぎるからか、各国で隣の国の人を小馬鹿にしたようなジョークが飛び交ったりもしているようだが・・・

それに比べて日本では、他の国の文化をいろいろ学んでいいところは取り入れようというのは良いのだが、とりいれる代わりに日本独自のものを守ろうという気持ちが弱くなってしまっていたんだという気がする。戦後復興が米国によって行われ、急速に欧米化(というより米化)が進んでしまったということもあるんだろうが・・・。もちろん最近はそういったことによる反省が見えることもよくあるが、既に失ったもの多しという気もする。

高校くらいのときは、一部の海外では「日本では皆着物を着て歩いている」と思われているときいて、なんか馬鹿にされているかのように感じたものだが、今は逆にそれはそれで良かったんではないかなんて思ってしまう。これまた歳取ったのかなぁ・・・(慈芳)

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年越し @ バルセロナ

今年の年越しはバルセロナ。バルセロナのあるカタルーニャ地方の年越し必須アイテムは、CAVA(カバ)と呼ばれるスパークリングワイン、ぶどう、そして赤パンツ(詳細は12/31のブログ参照)。
私たちはまり&ジュリアンと、日本+カタルーニャ式の年越しをすることにした。まず大晦日の夜CAVAで乾杯。そして年越しそばを食べる。
23時、たまたま日本から来ていた私たちの友人とさらに合流。カウントダウンで人が集まるらしいというカタルーニャ広場へ。警官がいっぱいいるとか地下鉄の入り口が封鎖されているらしいときいていたが、何のことはない、少々ざわめき発っているくらいである。地元の人たちは皆CAVA瓶をもってきているが、広場の入り口で持ち物チェックがあり、ガラスは危険なので瓶は回収され、中身をプラスチックのコップにうつしかえさせられる。
カウントダウンは12秒前から始まって、ここでブドウの出番。1秒に一粒ずつブドウを食べる。皮・種なしのブドウを用意するらしいが、私たちのぶどうは皮・種あり。全くもって1秒1粒食べられず、あれよあれよという間にカーン!。年が明けた!

(写真:ブドウを食べる人々)

カーンという時計台の音がなった後、大騒ぎするのかと思ったがそういうわけではないらしく、平和にそのひと時は終了。

そのあとは、まり友人のスペイン人と待ち合わせをしたバーへ。教えてもらった場所に着くと、バーのシャッターは閉まり、ひっそりとしている。ようやく1時前くらいになり、シャッターが開き、中から掃除のおばさんが登場。あれ・・・
誰もいない街角で待つのも寂しいので、立ち去ろうとしたところにちょうどその友人がやってきた。

彼いわく、ここではカウントダウンの時間は家族といたり、レストランで食事中という人が多くて、そのあと夜中から街に繰り出して騒ぐようだ。そもそも元旦が日本ほど重要な日ではないので、普通の金曜の夜と一緒のノリらしい。それにしても1時で誰もいないパーティ会場って・・・
そうこうするうちに真夜中2時をすぎるとやっとバーが賑わってきた。やっぱりキャンプ生活と都会は時計が違う・・・
そんなわけでこの日帰宅は5時近く。元旦は朝寝坊してからお雑煮を食べた。う~ん、やっぱりこれだな~。(慈芳)

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