ETCの不思議
巷では休日割引のおかげでETCに関する話題が多いので、ETCというシステムについて、前から思っていたことがいくつかある。
もう10年くらい前に米国ヒューストンに住んでいた時、首都高のような道路でETCのようなシステムを利用していた(管理会社(?)のサイトはこちら)。
陸運局のようなところにいって、手続きをすると
・タバコの箱くらいの大きさのセンサーを$50で借りる
・クレジットカード番号を用紙に記入し、料金は自動で引き落とされるようになる
・毎月、明細が送られてきてクレジットカードから引き落とされる
・道路にゲートはなくて、みんなビュンビュン通過(未装着車はナンバーを撮影され、後日ペナルティがくるそうな)
・引越し等で不要になると、センサーを取り外して返却すると、$50は返金される
極めて合理的な気がした。
それに比べて日本のETCは
・数万円で機器を購入
・取り付け専門業者で工賃を払って手続き・取り付け
・ETCカードを申請・審査後、受取る
・ETCカードを車内の機器に装着
・料金所にはゲートが開閉
・おまけに、「ゲート開閉が遅くなりました、注意!」、「バック禁止!」、「カード挿入確認」など様々な電飾の看板のオンパレード(これら看板設置コストって国全体で幾らかかってるのだろうか・・・)
なぜ、このようなシステムになったか僕には不思議だ。自動車と言うそこいらに放置するものに数万円で買う機器や決裁機能(今は高速料金だけのようだが・・・)を付けなければならないとか、あげくには料金所の係員の命が失われたり、バックして事故やらトラブルが起こったりと、本当にこの仕組みでなければならない理由はあったのかと思う。
ヨーロッパやアフリカなどでは、車上荒らしを警戒してカーステのコントローラーが取り外せるタイプがあったり、カーステも持ち歩くところもあったりする。
また、ドイツの電車の駅には改札がなかった。
嘘か誠か知らないが、知人に聞いたところ「タマに係員が検札に来るだろ。あれで切符を持ってないことが分かったら、高いペナルティを払わなければならないんだ。全ての駅に改札を作り、管理するコスト、改札にヒトが行列することにより発生する社会の損失、ラッシュ時の安全確保などを考えると、改札機を整備したり、毎日改札することよりトータルでは良いという考え方なんだ」と。
うーん、合理的。
なんか、命、安全、インフラのトータルコスト、ユーザー視点より、その他のことが重視されてできたシステムに思えるのは、僕だけだろうか。これはモノづくり大国の宿命なんだろうか。
誰か今のETCの仕組みが採用された経緯を知ってる方がいたら教えて欲しいなーといつも思っている。(拓)
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コメント
教育、ボクも確かにそうなんだろうなぁと思います。
本質的には、やはり恵まれすぎているんですよね、日本人って。だから必死になる必要がない。でもこれからは必死にならなければならない局面が増えてくると思うのですが。
どれだけ、今からそれに備えられるかが僕らの世代以降の人間のポイントだと思うのですが、漠然と不安を感じているだけで、具体的に何かアクションを起こしている人って少ないなーと思う今日この頃です。
本当に大変な状態がより現実的に目の前に広がらないと、今の教育がマズイ、様々な制度が実態に即していないとか、そういうことに対する住民のアクションは出ないんでしょーねー。
投稿: ちゅらぼし拓 | 2009/06/03 17:41
スレ汚しでスンマセン。
「決まりを守りましょう」はラジオの受け売りだったことに気が付いて・・・
私が聞いたのは、「他人に迷惑を掛けないようにしましょう」でした。
まぁどっちもどっち。新小学1年生に対して最初に言う言葉じゃないとないと思うのです。
投稿: 1/3台湾人 | 2009/06/01 22:50
今回の田舎は、1泊20時間でした。もっとゆっくりしたいのですが、こんなパターンが多いですね。
時間の余裕ある時には必ず連絡しますね。
ホントは、髪の毛がぼっさぼさなんで、実家に近い床屋で世間話しながら刈ってもらおうと思っていたのだけど、第3日曜日に当たり・・・
まぁ意味ないだろうけどと思いつつ、あちこち廻ってみたもののやはりみんなお休み。
みんな一斉に休まないで順番になんないもんかなあ。。
>こうなってしまっている背景はどこにあるんでしょうか?
高度成長を支えた人材を輩出した教育にあると思っています。戦時中教育からと言えるかも?
教師だけが悪いとは思いませんが、教育現場は未だに金太郎飴を作っているとしか僕には思えない。
日本人学校に入学した我が子たちに当時の校長が最初に掛けた言葉は、「決まりを守りましょう」でした。そんなの10番目でいいよぉ。
だから、日本人は「決まり」を探すんですね。見つからないと、それが石橋であっても決して渡らない。
ついでに、「個人情報保護」なんてのが出てくると、えっらい末端の人までが騒いでいます。
あなたのその個人情報、どれだけの価値と、漏れる事でどれだけのリスクがあるの?と問いかけると、答えられる人に出会ったことがありません。
「決まり」の中身も理解しないで、「決まりは守らねば!」と言っているのです。
漏れるものは漏れるという現実認識と、漏れた結果どのような事態が想定され、どのように対処すべきかというサバイバル情報を知ることの方には全然力を注がないで、「決まりを守りきれなかったヤツだけが悪い」と罵ることが正義と思い込んでいるのが大多数ですねえ。
投稿: 1/3台湾人 | 2009/05/31 19:27
>1/3台湾人さん
有難うございます。そういえば「すれ違い」でご実家に戻られていたようですね。次回はお声掛け下さいね。
グランドキャニオンもいい例でしょうが、米国在住時のアパートメントコンプレックス内には小さなプールがありました。「swim at your own risk」との看板が横に。
先進国の人々が遊びに訪れるアフリカのキャンプ場内のプールにも同じ看板がどこにでも見受けられました。
日本にはこの「at your own risk」の選択肢が限りなく制限され、本質的な価値やらそこに生まれるビジネスチャンスが失われていますね。
自分で自分の首を絞めているように思えるこの世の中、僕が生きている間に是正されるのでしょうか・・・。適当、適当。素晴らしいですね。日本も歴史的には数値的にびしっと線引きする文化ではなかったのでは、とも思います。
こうなってしまっている背景はどこにあるんでしょうか? 小沢さんの本を読んでみますね。
投稿: ちゅらぼし拓 | 2009/05/29 10:32
スレ違いですが、まずは第二子誕生おめでとうございます。
最近知ったのですが、小沢一郎が言っていたと言う、「自ら規制を求め、自由を放棄する」
まさにこれだと思います。
彼の信者という訳ではありませんが
http://blogs.yahoo.co.jp/kome_1937/53823279.html
に書いてある内容は大いに納得できますなあ。
「万が一」、「万が一」とよく言う日本人。
「適当」、「適当」とよく言う台湾人。
最近ここでの生活がとても居心地よく感じています。
投稿: 1/3台湾人 | 2009/05/29 05:07