2度目の出産を終えて・・・

先週、二人目の子が産まれた。

出産とは本当に神秘的なもので、いつ出てくるか赤ちゃんが決めるとよく聞くが、今回は本当にそう思った。というのも、私なんかは当日まで全く痛くも痒くもなく、ちょうど拓が飛騨から実家の方に来たその日の夜中から、待っていたかのように急にお腹が痛くなってきたのである。こりゃー待っていたんだな~と思った。

そして痛~い陣痛の後、18時前に無事産まれてしまった後は、腰のあたりは重たいものの、痛みはあっという間に忘れてしまえる。陣痛の間は寝不足と疲労でうとうとしかけていたのだが、興奮と点滴のせいか、産まれたあと頭が冴えてきてしまって分娩室で休憩しながらいろいろ考えた。

まず思ったのが、出産というのは動物全てに共通するイベントだけど、野生動物は大変だよなぁ~ということ。(そんなこと考える人あんまりいないか)

だって、人間は二足歩行になったせいで出産が大変になったというが、陣痛にはじまり、出産、そしてその後もまわりの人にたくさんケアしてもらえる。痛くて歩けません!となったら車椅子が出てきたり、肩を貸してもらえるし、私はやったことはないけど、なかなか赤ちゃんが出てこなかったらあらゆる手をつくして出してもらえるし、産後は「お変わりありませんか? ゆっくりお休みくださいねー」なんて赤ちゃんまで預かってもらえちゃったり。

野生の世界では、まず自分で安全なところを探して産まないといけない。そして産んだらすぐ周りを警戒しないといけないし、赤ちゃんだって、すぐに歩かないと狙われる。基本1人(一匹?一頭?)で何もかもやらないといけない。類人猿くらいになると、お産を手伝ってもらえることもあるんだろうか??

でも、いたれりつくせりお産は先進国での話だよなぁと思い、次に、ナイロビ(ケニア)でお世話になった人の話を思い出した。
その人のオフィスで働いていた女性が近くのローカル病院で出産後亡くなったということ。そんなことはナイロビでは日常茶飯事らしい。これもケニアの首都での話だから、世界中では多くの人が病院もないところで出産をしているんだろうなぁー、日本も昔はそうだよなと考えてみたり。

そんなことをつれづれに考えながら、何はともあれ、無事に産まれてきてくれて良かった・・・と、やっと真夜中を過ぎてから眠りにつくことができた。
この子も自然育児・裸育児&スローマザーで育てまーす。(慈芳)

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うちの子、祭に思いを馳せる

うちの子の祭好きは先日のブログ「うちの子のごっこ遊び」でも紹介したが、最近はビデオが導入されてさらに熱は高まり中。

うちは、あんまりテレビは見せていなかったのだが、最近はごくごく一部解禁となり、実家にある音楽関連のLDなんかを見ている。
その中でまず大ヒットしたのが、鼓童の公演。
太鼓に魅了され、おもちゃの太鼓でどんどこ、どんどこ!机、椅子、クッション、缶、なんでも叩く、叩く・・・。
叩き方もかなり本格的になってきた。太鼓もおもちゃながらかなり本格的が出るようになってきたし、ばちの動きの早いこと!ここまでできるものかーと感心感心。
体勢も立ったり、座ったり、正座したりと全部マネする。
はちまきをまき、最近は従妹からのもらいものの足袋まで手に入れてご機嫌極まりない。

そして、こないだこっちに来た拓が古川祭のDVDを持ってきた。
昨年ダイドーがスポンサーした「日本の祭特集」で放映されたもので、ご近所のIさんからのいただきもの。
(Iさん、ありがとうございます!!)

ドキュメントタッチなので、祭の映像だけでなく、練習風景や、インタビューなんかもたくさん入っているのだが、それを見る眼差しの真剣なことったらない!

古川祭は今週末。今古川の町中では、子供たちが笛、太鼓やらを練習する音が毎日きこえているそうだ。
今年、これを見せてあげられないのは本当に残念、というより申し訳ないくらいだ・・・。

きっとうちの子なりに、今年は飛騨にいられないから見られないことがわかってるんだろうなぁ。
このビデオに出てきている昨年の太鼓打ちの人とか町中で見かけたら「あ~あの人だ!」ってわかるんだろうなぁ。
今から来年見せてあげるのが待ち遠しい。
(慈芳)

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慶應大学 学生支援GP最終報告会

昨年12月にSFC(慶應湘南藤沢キャンパス)にてミニ講義をさせていただいた一連の取り組み「学生支援GP」の学生による最終報告会がSFCにて開催され、出席した。

受講した学生の他、フィールドワークを受け入れた自治体や地域関係者とゲストスピーカーなどで関わったSFCの卒業生が出席していた。

小学校の中での子ども達のコミュニケーション能力を養うライフスキル養成プログラム、宮古島での農産物の産業化の考察など、興味深い提言が行われていた。

最近、インターンシップの学生やこういう場において学生に出会うことが増えてきたが、いつも驚かせられることは、学生の真剣さとクオリティの高さである。
自分自身が大学ではこれぽっちも勉強をしなかったバカ学生であったので、比較するほうが間違いかもしれないが、プレゼン能力や他のスキルを含めて、「使える学生」が多くいると感じる。コンサルティング会社勤務時代には社内外の新人研修などを担当したが、彼らと比しても肩を並べられるような2、3年生も少なくない。

また、彼らの興味の対象が地方の活性化であったり、地域貢献または、持続可能性など僕らの時代では考えられないようなテーマにも多くの目が向いている。

これからの地方部の活性化にはこのような若い行動力のある人材の如何にうまく取り込むかがキーとなることは、自分自身が地方に身を置いてからヒシヒシと感じるようになった。

本取り組みも始まったばかりで課題もあるが、都市部のエネルギー・知恵・センスが地方部の可能性を現実にする原動力となる取り組みとして発展することが期待され、また自分たちもそのような流れを大きくしていかなければと実感した。(拓)

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ミニ講義@SFC

だいぶ報告が遅れてしまったが、オーストラリアに行く直前、母校SFC(慶應湘南藤沢キャンパス)にて、ミニ講義をしてきた。
「地域協働とフィールドワーク」
という授業で、講師として、地域にいるSFCの卒業生を呼んでくるというユニークな取り組みである。

今回は岐阜つながりということで、郡上でNPO「メタセコイアの森の仲間たち」を立ち上げた1期生の三浦嘉門さんとご一緒した。まだまだ何もかも構想段階のこちらに比べ、すでに成果を出している三浦さんの話はとても参考になった。

学生に地域に興味を持ってもらうチャーーンス!と、話をいただいた夏ぐらいから何を話そうかな~と考えていたものの、結局いつものように準備は直前。私たちが今飛騨市観光協会と共に取り組んでいるツーリズムの話はもちろんのこと、民家の話もしたいし、森の話もしたいし・・・ う~ん・・・

そんなんで、実際の講義では私の持ち時間を大幅に超過!今までプレゼンで時間オーバーしたことなんてほとんどないのに! 学生に伝えたいことがありすぎて、ついペラペラしゃべってしまったらしい。ちょっとディスカッションの時間もとりたかったのにな~。反省・・・
でも、一応学生たちは耳を傾けてくれていたようだし、授業後に話しかけてきてくれた学生もいたのが嬉しかった。

(授業後の風景。真ん中は担当の古谷先生。私の1つ上のSFC3期生。)

美ら地球家では、今まで観光協会の学生インターンのホームステイを2回、計3ヶ月受け入れているが、やはりピュアな現役学生との交流はいい。若いからか、もともとのキャラか、2人とも「打てば響く」といった感じで、「田舎暮らし」という選択、美ら地球回遊の話、私たちのワーキングスタイルなど、それなりに刺激にはなったようである。これからも、どんどん学生を受け入れていきたいと思っている。

授業の前後、研究室にお邪魔したが、学生だけでなく、様々なバックグラウンドと職を持った人たちが出入りし、様々なプロジェクトが育まれているのが感じられた。こればかしは飛騨ではどうしても得られない環境である。
この場と飛騨を結ぶのが私たちの役割だよな~と思った。(慈芳)

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台湾にて学生に向かって講演する

今日は台湾のまちづくり団体等を表敬訪問。
8時半から22時半までミッチリとスケジュールが埋まっている。
コミュニティの環境保全を行っている団体から首都郊外の環境教育に力点を入れた学校の視察など盛りだくさん。

台北の人はかなりの環境意識を持って、具体的なアクションを起していることに驚いた。

小学校内にコンクリートや銅像までを壊してビオトープを作ったり、グリーン調達の生活版が進められていたり、なにやら日本を追い抜いてしまってる感を受けた。

夕方には国立政治大学に到着。今夏、この大学から飛騨市観光協会ではインターン生を受入れており、その発表会に招待された。

インターン生本人の発表の後に、観光カリスマである協会長村坂有造氏の講演が始まる。台湾にて村坂氏の人気は凄い。飛騨古川のまちづくりが台湾で紹介されはじめてから17年。
台湾版NHKで1.5時間の特集番組が放映されたり、数ヶ月前に出版された建築関連の専門書においては、世界遺産のイタリアシエナなど15ほどの都市と同列に飛騨古川が紹介されているほど、認知度は高いのである。

その後、僕にも話をする時間が与えられ、何の準備もしていなかったが、なぜ都市部のビジネスコンサルティングの世界から、飛騨市にて創業したかなどの話を簡単に披露。
台湾学生に熱く語ってみた。

僕や(株)美ら地球のコンピタンスの一つは人材育成である。今年の2月からインターン生と色々話をする機会があり、いい刺激になっている。

予想外とはいえ、いい時間をもらった。
終了後も、何人かが僕のところに来て名刺交換をしてくれたり、何かしら次へのステップも見えたので、これもまた一つの成功かと思った。(拓)

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初アジア

美ら地球回遊にて28ヶ国を訪れた僕であるが、その28ヶ国の中にアジアの国はひとつもなかった。
行きたい気持ちはずっとあったが、アジアはいつでもいけると考えていて、今まで行く機会がなかった。

この日、初の日本以外のアジアの大地に降り立つ。その国は台湾。
昨年11月の欧州出張以来なので、ほぼ一年ぶりの国外。
セントレアより2.5時間。飛行機の窓から台北に降り立った。今回も遊びではなく出張である。

実は我が子には台湾の血が1/8入っているのであるが、我が家に存在する台湾との繋がりは高山茶や肉でんぶ(肉鬆/ロウソン)といった限られた食文化くらいで、交流も何もないので、イメージも何もなかった。

台北市外に生い茂る亜熱帯植物を見て、沖縄に来たような感覚になる(あたりまえか・・)。
東京に比べれば比較にならないほどの緑が町の中に広がり、なにやら羨ましさを感じた。

夕方からのミーティングまでの少しの時間で故宮美術館と忠烈祠を見学。


靖国神社や日本の国防についてチロッと考えた。

アフリカや南米に比べると比較的差分が少ない文化といえど、異なることがある事を新鮮に感じた。(拓)

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母親登場

朝から、コインランドリーに行き(注:まだ洗濯機がない・・・)、仕事の打ち合わせに。
正月返上で書いていたヨーロッパでの視察研修の報告書の印刷前の最終打ち合わせ。
この報告書が1/20に市長に手渡される。

今日、奈良から僕の母親が助っ人として到着。
とにかく寒いけどお願い!と無理を言ってきてもらった。
飛騨古川駅までお迎えに行き、町並みを見ながら我が家に到着。

夕方の到着だったので、そのまま温泉に入って食事をして帰宅。
人も増えたし、家の壁や柱がすこしづつ温まってきたのか、寒さが和らいだ感じがする。(拓)

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我が子と行くSFC


だいぶブログにするのが遅くなってしまったが、年末に私の母校であるSFC(慶應湘南藤沢キャンパス)に行ってきた。SFCで地域協働プロジェクトが立ち上がり地方の提携先を探しているときいて、私たちの移住先飛騨市とも何かできないかと早速コンタクトしてみたのだ。
担当の先生は、私のひとつ上の3期生。SFCというバックグラウンドが共通かつ歳も近いということで、期待通り初めから和やかかつスムーズに話が進んだ。ま、なんせこちらはベビー連れだからお堅くなりようがないけど・・・。具体的な内容はこれからだが、どんな協働ができるかすごい楽しみだ。

新しいプロジェクトが次々立ち上がるSFCだが、プロジェクトの人いわく「今の学生はけっこうおとなしい」んだそうだ。発言とか少なめで、何も意見がないのかと思いきや、文面ではいろいろコメントを書いたりするんだとか。それって、今のネットコミュニティの影響?とか思い、ちょっと不安になったりする・・・。

ミーティング後、久々に鴨池の鴨や、コンクリート打ちっぱなしの各棟を眺める。今や木造建築に傾倒しまくっている私たちだが、まぁやっぱりきれいなキャンパスだよね、というのが正直なところ。うちの子も鴨に大喜び。

仕事に行き詰ったら母校にいってみると良いという話をきいたことがあるが、一理あると思う。やっぱり母校っていいもんだ。時計が巻き戻されてフレッシュな気分になるんだろう。今思うとなんて贅沢な環境で勉強していたんだろうかと思う。今だったらもっとテーマを絞った研究ができるなーなんて思ったりする。

思えば美ら地球回遊でもSFCの学友には滞在先としてあちこちお世話になっている。今の飛騨移住もSFCの学友から得た人づてがキーとなっている。学生時代の友達って貴重だな~(しみじみ)

うちの子がどんな大学に行くかは想像つかないが、行くならやっぱりSFCみたいな新しいことに常にチャレンジするところを選んでくれるといいなぁ。(慈芳)

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お富士の魅力

今朝は起きたら快晴だったので、チラッと走りに出ることにした。
もう、いつからだろう。結局バタバタして体を動かすことができていない。(新年早々言い訳だ・・・)
多分、最後に走ったのは11月にヨーロッパに行ったときだな。。。

朝から快晴だと、僕は決まって富士山が見えるところに行ってみる。
昨日は天気は良かったけどチョコッと雲がかかっていた。
今日は、バッツリ! 小さくて溝の口の丸井の真横という全体的にはイマイチな景色だけど、真っ白なあのお姿が目に入るとなんだか嬉しくなる。

電車で東京に通勤してた時も二子橋を渡るところで少しお富士が見える。晴れた日は電車の人ごみの隙間からいつも確認していたものだ。

引っ越せば家からすぐのところから、乗鞍やら御岳やら飛騨山脈の山々(俗に北アルプスと言われる山々です・・・地図帳には飛騨山脈と書かれているので、僕らはその名称を使うことにしています)が見えるようになり、それはそれで本当に待ち遠しい。

でも、やはりお富士はお富士、日本人として格別のものがある気がする。
遠めにでもお富士が見えなくなるのかー、と少し郷愁のような思いをもって河川敷をゆっくり走り始めた。(拓)


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明けましておめでとうございます(ニュース付)

本年もよろしくお願い致します。

なんとか近所の神社にだけは初詣に行きました。
正月返上でバタバタしまくっております。

美ら地球回遊記からお知らせがいくつかございます。

1.株式会社美ら地球を岐阜県飛騨市に設立しました

去年の春から月に二回ほど出張ベースで飛騨市に行きはじめました。岐阜県飛騨市にてクールな田舎を創り、そこに外国人の旅人を誘致したいと思っています。
そんな夢をリアルにするための手段として会社を創りました。

もう少し詳しく知りたい、という方はwww.chura-boshi.comをご覧ください
chura-boshi.comが会社のサイトになったと同時にかつての美ら地球回遊記は今までどおりこちらからご覧頂くことができます。


2.この正月明けに岐阜県飛騨市に移住します

時が経つのは早いもので、美ら地球回遊記の帰国よりちょうど2年が経ちました。
ブログで「なぜに移住か」をいくつか理由を書きましたが、そんなことを考えてとうとう移住を実行します。(「なぜに移住か」もまだいくつか更新したいんですが・・・)
色々時間がかかりましたが、居が決まりとうとう引越しです。

新居兼オフィスはこちらです。

飛騨古川にある築100年くらいの町家に引っ越します。

借金もこさえました。あと戻りはできません。するつもりもありません。
不安? リスク? ないわけないです。
でも、なんとかできると思ってます。やんなきゃいけないと思ってます。

今年の抱負はというと・・・。
・2008年の終わりに、ご近所の方と良い関係が築けていること(移住ライフ)
・2008年あたまから仕込み始める新しいビジネスがスタートすること(お仕事)
・2008年の終わりに、家族でヘラヘラ笑っていられること(ファミリーライフ)
くらいですか。

当分は引越し騒ぎでテンヤワンヤですので、またアップできないかもしれません。
新年から中途半端なブログですが、なんとか正月中にアップだけはと思い・・・。(拓)

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美ら地球回遊記、映画進出

来年の秋、映画に出ます。
といっても、写真だけですが・・ハハ。

数日前に映画制作会社からメールで連絡が入り、東アフリカで撮ったゴリラやチンパンジーの写真を使いたいと。
なんでも、霊長類好きのオトコがいる設定で、彼の部屋にはる写真のネタが見つからないとか。

多くの人にお世話になった美ら地球回遊記。僕らのネタがこの世で活用されるのであればということでそういう依頼には基本的にお受けするスタンスでいる為、了解の旨を返答した。すると助監督が早速会いたいとのこと。

Webに掲載している以外の200枚程度の写真も熱心にチェックして、欲しい写真のリストが出来上がる。その場で、データを渡して別れた。

映画のタイトル、公開情報は追ってご案内します。
さてさて、映画の成功を祈ってます。(拓)

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赤福前社長 観光カリスマ返上

一ヶ月強前に明らかになった赤福の偽装問題。
観光の切り口から気になってニュースを追っていたが、10月末に前社長が観光カリスマを返上していたことがわかったとのニュースを読んだ。

お伊勢さんの「おかげ」をキーにおかげ横丁を創り上げたのが先代の社長。その社長が偽装を始めたということは本当に残念で仕方がない。

賞味期限の妥当性云々という議論は別で存在することはしかるべきでぜひ進めて欲しいが、それはさておき偽装はやっぱり許せるものではないであろう。

名誉職や役人の不祥事、一般企業、役所の荒廃の様子が如実になることが多いが、僕らや僕らより若い世代が呆れ返らずにこんな世の中を良くする原動力を積極的に持ちたいものだ。

僕? 観光分野からクールな田舎を創り上げ、地方に活力を持たせる為にガムバリまっせ。(拓)

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無事帰国

朝の9時半にセントレア到着。
入国審査場では20日から始まるの外国人全員から指紋採取と顔写真撮影の為の真新しい端末が並んでいた。
入国する外国人全員から採取するのは米国と日本だけという報道を聞いて、世界の中の日本の位置づけにまたがっかりする。

荷物を受取った飛騨市の一行はバスに乗って一路飛騨へ。僕はまだ移住が完了していないので、一行に別れを告げ自宅へ向かう。

ユーザー視点重視ともっぱら噂のセントレア。確かに鉄道の駅も直結していて近いし、荷物を転がしていても段差がなくて苦がない気がした。
しかし、名古屋からの新幹線の切符を買おうとみどりの窓口を探そうとすると名古屋で買えとのこと。
セントレアで飛行機を降りた後、新幹線に乗る人間は少ないのかもしれないが、ちょっと不便な気がした。

日本食に飢えた一行、それぞれ何を最初に食べるのか。
僕? いつもどおりラーメン屋直行です。(拓)

ちなみにいつもは成田からなので表参道じゃんがらですが、この日は自宅近くの家系ラーメンを感激して食べてました。(慈芳)

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JNTOフランクフルト事務所訪問

視察最終日の今日、朝から独立行政法人国際観光振興機構(以下JNTO)フランクフルト事務所を訪問。事務所長よりドイツの旅行市場やドイツ人を飛騨市にお迎えするにあたり留意すべき点などについて講義を受けた。
2時間の講義のあと1時間弱の質疑応答が繰り広げられた。

ドイツ人は出国者数、国際観光支出共に世界ランキング一位であり、旅行先での滞在日数も長いことから、多くの国から誘致を受ける国であるそうだ。

ドイツ人の中で日本がターゲットとしている顧客層、またその顧客層の旅行形態や旅行先の決定の仕方などについての討議が繰り広げられた。

美ら地球回遊でも、南米、アフリカ、どこに行ってもドイツ人とイギリス人だけはいるように記憶しているし、また、ドイツ人は旅先に住み着いて宿などをやっている人も少なくなかった。
大移動したゲルマン民族の血なのかなぁとよく感心していた。
ドイツ人経営の宿はドイツ人らしく中が清潔かつ整理整頓も行き届いているので、何度か活用させてもらった。

日本の田舎にドイツ人にもっと来てもらう糸口がまたいくつか見つかった。ホッホッホ。(拓)

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イタリア アグリ・ツーリズモ

フィレンツェ郊外の農場を訪問。数年前からファームステイを始めているブドウ・オリーブ農家。

ワインやオリーブオイルを作る本業に加え、都会の喧騒から離れたい観光客に部屋を提供しているところだ。

姉妹で経営しているこの農園、有機栽培にこだわった産物が自慢だそうだ。
丘を見下ろすとフィレンツェの町並みが遠くに見え、ボーっとワインを傾けるには最高の立地だ。

「ここではどのようなことができるのですか?」という質問に対し、「何もしないことがここでは体験できます」との答えに視察団一行は口アングリ。

暫くして、「こういうやり方もあるんやな。これならワシらでもできそうや」と。
日本でもこのような事例がないかと言われると決してそうではないと思う。
しかしながら、海の向こうでその地を訪れると説得力が増すのはおかしい気がするがそうなるケースが多いのも事実だと思う。(拓)

フィレンツェを見下ろすフリースペース

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スイスという国

初めてスイスという国に来た。
人口700万人のアルプスの小国の強さを身をもって痛感した気がする。

アルプスという誰をも魅了する圧倒的な自然をベースにした観光産業、国際機関の拠点を要するジュネーブ、さらには金融業やら精密機械産業など。他の国に有無を言わせない強みを持っている気がする。
世界の金持ちも別荘やら住まいとして集まってくるとの話も聞いた。

農村部に足を運んでも、ゴミひとつなく、民家の裏の薪でさえ整然と積上げられている。農業は比較的収入が低く収入補助もあるらしいが、自分たちでも民泊など新たなる取り組みをしたりして頑張っている。

EU諸国に囲まれながら一国として凛と立っている姿がそこここに表れている気がした。


スイスの農村風景(グリンデルワルド)

南アのとあるバックパッカーでスイス人カップルと色々話し、「スイスはこんなにいい国だ」とかなりの時間にわたって力説されたことを思い出す。

振り返って自分が日本についていい国だと宣伝できるか・・・。美ら地球回遊からそんなことを考え始めて、自信を持って宣伝できるところ、そうでないところがかなり見えてきた。

さて皆さんはどないでっしゃろ? (拓)

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干草ベッド

今日はスイスの首都ベルンを通過し、郊外にあるファームステイを視察。
日本における民泊の可能性を探りに農家を二軒訪問した。

ベルン郊外に立つ農家を目指す一行)

ベルンの郊外の小高い丘にあるここの農家は夫婦二人での経営。
首都から15分という立地を活かし、スイスだけでなく外国からもビジターが来ているらしい。
一昔前、スイスの農業政策の変化により、収入が減少し続け変わりになる柱を考えていた中で、農場で様々なアクティビティを行うことを考え付いたらしい。
一軒目の農家では、本人の趣味でスコットランドにちなんだゲームや料理などを体験することができ、主に企業研修などの顧客を取り込んでいるとか。年間80組くらいの団体が訪問するとのこと。
視察としては、「なぜに首都郊外という好立地かつ異国文化体験(スイスなのにスコットランド体験)の場を視察か?」との疑問も持ったが、農家の動きとしては興味深い視察だったのではないか。

(自宅のダイニングにて手作りのリンゴジュースやハムを味わう)

そこから、歩いて10分ほどのところに彼の親戚が経営する別の農家にも訪問。
こちらは小学生などの子供たちを対象とした民泊。本業は畜産農家で乳牛を飼っている。
ここも同じく農業以外の収益源を求め民泊を始めたとのことで、最初は日帰りの社会見学を対象としていた。そこからここで宿泊できないかという顧客の要望に何とかこたえられないかということで考えたのが。牛舎を改良して作られた宿泊施設。
これがなんともユニーク。牛舎に敷き詰められた干草の上に寝袋で寝るというものだ。

(干草ベッドに寝転がってみる)

子供たちは、この体験に大喜びだそうだ。
食事も彼らの家にお邪魔していただくという農家の生活に入り込んでいく体験ができる。

「おもしろいけど日本では法の壁にぶつかりそうだなぁ・・・」と行政関係の方々。
日本でも様々な民泊の取り組みが進んでいるが、ここでの見たものをうまく日本流にアレンジしてサービスとして成り立たせたいものだ。(拓)

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アイガー北壁に接近

朝起きると昨晩の雨がやみ、青空が広がっている。インターラーケンに宿泊した僕達は、今日は電車に乗り継ぎ、標高3454m「Top of Europe」まで行く予定だ。

(左がアイガー北壁、右がモンク)
バスに乗り込み一行は登山電車の駅、グリンデルワルドに向かう。こちらについてからどんよりとした空しか見ていなかったので、頂上までこの晴天が続くことを祈る。

一行の日ごろの行いのおかげか、とうとう「Top of Europe」に到着。360℃、アルプスの絶景が広がる。
アイガー北壁もユングフラウも丸見え。一行は大喜び。
(ユングフラウ)
パイネ(チリ・パタゴニア地方)の絶景ポイントにて感動している我々の横を、「まぁまぁやなー」とスイス人カップルが通り過ぎて言ったことを思い出すが、悔しいがその気持ちも少しわかるような気がした。

午後からグリンデルワルド観光局訪問を控えていた為、今日はブレザー着用。
まさかブレザー姿でアイガー北壁を拝むことなどとは不思議な経験である。

昼過ぎまで飽きるほど青い空と切り立った山々を堪能した後、町に下り観光局を訪問した。
こちらでもヨーロッパの観光局の最新事例について話を聞くことができ、非常によい一日となった。(拓)

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公式訪問、木彫工芸 Jobin社

飛行機で1時間ほどしか寝なかった僕は、夕食後そのまま爆睡。
結局朝まで眠りについた。さすがに体調はすこぶる良い。

チューリヒよりバスに揺られ、晩秋のスイスの風景を満喫する。
季節がら、曇天ではあるもののピークシーズンではないので落ち着いた雰囲気が僕らを迎えてくれる。

一行は、バスに乗った直後から、電柱がない、市電の支柱が民家に刺さっていることなど日本では考えられないなど、単なる観光だけではなく視察っぽい雰囲気が車内に広がる。

最初の訪問地、ベルン州ブリエンツ町のJOBIN社では五代目社長と町長が一行を迎えてくれた。

172年の歴史を持つJOBIN社は21人の職人を抱え、細やかな木彫芸術を作成している。
社長は若い風貌にもかかわらず、社の戦略を明快に説明してくれた。

グローバル化が進み、ネットで何でも買える今の時代は、伝統ある我が社は伝統や質を売りにするしかないと。よく似たものはどこにでも溢れる今の社会で生き残る道はそれしかないと力説してくれた。

顧客が作品により親近感を持ってもらえるように行程を一覧できる展示室と隣接したショップはどちらもゆったりとした空間が広がっていた。

人口3000人、年間30万人の観光客が訪れる町でも過疎化や職人の確保の難しさなど日本と同様の課題を抱え、試行錯誤が続いているようだ。(拓)

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二年ぶりのフランクフルト上陸

2005年のの12/5、アフリカ回遊より戻りフランクフルトに到着した。それから2年弱、またフランクフルトに降り立った。こんなにはやくヨーロッパに来ることはあまり考えていなかったが、今回、久しぶりのヨーロッパの風景が眼前に広がった。

今回は飛騨市観光協会主催の欧州視察旅行に同行すること。飛騨市の議員や商工会、観光協会の役員と共に飛騨市の観光施策を進めていく為、ヨーロッパの先進事例を視察するわけだ。

飛騨市には清水寺や宮島のような大目玉の観光資源はなく、ヨーロッパの小さな村などで頑張っている例を見に行くことになるので、いわゆるメジャー都市の訪問はあまり入っていない。

フランクフルトより乗り継いで今日の目的地はスイスのチューリヒ。朝の5時に飛騨市古川町を出た一行は16時間近い移動にグッタリという感じである。総勢14名の視察団。僕自身は団体での旅行は10年ほど前の卒業旅行以来になる。
明日は、木彫りが有名であるブリエンツ町を公式訪問する予定だ。
二年前はまさかこんな形で海外に来るとは夢にも思ってなかったなー。(拓)

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ココとのお別れ


(うちの子を見守ってくれてるココ – 4月)

先日ココが永遠の眠りについた。14歳と5日。
最期、小さな心臓の鼓動がだんだんゆっくりになって、ついに止まるのをこの手で感じた。
「生きている」ことって、なんてはかないんだと思った。つい当たり前のように「生きている」けど、それって贅沢なことなんだと思い出させてくれた。

「生と死」ということを考えるといつもアフリカが浮かんでくる。アフリカでは日本より「死」が身近にある。
より野生の生活が近くにあり、人間も寿命が40歳台のところが多いからだ。
ココだって、野生の世界だったらとっくに捕食されてしまってるよね、なんて話をしたことがある。
(あんまり弱ったペットを前にそんな話する人いないだろうけど・・) 
だから薬づけにするとかあんまり自然でないことはしたくなかった。
ペットも高齢化しているらしいが、いままでにない人間みたいな病気も増えているとか。寿命が延びてもそれで動物たちはうれしいのだろうかとつい疑問に思ってしまう。
ココは幸い病気じゃなくて、寿命だったから、病院も最小限にできた。

うれしいときも悲しいときも、イライラしちゃってても、いつも傍で癒してくれたフワフワのココ。足掛け2年の旅の間も元気で待っててくれた。
覚悟はしていたものの、やはりツラい・・・ 外では気が紛れていても家に帰ると床が妙に広く思えてしまう。
きっと今頃天国で、大好きな黄色いボールをめがけて走り回っているんだろうな~
今までありがとうココ。まためぐり合おうね。(慈芳)

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HOME -震災時に歩いて家に帰る法-

今日は、時間が取れたので知人がプロデュースしているお芝居「HOME」を見に行くことに。

首都圏に直下型地震が起こり交通網が寸断され、歩いて自力で家に帰る人々の人間模様を描いた作品。
役者や関係者が自らが舞台になる道のり数十キロを実際に歩いたという気合いの入った作品だ。

日本人の危機意識の低さだけでなく、人々にとっての家、家族の絆の大切さや環境問題なんかのメッセージも入っていてなんか盛りだくさんな感じだった。

決してシリアスでなくコミカルなタッチなお芝居なので笑いながら楽しめた。

なぜいま震災なのかプロデューサー本人に詳しく聞けなかったが、彼は「歩いて家に帰る地図」発行にも絡んでいるらしい。

危機意識、慣れ親しんだ日本で暮らしているとなかなか養われるものではないと思う。僕も南米やアフリカをPCやカメラを持って嫁と二人で旅をして、それまでにはない危機意識が生まれた。
キトやラパスでPCを持ってインターネットカフェに行く時にはシホにPCの入ったカバンを背負わせ、その後ろを僕が歩いた。30秒ごとくらいに後ろを振り返った。
この癖が今でも残り、駅からの帰路でも足音が聞こえると後ろを振り返ってしまう。
(これは災害ではなく人災がらみだが。)

天災についても、「なぜに移住か」で明言はしていないが、首都圏の過密の中での震災も避けたいという気持ちも僕らの中には明らかにある。

震災で思い出したが、僕らがお世話になったモンベル社から防災グッズが販売されている。初期非難に必要なもの、避難生活に必要なものをパックにした製品だ。アウトドア用品は災害時にも威力を発揮するということで作られたパッケージ。アウトドアマンの心の中にはあったかもしれないが、商品として出たのは初めてではないだろうか。これもオモロイ。

リスク管理、ビジネスの世界でも最近またよく聞くキーワードだが、個人レベルでも同じように重要なんだよなぁ。(拓)

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初 子連れ旅

青い海と空を前にした素晴らしい式の翌日、僕らは短いバケーションから帰途に着く。
初海外旅行、初ビーチの10ヶ月の子供がいると、今までのようにホゲり放題とはいかなかったが、眼前に広がる青い海やPCのない日々は貴重な時間であった。
今回の旅行で新たに得られた恩恵。それは子連れプライオリティ。搭乗口や入国審査では子連れは優遇される。子連れの方、お体に不自由な方レーンに行けるのである。
さすがにこれは今までになかった経験。素晴らしい。
ただし、飛行機の搭乗に関しては、先に入ってもあまり恩恵はない気がする。
というのも、飛行機という狭い空間に存在する時間が長くなるとそれだけ、子供が「飽きる」リスクが高くなる。
どちらかというとギリギリまで搭乗口にいて、機内の滞在時間を最小化するほうが賢い気がした。

(後ろの座席の人を観察するわが子)

とはいえ、子連れプライオリティは悪くはない。
でも、それくらいやってもらってもいいかな、と思うくらい子連れ旅行は大変は大変だ(それを超える楽しさももちろんあるから、連れて行くんだけど・・・)。
美ら地球回遊では味わうこともなかった状況に新鮮さを感じた。(拓)

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国外に身をおくと


サイパンの入国審査を終え、外の空気を吸う。
ムッとした熱気と青い空が目の前に広がる。
サイパンに来たのは8年前。初のトライアスロンレースに出場した。2kmも泳いだことのない僕が完走、入賞できたのも遠浅の透き通ったサイパンの海のお陰だ。また、美ら地球回遊のスタート時でかなりお世話になったドイツ人カートとの出会いはレースのアワードパーティであった。そんなことを思い出しながら、バスに乗ってホテルに。

窓から見える風景は明らかにこの1.5年の間に目にした風景とは違う。僕らの中では、サイパンは旅の目的地という感じではない。
日本人が滞在者の大半を占め、町を歩けば普通に日本語で話しかけられる。さらには今回はリゾートホテルに滞在する予定なので、未知の世界に飛び込んでいくワクワク感に溢れる「旅」ではない。

とはいいつつも、いつもと異なる光景を見ると体の中に忘れかけていたものに気づかされる。
建設中のまま放置されたビル、荷台に多くの住民を乗せて公道を走るピックアップトラック、木陰でノンビリ昼寝に興じる初老のオヤジ。
この一年間、日本という先進国でスーツに身を固め、きれいなオフィスでの仕事や新幹線/飛行機を使った出張など、多忙な毎日を過ごしているうちに頭から抜けていた風景だ。
二年前は毎日がそんな風景で、そのピックアップトラックに一緒に乗っていたのに・・・

そうそう、これこれ。非日常に触れることの重要さ。(拓)

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1.5年ぶり、日本を出る!

美ら地球回遊記の最終帰国は2006年1月20日であった。
それからは次のステップに進むために国内を動き回り、子宝も授かった関係で日本を出ることは今までできてなかった。

そんな僕らを海外に連れ出してくれたのは、友人の結婚式という口実。
その友人とは、帰国する僕らを空港でいつも温かく迎え入れてくれたS氏。

幸いにも開催地は3.5時間のフライトでいけるサイパン。
赤ん坊にとっての最初のフライトにはうってつけなので、家族揃って参加させてもらうことにした。

一冊増えたパスポートを持って、出国審査へ。
ああ、久々の国外。どんな感覚が僕を待っているのか。(拓)

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匠の技に触れる


ちょっとしたことから、飛騨の匠が一堂に会して、展示会を行うという話を聞いた。
その展示会とは「暮らしと家具の祭典」せっかくなら、ぜひとも行かねばと朝から飛騨高山にある会場に向かった。

展示場の中に町家の骨組みが展示されるなど、粋な展示であった。
移住後のインテリアの参考にと思って会場に出向いたが、やはり展示物の大半は、和洋折衷というか現代の日本の一般家庭で使用できるようなものが多く、僕らが求めているよりかは洋風な感じが強いように感じた。
ま、こればかりは現在の住宅市場の中で、古民家や町家が占める割合などホコリのようなものであろうから、我々のようなニーズは古民具屋やオーダーメイド以外で見つけることはかなり難しいこともわかった。

それより気分が良かったのは、自然に生える木を題材に仕事をする職人さん達は自然を大事にしており、本イベントの主催者、飛騨木工連合会のデザイン憲章の第一条に「自然との共生」がうたわれているので、非常に心地よい。

予想外であったことは、飛騨の木工関係には熱い若手の方々が多くいることである。
今日も数多くの作品を見たが、製作者を見ると比較的若い世代が業界を牽引しているように感じ取れた。
飛騨の大工さんや伝統工芸関連では、後継者がおらず伝承に危機感を抱いている話をよく聞いているのだが、椅子やテーブルなどの家具についてはそうでもないのか・・・。

今は、全てが勉強。こうやって今まで知らなかったことをひとつずつ学び、そこで出会った様々な人との新たなつながりが出来ていくことが新鮮である。(拓)

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ダイエット、始めました

今日から、ダイエット始めました。
この一年間、仕事と育児を言い訳に体を動かすことが全然できず、体重、体脂肪率の記録を更新し続けてしまった。(昨日から言い訳ばかりだ・・・)
で、やはり自分を取り戻す為に、9月を切れ目に開始!(でも二日遅れた・・・)

膝を壊すのも怖いし、道の反対側に見える農道をテクテクと早歩きから。
Jogすら怖い。こんだけ体をなまらせたのは人生初のはずだ。

でも、このままオヤジ道に入り続けるのはとても自分としては受け入れがたい。
こーいうのは切れ目が肝心。9月1日を逃したので、月曜日から。

45分ほどの予定が70分ほど。歩くうちに、古城跡があると知り、ついつい先へ。

朝の軽い運動は頭が冴える。
今日も古城から続く数本のトレイルも目にして、アイディアが湧き出る。

朝から体を動かせると、頭も冴えるし、自分をコントロールする上でもいいほうにはたらくので、セルフ・マネジメントにはうってつけだ。早くこのサイクルを戻したい。(拓)

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これから、またブログを書きます

振り返ると最後に僕がブログを書いたのは今年の3月。半年近く経っている・・。
かなりサボり続けてきましたが、これから、また書きます。

美ら地球回遊記を終えてからこの1.5年、次のステップに踏み出す為に、色々仕込んできました。
完全なる言い訳ですがバタバタしていてブログを書く余裕もネタもありませんでした。
で、この2007年9月、とうとう動き出します。

美ら地球回遊記のオーナー二人は、我が子を連れて、岐阜県飛騨市に移住します。
ここで、田舎暮らしを実践します。
田畑もやるつもりです。水も山から流れる水を使いたいと思ってます。
自分たちにフィットしたSustainableなライフスタイルを自分たちで気楽にやっていこうと思います。

なんで飛騨?、飛騨で何すんの?、 そんなこともこれからブログに書こうと思いますので、また読んでください。(拓)

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Takumi Experience


1月の後半にヒョンなことから沸いた話があった。
ある自治体で、海外からの観光客を誘致する為にモニターツアーを企画しているとのこと。
ただ、問題は参加者がいないと・・・

今年度一杯で実施をしないとマズイという役所特有の課題があり、人集めと企画内容のアドバイスをお手伝いすることに。
ここ二ヶ月弱、役所の方と電話で連絡を取りながら、なんとか実施にまで漕ぎつけた。

「Takumi Experience」ツアーの集合は、土曜日の新宿に朝7時。この条件にもめげず、11カ国籍の23名ほど関東在住の外国人が集まってくれた。
バスで一路目的地へ。
さすがに5時間近いバスライドにゲストの皆さんは疲れ気味。しかし、到着して、昼食後、様々なアトラクションに、ご満悦の様子。

町並み散策、地元スタッフとの懇親会、工芸体験に民家訪問と二日間にギッシリと詰まった行程を楽しく過ごし、一路新宿へ。
役所スタッフがいないバスの中で、代わりに僕が感謝の挨拶。
実施に向けて、多くの友人が僕を助けてくれた。また、こんな話は僕としては最高に楽しい。
学ぶことも多く、有意義な体験が出来た。
ただ、新宿について、ゲストに別れを継げた後にはどっと疲れが沸いてきた・・・(拓)

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久々の年の瀬

バタバタと気が付いたら、大晦日。あっという間に2006年が終わろうとしている。
2005年の幕開けは、パタゴニアのパイネにて。2006年の幕開けはバルセロナにて。
異国の地ながら、幸いにも前からの日本人の友人と共に年越しそばやお餅を食べて過ごした。
そして2007年、母国日本にて、今回は友人とではなく、家族だけでノンビリ迎えようと思う。
(子守でノンビリはムリだが・・・)

二年のブランクの後、如何に社会復帰するのか、途中であった人々や自分自身も気にはなっていたが、特に問題もなくすんなり着地することができた。
これも周りで様々な手を差し伸べて下さった人々がのおかげだ。職を紹介してくれた方、イベントに呼んでくれた方、いろんな方が戻った僕らを受け入れて下さった。

どこにいても、これだけは毎年続けようと思う。お世話になった方々への感謝だけは。(拓)

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クリスマスカード

年の瀬も迫るこの時期、今年は新しいことをしようと思っている。
近年は年賀状もロクロク出さなくなったが、旅の途中に出会った人々にクリスマスカードを書こうと思った。
2年弱の旅の間には、多くの人との出会いがあり、帰国後初のこのタイミングを有効に利用しようと思った。

とはいえ、なかなか、こういったことは後回しにしがちな僕、なかなか進まない。
カードを買おうと思い立ってから、買うまでに二週間ほど、買ってきてから既に10日が経ってしまった。
さすがにリミットが迫った、今日。エイ、ヤ!と次々に書き進めていく。

宛先を見ると、中米ベリーズ、南アフリカ、フランスにドイツなど、様々な国に送られていく。
我ながら、色々行ったなぁとシミジミ思う。
まだまだカードがあるが、思い立ったときに一気にやってしまおう・・・。(拓)

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むなしいマタニティマーク

帰国して日本の電車の中の風景はちょっと異様だと思った。多くの人が携帯をいじっているか、寝ているか・・・ 通勤時間には特に目に生気のない人が多い気がする。

で、最近はおなかが大きくなってきたせいでますます気になる。というのは、一応世間的には席を譲ってもらえる身分のようなのだが、かなり確率が低いからである。
優先席でも普通の席でも結果はあまりかわらない。昨日もたまたま優先席の前に立ったのだが、私のおなかが大きいことに気づく人はいないようだった。ふと見上げるとガラス窓に優先席マーク+マタニティーマークが貼ってあった。

厚生省では今年の3月から「妊産婦に対する気遣いなど、やさしい環境づくりに関して広く国民の関心を喚起する」としてマタニティーマークを推進している。(http://www.mhlw.go.jp/houdou/2006/03/h0301-1.html) これの説明を読むと、「特に妊娠初期は見た目わかりにくいので・・・」と書いてあったりするが、いやいや、どこから見ても妊婦とわかるおなかをしていても結果はあまり変わらない。特にサラリーマンに譲ってもらったことは皆無。

要は、ほとんどの人は、携帯やらPCの世界に入っているか、寝ているかで、周りを全く見ていないのだ。見てないのだから気づかいにいたるまでもない。

別に体力的にきついとかそういうことではなく、電車に乗るたびに私はこの状況がイヤになる。そしてあまりに無機的なこの世界がなにかちょっと怖くなる。
もちろん、たまには気づいて譲ってくれる人もいる。そういうときは逆にものすごいうれしくなって何度もお礼をいう。あーやっとここに何かを感じてくれる人がいた!って感じで。

私と同じことを感じる妊婦の人、きっといるよね?(慈芳)

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タツとタク

二ヶ月ほど前に、嬉しい話がやってきた。イベントである人と話をしてみないかと。
その人とは、4.5年をかけて自転車で世界一周をやり遂げた坂本達氏である。

僕は出発前に、色々と旅人について調べていた。その中で発見したうちの一人が、達氏で、一番感銘を受けた。いくつかの旅人の著書を購入したが、その全てをすぐにアマゾンで売却した。ただ、達氏の本だけは印象深かったので、置いておくことにしていた。
影響を受けやすい僕は本を読んだ後に、「俺らもバイクで行く?」と慈芳に問いかけたことがあった。
(バイクツーリングなんぞしたことのない私は、それ自体が旅の目的になっちゃいそうだったので、却下した。 by慈芳)

目の前に立った達氏は、想像をはるかに超えた素晴らしい人格の持ち主であった。周りの人を瞬時に暖かく包み込み、柔らかい口調でシンプルでわかりやすいメッセージを次から次へと繰り出していくあの巧みさは、可能であれば真似したいものだ。年間100回以上の講演という考えられないほどのタイトなスケジュールでさらに磨きがかかったものと思われる。


(会場の様子。右側のギニアの民族衣装を着ているのが達さん)

イベント終了後楽屋を共にし、多くの人に愛される達氏の素顔に触れることもできた。こんなことは通常はありえない経験だ。この場を提供してくださった関係者の方々に深く頭が下がる。(拓)

(坂本達さんについてはこちらへ)

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不思議な門

9月の3連休に戸隠を訪れた。スキー場やキャンプに数回来たことはあるが、戸隠神社をゆっくり訪れたことはなかったので、今回はそれも目的のひとつ。(戸隠そばもしかり・・・)

戸隠神社は奥社・中社・宝光社・九頭龍社・火之御子社の五社からなっている。奥社へ向かう参道を歩いていると、不思議な門があった。屋根が植物でいっぱいの門。朱塗りの門と屋根の緑がマッチしてすごいきれいだ。苔のむす参道にもよくあっている。

「いいねぇ~ これ」といいながら、よくよく説明を読んでみると、屋根は茅葺なのだが、手入れが行き届かないうちに草に覆われてしまったらしい。そこで屋根をふきなおすための寄付をつのっているようだったが、勝手なことをいうと、これはこれですごく素敵だからきれいな茅葺に戻ってしまってはちょっともったいない気が・・・
都会ではヒートアイランド現象を緩和するために屋上緑化をやっているが、これは自然がつくった緑化。

この門は「随神門」といって、杉並木の始まる参道の中間にある。鬱蒼とした森林を貫くここの参道は、余計なものは何もなくてすごく気持ちいい。たまに木々のすきまから切り立った戸隠連峰がのぞき、鳥や虫の声、風の音をききながら歩くことができる。昔の修験道に思いをはせながら戸隠詣でを楽しませてもらった。
(慈芳)

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実りの秋!


5月に田植えをした長野姥捨の田んぼに行ってきた。今年長野は豪雨が話題になっていたので、「苗流れちゃってないかなー」とちょっと心配していたのだが、稲はところ狭しと元気に育っていた!
(田植えの様子はこちら

この季節、長野~新潟にかけては、ちょうど稲刈りの季節。田んぼは黄色く染まり、風が吹くとシャラ~っと稲がそよぐ。これぞ実りの秋!という感じ。ちょうどはぜかけ作業をやっている風景も見られた。(「はぜかけ」とは刈った稲をわらで結んで棒にかけ干すこと) 今年はちょっと予定があわず、稲刈りができないのがちょっとさみしいが、自分で植えたもち米を食すのが今から楽しみだ。(慈芳)

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「神の湯」につかる

奥飛騨の平湯温泉に行ってきた。奥飛騨は私たちの大好きなところで、旅に出る前にも何度か通ったが、帰国後は初だったので、とても楽しみにしていた。

平湯温泉には、その昔、武田信玄が信州から飛騨に攻め入る際の峠越えで、白猿が現れ、疲れ果てた一行をいで湯に導いたという伝説があるそうだ。その中でも平湯発祥の古湯といわれるのが「神の湯」。温泉街からちょっと上った林の中にある。

神の湯は意外とすいていた。特に女湯は一番上なので、眺めもよく、木々に囲まれた岩風呂につかって、「白猿、カモシカ出てこ~い」と思いながら、ちょいとした秘湯気分が味わえた。温泉小屋の屋根も、板張りの上に石を置いた昔ながらの方式。それにコケが生えていたりしてそれもまた素敵。

最近は、大規模な日帰り入浴施設も増えていて、それなりに快適ではあるが、やっぱり私はなーんもない山の中の温泉が一番好きだ。昔の人もここに入ってたんだろうなーと思えるからかもしれない。
温泉は大切な日本の文化。こういうひなびた温泉を守っていきたいなーと思う。 (慈芳)

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アフリカンフェア

アフリカンフェアに行ってきた。ものすごく気に入ったアフリカだから、何かしらつながっておきたいと思っているので、アフリカ関連のイベントがあればチェックしている。

会場に行ってみると、まずはすごい混雑でびっくりした。通路も人をかきわけないと歩けないくらい。実際にアフリカの地を踏む人はまだまだ少ないけれど、けっこう人々の目はアフリカに向いているんだろうか。

そして、久々にきく何語かわからない言葉や、久々に見るアフリカの人々の表情は、やはり心地よかった。
アフリカの人たちって、黒い肌に目と白い歯が目立つからかも知れないが、なんだか目がきらきらしていて、生き生きしていて、こっちまで元気になる気がする。

ただ、各国の小さなブースを見て回るだけでは、アフリカの魅力は伝わってこない感じだった。
だいたいどこも、木彫り、布製品、バスケット等の土産品と、コーヒー・茶、ナッツなどの食品が並んでいて、同じような雰囲気。私たちが行った国は、「あーあの紅茶なつかしい・・・」とか、ちょっと特別な気分になるが、そうでなければ、各国それぞれに持っている文化が総合されてしまって、やっぱり国ごとというよりは「アフリカ」としての印象、しかも、「コーヒーと木彫りの国々」といった印象しか残らない気がする。そこに生活している人々の姿が見える展示がないからだろうか・・・

愛・地球博関連イベントで、インドのチャタジーさんが言っていたのを思い出す。「インド館は、スパイスの商談場みたいだった・・・」
(6月の「持続可能な社会づくりシンポジウム」ブログ参照)

商品の売り込みだけじゃなくて、アフリカ各地で活躍しているNGOとかも出展してもらったら、厳しい現実を知ってもらういい機会になるとも思う。せっかくこんなにたくさんアフリカに興味がある人が集まっているんだから。
まぁ、ジェトロ主催だから、そういうわけにもいかないのかな。

いつか、私たちもアフリカのどこかの魅力を紹介できるようになる(「コーヒーと木彫り」でなく・・・)ことを、たくらみながら、会場を後にした。(慈芳)

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オニヤンマの産卵

チョロッと時間ができたので、飛騨に来た。
周りの家々を眺めながら歩いていて、ある水路でホバリングをしているトンボを発見。
それも久しぶりに見るえらい大きなトンボ。そう、オニヤンマだった。
流れの遅い水路に何度かお尻を浸けては上空に上がり、また浸けてと繰り返していた。
きっと産卵風景なのだろう。

オニヤンマなんて何年ぶりに見るだろうか。
家の近くでもトンボは見るが、オニヤンマはいない。
子供の頃は僕の家の周りでもオニヤンマはみられた。でも、川がコンクリートでふせられ、山も団地に変わった今、きっと近くにはいないと思われる。

オニヤンマがいるところ、そんなところに住みたい。(拓)

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芝居と映画

友人が出演する舞台を見に行った。
会場は俳優の息遣いがそのまま届くような小さな劇場であった。

先日行ったセネガルのパーカッショングループ、川瀬巴水展に引き続き、今日のイベントも非常に楽しみにしていた。
最近、僕らが気にしていることはリアルなものに触れること。CDやDVDが豊富に流通するこの世の中ではあるが、旅の間に感じたこと、脳系の本を読んで学んだことなどから、やっぱりバーチャルよりリアルに触れたいと強く思うのである。
感動のシーンで、ある俳優は感余り、よだれをダラァーと流して台詞を発していた。そんな情熱も地肌でビリビリ感じられるリアルが最高に心地よい。
映画だけの良さ、映画でしか描けないものも多くあるだろう。でも街に住み、こういった芝居などを見る機会が与えられている今は、積極的にリアルなアートを楽しみたい(拓)

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版画で学ぶ日本の美

ナショジオ2006年5月号で特集されていた川瀬巴水。明治~昭和初期の日本の風景を描いた素晴らしい版画家である。
今日は仕事の打ち合わせ前に川瀬巴水展を訪れた。
正直に言うと、展示を見る前はそのナショジオもしっかり見ていなかった。慈芳に誘われ、展覧会場に入ったとたんに彼の作品に目が釘付けになった。

美術など全くわからない僕だが、彼が描く景色の構図、色使い、本当に素晴らしい。旅の間、景色の写真などを撮ったせいか、こういった景色を描いた版画にも興味を持つようになったのだろう。

あと、さらにいいなぁと思うことは彼の作品の大半には人が描かれていること。街道を歩く人々。牛を引いて田を耕す人々など構図の中にその場面で生きている登場人物が描かれているのが素晴らしいと思った。
また、明治、大正、昭和と時代と共に変わりゆく日本の風景も版画から学ぶことができるのも面白い。

巴水が描いた数多くの土地が今どうなっているということを、彼の軌跡をたどりながら写真に収めたいとふと思った。(拓)

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これぞ美ら地球


今日は朝から念願のビーチ。
民宿のある集落から1km強のところにある。北浜とかいてニシハマと読むビーチ。
ここで僕らは数日間、ホゲる予定だ。

そうそう、たどり着いたのは沖縄県の慶良間諸島にある阿嘉島。人口350人ほどのノンビリとした離島だ。
「美ら地球回遊記」というタイトルは出発前の2004年4月に石垣島で考えついた。
もちろん、旅の間も青い海は何度か見た。ただ、日本の、この沖縄の青い海はなんだかとっても懐かしい。

さっそくフィンを履き、ゴーグルをつけて海へ。
死んだ珊瑚も多いが、それでも多くの魚がいつもと変わらぬ生活をしているようだ。
アフリカでは多くの哺乳類を見ることができた。
生き物を見る目が肥えたと思うが、魚類も悪くないなぁ(ついついおいしそうな魚を探してしまうのだが・・・)。

うーん、沖縄。やっぱりここも立派な美ら地球。(拓)

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海を目指して

一月後半に日本に帰ってきてから、気が付けばもう7ヶ月近く。時が経つのは本当に早い。
先日、慈芳の口からポツリ。

「青い海に行きたい。」

仕事にも隙間ができたので、迷わず海に行くことにした。直前で飛行機が取れるかと心配だったが、飛行機はなんとか取れた。

昨晩、花火のあと久しぶりにワクワクしながら荷造りした。
美ら地球回遊記で使ったパックの二まわりほど小さなバックパックに二人の荷物がすっぽり入った。
ただしメッシュバッグにはシュノーケリングセットが別に入ってる。

向かうは、南。さてどこまでいくのか。(拓)

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特等席が・・・

今週末には楽しみにしているイベントがひとつ。
花火大会である。家からすぐの川原で打ちあがるため、近場で見られるのでかなりの迫力もある。

日本の夏の風物詩、花火はとても楽しみだ。2004、2005年の夏はいずれも旅の期間。今回は二年ぶりの花火となる。

年々競争が激しくなる場所取り合戦。僕らも負けじと3週間ほど前、一等地の確保に成功。
その後、毎日、犬の散歩がてら自分たちの陣地の無事を確認する。

奈良でのある朝、母親からメールが入る。そのタイトルも「大変! 大変!」。
どうやら、誰かに僕らの一等地が取られてしまったようだ。

今朝、その被害を確認。確かに僕らとその周囲の陣地を囲ったビニールテープなどが無残に荒らされ、捨てられている・・・。楽しみにしていた花火が・・・。
学生時代の僕なら対決姿勢丸出しで当日に臨むところだったが、もうそんなことはやめにする。
こんなことをするようなヤツらと争っても二年ぶりの花火も楽しくないだろうと思い、少し離れた別の場所に再びテープを張った。

ともあれ、花火が打ちあがるのが待ち遠しい。(拓)

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生まれ故郷で取り返す

最近、増え続ける僕の体重。
気にはなりつつ、なかなか減少傾向に移らない。
絶対的な運動量が減ったところに、長いブランクで筋肉量が減ったためか、少しくらい走っただけではあまり効果もない気がしていた。

おまけにブランクのせいか、走っても、走っても違和感があり、あまり楽しくもない。
帰国してから今までの間、なんか変だなーと思いながら走っていた。

そして、今日、その変な感じからようやく抜け出ることができたような気がした。
気がついたのは、呼吸の仕方。長いブランクで呼吸の仕方を忘れていたらしい。

今日のコースは、実家からおじいちゃんのお墓を通り、おばあちゃんの家の近くを通って戻るコース。
数日後に供養で来るので墓前で軽く手を合わせた後、先に進む。緩やかな坂を上っているときに、その呼吸が戻ってきた。

「これや!」

その後、しんどいながらもいいペースで走り出す。

走っているときは暇なので、色々なことを考える。
「やっぱ、生まれ故郷やおじいちゃんは色んなことを教えてくれるなー・・・」など、勝手に感動話を造りながら家を目指した。(拓)

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お盆と帰省

朝起きると、ニュースでは毎年同じの「帰省ラッシュ」の映像が流れている。
東北道、宇都宮まで112km、新幹線の乗車率は190%など・・・。

今日は新幹線に乗って、奈良の実家まで帰る日である。
今までの人生でこういった典型的な帰省はしたことがない。

数日前に予想を反して新幹線の切符も取れたので、このピーク時に動くことにした。
いつもテレビで見ている状況を体験するのかとウンザリモードで新幹線の駅に行くが、予想を反していつもの出張時とさほど変わらない。

違いと言えば確かに周りを見れば家族連れが多いことくらいか。当然ではあるが、指定席車両にはその座席数しか人もいないし、苦になることは何もない。隣の席の親子の会話をに耳をそばだてているうちに熟睡。二時間はアッという間であった。

日本人の夏休みの平均日数が7.9日とか。どう考えても短すぎるよなぁ。(拓)

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道夫三昧

銀座で開催されている「星野道夫展」へ。前評判どおりでえらい混雑ぶり。
入り口から中を見てもギッシリと人が並んでいた。

中に入って、久しぶりに道夫氏の作品を眺める。
僕たちの旅の出発地でもあるアラスカの大地に足を踏み入れたのは2004年6月。もう二年以上も前になる。
二年ぶりにみたアラスカの大地とそこで生を営む動物たち。写真といえども、道夫氏の撮る動物たちは表情が豊かで本当に心が和む。

残念だったのは、場所のわりにあまりに展示写真が多すぎたこと。所狭しと展示された写真には十分に隙間もない。あとはところどころに設置された動画コーナー。NHK撮影の映像が流れているようだが、個人的には必要なかった。(NHK主催だから仕方がないか・・・)
道夫氏の写真や短いことばはそれだけをじっくりと楽しむ演出のほうがフィットする気がする。

その後、お台場で開催されている「星野道夫メモリアルプロジェクト」の会場へ。クリンギットインディアンの方が来てワタリガラスの神話を披露してくれた。他にもいくつかのイベントがあり、なかなかステキな時間であった。
さらに新橋駅周辺にて、先日の名古屋のイベントでお世話になった方々と軽く会食。新たにお知り合いになれた方もいて、楽しいひと時であった。(拓)

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移動式我が家

今日は紹介していただいた人に会って、町を案内していただいた。

日曜日というのに一日中様々なところを案内していただき、町の歴史など普通では聞けない話も色々聞かせていただいた。
夜にはレストランで最高級の飛騨牛をいただく。牧場主が経営するこのレストラン、普通では食べられないような部位が並べられた。 味は・・・言うまでもなくおいしかった。
(普段、あんまり食べられないホルモンもおいしくってもりもり食べられた。By 慈芳)

その中で「お泊りは?」と聞かれ、
「森林公園です」と答えると、聞く人は首をかしげる。
「森林公園にキャンプ場がありますよね。あそこにテントを張っているのです。」
そのあと、他の人に紹介していただくたびに、「彼らはキャンプで世界を旅してきたんだって。今日も森林公園でテント張ってるらしいよ」と聞かれてもいないのに物珍しそうに説明される。そういえばケニアのナイロビで商社の方にお世話になったときもそうだったのを思いだした。

僕らにとってはごく普通のテントステイ。
人に珍しがられるのも、顔を覚えてもらうには好都合か・・・。(拓)

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夜空を焦がすかがり火

たまたま通りかかった高山市高根町で「日本一かがり火まつり」が行われていた。
簡単に言うと時代劇などでよく見かける城の街灯のようなものをとにかく沢山並べて火を燃やすというような感じのイベントである。
高山市のサイトを見ても、このまつりの歴史や由来などは全く紹介されていなかったので、きっと町おこし目当てで始まったイベントなんだろう。

白樺の林にござを広げ、腰の曲がったおじーちゃんやらおばーちゃんやらが座っている周囲を、子供たちがカキ氷を片手に走り回っている。
観光収入目当ての歴史もない怪しげなまつりなどはあまり好きではないほうであるが、地元の人の憩いの場として存在しているこのイベントはなんだか暖かい空間に感じた。

たまたま通りかかった高原の夕暮れ。満喫してキャンプ場に向かった。(拓)

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寺子屋誘致作戦

8/1に発売された幼児雑誌、「くまのぷーさんとなかまたち」が出版社から送られてきた。
なんと、この雑誌に慈芳が撮影したゾウの写真が掲載されているのである。
ゾウの親子を紹介するコーナーで、ナミビアのエトーシャ国立公園で撮影した水浴びをするゾウの写真が紹介されている(右ページ上)。

「寺子屋美ら地球」で小学生を対象にはしてきたが、さすがに幼児雑誌にデビューするとはあまり思っていなかった。
この写真で、幼い子供たちがアフリカの大地に憧れてくれたらいいなぁ・・・。

幼いお子さんをお持ちの方は、ぜひ書店へ!(拓)

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都会の楽しみ方

今日は朝から、世界遺産からのSOS展に行った。フィリピンの棚田などアジアの文化遺産を中心に危機遺産に指定されている、いくつかの世界遺産が紹介されていた。
僕らが訪れた世界遺産の多くは自然遺産。コンゴのヴィルンガ国立公園など、多くの自然遺産も危機遺産リストの半数ぐらいを占めているが、今回の展示には含まれていなかったのが少々残念だった。

夕方から映画「狩人と犬」の試写会に。久しぶりの映画で僕らが旅の前半に訪れたカナダ、ユーコン準州が舞台だったので、とても懐かしい感じがした。
自然の中で自然の一部として生きようとする主人公を都会で見る人々は何を感じるのだろうか。

珍しく文化的な一日であった。(拓)

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山寺で和む

幼い頃に記憶をたどって、室生寺に行った。
いったいいくつのときに来たかすら覚えていないし、頭にはボンヤリとその風景だけが残っている。
当時はワクワクしながら行ったのだろうか、それとも、「またお寺ぁ・・・」と思っていたのだろうか。

二十年以上経った今、訪れたこの寺は、その当時と変わらない姿で僕を迎えてくれた。

フラフラと建物や周囲の森を眺めていると、自然と癒された気分になる。
幸い、名物の花しょうぶの季節でもない今日は観光客もほとんどおらず、その和みを独占することができた。

蒸し暑いし、両親や妊婦と一緒なので、奥の院まではやめようかと言っていたが、吸い寄せられるように上まで続く石段を登っていった。

沢山の杉の木が聳え立っているので、見晴らしこそはあまりよくないが、腰掛けてボーっとしていると、時間だけが過ぎていた。(拓)

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限りなく環境に優しくないアソビ

熱いパーカッションのライブを聞いた後、そのまま夜な夜な東名高速を西にひた走り、たどり着いたのが鈴鹿サーキット。

鈴鹿8時間耐久ロードレースの前座レース、鈴鹿4時間耐久ロードレースに出る友人の応援のために来たのだ。

前日の予選から彼らの一日に密着した。
走行前の準備、予選走行、走行後の整備と、とにかく休まる暇がない。
日常の仕事を終え、マシンを積んでの夜中の移動から始まる耐久レースは、決して走行時間の四時間だけが勝負ではなく、数日間にわたる全ての日程が耐久レースである気がした。

しかし、モータースポーツとは本当に浪費の塊と言っても過言ではない。
彼らのようなアマチュアレーサーでも、タイヤにエンジンオイル、ブレーキパッドなどはレースの度に使い捨て。
プラグが被ると困るからとエンジンをかけたら、ひたすら空ぶかしの連続。
レース時の燃費を聞くと600ccのマシンで4km/Lとか・・・。

パドックエリアでは、そこここでジェネレーターが回り、タイヤウォーマーやらが使われている。夜の就寝は多くのライダーが愛車ハイエースでアイドリングしながら寝る始末・・・。

レースの度に、僕らの顔を見ては「すんまへん、すんまへん。もう今年で辞めますから・・・」と笑いながら友人は頭をかく。

とにかく暑い熱い数日間であった。(拓)

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セネガルの熱いパーカッション

今日は日本に戻ってきてからやりたいなぁと思っていたことを実際にできた日。
それはリアルなモノに触れたということ。

旅の醍醐味は写真や映像で見たものを、そのリアルなところに向かい、その場でそのリアルなものを体感する。
とはいえ、旅で触れられるリアルなものも限られる。私たちが求めていたものは主に自然や動物であった。体感したくてもできなかったものは音楽などのその地の文化だったかもしれない。

といったことを考えながらふと目に付いたのがセネガルのパーカッショングループ、ドゥドゥ。リアルなパフォーマンスに触れられる、しかも僕らの大好きなアフリカ、ということで迷わず行くことにした。

ライブはすごかった。
僕には豊かな表現力がないので、凄かったとだけ書いておく。

帰ってから、さらに驚くべき事実を知った。
太鼓をたたきまくり、メンバーを鼓舞しながらもの凄いエネルギーを我々に投げかけていたリーダー、ドゥドゥ・ニジャエ・ローズ。彼は実は75歳だったということ。
うーん、恐るべし、アフリカ・・・ (拓)

関連記事はこちら

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ミーンミンミンミン・・・

長らく降り続いた雨がやみ、久々に太陽ののぞいた今日。朝からどこか近くで「ミーンミンミンミン・・・」と蝉の声がした。そういえば旅の間、蝉の声というものをあんまりきいた覚えはない気がする。というか、きっといたんだろうが、あまりに日本の蝉の声を聞きなれているので、違う鳴き声だと蝉だと思わなかったのかも知れない。どっちにしろ、3年ぶりのこのミンミンをきいて「日本の夏だぁー」という気がした。

虫といえば、うちの庭にはいろんな花があるからか、毎日のようにアゲハ蝶が飛んでいる。つがいでヒラヒラとんでいたりするとけっこう優雅で見とれてしまう。中米ベリーズでは、青い羽で有名なブルーモルフォをはじめ、素敵な蝶をたくさんみた。それに比べるとちょっと地味なアゲハではあるが、これもやっぱり「日本だなぁー」と思わせてくれる。

旅の間に比べたら、圧倒的に自然の少ないところに暮らしているわけだが、以前はなんとも思わなかった蝉や蝶のこと、地味~な鳥やその鳴き声、そのへんの地味~な花、そんな小さな自然の営みにも目を向けられるようになった。
こんな旅の効用もあるんだなぁ。

(慈芳)

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「育てよう!愛・地球博の種」を終えて (名古屋市民大交流フェスタ報告 #2)


期間中、実りは多くあったが、まとめるとやはりこれに尽きる。
それは、多くの人に出会えたこと。
隣のブースで出展してる方々、僕らのブースの前で足を止めてくださる方、僕らのプレゼン会場で話を聞いてくれる方、この二日間で何人の初対面の方と話したかは覚えてないくらいだ。
愛・地球博は市民参加を大きく打ち出した始めての万博だそうな。その片鱗を今回も見た気がする。多くの市民の方が活き活きと活動されていた。
もちろん、展示やパフォーマンスの主題が明確でないところや、ブースに立っているけど質問に答えてもらえないなど、課題も沢山はあるとは思う。それはこれから、進めていく中で解決されていくことを願う。

イベントとして、もう少しメッセージ性が強く出ていても良いと思うこともあった。

メインは「市民参加」かもしれないが、扱っているテーマはサステナビリティ系のはずなので、ap bank fesなどのように、利用する電力をグリーン電力で賄ったり、備品にリサイクル用品を使用したりなどの取り組みがあっても良かったと思う。

17:00までの展示時間が終わり、ブースの展示物を撤去して名古屋駅に着いたのが、19:00。
新幹線に乗るなり、爆睡した。(拓)

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心のアラスカ(名古屋市民大交流フェスタ報告 #1)

6月の24,25日に名古屋で行われた「市民大交流フェスタ」に参加することになった。
そのきっかけは「心のアラスカ ~星野道夫の想いを繋ぐ~」さん。 写真家の故星野道夫氏のテーマでもあった「自然と人間の
繋がり」をテーマに、2005年の愛・地球博市民プロジェクトとして立ち上がった団体である。
私たちと心のアラスカさんとの出会いは愛・地球博。といっても私たちは旅をしていたので参加していないのだが、彼らがで写真を公募していたので、私たちの北米・南米の写真を数枚お送りして展示していただき、さらにずぅずぅしくも美ら地球回遊記のチラシまで置かせてもらった。
今回は一緒に出展どうですか?とのお誘いに私たちが飛びついたというわけである。
代表の村瀬さんには「イベント一週間前に初めてお会いし、他のメンバーの皆さんとは全員初対面だったが、星野道夫さんファンがほとんどということもあって、アラスカ好き、自然好きな方も多く、私たちの旅にも興味を持っていただいて、話もはずんだ。
一番印象的だったのは、会に親子で参加されている方が2組もいたこと。世代が違うと考え方や興味が違ったり、特に子供が大きくなると一緒に何かやるということはなかなかないもの。親子で参加できるというのは良いなぁ~と思った。
それにしても、今回私たちが知る由もないイベントに初出展できることになったのもひとえに心のアラスカさんのおかげ。
感謝感激です。
(慈芳)

それに加え、今日はびっくりゲストが登場。
アラスカのデナリで出会い、ケニアのナイロビで再会した地球一周旅行「World Odyssey」のおふたり。
彼らはナイロビで別れた後、僕らがあきらめたヒマラヤ歩きをし、今年の四月に帰国した。
四日市在住ということで、このイベントのお知らせをしたら、オートバイにまたがり駆けつけてくれた。ご丁寧にヒマラヤ土産までいただいてしまい、頭が下がりっぱなしでした。(拓)

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久々に体験する梅雨のツラさ

旅の期間、2シーズンは日本の梅雨とは縁がなかった。
が、久々の梅雨、やはり気持ちのいいものではない。

二年のあいだ一度も着なかったスーツを身にまとい、カバンを持ってオフィスに向かう毎日。
シトシト降る雨でズボンはデロデロ、首周りから全身にはジットリと汗ばんだ不快感・・・。
必死に扇子であおぐが、その行動がさらに発汗を促しているような気もする。

旅の期間で一番湿気が多かったのはやはり雨季に入ったウガンダ。熱帯雨林が生い茂るそのエリアは毎日、決まった時間にバケツをひっくり返したような雨が降る。
朝、テントを乾かす時間がなく、濡れたまま仕舞い込み、夕方になり目的地についてテントを広げてみると、小さな黒い斑点がビッシリ。8時間ほどでカビが生えてしまったのだ。

話を戻して、日本の梅雨。
うっとーしーとばかり言っていてもしょうがないので、最近は梅雨の季節は綺麗なアジサイが咲く季節、山の新緑が綺麗に見える季節と発想の転換もできるようになった。(拓)

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一日雨、そして苦手な準備・・・

いつもの悪い癖で、この週末のイベントの準備がまったく進んでない。前回のちゅらぼし学級訪問もほぼ徹夜で準備をした。
今度こそはとそのときも思ったが、やはりいつもの繰り返し。
今回は写真展示に1時間ほどのプレゼンテーションと、盛りだくさんな機会を与えてくださったので、その分、準備も色々やることがある。
やることを整理し、印刷などお手伝いをお願いする業者に納期の相談・・・。
あっという間に日が暮れ、クロアチア戦のキックオフが・・・。
果たして、間に合うのか・・・(拓)
思えばアラスカ行きのチケットをとったのも前日だった。とことん準備は苦手らしい・・・(慈芳)

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 知り合ってからほぼ一年、でも初対面

今日は新横浜駅にて、ある方と会う予定になっていた。
その方とは、もう一年位前から何度かメールのやり取りはしているが、実際にお会いする機会がなかった方なのだ。
去年の愛・地球博で僕らの写真を展示してくださり、この次の週末、23・24日に名古屋にて開かれるイベントに、僕らを呼んでくださったので、その打ち合わせにと用事のついでに新横浜駅まで来てくださった。
「新幹線の切符売り場で」、と事前に電話で確認していたが、実際行くと、わからない。
もう一度周りを見回し、なんとなく目が合った方と判明。握手をして、一気に打ち解ける。
カフェに入り、事務連絡はパッパと終わらせて、旅の話や別の話に花を咲かせた。
この週末はよろしくお願います!

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ホタル

初夏の風物詩といえば・・・ホタル。
ホタルは見られる場所と期間が限られる上に、雨が降ったら飛ばないなどと条件があるので、
都会に住んでいるとなかなか見るのが難しい。
うちから最も近いと思われるホタルスポット湯河原で、今週ちょうど見ごろとあったので
夕方から雨のあがった今日、今しかない!と思って行ってみた。

ホタルがいるという川沿い、いるかなー?とじぃーっと目をこらすと、川原の木々の中に小さな緑の光が。
いるいる!かわいい!(実物はあんまりかわいくないことはわかっちゃいるが緑の光が強くなったり弱くなったりしながら
飛び回っているのはやっぱりかわいい)
なるべくたくさんいるところを探して川沿いを少し散策。
どうやらここのホタルは木立の中が好きなようで、そのあたりに光が舞っている。
川の音と緑の光の舞。やはりいいもんだなぁー。
きっと昔は珍しくもなんともなく日本中でみられたものなんだろう・・・

最近では減ってしまったホタルを放流で増やして観光の呼び物にしようという試みがあちこちで見られるようだが、
川をきれいにして緑を増やして天然ボタルが自然と増えるとよいなぁ。

(慈芳)

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ナイロビ以来の再会

今日は、ナイロビですっかりお世話になったS氏と半年振りくらいの再会。
S氏は5年間のナイロビ駐在生活を終えた後の日本生活、僕は1.5年の放浪生活の後の再会。お互い、久々の日本の都会をどう感じているか、そんな話題も楽しんだ。
でも、やっぱり話題の中心はアフリカネタ。マータイさんがどうだの、ナイロビのスラムで活動している日本人の方の話だの、色々興味深い話を聞かせてもらった。
チャッチャと食事をした後、渋谷の109向かいあたりにある老舗の安居酒屋、日本海へ。
偶然、二人とも学生時代にお世話になったと知り、笑ってしまった。
やっぱりアフリカつながりはいいなぁ・・・(拓)

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夢追い人

雨予報を覆しての快晴の朝、富士スピードウェイに向かった。
二回も仕事を休んでまで僕らを成田まで迎えに来てくれた僕の友人は、バイクレーサーというもうひとつの顔を持っている。
その彼から、人手不足だからサポートをしてくれと依頼があったからだ。

彼の目指すところは国際A級というオートバイレースの頂点に位置するカテゴリ。そんな高いところに目標を置き、サラリーマンゆえの制約の中でなんとか這い上がろうと頑張っている。
僕らもたまに「1.5年も南米やらアフリカを旅してすごいねぇ」なんて言われることがあるが、彼に比べれば僕らなんて何もすごくない。
僕らの旅なんて、やりたいと思えば誰でもできることなのである。

彼の土俵には確固たる基準があり、その狭き門に同じ夢を抱いた人々が群がっていて、その客観的な基準をクリアしない限り、達成できないのである。

普段はバカッぷりを惜しげなく見せてくれる彼であるが、サーキットの上ではいつもと違った眼をしていた。

人が夢を追う姿はカッコいい。僕も負けてられないな。(拓)

(ゴール直後、今日の走りを振り返る友人)

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田植え

2年ぶりに田んぼに来た。
朝から始まった田植え。天気はあまりよくないが、それほど崩れる様子もない。
やり方はすっかり忘れてしまっていたが、いつもどおり、農家のおっちゃんが、厳しく教えてくれる。
まっすぐ植えるために、植えた稲がプッカリ浮かんでこないように、色々やり方があり、田植えもなかなか難しいのである。 

今年の田んぼはいつもより広く、人数が少なかったため、途中でダレてしまった。
昔はもっと大きな田んぼでもみんな手植えしていたかと思うと、その労働の大変さを実感してしまう。
しかし、休日のひと時に泥と戯れ、日本人の心である稲を育てるということはけっこう気持ちいい。今日植えた稲たちの育ちっぷりが楽しみでしょうがない。(拓)

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がんばれ!ユニクロ in NY

数日前の新聞にNYに進出するユニクロがカタカナのロゴを使用するという記事が出ていた。(関連記事はこちら
個人的に僕は大賛成。というのも、世界に誇れるモノづくり大国にも関わらず、日本製品につけられた名前は、ほとんどよくわからないコトバ。日本語では意味がわからないコトバばかりだ。iXY、Walkman、Collora・・・。
僕らがお世話になったモンベルはカタログに漢字を多用したり、和な感じを大切にしている数少ない会社のひとつである。

正直に言うと、僕も学生くらいまではそういった洋モノ文化が大好きだった。

でも、今はそれが味気なく感じている。「追いつけ、追い越せ!」の間はそれでもよかったかもしれない。
でも、TOYOTAがグローバルの車市場でトップになる今、車の名前も日本語にすればよいと思う。

ちなみに、古いスズキのジムニー。
米国での車名は「SAMURAI(サムライ)」。
いかにもっ、て気もするが、僕はそれでいい、それがいいと思ってる。(拓)

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とうとう

手に入れました。僕らのお気に入り雑誌、ナショジオの全巻。
日本版の創刊号から合わせて80冊あまり。
旅の宿で度々見かけた棚に並ぶ黄色い塊。自分の家にも欲しーいと二人で言っていたんです。
帰国後、しばらくネットオークションでウォッチしていたところ、たまーに出てはいたものの、気がついたら終わっていたり、高値が付いて、諦めたり・・・。
今回はあまり競る相手もおらず、4,700円で80冊お買いあげ~。

実はこのナショジオ、自分たちが楽しむだけでなく僕らの次の一手にも重要な役割を果たすはずなんです。
中古で自分たちの欲しいものが安値で手に入る。これほど嬉しいことはないなぁ。(拓)
実は英語版もねらってます・・・(慈芳)

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帰国後初キャンプ

1.5年に渡った旅行期間のうち、合計9ヶ月くらいはテントで寝ていた私たち。帰国してから、暫く時間が経った今日、半年振りくらいにテントを張った。長野県のとあるキャンプ場。テニスコートや大滑り台があるような、普段ならあんまり選ばないようなキャンプ場であったが、都合上、そこに泊った。

とはいえ、久々の我が家と布団(テントと寝袋のこと)を広げ、静まり返った谷間での感覚は久々の至福。やっぱ、これがいーなー!と二人で話しながら、旅のときと同様、スッと眠りについた。

就寝前の最後のトイレに行ったときに、見えた遠くのピカピカ。
案の定、寝てから暫くして、僕らのエリアにも到着。一晩中、そして、翌朝も強い雨。久々のキャンプで大雨。だれの行いに問題が??

久々ゆえに雨具もスッカリ積み忘れ、ビショビショになりながら撤収作業を進めた。(拓)

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廃校に泊ってみた

長野に来た私たち、今日泊るのは廃校を利用したお宿。今はふるさと体験センター兼宿泊施設となっているのだ。(詳細はこちら) 宿泊室以外はほとんどもとのまま。給食室と思われる食堂に、理科室と思われる体験学習室。壁に飾られた版画なんかは以前の小学生がつくったものなんだろう。(写真)

通った学校が廃屋になるのはしのびないと、町で生まれ変わらせた廃校である。全国で、特に田舎で子供の数が減り、廃校が増えているので、このように宿や交流施設になるケースは多いようだ。長野県ではほとんどの廃校はつぶされずに利用されているとか。使われなくなったら捨てられるOR取り壊されることが多い世の中で、なかなかけっこうなことである。

セルフサービスなので料金もすごく安い。なんと大人1人1,575円(学校の維持・管理費は自治体が負担、ランニングコストのみを利用者に請求しているとか・・・)。そんなこんなで、そんじょそこらのキャンプより安い・・・
あたりは、有名アトラクションはないが国道をちょっと離れると山里の雰囲気あふれるなかなか素敵なところ。最近ちょっとブームの里山体験なんぞいかが?(慈芳)

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ココの手術

私を知っている人はみんな知っている愛犬ココ。そのココが生まれて始めて本格的な病気になって入院・手術した。12歳と高齢なので「一応リスクもあるけど、たぶん大丈夫だよ」と先生にいわれ、自分も家族も入院経験がないので心配でたまらなかったのだが、2時間の大手術は無事に終わり、2日後にココはうちに帰ってくることができた。手術前は輝きがなくなっていた目が今はきらきらしている。良かった! (写真: 今のココ)

ココの手術でこんなことも思った。日本では犬が病気だったら星の数ほどある動物病院に連れて行って薬をもらうだの手術をするだのすればよい。今は獣医学もかなり進んでいるから大抵の場合治る。現に犬も高齢化が進んでいるという。でもそんなことができるのは世界の中ではごくごく一部の先進国だけ。人間の病気も診てもらえないのに犬が病院に行くなんてありえないところがたくさんあるはずなのだ。
それを考えると私たちはなんて贅沢で幸せなんだろうか・・・ (慈芳)

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いざ、ナミビアへ!

今日嬉しいニュースが届いた。
私たちが旅の途中に滞在し、ボランティアワークさせてもらったナミビアのオムシーヤ村(詳細はこちら)。現地の子供たちと直接ふれあえたこの村・学校に何かしら貢献したいとずっと思っていた。帰国後、プラス株式会社に文具寄付の協力を依頼したところ、快諾していただき、今日、まさにナミビアに送られようとする荷物の写真が手元に届いたのである。

文具たちはこれから2ヶ月あまりの船旅を経てナミビアに到着する予定だ。オムシーヤにいる米国のボランティア、ジェニファーからも大興奮のメールが届いている。私たちが10日間通った学校の先生と子供たちに届くのが今から楽しみで仕方ない!
快く寄付にご協力していただいたプラスさま、本当にありがとうございます。(慈芳)

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そういえば

昨日のASBのライブで面白い告知があった。
5/26から三日間、東京でライブをするらしいが、興味深いのが5/28に銀座アップルストアで行われるインストアライブ。

その日は、いつもの演奏だけではなく、グラフィックデザイナー赤松直樹氏とのコラボレーションが企画されているとか。
彼ら数ヶ月前に発売したアルバム「snowman」そのジャケットデザインを担当したのが、赤松氏。

なんと、当日はASBのライブ演奏に合わせて、赤松氏がその場でグラフィックデザインをするそうだ。

なんだかとても面白そうなのだが、残念ながらその日は田植え(私は農家ではありません。農業体験を楽しんでおるんです、最近)。
うーん、行けない。 (拓)

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リアルを感じる喜び

今日は、夕方から新宿へ。
新宿は僕の中ではできれば行きたくない所ランキングNo.1の街。大きすぎて、人が多すぎて、あんまり得意ではない。

新宿サザンテラスにある「トラベルカフェ」というところに行って、その後、新宿Naked Loftに向かった。
今日はアランスミシーバンドのアコースティックユニットのライブがあるということで、ここに来てみた。

最近はmf247やラジオでも少しづつ知名度が上がっている彼ら。今日のカフェも気がつけば満員。カフェなのに立ち見の人が大勢いた。
トリを努めた彼らのパフォーマンスはいつもながらなかなか熱く、楽しいひと時であった。

中学時代からの腐れ縁であるボーカルの顔を凝視することはあまり好きになれない。
でも、やはりライブというリアルな場で音楽を聴くということはやはりいい。

最近、インターネット教育に関する本を読んだ。
デジタル化が進む中、デジタルという法則化された情報のみを脳に送り込んでいると、次第に脳はそういった情報しか処理できなくなると。
デジタルも良いが、やはり無駄なものも多く含んだリアルな情報を五感で感じ取り、脳で処理することが大切というのは、感覚的にもわかる気がする。

旅の間は大自然や原始的な暮らしを「リアル」で体験することができた。街にいるしばらくの間は文化の面でも「リアル」を楽しみたい。 (拓)

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ゲバラと美ら地球

旅の途中で、何度か襲われた欲求、それは映画が見たいという欲求であった。
L.A.で見た「Fahrenheit 911」と「Riding Giants」を最後にしばらく映画には縁がなかったが、バスを待つペルーのとある町で映画館を見つけて、入ってみることにした。

そこに並んでいる映画は日本同様、ほとんどがメジャーな米国映画。どれもこれもあんまり見る気がしない。
その中で唯一、興味を引いたのが「シャーク・テイル」。
つたないスペイン語で、「字幕か音声は英語か?」と聞いてみると、スペイン語吹替えで字幕はなしとの返答。
結局、映画はあきらめ、川のほとりでたたずむことにした。

今回、帰国してからも映画をみたい!という欲求は強く感じたが、近くのレイトショーをやってる映画館では、ほとんどが、いわゆる米国映画ばかり。
年を食ったのか、感性が変わったのか、調べはするものの映画館へ向かう気はしない。

そんな感じで、DVDをレンタルすることが増えた。
今日見たのは「モーターサイクルダイアリーズ」。
2004年の秋、ペルーやボリビアをフラフラしていたときに、「日本で南米舞台の映画やってるよ」と何人かの知人が知らせをくれた映画だ。

あの、自分の目で見た南米の風景、貧乏旅行をする二人の姿を見ていると、「また、行かねば」という感情が湧き上がってきた。 (拓)

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二年ぶりの・・・

今日、4/10。二年間滞っていたある出来事があった。
人間が生きていくうえで、多かれ少なかれ必要なアレ。
なんでしょう?

そう、お給料でした~。

2004年の3月末に退職。それ以降、旅の間は出て行くのみ。
銀行口座からドンドン減っていき、底付いていた残高が、久しぶりに潤った。

感想? やっぱり、嬉しい。

モノのない生活から、モノが溢れた世の中に戻ってきたが、特に「給料が入ればこれが欲しい!」なんて欲求は不思議とない。
社会人時代は、初月給、初ボーナス、昇給記念など、理由をつけて色々買っていた自分を思い出す。

今日のこの記念日を慈芳の母と一緒に「豚カツ」。
今まで支えてくれた家族や友人、仕事を紹介してくれた方など、多くの方のことを思い浮かべながら、食べ放題の漬け物、キャベツの千切り、そしてカツのサクサク感を満喫した。
(拓)

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仕事と余暇

調べ物をしていて、おもしろいデータを目にした。財団法人社会経済生産性本部が発行する「レジャー白書」から抜粋されたデータ。そのテーマは「国民生活における仕事と余暇」。

質問そのものの意義はさておき、回答結果が非常に興味深い。その質問は「生活において仕事と余暇にどのような力配分をしているか」。一番多いのが
「1.余暇も時には楽しむが仕事のほうに力を注ぐ」で31.0%
それに次いで「2.仕事も余暇も同じくらい力を入れる」30.7%
その次が「3.仕事は要領よく片付けてできるだけ余暇を楽しむ」24.7%

僕自身が驚くべきは余暇より仕事に力を注ぐという人が3割強でトップという点。
先日のニュースでは「仕事でストレスを感じているという人が8割近くいる」なんてことも言っていたので、まさかと思った。
ストレスを感じながらでも仕事に力を注ぐしかないということなのだろうか・・・。
それとも、「俺は仕事に生きる!」と自分に言い聞かせようとしているのだろうか・・・

2年ほど日本のビジネスの世界を離れて戻ってきた今、つくづくと「日本人は働きすぎ」と感じる。
ヨーロッパで訪れた友人は忙しいといっても大体18~19時には家に戻っていた。フランス人の3児の母は「だんなの帰りが19時を超えるなんて考えられない!」と言っていた。この質問、ヨーロッパでしたら大きく結果が異なるんだろうなぁ。

え? 僕? そりゃ、3.もしくは2.だなぁ。 (拓)

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ささやかな楽しみ

犬の散歩でほぼ毎日近くの河川敷を歩いている私。旅の後遺症(!?)か、フランス映画「WATARIDORI」の影響かつい鳥に目がいく。以前は全くもって気にしていなかった多摩川の鳥たちだが、よくよくみると大きな水鳥が川でえさをとっていたり、渡り鳥が隊列を組んでいたり、草っ原をチュンチュン飛び回っていたり・・・ アフリカのように色とりどりというわけにはいかないが、くちばしがオレンジだったり、羽の一部が黄色かったり、都会でも意外といろいろいるものなのだ。なんだか今まで見えていなかったものが見えてきたようでちょっと得した気分である。野鳥図鑑もついに購入! これからは犬の散歩に双眼鏡をもって出かけることになりそうだ。(慈芳)

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恐るべし、新幹線

いま携わっている仕事では結構出張が多く、少なくとも週に一度は大阪を往復している。浦島太郎の僕は何かにつけて新鮮味や恐怖感を味わいながら毎日を過ごしている。
今までの旅路では、移動は一日仕事。移動だけがその日のやるべきことなのである。バスターミナルはどこかと町中を駆けずり回り、やっと見つけたと思いきや、バスは満席(さらにすし詰め)になるまで出る気配はなく、走り出したと思ったら、脊髄に直接くる刺激と共に8時間とか。身なりはといえば頭の先から足の先まで砂埃まみれ。到着して、寝床を探して、テントを立てて、気がつくと外はおてんとうさまは地平線に隠れる。そんな毎日であった。
それが、ここ日本では新幹線に乗って、行きの新幹線で資料を作って、大阪で会議に出て、帰りの新幹線ではまた資料を作ったりメールを書いたり・・・。京都や名古屋が近づき、新幹線が徐行を始めるとネットワークにつないでメールの送受信・・・。車内はとても明るく、足のスペースも異常すぎるほどあり、検察のにーちゃんは深々とアタマを下げる。
快適といえば、快適。でも、あの窓の外から競うようにヤキトリを売りにくる光景が懐かしい。(拓)

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ちゅらぼし回遊記の締めくくり

これが終わるまでは、美ら地球回遊記の終わりとはいえないと思い続けていたイベントを今日行った。
ちゅらぼし学級訪問である。
この1.5年の間、二学年にわたって、旅先からリアルタイムに交信をしていた小学五年生の教室訪問である。

去年と同様に二時限をもらい、旅の説明や世界の人々の暮らしについてプレゼンテーションを行った。最初は緊張気味だった子供たちも次第にほぐれ、多くの質問をしてくれた。

この企画を考え付いたときに、こうなればいいなぁと思っていたこと。それは一人でもいいから「僕も旅をしてみたい」、「私も夢に向かってがんばるよ」という言葉を発してくれると良いなと。
それが今日、現実となった。

終わった後、みんなにさよならを言って校長室に戻ると、なつかしの給食が二人分用意されていた。

20年前と変わらない食器、先割れスプーンを使って、懐かしい味をかみ締めた。 (拓)

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外を見て気付く、和の良さ、祖父の懐かしみ

今日は朝から祖父母の家に行くことにした。なぜ行きたくなったかと言う理由は明白、多趣味であった祖父母の作品やその他の和の雰囲気を感じたくなったのだ。今は誰も住まないその家だが、流れる空気はノンビリと落ち着いた感じがした。壁にかけられた祖父が作った数々の和紙製のお面、祖母の拓本など、昔は興味がなかったものが
目に飛び込んでくる。

お面作りを手伝うと言った幼少時代の僕は、一生懸命お面を磨き、気がついたらお面の鼻がなくなっていたという話は、家族が集まるとよく出るネタだ。ひとつひとつのお面をじっくりと眺めているとすぐに時間が経ってしまった。

午後は20年近く会っていない親戚の家に。京都の加茂町という昔ながらの瓦屋根の家が立ち並ぶ町を訪れた。ここのお目当ても昭和2年に建てられたという古民家と幼心に覚えているおもしろいおばちゃん。20年以上も会っていない事なんて感じさせない変わらない陽気な出迎えを受け、家の中を案内してもらった。中から見ると天井から光が漏れているが、昭和2年から葺き替えたこともない瓦屋根は雨漏りひとつないそうだ。

あぁ、古きよきニッポン。もっと大切にしないとなぁ・・・(拓)

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快適夜行バスの旅

回遊中交流していた小学校を訪れるべく、奈良へ向かった。車がないので、新幹線かバスか飛行機かなど悩んだ末、今回は夜行バスに決定。新宿23時発大阪行きである。この路線の夜行バスにはいろいろグレードがあるようだが、意外と空きのあるバスが少なかったことと、まぁ日本なら7時間くらいどんなボロバスでも快適だろうと思ったので、4列、トイレなしという一番グレードの低いバスに乗ることにした。

実際乗り込んでみると、予想どおり全くもって快適そうなバス。なんと天井にはシャンデリア、座席の前後間隔も意外と広い! そしてもちろん日本の高速なんて揺れようのないスムース道路。全く問題なし!といいたいところだったのだが、この日に限って私はお腹をこわし、1つめのサービスエリアまで寝付けないはめに。トイレがあったら良かったなぁ~・・・
(慈芳)

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都会で役立つアフリカ生活!?

帰国後、家でお湯まわりの問題が発生。まずはお湯管からお湯がもれ、どこかから流れっぱなし、ゆえに給湯器のガスもつきっぱなし。水道屋さんを呼んでそれをやっと直したと思ったらなぜか数時間で給湯器の点火装置がいかれてしまい、火がつかない・・・ 給湯器メーカーのサービスマンが来るまでほぼ丸1日お湯が全くでない事態に陥った。
夏ならいいが今のこの寒さで全くお湯なしはけっこうつらい。そこで、私たちはやかんでお湯をわかし、そのお湯を洗面台にためて手や顔を洗うことにした。思えばこの方法、アフリカでシャワーがないときによく使った。そのときはもちろんガスコンロもないからキャンプストーブで鍋にお湯をわかして。

(タンザニアのホテルにて手動お風呂の図。蛇口はふたつあるがもちろんお湯はでなかった)

なつかしいなぁ~と思いつつも何で日本でこんなことやってるんかなぁ~なんて思ったお湯なしデーであった。(慈芳)

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10ヶ月ぶりの温泉

私たちが旅の間ラーメンと並んで恋しがっていたのが温泉。今日帰国後初めて温泉に行った。今回訪れたのは修善寺温泉。平日だったので人も少なく、宿でのお風呂は貸切状態。ひさびさにゆったり湯につかってポッカポカ。幸せいっぱい・・・

旅の間に温泉らしい温泉に入ったのは2回しかない。米国コロラド州で行った、看板も何もない知る人ぞ知る露天風呂(そのときのブログ)とナミビアのフィッシュリバーキャニオントレッキング中の温泉(そのときのブログ)である。他にも温泉と名のついたところはいくつかあったのだが、どれもヨーロッパの「スパ」風で私たちの好む温泉ではなかった。スパは私たちにとっては温泉というより温水プールである。日本の温泉のように岩や木造りじゃないし、すごくぬるくて全く温まらない。しかも本当の温泉は水着を着てはいるものじゃなーい!と私たちは勝手に思っている。
南米パタゴニア地方の北部や東アフリカの山の上など、行きたくても行かれなかった温泉もあって、そのあたりはもしかしたら素敵な自然の温泉かもしれないが。

それにしてもやはりこれほど温泉が親しまれているのは日本だけだと思う。きいたところでは、フランスでは熱い湯は体に悪いと思っている人が多いから皆あんまり興味がないらしい。もしかしたら、だからヨーロッパのスパはぬるいのかな? 

だから私たちが「日本ではトレッキングの後で必ず温泉に入ってるよー」と言っても、皆「いいねぇー」とは言うがその気持ち良さを本当に知っていてピンときている人はごく一部と思われる。
ヨーロッパのバックパッカーに日本が敬遠されているのがちょっと悔しい私たちは、この日本の温泉の素晴らしさを知らしめてやるぞーっと密かにたくらんでいる。(慈芳)

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ばっさり!

今日、切りました。 旅の期間、2年弱の間伸び放題だった髪の毛を。

僕らのような長期の旅人は僕のように伸ばしっぱなしにするパターンとスキンヘッド、いわゆる「ハゲ」にするかどちらかに二分されると思う。きっとそれは0もしくは100で、あいだはないという感覚なのだと思う。スキンヘッドは小さなバリカンひとつあれば慣れればいつでも誰でもできる。それができない人、やらないほうがいい人は伸ばし続けるのだと思う。
中途半端な髪型は継続的な手入れが必要で、見知らぬアフリカの大地などで散髪を頼むのはけっこう勇気がいる。

僕は後者、スキンヘッドはやらないほうがいい人(僕の絶壁頭ではハゲはダメだ!と日本にいたときに美容師に断られた経験がある・・・)。


(バッサリ前: アムステルダムの空港にて)

(バッサリ後: 自宅庭にて)
美容師に「もったいない」とか言われたが、僕自身は未練のようなものはあまりなかったし、どうせ切るならバッサリと思っていた。次なる新しい日々に積極的に歩いています!
(拓)

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運命という言葉

「運命」という言葉をよく使う友人がいる。その友人は大学時代にアルバイト先のレストランで、幼なじみと「運命的」な再会を果たし、恋に落ち、その相手と結婚した。
その友人と話すとよく出てくる「運命」という言葉に、昔の僕はあまりピンと来るものがなかった。
すべてのことに関してではないが、自分が自分の居場所に立ち、その環境に身を置いているということの大半は自分の意思によるものだとも思っていた。
しかし、この長旅の中で、僕もその「運命」という言葉に対する認識が変わってきた。というのも自分が今、こうやって旅をして地球上の様々なところを自分の足を運び、自分の五感で感じているということは「運命」なのかもしれないと。

確かにこの旅の準備には頭を悩ませ、様々な努力をし、多くの人に力を借りて実現した。しかし、もし僕がアフリカ大陸に存在する、とある小さな村に生まれていたら、こんなことは実現したのであろうかと考えるのである。旅が実現したことに対して自分の意思で動かそうとした部分なんかは、日本という国で自分の親の下に生まれたことに比べれば微々たる要因である気がする。

「運命」、えらく小っ恥ずかしい言葉ではあるが、もしかしたら、これからは自分の口からも発せられるかもしれない。(拓)

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光にあたろう!

アムステルダムにある友人宅を訪れたときのこと、机の上にこんなものがあるのに気付いた。

最新グッズにうとい私たち、ヨーロッパの流行りモノかなと思って「これ、なーに?」ときいてみた。
すると、「あ、これね、日が短い冬の間、これに当たるようにするといいんだって」とのこと。つまりデスクトップ太陽! よくよく見ると光の強さを調整するボタンやタイマーがついている。
彼女の会社ではなんと全ての人のデスクにコレがついているのだとか。冬極端に日が短くなる北ヨーロッパでは良くつかわれているらしい。日焼けより美白の日本に対して、太陽にあたるのが大好きなヨーロッパの人々らしいこの品、効用はいかに!(慈芳)

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フランスの家庭を垣間見る

南アフリカで知り合ったフランス人家族を訪ねてリヨンにやってきた。日本にすごく興味を持ってくれていて近いうち行ってみたいといっていたので、いろいろ教えてあげるよということでやってきたのだが、それ以外にもフランス流の仕事と家庭のバランスや日本との教育システムの違い、などなどいろいろ興味深い話をすることができた。
私たちが感激したのが、お父さんが19時前には家に帰ってきて一緒に夕食を作ったり、子供の相手をしたりしていること。フランスでは家族第一!という話はよくきいていたのだが、ウソではなかった。日本で19時にお父さんが台所に立っているなんてめったにないのでは!?

フランスでは仕事場以外のつきあい、のみニケーションがほとんどないという。たとえば新しく入社する人や退職する人も自らそのような場を開かない限り、歓送迎会などは行われないとか。しかも自ら開く場合もアフターワークだと誰も来ないから仕事時間内にちょこっと開催したほうがいいらしい。日本人の感覚からするとそこまで付き合いがないのはちょっと寂しいし、デスクを離れてコミュニケーションすることも少しは必要な気はするが、これも家庭が最優先のフランスならではなんだろう。

(写真:家族で団欒)
これぞ家族!というような温かい家庭を垣間見ながら、「こんなんがいいねぇ~」を将来を思い巡らす私たちでありました・・・ (慈芳)

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SUDOKU & SANTOKU

「SUDOKU」ってご存知だろうか? フランスの書店で見かけた本の題名、なんか日本語っぽくない?と調べてみたところ、やはり日本発祥「数独」「ナンバープレイス」などと呼ばれているゲームだとか。日本でどのくらい流行っていたのか(いるのか)知らないが、こちらヨーロッパでは今大ブームらしく、どこの書店・キオスクに行っても「SUDOKU」本が平積みしてある。

(写真:スペインの新聞にのっていたSUDOKU)

そしてもうひとつ、日本の言葉がそのまま商標になっているものに「SANTOKU」がある。ジュリアンと包丁の種類を調べていたときのこと、ドイツの包丁メーカーで「SANTOKU」という種類の包丁を発見した。これってもしかして日本の「三徳」のことかな? と思っていたらフランスの包丁メーカーでも同じく「SANTOKU」を発見。こんなところで日本の職人技が評価されていると知ってちょっとうれしくなった。
(慈芳)

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人生初の誕生日ケーキ

今日は一ヶ月強のあいだ滞在したアンティーブでの最後の夜である。
単なる偶然なのだが、今日は僕の誕生日。

ジュリアンが帰ってきたのは18時半くらいだったであろうか、いつものニコニコした笑顔で「オタンジョウビ、オメデトウ」といって何かを取り出した。
彼からのプレゼントは「Saint-Julien」という彼の名前と同じワイン、しかも1997年モノだ。
いつも数ユーロの数年モノのワインしか飲んでいない僕にとってはえらい代物だ。

そのほかにもまだあった。コルシカ島産のチーズ。チーズケーキではなくチーズである。
そのかぐわしい香りのするチーズの上にロウソクを取り出して並べ始めた。
二人にハッピーバースデーの歌を歌ってもらい、フッとろうそくを吹き消した僕の目頭はかすかに潤んでいた(これはウソ・・・)。


そういえば、去年の誕生日もアルゼンチンにて、合流した友人にワインを贈ってもらい、おいしく飲んだ。(昨年の誕生日ブログはこちら
気持ちよく酔っ払いあまり働かない頭の中を、僕の人生を彩ってくれている多くの友人の顔がたくさん浮かんできた。(拓)

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JFSの新しい活用法

僕らがお世話になっている、ここの住人ジュリアンは日本語を学ぶフランス人である。
奥さんが日本人(慈芳の友達)であることもあり、日本語はかなり上手。最近、日本語検定の試験も受けたばかりだ。
僕らもジュリアンとは基本的に日本語で話をしていて、難しい話になると英語での会話となる。
そんな彼は日本でも仕事ができるようにと今も週に一回の日本語クラスに参加しているそうだ。

ある休日の朝食どきに、ASB( The Alan Smithy Band) の曲をかけていてJust For Sake of it(僕らの友人が歌う僕らのテーマソング)が聞こえてくると、「この曲の歌詞、ある?」とジュリアンが聞いた。ジュリアンもこの曲が初披露された僕らのウェディングパーティに出席してくれた一人なのだ。

「最近、擬態語、擬音語を学びました。」という彼にとって「グネグネ」、「モヤモヤ」などが多く出てくるこの歌ははちょうどいいようで、さっそく慈芳と一緒にこの曲の歌詞を使って日本語の勉強。

漢字にフリガナをつけ、わからない単語は余白に意味を書く。一時間ほどで一通り終えた後は三人で大合唱。

しばらくして、改めてこの曲をささげてくれた友人夫婦への感謝の念が沸いてきた。(拓)

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王様パレードとガレット

キリスト教ではクリスマスとともに重要な日が1月6日。これは生まれたばかりのイエス・キリストのもとに3人の王様が訪れるという日らしい。こちらの方が元旦より大事みたいだ。

各国各地域でそのお祝いの仕方は違うようだが、たとえばスペイン・バルセロナでは、年末くらいから街中に王様がちらほら現れはじめる。小さなステージに椅子が用意されていてそこに王様の格好をして座り、子供たちにキャンディをあげたりしていた。当日は休日だそうで、バルセロナでは王様パレードが行われる。港に船で到着するところからはじまるというかなり本格的でにぎやかなイベント。その様子がネットで同時中継されたりしている。

一方こちら南仏では特に休日にはなっておらず、王様パレードもないのだが、そのかわりガレットとよばれるアーモンドパイを食べる。このパイは必ず紙の王冠と共に売られている。パイの中に1つだけ小さな人形かまたはアーモンドの粒などが入っていて、切り分けたパイの中に入っていた人が当たり!王様である。

それにしても、スペインでは王様パレードで、フランスはガレット食べるだけというのが、なんとなくお国柄が感じられて面白い。

そんなわけで私たちもこの週末、このパイを買って王様ゲームをした。
あたりはめでたく ↓ ちなみになんかプレゼントはもらえない・・・

(慈芳)

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カタルーニャ語から考える

スペインのバルセロナで多く話されている言葉は実はスペイン語ではなく、カタルーニャ語。素人目にはフランス語とスペイン語がミックスされたような言葉に聞こえる。街の表示もまずカタルーニャ語。次にスペイン語という順で書いてあり、カタルーニャ語をもっとしゃべろう!という運動も新聞で見かけたりして、このあたりの人はこの言葉を大切にしたいんだなーというのが伝わってくる。

ヨーロッパは地続きでいろんな国が隣り合わせになっており、現在はEU圏内は国境で入国審査もないから非常に行き来しやすいが、だからこそ皆それぞれ自分たちの独自の文化を守ろうという気持ちが強いような気がする。それは国単位だけでなく、カタルーニャのように地方単位だったりもするのだ。その意識が強すぎるからか、各国で隣の国の人を小馬鹿にしたようなジョークが飛び交ったりもしているようだが・・・

それに比べて日本では、他の国の文化をいろいろ学んでいいところは取り入れようというのは良いのだが、とりいれる代わりに日本独自のものを守ろうという気持ちが弱くなってしまっていたんだという気がする。戦後復興が米国によって行われ、急速に欧米化(というより米化)が進んでしまったということもあるんだろうが・・・。もちろん最近はそういったことによる反省が見えることもよくあるが、既に失ったもの多しという気もする。

高校くらいのときは、一部の海外では「日本では皆着物を着て歩いている」と思われているときいて、なんか馬鹿にされているかのように感じたものだが、今は逆にそれはそれで良かったんではないかなんて思ってしまう。これまた歳取ったのかなぁ・・・(慈芳)

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年越し @ バルセロナ

今年の年越しはバルセロナ。バルセロナのあるカタルーニャ地方の年越し必須アイテムは、CAVA(カバ)と呼ばれるスパークリングワイン、ぶどう、そして赤パンツ(詳細は12/31のブログ参照)。
私たちはまり&ジュリアンと、日本+カタルーニャ式の年越しをすることにした。まず大晦日の夜CAVAで乾杯。そして年越しそばを食べる。
23時、たまたま日本から来ていた私たちの友人とさらに合流。カウントダウンで人が集まるらしいというカタルーニャ広場へ。警官がいっぱいいるとか地下鉄の入り口が封鎖されているらしいときいていたが、何のことはない、少々ざわめき発っているくらいである。地元の人たちは皆CAVA瓶をもってきているが、広場の入り口で持ち物チェックがあり、ガラスは危険なので瓶は回収され、中身をプラスチックのコップにうつしかえさせられる。
カウントダウンは12秒前から始まって、ここでブドウの出番。1秒に一粒ずつブドウを食べる。皮・種なしのブドウを用意するらしいが、私たちのぶどうは皮・種あり。全くもって1秒1粒食べられず、あれよあれよという間にカーン!。年が明けた!

(写真:ブドウを食べる人々)

カーンという時計台の音がなった後、大騒ぎするのかと思ったがそういうわけではないらしく、平和にそのひと時は終了。

そのあとは、まり友人のスペイン人と待ち合わせをしたバーへ。教えてもらった場所に着くと、バーのシャッターは閉まり、ひっそりとしている。ようやく1時前くらいになり、シャッターが開き、中から掃除のおばさんが登場。あれ・・・
誰もいない街角で待つのも寂しいので、立ち去ろうとしたところにちょうどその友人がやってきた。

彼いわく、ここではカウントダウンの時間は家族といたり、レストランで食事中という人が多くて、そのあと夜中から街に繰り出して騒ぐようだ。そもそも元旦が日本ほど重要な日ではないので、普通の金曜の夜と一緒のノリらしい。それにしても1時で誰もいないパーティ会場って・・・
そうこうするうちに真夜中2時をすぎるとやっとバーが賑わってきた。やっぱりキャンプ生活と都会は時計が違う・・・
そんなわけでこの日帰宅は5時近く。元旦は朝寝坊してからお雑煮を食べた。う~ん、やっぱりこれだな~。(慈芳)

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カタルーニャの赤いパンツ

バルセロナに再びやってきた。町のそこここで、前に来たときには見かけなかったものを発見。街角の出店にやたらと赤いパンツが並んでいるのだ。よくよく見ると絵がかいてあるものが多く、バニーちゃんの耳がついているのもある。なんじゃこれ?と思っていると、カタルーニャ新聞に答えがあった。バルセロナのあるカタルーニャ地方では、赤いパンツをはいて年を越すと良い出会いがあるといわれているとか。


(写真:出店に並ぶ赤パンツ)
それを知ってからよくよく観察してみる破れたジーンズの隙間や腰のあたりからちらっと赤いパンツが見えている人がいる。ランジェリーショップでもウィンドーに飾ってある下着は赤が多い。
そしてふと気付くととなりで拓が心なしかニヤニヤしていた・・・(慈芳)

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年の瀬に思い返せば・・・

もうあと2日で今年も終わり。思えば昨年の今頃はパタゴニアのパイネ国立公園で年越しの10日間トレッキングをしていた。パイネはいまだに私たちの中でベストトレッキング、氷河と山と湖がおりなすあの素晴らしい景色はたまらない。そしてそこで出会ったドイツ人のおじさんにお世話になるところから今回のアフリカ・ヨーロッパ編は始まったのだ。
しかし今年、パイネはトレッカーの不注意で大規模な山火事がおきてかなり森が燃えてしまったという。実際そのときに行って公園に入れなかったというスイス人にも会った。

また、これまた思い出深いトレッキングのひとつにマチュピチュ遺跡まで4日間山を歩くインカトレイルがあるが、これもついこの間インカトレイルのキャンプ場で強盗事件が発生したという。
アフリカでも私たちの訪れた時期や場所がちょっと違うだけでいろいろな事件が起こっている。
病気の面でも、アフリカは念のためと常備薬を多めにしてみたが、実際使ったのはバファリン2錠だけ・・・

そんな風に考えると今年も昨年も大きなトラブルには遭っていない私たちはつくづくラッキーだなぁーと思う。そして日本で、旅路で、私たちを助けてくれている人たちに改めて感謝したい。ありがとう!!(慈芳)

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「ペルー政府、米にマチュピチュ遺跡発掘品の返還要求」

上記のようなニュースの見出しを見つけてちょっと興奮した。
かの有名なペルーのマチュピチュ遺跡は米国人のハイラム・ビンガム氏が発見したとされているが、彼の発掘品の多くがエール大学に運ばれていまだに返還されていないため、ペルー政府が今回返還要求しているというものだ。

この話は昨年インカトレイルを歩いた際に、まさにガイドのボビーが話していたこと。彼曰く、彼にその話をきいた人が実際エール大学に行ったりメールを送ったりして発掘品を見たいと問い合わせしたが、いずれも門前払いされ、ボビーにそう報告してきたとか。ちょうど一緒になったのが米国人の女の子たちだったのだが、彼女たちももちろんそんな事実は知らなかったとのことでびっくりしていた。
彼は政府が何度もエール大学に返還要求をしているのに全く要求が満たされる様子はないと、嘆くというよりむしろあきれていていた。

発掘品が母国に返還されないなどという話はよくきくので、迅速に返還が行われるとは思えないが、さすがに世界的に批判をあびればエール大学も隠し持っていることは認めるのかなーなんて期待しているのである。
ちなみに、ボビーによるとそもそも発見者はビンガムではないとか。(
ちゅらぼし日記(2004.11.6)
参照) これも主張される日が来るのだろうか。興味深い・・・(慈芳)

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No more fat campaign

美ら地球回遊記のテーマソングを歌ってくれているASBが1月に2ndアルバムを発売するというニュースが舞い込んできた。プレスリリースより収録曲をチェックするとその一曲目が「No more fat campaign」という曲。

このキャンペーン、実は僕が学生時代に当時の彼女と遊びでやってたキャンペーン。冬になりオフシーズンに入ると毎年のように例外なく太り始め、シーズンオフの基礎トレーニングはなかなか始まらない。そんな時に「あかん、そろそろ始めな!」と遊び半分で毎日言っていた言葉だ。
そんなことをASBのボーカル、ヒデ氏の留学先を訪れたときに話したところ、彼のイマジネーションにより架空の物語が生まれ、曲となったのがこの曲なのだ。

最後にトライアスロンのレースに出たのは旅立つ2週間ほど前。次のターゲットは2007年Ironman南アフリカに決めた。僕らが魅了されたアフリカ大陸で開催される唯一のIronmanシリーズである。

食料が限られている長いアフリカ期間のあと、フランスに入ってからというもの、毎日のように豊富な種類のワインにチーズ、ソーセージを貪るように楽しんでいる僕。
このままではまずい!と、サンプル版の「No more fat campaign」を聞きながら、南仏の海岸を走り始めた。(拓)

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フランスお犬事情

フランスではお犬様の社会的地位は高い。まず電車やバスに普通に乗ることができる。こないだ乗った高速バスではなんと座席にちょこんと座っていた。お店にもたいていは一緒に入ることができる。デパートではこんな風にエスカレーターにも何気ない顔してのりこんできた。

ちょっと気になるのは太っている犬が多いこと。フォアグラでも食べさせているのか!?と思うほど重たそうに歩いている犬が多い。ちなみに猫もたくさんいるがこれまた太ってしまっている。飼い犬が太るのは間違いなく飼い主の責任。かわいそうだ。
そして犬連れの物乞いもしょっちゅう見かける。たいていかわいい犬と一緒。犬好きが多いから犬を出しにする作戦なんだろうか。犬を飼うのもお金がかかるだろうに・・・
さらに悪名高き街中の犬の糞も健在。いたるところに落ちているから歩くときは注意しなくてはいけない。一応犬の糞用のゴミ箱も見かけるがあまり機能しているようには思えない。
まぁ、こんな好ましくないところは別として、犬好きの私としては日本のお犬様の地位をもうちょっと上げてもらえるとうれしい。(慈芳)

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マンガ in フランス

ニースでふと入ったお店に並んでいたのが日本のマンガ。

「あ、これキャプテン翼だ」と手にとってみると、翼がフランス語をしゃべっている。全部ちゃんとフランス語訳なのだ。ヨーロッパでもマンガが流行っているとはきいたが、こんなに品揃えがあるとは・・・
カテゴリも「SHONEN MANGA」「SEINEN MANGA」などと書かれているのが面白い。
そういえば、ケニアで会ったイスラエル人の女の子も、妹がマンガにはまって日本に興味を持ち、今は日本に住んでいるとか言っていた・・・
媒体は何であれ、他の国が日本に興味を持ってくれるのはうれしい。がんばれ日本のマンガ!(慈芳)

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迎えに来てもらうはずが迎えに行きました

フランスの地中海沿岸にあるアンティーブにやってきた。ここでは友人宅にお世話になることになっている。
夜11時近く、フランクフルトから14時間近い電車の長旅でアンティーブ駅に着いた私たちは駅に来てくれているはずの友人ジュリアンに会うのを楽しみにしていた。

が、駅の出口付近で見渡しているとジュリアンの姿はなく、かわりに見知らぬ人が英語で声をかけてきた。
「タクとシホですか?」 知らない人から話しかけられたら怪しむ癖のついている私たちは思わず身構えた。
が、どうやら彼はジュリアンの友だちらしく、代わりに迎えに来てくれたらしい。

「ジュリアンはパリで電車に乗り遅れて今日帰って来れなかったんだ。」 
なるほどジュリアンはその日パリで日本語検定試験を受けていたのだが、テストの時間を読み違え、帰りの電車に間に合わなかったらしい・・・
言われるがままに、ありがたく彼の車に乗り込み、ジュリアン宅まで送ってもらった。

次の日、主がいないというのに早くもくつろぎモード。朝から地中海のやわらかな陽射しをあびながらのんびり・・・
そしてジュリアンは17時過ぎに帰ってくるというので夕方はジュリアンをびっくりさせようと駅までお迎えに。
夕方17時半、パリからのTGVを降りてホームを歩くジュリアンを発見!急いで階段脇に隠れる。(まるで子供・・・)
背後から「ジュリアン、久しぶり!」の声に驚く彼。

こうして1年半ぶりの再会を果たし、アンティーブでの3人暮らしが始まった。 (慈芳)

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ついに取得!ドイツ免許

三度目のハイデルベルグ訪問。ここに訪れる理由はドイツの運転免許を取ること。当初の予定では秋くらいから車を購入してヨーロッパの回遊を予定していたので、年齢的にも最後のチャンスを活かして、ワーキングホリデービザを取得し、運転免許を取る段取りを進めていたのだ。

最初の訪問から8ヶ月近くたった今日、無事にドイツの免許を手にすることができた。今さらという気もするが、これを持っているとEU内ならこの免許で運転できるし、更新の必要がないのでなんせ一生モノ、なにかと便利かなとも思うので、よしとする。

この免許取得にとても重要な役割を果たしてくれた、友人ハンスにも会えないかと、二回目の訪問同様、ハンスのアパートを訪ねてみたが、やはり彼はすでハイデルベルグを離れているようで、別の人の名前がポストに書かれてあった。(ハンスについて知りたい方はメルマガ第18号参照)

フランクフルトに戻る電車の中では、無事に免許が取れてうれしい気持ちと、ハンスと会えなくて寂しい気分が同居していた。(拓)

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びっくり先進国

7ヶ月半滞在したアフリカからドイツへ飛んできた私たち。久々の先進国は新鮮である。以前は何とも思わなかったものがいちいちものすごい文明の利器に見えるのだ。たとえば・・・

・電車。時刻表があって、時間どおりに電車が来て、満員でなくでも出発するのがすごい。さらに自動ドア。そして静かで快適な乗り心地。振動なんてないに等しい。電車の中でノートPCを開いている人もたくさん見かけるし、開いたまんま寝てる人とかも。東アフリカじゃありえないなぁ~

・食べ物。東アフリカではパサパサの食パン以外あんまり売っていないが、ここドイツでは駅の構内や通り沿いにありとあらゆるパン屋&カフェが並ぶ。どれもこれもおいしそう・・・ 
とはいうものの、ドイツで最初のランチは「スーパーカトー」の海苔巻き。(写真) ここは庶民的だけどおいしいお寿司が食べられるとあって現地のドイツ人にも大人気。いっつも行列でびっくりする。

・お湯。東アフリカではそもそも水道がないところも多く、お湯が蛇口から出てくるなんて贅沢きわまりなく思える。

・車。年式の新しい車、日本車以外がいっぱい走っている。アフリカで走っている車とは音が違うし、排気ガス臭くない!(ナイロビでは私はマスクをしていた。)歩行者を見るとみんな停まってくれるし。

・センサーで動き出すエスカレーター。「これ、止まってるのかな?」と近づくと、うぃーーーんと動き出す。「すごーい!」と子供のように喜んだりする。

・ゴミ。道端にゴミがない!! アフリカでは地面を掘ってゴミをためて焼くのが普通なので、そこらじゅうでゴミを焼くにおいがするし、町中ゴミが散らかっているのは当たり前。ゴミ箱探しも苦労するくらいだった。
きっとすぐに慣れてしまうんだろうけど、こんな風にいろいろなことを新鮮に感じられることを体験するのも悪くない。(慈芳)

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拓、“The Birder”

私(慈芳)はもともと動物が大好きで、アフリカに来たかった理由の第一でもあるのだが、この旅で拓もけっこう動物好きということが発覚した。
人によっては一日中サファリカーに乗って動物観察するのはすごい疲れるとか、せいぜい2日で十分とかいうが、私たちは早朝から夕暮れまで何時間観察しても飽きない。同じ動物を見てもいつも違う表情をしているし、いろんなシーンが見られるから、飽きるわけがない。しかも今回やって来たのはセレンゲティ。ライオンなんてうじゃうじゃいるし、念願のチーターと会うこともできた。大サバンナにアカシアの木。景色だけでも楽しめる。

幸い、今回お願いしたガイド兼ドライバーのマイケルも本当に動物観察が好きでこの仕事をやっているようで、毎朝一緒に早起きして、夕方も制限時間ぎりぎりまで連れて行ってくれた。マイケルいわく、早朝サファリに毎日行く人はあんまりいないらしい。

そんな中で拓が私より興味をしめしているのが「鳥」。最初は大きな猛禽類やカラフルな鳥が主だったのだが、最近は小さくって地味~な鳥にまで興味をしめしている。鳥にハマリ出すとかなりオタク化することが多く、そんな人は「Birder」と呼ばれ、特別にオタクなガイドが必要だし、プライベートツアーが必要といわれている。なぜなら他の人はいちいち小さな鳥を見たくないのに「Birder」は鳥をみかけるとすぐにストップしてなかなか進まないからである。

私は目が悪いので遠くにいる小さい鳥はよく見えないというのもあるが、拓はサファリカーの上から顔を出し(写真)、遠くの小さな鳥を見つけるとマイケルに「あの鳥はなんだ?」「ちょっとバックしてくれ」なんぞしょっちゅう。トレッキング中もちいちゃな鳥を見つけては立ち止まる。そしてキャンプではこっちで購入した図鑑をよみふけっている・・・

どこまでオタク化するのか、拓、「The Birder」。

(慈芳)

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誕生日祝いはチーター(?)

私たちの東アフリカでのハイライトはヌーの大移動と、南アフリカで見られなかったチーターを見ること。
ヌーはもちろん、暦で動くわけではなく、雨の状況によって動き始めるので、~月~日にどこにいるなどとは誰もわからない。現地で多くのサファリ会社を訪れ、そのタイミングを計り、セレンゲティ国立公園に向かった。

聞いていた話と状況は少し異なり、ヌーの大群はセレンゲティの南部に到達していた。数え切れないヌーとシマウマの群れに唖然とし、駆けるヌーの足音はサラウンド効果で僕の体を刺激する。

サファリ三日目、ドライバーのマイケルの目がいつも以上に真剣だ。果てしなく続くサバンナを疾走し、ある小さな木の下にたどり着く。
そこには、食事を終えたばかりのオスのチーターが一匹。

「一日遅れだけど、ハッピー・バースデー!」、マイケルは隙間だらけの前歯を見せてニッと笑った。そう、昨日は慈芳の誕生日だったのである。(拓)

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教会の歌声

ウザンバラ地方のムタエという村で散策中、教会から歌声が聞こえてきたのでちょっと行ってみた。
スワヒリ語なので何をいっているかはわからないのだがたぶん賛美歌なんだろう。オルガンがあるわけでもなく、太鼓と歌だけだが、ものすごくきれいなコーラスに思わず聞き入ってしまった。

アフリカの人は歌が大好きだし、やはり天性の歌の才能があるようだ。今日会った子供たちも3歳くらいに見えるのだが岩をコインで叩いてリズムをとりながら歌っていたし、ホテルの掃除のおばさんも歌いながらやっている。バスの中でも人気の曲がかかると皆歌いだす。

次第に夕焼けに赤く染まる空を眺めながら聴いたコーラス。素敵なひとときであった。(慈芳)

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ハデ&にぎやかなローカルバス

東アフリカのローカルバスはとにかく派手に塗られているものが多い。バス会社の名前なのかバス自体に名前をつけているのかよくわからないが、大抵名前があって、思い思いの絵が前後左右に描かれている。内装もプラスチックのツタがはわせてあったり、シートが動物柄だったりする。

(写真:とあるバスのフロントガラス)
またカーステにも凝っていることが多く、車体はぼろぼろでもカーステとスピーカーだけはちゃんとつけてあって、走行中もがんがんラジオやテープが鳴り響いている。
さらにクラクションもすごい。普通のクラクションではなく、「ファンファーン」「パリラパリラ~」などこれまたそれぞれ。こちらのバスはバスターミナルだけでなくどこからでも乗れるので、道端の客にバスが来たことを知らせるために派手なクラクションにしているのだろうか。交通の便の悪いところでは朝早くに一日一台限りのバスが出るということもよくあることのようで、そうするとこのクラクションが朝3時半から「ファンファーン」と鳴りながら村中を駆け回ることになるので寝ている人はたまらない・・・(が現地の人はあんまり気にならない様子。どうせそうでなくても5時にはモスクでコーランが響き始めるからか)

こんな面白いローカルバスたちがここ東アフリカでは今日もたくさん走っている。(慈芳)

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スワヒリ時間

「スワヒリ時間」というのがある。これは別にここがノンビリしているとかスローとかそういう意味ではなく、本当に標準時間と違う「スワヒリ時間」というのを日常使っているらしい。スワヒリ時間はお日様が中心。日の出のすぐあとの時間、つまり標準時間の朝7時がスワヒリ1時。
そういえば、メルー登山のときガイドと出発時間を確認するときに、ガイドが「3時に出発しよう」といってびっくりしたことがある。(山に登るのに午後3時からなんてことはまずない) 「え、9時だよね?」と以前から聞いていた時間を確認したのだが、思えば彼はスワヒリ時間で言っていたのだ。納得、納得。
日の出からはじまるスワヒリ時間、けっこう素敵な考え方だと思う。(慈芳)

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「こんにちは」「やきとりいかが」

キリマンジャロ登山で面白いのが、キャンプやトレイル上で出会うガイドやポーター、さらには国立公園のレンジャーなどが「こんにちは」「どこから来ましたか」などと日本語で声をかけてくること。町でも日本語で話しかけられることはあるが、山の中でこれだけ話しかけてくる人がいるのには驚く。それだけ日本人でキリマンジャロを登る人は多いということなのだろう。
私たちのガイドも日本人を連れて行ったことがあるらしく、「ポレポレ~、ゆっくりゆっくり!」(ポレポレ: スワヒリ語でゆっくり。登っているときにガイドがよく言う)とか「ガンバレ!」とか言ってくれた。(それに対して私たちは「は~い」と答えている)
極めつけは下山後。登頂証明書を書いてもらっているときにレンジャーが、「やきとりいかがですか」と言ってきた。誰に教わったのか知らないがこれにはびっくり。でも7日間の限られた山の食事でもちろんお腹がすいていたので「え、焼き鳥あるなら食べたい!」と答えたが笑っていた。実は意味をわかっていないんだろうな・・・(慈芳)

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ほげる東アフリカ

東アフリカと南アフリカでは私たちの旅のペースが全く違っている。比較的精力的に回った南に対して東では一箇所の滞在期間が長く、本を読んだり、考え事にふけったり、のんびり一日過ごすことも多い。最大の理由はやはり車がないこと。移動の度に荷物をまとめなくてはいけないし、公共交通機関で回っていると時間がかかる。バスの質はあまり良くない上に悪路でものすごく疲れる。よって一回移動するとしばらく動かずにほげーっとしたくなるわけである。

さらにウガンダやケニアの地方でネット(もしくは電源)にアクセスできるところはかなり限定され、PCの故障もあって、南ではたいてい毎日PCを開いていたのだが、東では今のところ大都市に滞在しているとき以外はPCを開いていない。
それにキャンプサイトのすぐ近くまで珍しいサルが寄ってきたり、きれいな鳥もいっぱい飛んでくるので、動かなくてもけっこう楽しめたりもする。

そんなわけでほげる生活が板についてきた東アフリカ、これが本来のアフリカのペースかな~などと勝手に解釈して楽しんでいる。(慈芳)

(写真: ナイロビのキャンプサイトにて知人に借りた日経新聞を読む - 久しぶりの日経に二人ともハマり軽く数時間が過ぎる・・・)

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マンデラ本、完読!


今日、とうとう一冊の本を読み終わった。その本とはあのノーベル賞受賞者のネルソン・マンデラ氏の自伝「Long walk to Freedom」。マンデラ氏の生い立ちから、刑務所生活、解放後大統領になるまでと700ページにも及ぶ大作であり、ケープタウン滞在時に購入した。政治にも南アフリカの歴史にも詳しくない僕にとってはなかなかのチャレンジ。結局、4ヶ月かかって、なんとか読みきることができた。

実は、英語の本を読みきるのは人生初である。初めてトライしたのは、就職前の春休み。入社直後にある米国での3ヶ月の研修を前に、なんとか英語に慣れないとと、米国に住む友人宅を訪れた。その際勧められたのが英語の読書。当時外国人に大人気であった「メモワーズ・オブ・ゲイシャ」という京都の舞妓さんを描いた本を借りたが、結局、断念。1.5年の米国勤務時代も持参したが、棚から出たことは一度もなかった・・・。その本を返却したかも忘れてしまった・・・

それから、数年。ようやく初めて英語本を完読することができた。あまりにも重いので少し抵抗があったが本をちょうど真ん中あたりで切断、背表紙のマンデラ氏の顔も真っ二つ。顔を切られたマンデラさんのためにも読みきらねばと思い、とうとう今日、読み終えた。思い立ってから、7年くらいかかった英語本読破、ちょっとかかりすぎだなぁ・・・(拓)

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OMEGA JAPAN??

アフリカでも日本製品は質が良いと思われている。(もちろん私もそうだと思っているが)それを反映してか、JAPANという文字はやたらと目に入る。現地の人がよく持っているキャリーバッグには「OMEGA JAPAN」「GIMMY JAPAN」。ん? そんなブランドあったっけ?? かなり年季の入ったバスの後部窓には「JAPAN SPECIAL」。何がスペシャルなのかよくわからないが、きっとロバのひく荷車に「TOYOTA」とか書いてあるのと一緒の感覚なのだろう。私たちにとっては喜ばしい&ほほえましい限りである。(慈芳)

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マラリア蚊より怖いムシ

僕ら二人がマラリアより恐れている虫がアフリカにはいる。その名もビルハルジア住血吸虫。その名の通り、皮膚から血管に入り、血液に住むらしい。ひどい場合は意識を失うことになるらしい恐ろしいこのムシ、アフリカの淡水域に生息しているとのこと。流れの少ない湖や溜まりで水草が生えている付近のカタツムリに寄生している。マラリアは予防薬や刺されないようにすれば予防できるが、こ
のムシに関してとにかく水に入らないという予防策しかない。

ビクトリア湖に浮かぶセセアイランズのビーチでたたずむ僕らを震え上がらせた。
おもしろいことにガイドブックに危険と書かれていてもどこにいっても住人や宿のオーナーは「ここは大丈夫だよ」と口を揃える。

潜伏期間が数週間あるこのムシによる症状、出なければいいだ
が・・・。(拓)

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ウガンダの人はマルチリンガル

ウガンダには60以上(正確な数はきく人によって違うのでよくわからないが)の部族が住んでいてそれぞれ独自の言語をもっているとのこと。実際、訪れた場所で現地の人に「どこの部族ですか?言語は何ですか」ときくと今まですべて違う答えが返ってきた。だから挨拶などせっかく覚えても移動すると通用せず。公用語は英語なのでまったく言語がわからないもの同士は英語で話すようだが、だいたいいくつかの言語は理解できる人が多いようだ。「日本は日本語だけなんだよ」というと「おー、ひとつだけかぁー」と驚かれるくらいである。マルチリンガルって言語の才能に長けた人のものだと思っていたがそうではないんだなぁー。(慈芳)

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アリ事件

小さな湖の湖畔にあるキャンプ場で3日ほど過ごしたあと、荷造りをはじめたところ、テントの本体とフライ(外側のカバーみたいなもの)の間においておいたバックパックにアリがたかっているのを発見!
どうやらアリの巣の近くにテントをはってしまったらしい。しかもバックパックには食器を洗うスポンジが入っていたビニール袋があったのでそれを嗅ぎつけたようだ。バックパックの外側にはレインカバーがかぶせてあったのだが甘かった。レインカバーはアリの襲撃で散弾銃で撃たれたかのように穴だらけ。パックの前ポケットも突き通してはいないものの、穴があいている。スポンジの入っていたビニールはもちろん穴だらけ。

思えばなんだかんだいって熱帯雨林の地域でキャンプするのは今回初。中南米ではキャンプ場がなかったり、雨季になってしまって行くのをあきらめたりであんまりキャンプしなかったのだ。
小さなアリでもあなどるべからず! 今回の教訓である。

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ハウ・アー・ユー?

ウガンダの田舎を歩くと、子供たちの「ハウ・アー・ユー?」という呼びかけに囲まれる。
それが、少しマイルドな「物乞い」であることに気づくまでにあまり時間はかからなかった。ムズング(異人のような意、今はアフリカ人以外を指す現地の人の言葉)を見かけると家の中から飛び出る子、谷を駆け登ってくる子など競争するように近づいてくる。

しばらくして、彼らへのリーサル・ウェポンを発見。
「アイム・ファイン、アンド、ハウ・アー・ユー?」と聞き返すと鳩が豆鉄砲を食らったように目をまん丸にして黙ってしまう。
誰かに「ハウ・アー・ユー?」は教えられたが、自分が聞かれたときにどう答えるかは知らないらしい。
笑顔で、物乞いちゃんと接する方法、けっこう気に入っている。(拓)

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見渡す限りの日本車


南米でも日本の中古車の多さにはびっくりしたが、ここウガンダは本当にすごい!走っている車はほとんど日本からの中古車(こないだめずらしくBMWを見たが、よくよく見たら日本の車庫証明がついていた。ちなみに信号まで日本の中古を発見した)。例外はサファリツアー会社や政府・国際機関などが使っているLand Roverくらいである。特にタクシーやマタツとよばれていて町の中、町と町を結んで縦横無尽に走っている庶民の足はここでも99%トヨタハイエース。車体に「XX株式会社」「XX商店」などの字を残しつつ、水色のラインと「T(TAXIの頭文字)」をつけて走っている。首都カンパラのタクシーパークはそんなハイエースのまさに展示会場。ぎっしり並んでいるのに満席になると間をぬってなんとか道に出て行くテクにはびっくりである。

ウガンダの人は「日本車は本当に長持ちする。素晴らしいよ」と言ってくれる。たぶん実際にそれを知っているのは日本人の私たちではなく、彼らである。ウガンダのでこぼこの未舗装路を20人近い(それ以上のこともよくある)客と荷物を載せて走っているのだ。公共交通手段はそれしかないので私たちも何度も利用しているが、いつも「もうこれ以上載せないでくれ~」と思っている。地面の凹凸でガッタンと傾くときなどはヒヤヒヤだ。ただ日本車の性能を信じるばかりである・・・ (そして今のところその信頼は裏切られていない)
日本の中古車が有効活用されていて嬉しい反面、日本ではなんと消費サイクルの早さを反省する今日この頃である。(慈芳)

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日本の貢献を発見!

ウガンダの首都カンパラを歩いていたときのこと、ふと「日の丸」のついた看板を発見!よくよく見てみるとここカンパラのトラック用道路改善プロジェクトを日本が援助しているということを知らしめる看板だった。やっとあった~!今まで中南米や南部アフリカでこのような看板をよく見たが、どれもこれもヨーロッパ諸国ばかりで日本は相当の額の援助を行っているはずなのにどこにも見たことがなくてがっかりしていたのだが、やっとここで発見してちょっと嬉しかった! けど、うーんやっぱり道路かぁ・・・ (慈芳)

なんだかんだ文句を言いつつも、僕ら二人って日本が好きなんだなぁともつくづく思った。(拓)

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ジャズフェスティバル in ヨハネスブルグ

4月の到着時にお世話になったREIKOさんにプレトリアに戻ってきたと電話をしてみると、ヨハネスブルグで野外のジャズコンサートがあると誘ってくれた。
やはり「危ない」というイメージのヨハネスブルグ、敬遠しがちで近づいていなかったのだが、地元の人に連れて行ってもらえると聞き、ホイホイ連れて行ってもらうことにした。

午前中はシートを広げた観客がパラパラとしかいなかったが、時間とともにドンドン増え、後半は観客総立ちの盛り上がりだった。
人種も様々、年齢も様々、平和な休日を各々の楽しみ方で過ごしているようであった。(拓)

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さよなら追っかけ隊

1週間前に合流したちゅらぼし追っかけ隊。あっという間にクルーガーサファリ合宿も終わり、今日空港でお別れ。
搭乗口に去っていく二人を見送りながら、無事に帰れてよかったーとほっとすると同時にやっぱりちょっと寂しくなった。
そしてまた通常回遊モード。東アフリカへの準備だー!と思いきや、まずはシエスタ。起きて夕食の買い出しに行ったらスーパーは目の前で閉店。そうだ、今日は土曜日だった・・・
そしてますます寂しい気分になった・・・(慈芳)

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南ア式カーセキュリティ

南アフリカでは悲しいかな車上荒らしはよくあるようだ。特に夜、町中で路上にでも駐車しておいたらほぼ間違いなくやられるだろう。そんな南アの車にはそれなりの工夫がされている。幸い私たち自身はなかったが、車上荒らしや車本体の盗難被害者に何人も会った。

まず、カーステレオ。これは操作盤部分が取り外しできるようになっていて、車を離れるときには必ずはずして持ち歩く。そしてシフトにはエンジンキーと別の鍵がついていて、鍵をかけると物理的にシフトレバーが動かなくなる。
車を離れるときの常識としては、見えるところにはサンダルひとつおかない。グローブボックスは何もはいっていないことがわかるように必ずあけておく。
信号ではなるべく止まらないように赤になるときはかなり手前からスピードを落とす。ドライブ中はロックする。などなど。
日本もそのうち、そうなるのだろうか・・・(拓)

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日の出開門、日の入り閉門

南部アフリカの国立公園では、開門:日の出 閉門:日の入りというところが多い。日の長さにあわせて、月単位で開閉門時間が変わるのである。
ゲームドライブでは真っ赤な大きな太陽が東の地平線から出る頃に、キャンプ地から車で動物を探しに出て、同じ真っ赤な大きな太陽が西の地平線に沈む頃にキャンプ地に戻ってくる毎日となる。
太陽とともに生きる日々。より自然に近いようで、僕は心地よく感じる。(拓)

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南アでレストラン??

私たちはほぼ毎日、自炊なのだが、今回泊ったバックパッカーでは、オーナーが毎回、私たちが何を作っているかに興味津々。日本食材が珍しいのはもちろんだが、そもそも旅しながらこんなに凝った料理を毎回作っているのが珍しいらしい。私たちからすると簡単なものばかり(例:キャベツとアンチョビのスパゲティ、タイカレー、ごはんと味噌汁などなど)なのだが、たしかに他の旅人たちを見てみると朝はシリアルのみ、昼はサンドイッチ、夜はパスタにレトルトパスタソースといった具合にもっとシンプル。しかも私たちはキャンパーとは思えないくらいの食材をいつも蓄えている。
バックパッカーズを出て行くときにはオーナーに「日本食レストランをやったらどうだ?今までこんなにいろんな料理をする人たちは見たことないし、きっと受けるぞ」といわれた。

実は私たちの料理に興味を持たれるのはこれが初めてではない。ケープタウンの友人宅で日本食ディナーをしたときにも「レストランと料理教室をやったら」と言われたし、オカバンゴデルタにあるキャンプのマネジャー(ドイツ人)にも「日本のFOODはおいしいわ。レストランを開いてくれたらよろこんで食べにいくから連絡先を教えて!」等等、何回も同じような会話をした覚えがある。
旅人の間でも、日本に来たことのあるバックパッカーは稀だが「Japanese Food」は皆好きだという。(どれくらい本物を味わっているかは不明だが・・・)
私たちもちょっと本気で思い始めた。もしかしたら南アでレストランっていけるのかも・・・(慈芳)

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東に向けて

予定より大幅に延びている南部アフリカ回遊。あと少し、南アフリカを旅したら次は東アフリカ、それが私たちの次なる目的地だ。
そんな次の回遊に向けて、南アの首都プレトリアで着々と準備を進めていた私たち。
今日、またひとつ、うれしくて重要なものを手に入れた。それは日本から送ってもらった東アフリカ準備パッケージ。中身はご覧の通り、東アフリカのガイドブックやスワヒリ語ブック。
と、それに加えた恋しい日本食材たち。というか、それがほとんど。
お願いしたよりも多めに送ってきてくれた慈芳母の親心に必死に涙(よだれ??)をこらえる二人であった。


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初めての日本大使館

1ヶ月半ぶりに帰ってきた南アフリカ。今日は生駒台小学校から届いているはずの子供たちからの手紙を受け取りに日本大使館に行ってきた。地図をみながら、えーとこの角にあるはず・・・と行ったら、ものすごい敷地の建物を発見。その直前に行ったケニア大使館のこじんまりぶりとかなり対照的である。

中には日本関連書籍を集めたミニ図書室や、日本の新聞(1ヶ月ほど前のだったが)があって私たちにとっては新鮮だった。(お茶とかあったらもっとうれしかったけど・・・)
旅を始めてから現地の日本大使館に行くのは初めてなので他の国のものとあんまり比較はできないものの、あまりの立派さに唖然。これが噂の外務省パワーかぁ・・・ (慈芳)

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和製野生児、ブッシュマンにはかなわず・・・

私たちのガイドのムツェピはブッシュマン系の人種に属する(ブッシュマンという言葉が正しい族の名前かは疑問に思うが、聞いたら自分はブッシュマンだと言っていた)。ムツェピが漕ぐモコロの上で景色を楽しんでいると。「オスの象が水を飲んでるぞ」「どこ?」「あそこだよ!」「・・・。」双眼鏡を使い、しばらく探してようやく発見。「あー、いたいた。」ここにきた日からこんなやりとりが続いている。

僕の親譲りの視力は子供の頃から衰えておらず、今なお視力検査では指される前に一番下のマークを全て読みあげ、早く終わらせてもらっている。
そんな僕の視力でもやはりアフリカの大地に暮らす人々にはこれっぽっちもかなわなかった。変な対抗心が沸き、なんとかムツェピより先に何かを見つけようとあたりに眼を凝らす。

拓:「あそこになんかいたぞ!」
ムツェピ:「あー、あれはアリ塚だよ」
拓:「・・・」
結局、四日間を通して全敗・・・。おそるべし、ブッシュマン。 (拓)

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地上の楽園オカバンゴで歳を感じる?

ボツワナといえばオカバンゴ・デルタ。ここでは毎年雨季にアンゴラで降った雨がオカバンゴ川を経てボツワナに流れ込み、乾いた平原を巨大なラグーンに変えている。南にあるカラハリ砂漠とは対照的にドライシーズンにも関わらず年中潤っている大地がオカバンゴ・デルタだ。そこには水を求めて多くの動物達が集まってくる。シマウマ、インパラ、ゾウ、ライオン、数え切れない種類の鳥たち・・・

私たちは今回ここで3泊4日のウィルダネスキャンプをした。ウィルダネスキャンプとはその名の通り、何の施設もないところでテントを張ってキャンプすること。そこには私たちとガイド兼ポーラー(ボートを漕いでくれる人)のみ。
動物の楽園をお邪魔している気分が存分に味わえる。(というか実際その通り)
朝はモコロ(手漕ぎボート)にのって、違う島へ行き、そこでウォーキングサファリ。昼間はキャンプでのんびりして、夕方またモコロトリップ(写真)。

夜になるとライオンの咆哮があたりに響き渡り、寝ているときにもゾウが近くのヤシの木を揺らすのが聞こえたりする。
いやぁ、ここは地上の楽園だねぇー、最高だねーといいながら、バード&アニマルウォッチングにふける私たち。バードウォッチングとか、朝夕の散歩とかって今までお年寄りの趣味というイメージがあったけど、今ものすごい楽しい。大学生のときにバードウォッチングなんか楽しんだだろうか!?
これってやっぱ歳かな?とオカバンゴで感じる二人だった・・・(慈芳)

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落水確率高! ラフティング@ヴィクトリアフォールズ

世界三大瀑布のひとつヴィクトリアフォールズ、ここでは観光客向けに様々なアクティビティが用意されている。バンジージャンプ(ちなみに滝の上からではない)、カヤック、ラフティングなどなど。中でも人気の高いのがラフティング。「ラフティングは人数多いほうが楽しいよね」ということで私たちは今回パスしたのだが、滝の下流への散歩がてらこのラフティングスタート地点を見に行ってみた。

有名観光地の人気アクティビティだけあって、人も多く次から次へと6-8人乗りのラフトがスタートする。が、ザンビア側から出発する場合、まず最初に目の前を横切る急流があり、そこを越えないといけない。スタート直後でまだ慣れてないからこれがけっこう大変!成功確率は見ていた限りでは半分以下。誰か落ちるかバッシャーンと見事にひっくり返るかどちらか。それも急流を乗り越えようとみんなで力をあわせて懸命に漕いでいるのにも関わらず、次から次へとひっくり返るから、笑ってはいけないと思いつつもついつい笑ってしまう。

ラフティングのビデオを見る!(Windows Media Audio/Video File 213k)
一方、ほんのちょっと上流のジンバブエ側からスタートするラフトは流れにのってくればよいので余裕綽々。その対比がまた面白い。
最初からひっくり返りたくない人は、ジンバブエからどうぞ。(慈芳)

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頼もしいぞハイエース

ヴィクトリア滝に向かっている私たちはボツワナに車を置いて、身ひとつで国境を越え、ザンビアにある滝へ行くことにした。観光客用のツアーバスを使うと10,000円近くかかるところがミニバスを使えば1,000円以下ということで、ボツワナ側もザンビア側も地元の人の使うミニバスで行ってみることに。

こちらでいう「ミニバス」とは実はトヨタハイエースのことである。20年落ちくらいではないかと思われるおんぼろハイエースに目一杯シートがつけてあって、積載人数などおかまいなし。最大では4人 X 5列で20人近くのることもある。居心地がいいとは決していえないが、安いし、タクシーのようにどこからでも乗り降りできるのでとても便利。私たちにとってはタクシーでぼられないかどきどきするより、値段の決まっているミニバスをつかまえるほうが逆に安心感があったりする。

それにしてもこのハイエース、南米のペルー、ボリビアあたりでも走っていた。日本の中古ハイエースがアフリカと南米の庶民の足に欠かせない存在になっているのだ。さすが世界のトヨタ・・・
(写真: 満杯の車内を隠し撮り)

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サファリは忍耐

エトーシャ国立公園のサファリも3日目を過ぎると数の多いシマウマ、アンテロープ(シカではないが形がそれっぽい)系は贅沢なことに見慣れるので、やはり見たいのはライオンやサイになってくる。
私たちの行動パターンは、動物のよく動く早朝からキャンプ地のゲートが開くと同時にブーンと出発、ウォーターホール(水飲み場)に行ってライオンを探し、昼前にキャンプ地に帰ってちょっと休憩。午後2時くらいからまたウォーターホールでライオンを待ち、日没にキャンプ地のゲートが閉まる直前に帰還。そのあとは夕食を早めに終わらせ、キャンプ地から見えるウォーターホールで何時間もサイの水飲みやライオンの狩りを夜遅くまでひたすら待つという感じ。
ウォーターホールはいくつもあって、それぞれ何十キロも離れており、何が見られるかは運次第。待つのがイヤで次から次へと移動してしまってはドライブばかりでなかなかいいものが見られないことを学んだ私たちはひたすら待つようにしている。
待ちつかれて昼寝したり(写真)、夜ウォーターホールを見ながら寝袋にくるまれてウトウトということもけっこうある。

ちなみにライオンの狩の成功率は3割といわれており、私たちは計7回くらいはトライを見たが、一度も成功したのを見たことがない。5時間も待ったのに・・・ ポジションが悪いのよねぇ、やつら。
何はともあれ、そう、サファリは忍耐なのだ。(慈芳)

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寄付された本の中身は・・・

オムシーヤ村にある学校の図書館リニューアルプロジェクトを手伝っている私たち。米国からボランティアが来ているので、ここにある本の多くが米国から寄付されたものなのだが、NBAやメジャーリーグのプレーヤー本が何冊もある。

そりゃ、米国ではスターにあこがれる子供たちが読んで面白いかもしれないが、バスケットコートもないこの村に寄付される本としてはどうなんだろうか・・・ とかなり疑問に思いながら登録作業をしている。
ここにはボロボロになった使い古しの教科書も保管されており、いかに本が貴重品であるかを物語る。日本で捨てられる本を寄付したいけど、日本語じゃだめだよねぇ・・・ 残念・・・(慈芳)

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歓迎式典@オムシーヤ村

南アのホースバックライディングツアーで出会った友人ジェニファーの住む村にやってきた。彼女はアメリカ人のボランティアでこの村で英語を教えており、私たちは彼女の図書館リニューアルプロジェクトを手伝うことになっているのだが、なんと今日は学校で私たちの歓迎式典が!
ここの生徒は8-10年生、日本でいえば中高生くらいだろうか。ジェニファーに彼ら300人の人の輪の真ん中に行くように言われ、どきどき。

まず私たちへのプレゼントとして、この村の伝統工芸であるヤシの葉で作ったバスケットが授与され、そしてカルチャークラブによるダンスが披露された。子供でもやはり腰の振り方がただものではない・・・
その後みんなからここの言語オシワンボ語で挨拶され、たどたどしく教わった「エ~~」(Yesのような意味。挨拶から質疑応答までかなり頻繁に使われる模様)で返す。初めて見る(たぶん)日本人がオシワンボを話すのがおかしいらしく、皆どっと笑う。
これから10日間、この村でもの珍しがられることになりそうだ。(慈芳)

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七夕Braai

今日は七夕、だからというわけではないのだが、今日は初”Braai”をすることにした。
”Braai”とはこちらでいうバーベキューのこと。焼くのは肉、肉、肉・・・ 日本のBBQのように野菜や魚を焼くのはあまり見ない。南アフリカ、ナミビアのキャンプ場の多くには”Braai”スペースがあって、”Braai”をしなければ南ア人じゃない!というほど皆”Braai”好き。網は持参しなければならないので私たちは普段指をくわえて見ていたのだが、今日は網が借りられたので、初”Braai”となったわけである。

炭で焼く肉はいつもとは違うジューシーさ。やっぱりこっちの方がおいしい・・・
そして七夕といえばもちろん天の川。空を見上げれば天の川がくっきり。ここナミビアでは現在ドライな冬、雨はほとんど降らず、雲もなく、明かりも少ないので、美しい天の川を毎日のように楽しんでいる。日本にいたときはたまに山や島にいって天の川が見えると喜んだものだが、ここでは当たり前。”Braai”を味わいながらそんな贅沢にふと気付いた・・・(慈芳)

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バブーンの襲撃

ウォーターバーグプラトー公園(前日のブログ参照)のプールでくつろいでいたときのこと、突然目の前を横切る黒い物体が目に入った。バブーンである。
まずボスっぽい大きなバブーンがゴミ箱につかつか歩いて行き、ふたを開け、中身をひっぱりだしてあさりだした。続いてちょっと小さめのバブーンたちも何匹か走ってきた。ボスはゴミ箱にたいしたものがないのがわかると次に3人の女性組の方へ近づいていき、なんとビーチベッドの横においてあったりんごやお菓子の袋をかっさらって走っていった。後をふりむくとなんと十匹くらい来ている・・・

彼らはゴミ箱を全てあさった上、今度はプールのふちにかがみこんでプールの水を飲み始めた。(これはちょっと愛嬌があったが・・・) そしてさらにもう一回戻ってきてまた先ほどの女性組の方へ行き、今度は食パンの袋を丸ごとかっさらっていった。近づくと危険なため、女性達も「シッシッ」と追い払うくらいしかできず、彼らはやりたい放題・・・。

バブーンは、ここだけでなく、南ア、ナミビアの多くのキャンプ場で問題になっている。テントや車に入り込んで荒らしまくることもあるそうだ。でもバブーンは悪くない。簡単に食べ物が手に入るならやってくるのが当たり前だ。彼らのテリトリーを邪魔しているのは私たち人間であり、こちらが気をつけないといけない。あまりにタチが悪くなってしまったバブーンは殺されてしまうこともあるらしい。こちらの不注意なのに悲しいことだ。(慈芳)

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300%の値上げ!?

ナミビア北上中の私たちが立ち寄ったのは、ウォーターバーグプラトー公園。何もない平原から長さ50km、幅15kmに渡ってそびえる高台である。景色が良いのとちょっとしたデイハイクができるということで軽~い気持ちで立ち寄ったのだが、レセプションでびっくり。 この7月1日から新しい料金体系に変わったばかりで、今まで統一料金だったのが、インターナショナルとナミビア在住に分かれ、「インターナショナル」の私たちはなんと一気に4倍!北米の国立公園より高い。普段泊っているバックパッカーズやキャラバンパーク(私営のキャンプ場)の相場が一人50ナミビアドルだから私たちには高すぎ・・・

「インターナショナル」から外貨を獲得しようという作戦はよくわかるが、このような公園に来ているナミビア人は、どう見ても高所得者層。4WDにフル装備でやってくる彼らの方が安いというのはどうも腑に落ちない・・・。

それにしても南ア、ナミビアの国・州立公園でいつも思うのは、施設はかなりゴージャス(ラグジュアリーな貸し別荘タイプのシャレー、共有スペースにはプール、キャンプ場でもシャワーは当然、バスタブやキッチン・冷蔵庫があることもしばしば)なのに肝心なトレイルの地図とか動植物や天気の情報は得られなかったりする。
十分に楽しませてはもらっているが、施設ばかり先行で入場料の高い国立公園、ちょっと疑問に思う。(慈芳)
(写真: 高い料金の分、プールもしっかり利用する -- プールなくていいから安くしてくれぇー)

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ウェルカムナミビアキャンペーン

今日はスワコップモンドというナミビアで3本の指に入る大きな町(といっても大きさは沖縄の石垣市よりも小さいと思われる)に立ち寄った。
僕らとしては通過点という程度だったのだが、偶然立ち寄った広場から楽しい歌声が聞こえてきた。
よくはわからないが、大勢の高校生くらいの人が歌い、踊っている姿を収録していた。
よく聞いてみると「ウェルカム、ナミービア~~」と歌っていたので、観光キャンペーンのPRビデオの収録だったのだろうか。

詳細はよくわからないが色鮮やかな民族衣装を身にまとい、素晴らしい笑顔で歌い、踊っている彼らを眼にすることができて、すごく得をした気分になった。(拓)

ちょっと聞いてみたい方はこちら

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肌で感じる砂漠の昼夜

ナミビアの砂漠エリアに入って10日以上が経つ。去年アメリカのユタ、アリゾナ周辺でも少しは体験したが、本当の砂漠といわれる所に来たのは初めて。
冬なので比較的暑さはマシとは言えど、日中は40度近くにまで上がる。さらにひとたび日がくれると気温はドンドン下がり、気温が一番下がる明け方辺りは5℃くらいにまで下がるので、-10℃までの寝袋でもちょうどいいくらいだ。

噂には聞いていた砂漠の気温差。聞いただけでは本当かと疑っていたが間違いなかった。
こういった子供の頃から素朴に疑問に思っていたことを体感して確認できることも旅の醍醐味かもしれない。
(拓)

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テント比べ

6月末から南アフリカの学校は冬休みに入る。従ってこの時期あらゆるキャンプ場は南アフリカからナミビアにやってくる人々であふれることになるらしい。
南アフリカの人々のキャンプといえば、とにかくテントが大きい。気候やテントをかついで歩くトレイルが少ないことが理由なのだろうが、どこへいっても私たちのテントは最小サイズ。(写真左奥) 「そのテントで二人寝ているのか?」と目を丸くして言われたこともある。

車もナミビアにやってくる人々の多くが大型4WD。私たちは小さなハッチバック。キャンプストーブも彼らの主流は日本では業務用かと思われるくらいのプロパンガス。私たちのストーブは珍しいらしく、「なんだそれは??」と寄ってくる人も多い。他にもいろんな見たことないものが車から次々出てくる。これを見ると日本のオートキャンプはまだまだかわいいものだと思う。

私たちはそんな彼らのキャンプをのぞき見(!?)するのをけっこう楽しんでいる。(慈芳)

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若きトレッカー

85kmを五日間で歩くフィッシュリバーキャニオントレイル。ナミビアの国立公園管轄のトレイルは乾燥した砂漠の中であったりするため、そのワイルドさを加味してか、だいたい3人以上のグループでのみ予約可能というルールがある。二人組みの私たちに残された方法は、他のグループにお願いして仲間に入れてもらうことになる。予約の際にオフィスで他のグループを探し、無事にケープタウン在住のある家族と一緒に歩くことができた。

メンバーは両親と12歳の子供、子供の友だちの合計四人であり、二人は小さなリュックサックに、自分達の衣類と寝袋はちゃんと背負っていた。さすがに食料やテントなどは父親が持っていたようだが、立派にパックを背負い、ハードなトレイルを元気に歩いていた。

このトレイルは私たちにとっても今までに例のない長さ。さらに乾燥しているため、水も多く必要となり、パックもいつもより重くなり、ハードなトレイルである。
そんなトレイルに初めてトレッキングに挑戦した二人は、気分の浮き沈みはあるものの二人で話しながらてくてく歩いていて、その様子はなかなかかわいらしい。

「二度とトレッキングはしないよ!」と言いながら、ゴールで親に踏破証明書を記念に買ってもらっていた。(拓)

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美ら地球回遊一周年

今日は私たちの記念日。1年前の今日、友人に見送られ、成田を発った。旅立ったときには、1年も旅していたらさすがに感動もなくなって帰りたくなるのかなぁーと思ったりもしたが、1年たった今、まだまだ行きたいところが目白押しでどうやってやりくりしたらいいのか悩んでいる。

1周年記念日現在、まだケープタウンの友人宅。かれこれ2週間近く滞在していて一箇所の滞在としては最長記録。ここの家族が素晴らしく温かい人たちで居心地がいいのはもちろん、あたりはトレイルだらけ、南アの歴史を学べる文化的施設も多く、充実ケープ生活をなかなか抜け出せない・・・

そして今日は第2回日本食パーティが開かれた(別に私たちの記念日を祝うためではないのだが・・・)。子供達の友人家族も招いてなんと総勢11人。さすがにこれだけの人数の料理を作ったことのない私たちはかなりテンパったものの、みんな喜んでくれてうれしい限りだった。

パーティの後、夜になって、改めて今日は記念日だったことを思い出してにんまり。果たしていつまで続くのか・・・
(慈芳)

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あやしい医者?

今日は「タウンシップツアー」に参加した。「タウンシップ」とはアパルトヘイト時代に白人以外が住んだ居住区のことをいい、今でも多くの「白人以外」の人々がこの区域のほったて小屋に住んでいる。この人々の生計を助けるため、人々を教育し、働き口を見つけるためのプロジェクトがいくつか進行しており、今のところ、陶器、織物、針金細工などの伝統工芸品を作って売るというのが主である。歴史を学びながら、そんな人々の生活やプロジェクトの様子を見てまわるのがタウンシップツアーだ。(これについてはサイトでまた報告したい)

さて、何かと人々の努力に感心することが多かったこのツアーで、ちょっと異色だったのがコーサ(部族の名前)の「トラディショナルヒーラー」。要は伝統的な方法(植物や動物の角・皮・足などを煎じたりする)で病気を治すという医者(薬剤師!?)。薄暗い店内には鹿や猿の足、とかげに大蛇の皮、草や実などが並んでいて、あやしいこと極まりない! 患者が来たら症状をきいていろいろ調合するのだそうだ。その方法は祖父から伝授されたとか。

ちなみにガイドしてくれたボーイ(彼もコーサ)に「病気になったらここに来る?」ときいてみた。答えは「いやこない」・・・ (慈芳)

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人喰いザメはすぐそこにいる!

晴天を待ってとうとう向かった喜望峰。その日は日曜日であった。途中の小さなパーキングエリアに停まり、景色を堪能したときにふと海を見ると多くのボートが目に入った。双眼鏡をのぞくとゾディアックなどに乗った多くのダイバーが見えた。
「寒いのによくやるねー」なんて話しながら岬へ向かった。

今日、ドロシーが手にしていた新聞を見てビックリ。僕らが通り過ぎた小さな港町付近でスピアーガンフィッシング(モリを使った漁)をしていた20代の青年がサメに襲われて食べられたとか。
僕らが見ていたダイバーはどうやら、彼を探す捜索隊だったようだ。
この海域はホオジロザメのメッカ。新聞によると三ヶ月前も海水浴客が襲われたとか。

クジラも見られる、カヤック、サーフィンもやり放題!と気楽に大喜びしていた私たち、その現場を頭に浮かべて少し複雑な気分になった・・・。(拓)

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おとなの宝探し

今日は土曜日なので、家の主ロイと奥さんのドロシーとデイハイクに出かけた。ケープタウン周辺の山々には多くのデイハイクルートが整備されており、犬を連れていけるところとダメなところもしっかりと表示されている。

歩き始めてしばらくしてからロイがウェストポーチから取り出したのはGPS。GPSには既に目標地点が登録されていて、ロイはそれを見ながら歩いている。

話を聞いてみたら、Geo Catchingという遊び。簡単に言えば大人の宝探しゲーム。あるWebサイトに行けば、お宝の隠し場所のGeoコード(緯度、経度情報)と少しのヒントが書かれてある。それをもとにGPSを頼りに宝探しをするという極めて簡単な遊び。GPSといっても誤差範囲は10mほどあるので、そこまでくるとあとは周囲を探すだけ。
今日のお宝はある尖った山の上、目標地点について捜索しているとドロシーが岩の下に隠された箱を発見。

見つけたあとは中にあるメモ帳に自分が来たことを記し、中にいくつかあるお宝を一つ持って帰ることができる。代わりに自分が持参したお宝を入れなければいけない(そうすることによってお宝がなくなることを防いでいるようだ)

GPSさえあれば誰でもできる無料の遊び。調べてみると日本も全国各地にお宝が隠されている。
興味がある方はこちらを訪れてみると良い。

ちなみにこんなに無邪気な顔をして喜んでいるロイは皮膚科のすごい先生なのだ(詳しく後日紹介します)。
(拓)

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南十字星やっと確認

南アフリカで初めて本を購入。といっても小さく薄っぺらい本だが、その名も「Star Watching in South Africa」。なぜこれを買ったかというと、ひとえに南十字星を探すため。というのも昨年から南半球に長居しているが、お恥ずかしいながら南十字星をきちんと確認できていなかったのである。それらしきものを見つけて「あれかなー」などというものの、実は「十字」に星をつなごうと思えばいくらでもできるので、どれが本物かわからなかったのだ。現に「二セ十字」と呼ばれる星座もあるのだ。

さて、本を明るいうちにみっちり読んで、あとは星空を待つのみ。
暗くなって星が出てきたところで、空を見上げると、お!それらしき十字が。てっぺんの星が赤っぽいのできっとそうだ。 そしてその横に「ポインター」といわれる南十字星を探すための2つの星を発見。間違いない。
あっけなく見つかった南十字星。その日からは空を見上げればパッと見つかるようになった。一度確認するとどうして今までわからなかったのか不思議だ。(慈芳)

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オレンジのシトラスはおかしい!?

アド・エレファント国立公園の近くにはシトラスファームが広がっている。私たちが泊まったところも本業はシトラスファームをしていて、泊り客はただでシトラス狩りをさせてくれる。
ここのシトラスはなんと日本にも輸出されていて、オーナーが言うには、日本人はものすごく見かけにこだわるので、大きさや色がそろっていないといけないらしい。(カナダも同じくとのこと) ここで育てている種は熟しても皮が緑だそうだが、一般にオレンジ色の皮の方がおいしいと思われているので、仕方なく皮をオレンジ色に着色するんだそうだ。
それをきいたときはけっこうショッキングだった。たしかにスーパーに並んでいる柑橘系の果物をみたときに緑色をしていると酸っぱいそうだなと思ってしまっていた。が、それはただの先入観で中身は何も変わらないどころか、オレンジの方は着色されていたなんて。そしてそのためにもちろん値段は高くなるらしい。

そして「緑だけどおいしいからたくさん持って行ってね」という言葉に甘えて、私たちはレジ袋にあふれんばかりのシトラスを持って帰ったのだった。(慈芳)

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「Cape to Rio」

ゾウを堪能して帰ってきて、宿で近くの工事現場で働くオヤジに出会った。前日は誰もいなかったのだが、この日は戻ってくると、オヤジがキッチンで食事の用意をしていた。

最初は挨拶してもそっけない感じだったので、アフリカーン(オランダ系移民によるオランダ語にルーツを持つ南アフリカの公用語のひとつ)しか話さないのかなと思い、僕らも自分達の食事の用意をしはじめた。

しばらくすると、「何人だ?」、「どれくらいいるんだ?」や「今までどこに行った?」などと英語で問いかけてきてくれたので、コミュニケーションが始まり、「飲むか?」と聞かれて差し出されたのが「Cape to Rio」というサトウキビを原料に作られた南アのお酒だった。ニオイから「これはツヨイなぁ」と思ったが、体育会系日本人、こういう場で断るという動作はできないので、ありがたく頂いた。お酒にグレナデンシロップのような赤い液体を入れ、水で薄める。予想通りのキツイ味がするが、悪くはない。

自分が撃って、奥さんが煮たという鹿肉をツマミに色々話を聞かせてもらった。今まで誰ともできなかったアパルトヘイトの話や、その後の話。差別政策を進めていた国に住む一人の人からその話や彼自身の意見を聞かせてもらったのは貴重な経験だった。

日本人の若造など見たこともないだろう彼は僕のグラスが空になれば、新たにドリンクを作ってくれる。会を重ねるごとにお酒の量が増えている・・・。

部屋に戻ると僕はベッドに直行。久々の強いお酒でグロッキー。強烈な頭痛にうなされ、夜中に何度も眼が覚めた。

翌日、オヤジはビールが冷蔵庫にあるから持ってけと。断ろうとすると、「オレはこの腹があるから、ビールは飲まないんだ」と言いながら、ポンとおなかを叩いている。「じゃ、なんでビールがあるんだよ・・・」と思いながら、好意を受けることにした。 (拓)

(飲めない私は横で涼しい顔して酔っ払っていく2人をにこにこ観察。食事が終わると、オヤジはさすがに飲ませすぎたと悟ったか、「皿はオレが洗っとくからさっさと寝ろ!」という。そんな優しいオヤジだった。 By 慈芳)

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語る

4日間のツアーから帰ってきた翌日、宿でスイス人の旅行者と出会った。話を聞くと彼はダーバンという町で一ヶ月ほど英語の勉強をして、残りの時間でケープタウンまで旅行しているとのこと。物静かな青年で、あまりバックパッカー宿では見かけないタイプの人であった。その日は宿泊客が僕たちと彼しかいなかったので、特に何がきっかけというわけでもなく、話をしはじめた。

その日は別にお気に入りの赤ワインを飲んでいたわけでもないが、何故か自分の口がよく動く。きっと、ツアーの四日間は3人のネイティブスピーカーがずっとコミュニケーションの主導権を握り、それを必死に聞きながら、口を挟んだりしていたので瞬間的に英語力が上がったことと、彼が物静かな性格だったため、勢いづいて僕が話し続けていたようだ。

また、その彼が「仕事を辞めてきた。もう二度とあの仕事はしたくない・・・。次は新しい分野の仕事がしたいが、経験がないので難しい・・・」などと遠くを見ながら話し始めたので、ついついお得意の「頑張ればできるはずだよ」と言ったようなことを自分の例を交えながら力説してしまった。

内容はさておき、彼も会話自体は楽しんでくれたようで、「君たちのやっていることはすごく興味深い。次にネット・カフェに行ったら必ずちゅらぼしをチェックするよ」と言ってくれた。

言いたいことが英語で伝わった気がしたことと、それが何か、相手にポジティブに働いた気がして、何か嬉しい気分になった。果たして、相手はどう思っていたのか・・・。(拓)
(それにしても長かった・・・ 途中、スイス青年がもう飽きたんではないかと心配してみていたのだが、話は興味深く聞いているようだった。ので安心して私はいつものように先に寝た。 By 慈芳)

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ラグビー観戦

泊っているホステルのすぐ近くのスタジアムでラグビーの試合があった。朝からこのあたりに車がぞくぞくと到着し、昼過ぎには道路の両脇に車がびっしり。BBQをしながら開戦を待っている人たちも。せっかくこんな近くで楽しそうなイベントがあるというので私たちも見に行くことにした。試合は南アフリカのBulls VS ニュージーランドCHIEFS。私はラグビーをあまり知らないので、どちらかというと周りの人々の観察を楽しむ。

人々がしゃべっているのはほとんどがAFRIKAAN(たぶん)なので理解できないが、けっこう皆試合に熱くなっている感じ。チームカラーのブルーを全身に塗っている男の子たちも。(寒そう・・・) ハーフタイムにはなんとスカイダイバーのショウまであって大盛り上がり。私たちもおおいに楽しませてもらった。

そんな会場で気付いたことがひとつ。観戦者はほぼ全員白人でグッズや飲み物を売っているのは黒人の人々だということ・・・

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南アフリカの第一印象

南アフリカに着いた。ヨハネスブルグ空港から予約したバックパッカーホステルの送迎サービスで首都プレトリアにあるホステルに直行。ホステル周辺は大使館や立派な家が多く、緑も豊富。歩いて15分くらいのところにショッピングセンターがあり、巨大スーパーや素敵なレストラン、BMWの巨大ディーラー等が並んでいる。
昼間歩いた限りではここがそんなに危険なところとは感じない。(南アで最も危険なのはヨハネスブルグであるがやはり都市部では犯罪が多いとのこと) だが、ホステルに張り巡らされた鉄条網(たぶん電流が流れている)や厳重に電子ロックされた玄関、張り出されたルール(貴重品、デイバックは持ち歩かない、夜は歩かない等)を見ると、だらりと気を抜いていいわけではないことが感じ取れる。犯罪だけでなく、驚くべきはこの国のエイズ感染率の高さ。なんと4-5人に1人だという。

南アフリカは、海あり、山あり、野生の王国あり、バラエティに富む文化あり(全てこれから見に行くのだが・・・)の素晴らしい国である一方で、暗い面も持っている、そんな複雑な気持ちにさせる国である。

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予防接種とパスタの日(ハンスとの日々 vol.3)

今日はハイデルベルグの大学内にある熱帯研究所へ。

(写真: マラリアの分布図の前で問診票と書いてくれているハンスと拓)

 ハンスがアフリカに行くなら絶対ここに行かないといけない!というので、「日本で予防接種はしてきたし、マラリアについてもある程度の知識はあるつもりだけど・・・」と思いつつ、やってきた。ここは熱帯地方に行くときのアドバイスと必要であれば予防接種をしてくれる。先生にきいてみると、どうやら私たちはほとんどの必要な接種は受けているが、チフスだけ一応やっておいたほうがよいとのことなので素直に接種。そしてマラリアについての説明を受け、処方箋をもらう。日本ではマラリア予防薬は買えなかったが、ドイツでは買えるようだ。さすがに専門家の先生に丁寧にわかりやすく説明を受けると、本で見たがいまいちピンときていなかった情報がしっくり頭に入ってくる。ふむ、これは来てよかった。

そして今日のイベントその2は、自家製パスタ作り! 彼は手作りパスタセットを持っているのだ。パスタの本を見ろというので、パスタを選ぶところから始められるのかと思いきや、彼の中ではもう「カネロニ」に決まっていて、いつものように私たちに選択肢はなかった。

そして一緒にパスタを作るとはいっても、ほとんど彼がつくるのも常。私は助手、拓はほとんど何もさせてもらえない感じ。今回はラッキーなことに一度だけ(!)パスタ製造機を回させてもらった。
そんなハンスとの料理の時間も慣れてきた私たちはリラックスして料理(てか助手)を楽しみ、できたカネロニは最高においしかった!
ハンスとのアフリカ前最後の晩餐。彼との議論はたしかに疲れるけれどだんだん免疫がついてきた。アフリカ後、彼が移住してしまっているかもしれないのは寂しいなぁ。(慈芳)

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E-mail レッスン (ハンスとの日々 vol.2)

議論好きで英語も流暢なハンスには私たちはやられっぱなし。たまに頑張って口をはさんでもだいたい「それは違う」といった感じに否定形で返ってくる。こんな人に会ったのは初めてだ。半ばカルチャーショック気味だ。

というと誤解されそうだが、ハンスは知的でユーモアたっぷりのおじさんだ。私たちのお父さんといってもおかしくない歳の彼がアフリカ行きについていろいろ言うのは、本当に私たちを心配してくれているからだ(と信じている)。
そんなハンスに私たちが唯一優位にたっているのが、電脳系である。最近無線LANとノートパソコンを調達したが使い方がわからないという。

そんなわけで開かれることになったのがE-mail&インターネット講座なのだが、やるといいつつ、フィットネスクラブに行ってしまたり、違う用事で一日終わってしまったりして、いつも「明日にしよう」という。あまりに明らかな逃避が逆に笑える。だが、私たちのアフリカ行き日程が決まると、これ以上延ばせないと観念したのか、ついに今日行われることになった。

拓の説明をふむふむと聞くハンス(写真)。ふーん、こういう時は素直なんだなー。
1時間ほどしてPCの前を離れたと思ったら「インターネットの弊害はみんなのめりこみすぎることだ。何か探すにしても時間がかかるし、大切なのは時間をかけて何がほんとに得られるかだ・・・」云々と例の調子で批判がはじまった。理屈をこねているが要はあんまり好きじゃないのだ。だんだんハンスを理解しつつある私たちは。あ~やっぱりねーと早々に講座を終了したのだった。(慈芳)

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バイクツアーinハイデルベルグ (ハンスとの日々 vol.1)

滞在中のハンスは大の話し好き。色々議論を投げかけられるが、ほとんど口を出すチャンスを与えてもらえない。

午前中はキッチンで世界情勢についての講義。朝食の後の二時間以上、日本と中国の関係やドイツとその周辺国の情勢について話し合った(ほとんど聞きっぱなしだが・・・)。

午後から出てMTBで走ることになった。川沿いを快適に走り、小さな町で小休憩。で、帰ろうと思ったら雷雨。。。ずぶぬれになって帰ることになった。

晴天の午前中はキッチンでディスカッション、外に出たら雷雨、うーん・・・。
(拓)

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ASB Tokyo Jackに行く

中学時代に友人とともにボン・ジョヴィのコンサートに行った。それぞれ、ウォークマンで演奏されるであろう曲を聞きながら胸を踊らせて、会場に向かった。

それから二十年近くたった今日、久しぶりに同じように高ぶる気持ちを押さえながら、ウォークマンと共にライブハウスに足を運んだ。
お目当てのライブは想像していた以上に盛り上がり、大成功に終わった。

中学時代のあの日、その一人が、ボン・ジョヴィのようにステージの上を駆け巡るとは誰も思ってもいなかっただろう。ライブハウスの最後尾に立っていた僕は、彼らのパフォーマンスやそれを楽しむ観客を目にして、なぜかニヤリとしてしまった。(拓)

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新居購入!

今日、アフリカ・ヨーロッパ編用のテントが届いた。
そうなのだ、私たち二人にとってはテントがとっても大事な持ち家。