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少しずつ

正式に移住してから10ヶ月が経とうとしている。

僕らは定年後の安住を求めて田舎に来たわけではないし、こちらで会社勤めをしているわけもないので、生活面、仕事の面、双方で全てが新しいことなので、とにかく休む暇がないというか、あっという間に時間だけが経っているという日々である。

とはいいつつも、新天地への適応は徐々に進んでいるとは思う。
自分たちなりのより自然に近いサステイナブルなライフスタイルが少しづつ形になり始めた。

8月からはじめた畑からは多くの実りを得ることができた。
昨晩は我が家で採れた大根を入れておでんが夕食に。
夏場はほとんど野菜を買うこともなく、新鮮な野菜に囲まれた。
次の春からは生ゴミの堆肥化などもはじめたい。また、畑だけではなく田んぼもやりたいと思っている。

二年ほど行くこともできていなかったキャンプも秋になってようやくできた。
小さい子どもが家族の一員になったため、今までのようなバックパッキングはできていないが、ファミリーキャンプを楽しむことをようやく始められた。
以前は神奈川から西伊豆やら長野の遊び場に向けて夜中に車を走らせていたが、ここなら1時間もかけずに山の遊び場に到着する。

家の中も少しずつ片付き始めた。
囲炉裏には近くの古道具屋で格安の自在鉤がついたり、冬場に子どものいたずらで破れた障子が張り替えられたりと。
少しずつ、少しずつ我が家が思い描いた我が家に近づき、生活そのものも思い描いた生活に近づいている。

しかし、我々が本当に望むスローライフに到達するには、まだまだかなりの時間がかかると思われる。
ま、理想のスローライフがカタチになるまでもスローにいくしかないということか。
ま、いずれにしても、理想に向かって進んでいることには違いがないので、幸せなことである。(拓)

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妊婦たらいまわし問題にひとこと

東京で脳出血を起こした妊婦が8病院に受け入れ拒否され、結果死亡したことが大きな問題となっている。全国で最も医者数も高度医療機関も恵まれた状況にあるはずの東京でだから、あまりにひどい。
(ちなみに飛騨市内のみならず、高山、下呂等含めた飛騨地域には総合周産期母子医療センターはない) 

新聞によると「空きベッドがない」といわれたというが、この理由がまかりとおるのか!? 

この機会に私がずっと思っていることを書かせてもらうと、そもそも日本の分娩入院は長すぎる!
大体5-7日くらい入院することが多いようだ。この間に何をするかというと、母子の検査が主。それ以外ははっきりいって何もしていない。赤ちゃんを新生児室に預ける病院では普通分娩で元気なお母さんはヒマになるわけである。病人じゃないのに入院しているのだから、かなーりひねくれた見方をすれば病院にとってはおいしいゲストだ。

自分の例でいえば、私は2日目くらいからもう帰りたくてしょうがなかったし、何もいわなければもう1日入院するところを早く出してもらった。

もちろんしばらく入院すべき状態の人もいるし、産んだ後の数日くらい病院で楽させて・・という人もいるだろう。それは臨機応変に母子の状態と本人の希望によって決めればいいのでは? 検査だって希望者のみにすればいい。そうすれば間違いなく「空きベッド」は増える。

海外で産んだ私の友人の例でいうと、オランダでは出産の5時間後に帰宅していたし、米国でも2日後だ。
日本でできないはずはないのに、そうなっていないのはなぜなんだろう。厚生省の指導か、病院の都合か、ミルク・おむつメーカーの力か、得意の横並び体質か・・・

革新的な病院がこの方法で「空きベッド」を増やしてくれることを期待する。(慈芳)

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ホテル・旅館の4割が外国人旅行者を受け入れない・・・

二週間ほど前に総務省が実施した宿泊施設の外国人旅行者の受け入れ実態調査結果が発表された。
なんと4割近い全国のホテル・旅館が外国人観光客の受入れをしていないと回答し、その中の7割が「今後も受け入れたくない」と答えたとのこと。

ホントか? と信じられないような話であるようにも聞こえるが、よく実態をあらわしていると思う。
我々も多くの旅館関係者と話をする機会が多いが、まったくインバウンドについては否定的であるところが非常に多い。

少子高齢化・人口減少、若者の旅行離れという国内市場の縮小が控えているのに、本当にそれで大丈夫か?と思いたくなる。
(※若者の国内旅行回帰という現象もあるが、とにかく安く上げる旅行が趨勢というデータもある)
今は、団塊の旅行ブームで潤っているかもしれないが、今の金融危機でその流れも変わる可能性も否めない。
そんなような少し先にどのような活路があるのであろうか。

先の国交大臣の「日本人は内向きになりがち。心を開かなければならない」との発言がメディアを賑わしていたが、その内容はあながち間違っていないと思う。(単一民族云々・・・は批判されるべきであろうが)

ツーリズムだけでなく、ユーザーが求めない高機能製品を作る製造業、特異なビジネスモデルから脱却できない携帯電話産業なども含め、巨大な国内市場が存在することがむしろ今後のグローバル経済の中での日本の将来的な発展を阻んでいるのかもしれない。
今の金融危機で、いっそのこと景気が落ちるところまで落ちたほうが、構造改革が進み長期的には日本の為になるのかもしれないとも思うことがある。(拓)

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景観保全とサステナビリティ

先週の月曜日、愛媛出張の帰り道に伝建地区に指定されている内子町に立ち寄る。
鏝絵(こてえ)や鬼瓦など、ここの町並みの特徴に目を向けながらフラフラと歩く。
ノンビリしていて素晴らしいが、お土産屋が多く住人の気配がしない点が、なんだか味気なくも感じた。

そんな時に、ふと目に付いたのが、こちらの防水ホース入れ。
なんかの樽を再利用されているのか、もしくはあえて樽型のホース入れが作られたのか。景観的にも特に目立つことなく佇んでいる。

わが町飛騨古川もこちらの内子も古い木造の町家が並ぶ地域では防火は最も重要なテーマであり、各戸には当たり前のように防火バケツがあり、地域には消防団が組織されている。

我が家の表にも防火ホースがあるが、これ。
古臭くはあるが、明治や江戸の時代にこれがあったかと言われると少し・・・。

同行していた建築士が「古川の街なかの防水ホースのケースをデザインしてくれと頼まれているんだ。これ、いいな。酒蔵から酒樽の古いのとかもらえないかな」と。
僕は、「それ、最高です。それ、ぜひやって下さい」とけしかける。
その後どうなったか、確認をしなければ。

古いものリユースして、景観保全に活かす。
景観にも優しく、地球にも優しい、そんな取り組みが多く進められることを願う。(拓)

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祭り文化と住民

古川の町に受け継がれる屋台をお目にかかれる日は年に二度しかない。4月の古川祭りと屋台交代式なるものが執り行われる今日だけだ。これは祭り会館に展示されている3台の屋台がこの日にその名の通り交代となる。町にそこここに屋台蔵があるわけだが、祭り会館に展示されている屋台は蔵が空っぽということになる。我が竜笛台も曳き揃えられていた(今日は特に役が回ってこなかったので、一見物者でした)。

もちろん屋台を眺めるのも楽しみの一つだが、僕が好きなのは、このように行事があるときには隣人が集まって酒盛りをする風景。こういう場で地域のつながりが育まれるのではと思うわけである。特に祭り文化の地域のつながりでは縦(世代間)の繋がりが育まれる気がする。年齢を問わず役が着たら、屋台を出したり、酒を酌み交わしたりと、自然とコミュニケーションが生まれることになる。

続くと面倒くさく思うことも正直あるが、このような地域の繋がりは大切だと思う。

そんな、わが町の風景を楽しむことができたひと時であった。(拓)

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古川盆地を包む朝霧

最近、朝起きて家の前に出ると頭上に曇天が広がる毎日が続いている。不思議なもので、10時くらいになると気が付けば空には晴天が広がる。実はこれ、この季節に古川盆地を包み込む朝霧だということを隣人に教えてもらった。

さっそく、気多若宮神社の背後にそびえる安峰山の展望台へ。
トレイルもあるのだが、家族と一緒なので、車で頂上まで。七時前に起床し、眠い目をこするわが子を連れて車に乗り込む。
霧の動きがよくわからないため、到着する頃には展望台も霧に包まれて何も見えないのでは・・・と焦る気持ちを抑えながら車体に絡みつくような霧の中を進んでいく。

あるタイミングでパーッと頭上に青空が広がり、朝日の光が目の前に差す。誰もいないと思って頂上に着くとなんと車が三台も停まっているではないか。
早速、娘を抱きかかえ展望台に行くと、目の前に広がった景色がこれ。この霧の下に我が家のある古川の町が広がるわけだ。

眼前に広がる純白の平原を見ると、ボリビアのウユニ塩湖を思い出した。

素晴らしい。朝の冷たい空気がこれまた気持ちよい。
先客は朝ごはん、椅子、キャンプストーブを持参している。やはりマニアはどこにでもいるものだ。

この季節が一番綺麗に見えるそうな。
トレイルを歩いても2時間ほどで頂上に着くらしい。古川に泊まって、朝のハイキングにはちょうどよいのではないだろうか。

僕らはこの後、乗鞍や槍ヶ岳などの飛騨山脈(日本アルプス)が一望できるポイントに立ち寄り、それも堪能した後に、自宅に戻った。(拓)

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築300年余の民家、消える

先日、ローカルな週間新聞「神岡ニュース」で、神岡にある築300年以上の民家が近く解体されることが決まったというニュースを見かけた。先祖は「片掛屋」の屋号で鉱山師をしていたという片山家。築300年以上とは立派な民家が多く残っている飛騨でも珍しい貴重なものだ。
「これは大変!!」と、拓が出張から帰ったら神岡の知り合いに連絡して、その家をなんとか延命すべく動こうと思っていた。ところがなんとあっという間に片山家は解体されてしまった・・・。 拓がたまたま出張で一緒だった市の職員にきいたら新聞に載って1週間もしないうちに解体されたとのこと。普通このような家の解体は事前に業者から市に相談があることが多いとのことで、外部の業者だったのかなという話だった。
読売新聞によるとどうやら富山の業者だったようだ。

見たこともない家ながら、それをきいて涙が出てきた。
もちろん、持ち主の方にはいろんな事情があるだろう。が、伝統構法の民家は壊したら最期。いくらお金をかけても二度と同じものはつくれない。民家の見直されている今、様々な情報網を使って買い手を探したり、維持管理にボランティアを募ったり、残したいという気力さえあれば、いろいろ方法はある。この民家の情報がもう少し前に入っていれば何かできたかもしれない・・・と思うと悔やまれてならない。
でも現在、民家保全活動に励んでいらっしゃる私たちの親世代くらいの方々は、戦後全国各地ですごい勢いで民家が壊されていくのを見てきたはずである。時代の流れがそうだったのだから、そっちの方が比較にならないほどつらかったんだろうなぁ・・。

美ら地球的には、飛騨の民家をひとつでも多く住み継いでいってもらうために、プロジェクトを立ち上げたいと思っているが、全くもって手がまわっていない状態である。でもその間にもこうやって壊れていく民家があると思うとそんな悠長なこと言っていられないかも知れない。早く始めなくては・・・。
民家の存続に興味のある方は是非力を貸してください。(慈芳)

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南予の古民家再生プロジェクト

出張で愛媛県宇和市の卯之町へ。
ここで素晴らしい取り組みのことを知る。

その名は「南予の古民家再生プロジェクト」。四国電力が中心となって地元工務店と共に進める古民家再生を推進する為のプロジェクトである。卯之町の通りにモデルルームがあり、古い町家をオール電化にして、古い家屋でも快適な現代人の暮らしができることを提案しているわけである。

古民家再生だけでも、失われつつある日本の伝統文化、伝統家屋の保存・利活用と言う面で意義ある取り組みといえるが、さらにそのモデルルームを地域活動の拠点としてスペースとして開放するなど、地域活性化の視点からもよく考えられた素晴らしいプロジェクトであると思われる。

建築士や工務店経営者の同行者と「飛騨の匠の聖地でも負けてはいられない!」と、戻ってからの具体的なアクションをその場で分担した。

我々ちゅらぼしはオール電化の重要性を理解しつつも、自らは一線をおいている。その理由は他の動物と我々人間の唯一の違いは炎を操るか否かと言われる。その唯一の違いを放棄することは人間として果たして正しいのかと疑問を持っているのである。
熱と炎は別モノと考えており、我々は炎にこだわっているわけである。
それゆえ、築100年の木造建築であるちゅらぼし拠点には、ガスコンロ、ストーブが備え付けられている。
お隣と壁を共有してピッタリと建てられている町家だけに、人一倍は火の元には気を使っていることは間違いないが、しばらくはこの方向で暮らしていくことを考えている。

日本人の伝統の暮らし、伝統の家屋が守られ、より身近な存在になることを祈り、また自らが動くことの大切さを再認識した。(拓)

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天生峠 紅葉ハイキング

飛騨市河合町に天生峠というところがある。白川郷との境になっている峠で、県立公園として保護されているので自然林が残っている。そこの紅葉がそろそろ見ごろだというので行ってきた。

実は2日前にも行ったのだが、ちょっと曇り空だったので、色づきを堪能できなかった。だから今日再トライ。車窓からの眺めだけでも2日前よりさらに色づいているのがわかり、わくわく。
しかも今回は、私たちに古川を紹介してくれた恩人とご一緒できるということで、さらに嬉しい。

うちの子も山道を歩くのは好きなようで、ベビーキャリーに乗せようとすると、「あるく~!!」と叫ぶ。でもさすがにずっと歩かせては何時間かかってもつかないので、途中なだめすかしてのせる。
 
(いっちょまえに杖を持って歩くうちの子)

天生湿原まではスタートから40分程度。まだまだトレイルは続くのだが、子連れではだいたいここまでだ。ここの休憩所で2日前にクッキーを食べたのを、うちの子はちゃんと覚えていて早速ねだる。
今日は青空と紅葉のコントラストが見事! 期待通りだ。

(色づく天生湿原)

普段は人の少ない天生だが、さすがにこの時期は平日でも団体が来ていた。皆すごい高そうなカメラにズームレンズをつけていて、ちらほら三脚をもっている人も。いつもこのような光景を見ると、日本人て特殊だよなーと思ってしまう。いつになっても海外で「日本人てカメラ首からぶらさげて団体で歩いてるよね~」と笑われても仕方ない。

それはおいておくとして、家から1時間弱でこんな景色に出会えるのはなんとも幸せ。だがこのあたりのブナも白川郷付近で猛威をふるっている虫(名前は忘れた・・)にやられているものもあるそうだ。木に巣くって枯らしてしまうという。それに温暖化が進めば、日本のブナ林は壊滅するという予測もある。天生が末永く美しくあることを切に願う。(慈芳)

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祭体験@河合町角川集落

祭というものの存在について、どれだけの現代人が理解しているだろうか。
僕自身はほとんど知らない。

飛騨に移住してから少しづつ祭りについて学んでいる。
基本的には自らが住む集落には神社があり、住民はそこの氏子であるわけである。
そして、その氏子たちは決められた日に自分たちの神様に感謝の意を表して祭を執り行うわけである。
かなり、アバウトな説明であるが、ここまでは誰でもが理解しうることではないであろうか。
我が家のある飛騨古川中心部の氏神様は気多若宮神社。ここの例祭、古川祭は国の無形文化財に登録されている。
古川祭については4月にもblogで紹介した。

去る9/23に我が家から車で15分、河合町角川集落の秋祭に参加する機会を頂いた。
田園と民家を見下ろす位置に聳え立つ神明神社の例祭である。
飛騨地域の多くの集落では例祭を今でもなんとか執り行っており、春や秋には色鮮やかな風景が広がり、素晴らしいが、河合町最大集落である角川といえど、祭の担い手が年々減少し、存続を危ぶむ声も聞こえてくる。

現在もシルバー人材センターに祭に出る人足を依頼している家庭もあるようで、外部の人の力を借りる方法も模索されているようである。

今日は二つの写真を用いて、日本の祭り文化について考えてみようと思う。
この写真をみて頂きたい。何か気付く点はあるであろうか?

この風景は現在の祭の姿として肯定的にも否定的にも捉えることができる。
何か。神輿が台車にのっているところである。少し前までは神輿はみんなで担いでいた。

しかし、近年、集落の住民が減り、また高齢化することにより、自分たちで担ぐことが困難になり台車にのせることになった。
台車にのせてでも祭を続けようとする努力の面から見ると肯定的にとることができるし、祭たるもの、神輿は担いでナンボというような見方もできるであろう。
現代の祭の象徴的なシーンである。

次にこの写真。
何か違和感を感じる方はどれほどいるであろうか?


実はこの一団は本来は子供たちの役目。集落内の子供たちが減った為、大人たちがその役を担って祭を存続させている。
10人ほどの一団の中に子どもはたった2人。
これも、なんとか祭を存続させようとする住民の思いを感じ取ることができると同時に、今後の存続に危険を感じるところである。

今回の僕自身の祭り体験も実は、この祭存続の解決策を導き出す為の一歩である。
来年に具体的なアクションを起す為に、今年は僕自身が体験した。

非常に楽しい一日であった。
なぜか? 昼の12時から夜の22時くらいまでずっとお酒を頂いていました。
祭=酒。
これも貴重な伝統文化です。(拓)

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台湾にて学生に向かって講演する

今日は台湾のまちづくり団体等を表敬訪問。
8時半から22時半までミッチリとスケジュールが埋まっている。
コミュニティの環境保全を行っている団体から首都郊外の環境教育に力点を入れた学校の視察など盛りだくさん。

台北の人はかなりの環境意識を持って、具体的なアクションを起していることに驚いた。

小学校内にコンクリートや銅像までを壊してビオトープを作ったり、グリーン調達の生活版が進められていたり、なにやら日本を追い抜いてしまってる感を受けた。

夕方には国立政治大学に到着。今夏、この大学から飛騨市観光協会ではインターン生を受入れており、その発表会に招待された。

インターン生本人の発表の後に、観光カリスマである協会長村坂有造氏の講演が始まる。台湾にて村坂氏の人気は凄い。飛騨古川のまちづくりが台湾で紹介されはじめてから17年。
台湾版NHKで1.5時間の特集番組が放映されたり、数ヶ月前に出版された建築関連の専門書においては、世界遺産のイタリアシエナなど15ほどの都市と同列に飛騨古川が紹介されているほど、認知度は高いのである。

その後、僕にも話をする時間が与えられ、何の準備もしていなかったが、なぜ都市部のビジネスコンサルティングの世界から、飛騨市にて創業したかなどの話を簡単に披露。
台湾学生に熱く語ってみた。

僕や(株)美ら地球のコンピタンスの一つは人材育成である。今年の2月からインターン生と色々話をする機会があり、いい刺激になっている。

予想外とはいえ、いい時間をもらった。
終了後も、何人かが僕のところに来て名刺交換をしてくれたり、何かしら次へのステップも見えたので、これもまた一つの成功かと思った。(拓)

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初アジア

美ら地球回遊にて28ヶ国を訪れた僕であるが、その28ヶ国の中にアジアの国はひとつもなかった。
行きたい気持ちはずっとあったが、アジアはいつでもいけると考えていて、今まで行く機会がなかった。

この日、初の日本以外のアジアの大地に降り立つ。その国は台湾。
昨年11月の欧州出張以来なので、ほぼ一年ぶりの国外。
セントレアより2.5時間。飛行機の窓から台北に降り立った。今回も遊びではなく出張である。

実は我が子には台湾の血が1/8入っているのであるが、我が家に存在する台湾との繋がりは高山茶や肉でんぶ(肉鬆/ロウソン)といった限られた食文化くらいで、交流も何もないので、イメージも何もなかった。

台北市外に生い茂る亜熱帯植物を見て、沖縄に来たような感覚になる(あたりまえか・・)。
東京に比べれば比較にならないほどの緑が町の中に広がり、なにやら羨ましさを感じた。

夕方からのミーティングまでの少しの時間で故宮美術館と忠烈祠を見学。


靖国神社や日本の国防についてチロッと考えた。

アフリカや南米に比べると比較的差分が少ない文化といえど、異なることがある事を新鮮に感じた。(拓)

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