お前、何屋や?
わが町古川のある居酒屋で地元のオジサマ方とお酒を飲んでいたひと時に、カウンターで飲んでいた別のオジサマが僕らの席に合流する。ひとしきり話が済んだ後に僕も何とか話の和に入ることができ、そのオジサマが建具職人であることを教えられる。
お互い酔っていたが、「明日、作業場に来るか?」と言われ、「行きます」と即答。このような縁は大事にしている(というか単に好きなだけ)。

翌日、作業場にお邪魔する。所狭しと並んだ匠の道具たち。
ボク:「かんなにもこんなに種類があるんですね。」
職人:「そんなもん、今の時代は使わんよ! そーいう時代やわな」
ボク:「そうなんですねー」
色々見せてもらった後に、ある作品が登場。高山のある料亭に納められた木の便器。どうせ作るならということで、当時、ひとつ余分に作ったらしい。
なかなか趣のある作品だ。
「オモロイやろ。でも、今の時代はこんな仕事ないよ。」「今は建具がいらん家ばかりになってしまってな・・・」

ひとしきり話をした後に
職人に「んで、お前は何屋やな?」と聞かれた。
答えるが職人には理解できない様子。コンサルティング会社勤務時代も祖母にも両親にも自分がどのような仕事をしているかを理解してもらことは難しく、まだ理解してもらえてないと思う。
この問い、簡単な問いではあるが、非常に人間の本質に迫る問いだと思う。自分は何屋か。誰にでも分かりやすくひとことで言えることばを捜す必要がある。ある企業の経理部に務めながらミュージシャンやってた知人は「経理マンとギター」という曲を書いていた。その彼も今は、経理スキルを活かして別の企業のマーケ部門のプライシング屋となった。企業人だとしても「自分は何屋か?」、この答えが見つけられない人は転職市場で自分を売り込むことは難しいのではと思う。夜に現在自分探し中の同居人にも投げかけてみると、明確な答えはでなかった。
「お前、何屋やな?」。この問いに自信を持って答えられる人はどれだけいるだろうか?(拓)
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