オーストラリアで目についたネタ3 -こどもの遊び場-

記憶をたどるように、もう半年も経ってしまったオーストラリアネタ第三弾。匠の国、飛騨からオーストラリアに行ったのは、去年の12月。2歳になったばかりの娘との初めての旅は、二人の大人のお気楽な美ら地球回遊記とは少し勝手が異なった旅であった。
移動距離は二人の時の6~7割程度で、そこここで彼女の満足感を満たすアイテムが必要で、その中で公園は大きな役割を果たしてくれる。

いままで見たこともなく、自分が遊べるツールは子供たちにとってはたまらない存在で、その場に解き放つと最初は警戒しながらもドンドン入り込んでいく。

いーなー、と思ったのは。遊具の下にウッドチップが敷き詰められた公園。そこここで見かける公園はウッドチップが敷き詰められ、ほとんどの子供は裸足で駆け回っている。家の中では靴を履いている西洋文化、意外ではあるが、外で裸足になることが多い。日本人の感覚とは反対なような気もする。
飛騨にも木を使った公園もあるけど、このようにウッドチップが敷き詰められ、子供たちが裸足で駆け回る公園は見かけたことがない。こんなのがあればいーなーと思った。


(真ん中が我が娘)

また、水と触れ合う公園もあった。水の供給についてはサステイナブルな仕組みなのかよくわからなかったけど、暑い、暑いケアンズではこんな場も子供たちにとっては、最高の遊び場なんだろうなと思った。
何よりもボクがこの場がいいなと思ったことは、水遊びという視点より、様々な人種の子供たちが集える場であること。僕らの飛騨にもこのようなマルチカルチャーな場が存在すれば、訪れる人にも住む人にとっても良い意味での刺激の場になるのではということ。
僕らの目が黒いうちに実現するといいなー、と思う。(拓)

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オーストラリアで目についたネタ2 -鉄板エブリウェア-

オーストラリアネタふたつめ。
今回もちゅらぼしらしく、基本キャンプの3週間であった。2歳の娘にとっては初長期海外旅行にも関わらず、一泊目はバックパッカーのダブルルーム、二泊目からキャンプ三昧となった。
オーストラリアはキャンパー天国。国立公園も州立公園もプライベートRVパークも設備が整っていて、至極快適なキャンプライフを過ごすことができる。
そのなかで驚いたのが、ほとんど全てといってよいキャンプサイト、ピクニックサイトにプロパンガスのBBQ鉄板が備え付けられている。最初に訪れたカンガルー島のフリンダーチェイス(Flinders Chase)国立公園やビクトリア州のグランピアンズ(Grampians)国立公園にしても、夏はほとんどのエリアでFireban(裸火禁止)となるが、この備え付けのBBQグリルは使用可能とのコト。


(RVパーク内のキッチン。写真には写ってませんが、みんなアホみたいにOZビーフ食べまくっていました。。)

分厚い鉄板のBBQグリルはお好み焼きにも最適。オーストラリアはアジア食材も主要都市なら用意に入手可能。おたふくソースも売っている。(我々は手をつけませんでしたが・・・)


(Seal Bayのピクニックサイト)

天然ガスが豊富なオーストラリアならではの設備なんであろうか。

南アフリカのキャンパー文化ブラーイを思い出した。ところ変わればキャンピングスタンダードも違い、これを見るのもけっこう面白い。(拓)

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「ようこそジャパン」?

予定より30分ほど遅れ、成田空港に着陸した。いつも小汚い格好をしていると税関のチェックが気になるが、前回同様、カバンのひとつも開けられずに通過することができた。

出口を出て僕らを迎えてくれたのは「.. We, we, welcome to Japan…」という戸惑い交じりの言葉。僕もいきなり英語で話しかけられたので、「.. Thanks」と戸惑いながら答えた。
その声の主は中学生くらいの男の子。その後、晴れ着を来た女性に「千代紙」の束が手渡された。

後からわかったのだが、今は「ようこそジャパンキャンペーン」中だそうで、地元の子供たちもキャンペーンに借り出されているようだ。僕らも旅の途中、なぜ日本への旅行客が少ないのかとよく考えていた。的外れなことが多いお役所主導のキャンペーン、成功することを祈る。

そのあと、去年の一時帰国のときと同じで専属のハイヤー(会社時代からの悪友、わざわざ有給をとってきてくれた)に揺られ、最初の目的地「じゃんがらラーメン」に向かった。

(拓)

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回遊最後の日

2006年1月19日朝7時、まだ暗い中友人に送ってもらってアムステルダム・スキポール空港に到着。そう、今日はついに回遊最後の日。搭乗券には「TOKYO/NARITA」・・・

一時帰国後、再出発してから約9ヶ月。何とあっという間だっただろうか。
今は旅に出る前より世界の広さを感じている。アフリカなんて7ヶ月以上いたのに地図上ではほんの一部にすぎないし、これだけの時間ではオセアニア・アジアには一歩も足を踏み入れることができなかった。
が、一方で交通手段と情報通信の発達によって世界が狭くなっていることも痛感する。行こうと思えば世界中どこへでも行かれるし、どこでもインターネットで情報を得られる。欧米のメディアをリアルタイムで見ることもできる。グローバル企業は世界の隅々まで市場を拡大しようとしている。携帯を持つマサイ族、マヤ人の村で売られているコカ・コーラ・・・

「帰国はどんな気分?」とよくきかれるし、自分でも考えてみたりするが、まずお伝えしたいのは私たちは今回の旅にすごく満足していることである。自然の中でゆったり時間を過ごすことで地球のこと、日本のこと、いろいろ考えることができた。

もちろん、まだ行きたいところは山ほどあるし、つれづれなる旅生活を終わるのはちょいと寂しいのは間違いないが、ここで一段落して、旅中に思いついたあれやこれや新しいことをやってみたい。
そして回遊はもちろんこれ限りではない。子供がいても歳をとっても出来ると思っている。実際赤ちゃんを連れてアフリカに来る家族、お歳を召しヨーロッパのバックパッカー夫婦には何度も出会っているから何も特別なことではないのだ。

そんなことを思いめぐらしながらついにアムステルダムを飛び立った・・・(慈芳)

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久々の雪景色

今日はニースから北に1時間ほどのスキー場にスノーシューイングをしに来た。旅に出てから雪の降らない季節・地域を訪れていたので私たちにとってはほぼ2年ぶりの雪景色である。

土曜日だというのにものすごいすいている。今日はクリスマス前の週末なので、ほとんどの人は町にお買い物に行くんだとか。しかも晴天、絶好のスノーシュー日和! 気持ちよーく歩いていたところ、パトロール員がやってきた。ジュリアンとフランス語で何か会話している。詳細はわからないがどうやらゲレンデにはスノーシューで入ってはいけないということらしい。え、こんなに気持ちいいのに追い出されるのか!?と思いきや、本当はいけないけど気をつけて行ってくれということでお許しがでたらしい。良かった。
2時間弱歩いて頂上に。1,776mとそんなには高くはないが景色はなかなかである。
アフリカも良いけどやっぱり雪山も良いねぇ~と移り気な私たちであった。(慈芳)

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贅沢!?ユーレイルパスの旅

移動費のかさむヨーロッパで少しでも安く過ごすために購入したのが外国人旅行者用のユーレイルパス。少し割高にはなるが実はヨーロッパでも買える。
このパスは26歳以上の大人となると有無を言わさず1等車用しかない。きれい・快適・安全なヨーロッパの電車、私たちには2等で十分すぎるくらい十分なのだが、大人はケチを言わずに一等車に乗れということなんだろう。先進国は厳しいなぁ・・・。

そして今日は初めてパスを使ってみた。今まで乗ったことのない1等車にのりこむと、シートはふかふか、足元はひろびろ。となりにはコートかけとハンガー。乗客にはその電車の時刻表が配られる。贅沢・・・

なんじゃーこれは~!と面食らいながらもはしゃぐ私たちであった。(慈芳)

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マイホームとお別れ

今日ドイツから日本へ20kgほどの荷物を送った。ヨーロッパでは2ヶ月弱過ごすが冬でもあるし、そのほとんどは友人宅にお世話になる予定のため、もう使わないであろうキャンプグッズやガイドブックなどを送り返すことにしたのだ。

1年半近く使い続けたキャンプグッズ、途中テントや寝袋は気候によって変えたりしたが、キャンプストーブなどはほぼ毎日3食使い続け、ポンプも折れたくらいである。「家」と呼ばれていたテント、「ふとん」と呼ばれていた寝袋などとはしばしのお別れである。
なんかキャンプグッズを送り返すことでもうすぐ私たちの旅も終わりなんだなぁ~というのを実感し、かなりさみし~い気分・・・

(写真: 20kgのダンボールを持って郵便局へ)
ヨーロッパでは次の回遊を実現すべく作戦会議中である。(慈芳)

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アフリカとお別れ

8ヶ月弱と予定を大幅に伸ばしたアフリカ回遊、とうとう私たちを魅了し続けたこの巨大な大陸に別れを告げる日が来た。
こんなに多くの自然や動物、民族に触れたと実感できた旅先は他にあまりなかった気がする。

旅の中でも飛行機に乗ってその地を離れるときは特にその「お別れ感」が大きい。バスなどで陸路国境を越えてもさほど、「お別れ感」を感じることはないが、飛行機に乗ると、その地との物理的距離を必要以上の速さで引き離される感覚があり、それがまた寂しさを増大させたりする。

メディアなどで「アフリカが熱い」なんて類の記事を多く目にするが、アフリカを旅することにより、アフリカが注目されることによる、長短など様々なことを自分なりに考えることができた。

とはいえ、私たちが回ったアフリカなんて、アフリカのほんの一部。決して、「アフリカを知っている」なんて、恐れ多くて言えるわけもない。

また、もどってくるぞ、このアフリカへ。(拓)

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マサイの土地を行く

アフリカ最後のトレッキングは世界的に有名なンゴロンゴロの北東に連なるカルデラ周辺を歩くというもの。ここは保護地区ではあるが、マサイ族だけは中に住んでも良いことになっており、その生活を垣間見ることができる。
マサイ族の基本は放牧で、現在でもケニア・タンザニア国境を放牧しながら自由に行き来している(もちろんパスポートなどなしで)のだが、このあたりのマサイは住み着いている人々が多く、放牧もあまり遠くへは行かず、かわりに農園を持っている他、観光客相手にアクセサリーを売ったりガイドをしていたりする。
緑の山々が連なり、美しいシルエットの活火山レンガイを望み、気候も快適、こんな素敵な土地にマサイの人々は住んでいる。しかも成人するとその集落で好きなところに家を建てていいのだそうだ。日本人からするとうらやましい限り。

(写真: レンガイ山を望む)
もちろんお金を判断基準にしたら彼らは貧しいが、こんなところに住めるなんてものすごい特権である。
彼らはどう感じているんだろうか。他の国を見ていなかったらその素晴らしさが当たり前になってしまってはいないだろうか・・・ ちょっと気になって、マサイのガイドにきいてみた。すると「私たちはとても幸せだと思っているよ」とのこと。ちょっと安心した。(慈芳)

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ムズング~!

今週私たちはキリマンジャロのあとの息抜きがてら、タンザニアのウザンバラという地方で山歩きを楽しみつつ村々を訪ねる、今までとはちょっと変わったトレッキングをしている。ここはフォレストリザーブ(森林保護区)も点在するものの、ほとんど全ての山には人が住んでいる。段々畑や急斜面に建った家々を見るとちょっと日本を思い出すくらいだ。
そんなところを歩くものだから、村に入ると私たちに視線が一気に集まる。まるで水族館の魚、サル山のサルの気分である。
特に子供たちは「ムズング~!」「ハローハロー!」といってかなり遠くからでも叫んでくる。ムズング(Mzungu、スワヒリ語)とは外人・異人のこと。ふつうは白人を指すのだがここでは私たちも白人のカテゴリに入れられてしまうのだ。だから私たちもこれをきくと手をふったり挨拶を返したりけっこうひっきりなしに大変である。有名人ってこんな感じなんかなーなんて思ってしまう。

中には逆に「ムズング~!」と叫んで一目散に逃げる子もいる。一度は遊んでいたおもちゃもほったらかしてスタコラさっさと逃げていった。ガイドいわく、私たちが大きなバックパックを持っているので連れて行かれると思って逃げるそうな。

ある村で休憩していたときには20人近い子供たちに囲まれて大騒ぎ。

(写真:撮った写真を子供たちに見せているところ)
「ムズング」は子供たちにとっては大イベントなのだ。(慈芳)

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キリマンジャロ登頂

夜中の12時にベースキャンプを出発、今日はアフリカ大陸で一番空に近い場所、キリマンジャロのウフルピークに向かう日だ。空は快晴、星がたくさん見える。下界の方には雲海が見える。この雲海に追い越されてしまったら、ピークは真っ白だなぁ、なんて考えながら歩く。
荷物は飲み水くらいなので、たいしたことはない、ただ、とにかく寒い。高山病対策でガイドは「ポーレ、ポーレ」と言いながら、かなりゆっくり歩くので、なおさら寒い。「先に行く!」とも言えないので、一人で小股で、歩数を稼ぎ、上半身を揺らして小躍りしながら登った。
本当に6時間もかかるのかと疑心暗鬼であったが、頂上付近のステラ・ポイントといわれるところに着いたのは、5時半を過ぎ、遠くの地平線は赤くなっていた。
そこから、40分ほどで、ウフルピークに到着、看板の下で写真を撮って、ハイ、さようなら。温度計を見ると-7℃。6時間もかけて登ったのに、登頂者はみんなそんな感じだ。
ま、ふたりでなんとかたどり着いたので、よかった、よかった。 (拓)

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キリマンジャロ登山のはじまり

今日から、6日かけて、キリマンジャロの頂上を目指す。国立公園のルールにより、ツアー会社経由でガイドとポーターと一緒に登る。ゲートについて、ポーターたちは麻袋とバナナの皮でできた(?)カゴに食料を積めて、登りだす。ポーターに助けてもらうのはペルーのマチュピチュへの道、インカトレイル以来だが、いつも感心させられる。

ま、余裕を見た7日間の予定、なんとかたどり着くはずなんだけどなぁ。(拓)


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4,562m

タンザニアでのトレッキング第一弾はメルー山。お隣にアフリカ最高峰キリマンジャロがあるためか知名度は低めなようだが、眺めは素晴らしいと聞いて登ってみることにした。

登頂当日は3,500mの山小屋から夜中の2時に出発。暗い中、時には岩をよじのぼり、時には砂利に足が埋もれ、すぐ横のクレーターの急斜面にどきどきしながら登って行くのはかなーりハード。
だが薄明かりの中に浮かび上がるキリマンジャロのシルエットを見るとなんとか力がわいてくる。6時20分、頂上の少し手前で日の出を迎える。真っ赤な地平線にキリマンジャロ!これは今まで見た中でも最高の日の出である。

でもそこからさらに頂上までが長ーい道のりだった。さすがに4,000mを越えると足が重ーくなり、一歩一歩がつらい。見えているのになかなか着かない頂上。そういえば南米のインカトレイル(最高地点4,200m)でもこんなんだったなぁ・・・

それでも7時、タンザニアの旗のたつメルー山頂に到着! ガイドのラジャブもうれしそうに「Karibu!」(ウェルカム)と笑った。昨日まで雲が多かったのに今日は晴天。360度の景色に感激である。
頂上には、登頂者がサインするノートがおいてあり、ラジャブに差し出されてサイン。(写真)

う~ん満足。がんばった甲斐あり。次はあのキリマンジャロ登るぞ~!(慈芳)

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久々の移動を阻んだもの

故障してしまったPCの為に長居してしまったナイロビ。とうとう、今日タンザニアに向けて出ることにした。朝一番のバスで国境を越え、タンザニアのアルーシャまで行く予定だ。
やはり旅人である以上、一箇所にいつづけるにはやはり限界があるようで、バスに乗るとなぜか嬉しい気がした。

予定通りバスが発車してワクワクしていたのだが、なにやら、バスが止まったり、向きを変えたり・・・。
なんだよー、とバスの窓から外を見ると警官やら軍人さんやらがたくさん。その向こうに、トコトコ走っている大勢の人を発見。
話を聞くと今日は年に一度のナイロビマラソン。人種乱れてみんな、いっしょうけんめい走っている。
ケニアは確かにマラソンも強かったはずだ。おととい、ナイロビ郊外の丘を歩いているときに、軽やかに僕らを抜き去るスレンダーなケニア人が何人もいたのは、このマラソンのためだったのか・・・。(拓)

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一年ぶりの再会


僕らの旅のスタイルでは、道中で日本人の旅人に出会うことはすごく少ない。日本人個人旅行者が多い南米でも、彼らの多くは「日本人宿」といわれる日本人が多く利用する宿をつないで旅するケースが多いようだ。僕らはあまりそういうところに泊まらなかったのと、アフリカ大陸はやはり日本人個人旅行者はまだまだ少ないところに、キャンプサイトを探し歩いている私たちとは出会う機会が少ないからだと思われる。

しかし、稀に日本人の方に出会うこともある。石川夫妻(彼らのサイト「World Odyssey」)がその貴重な稀な人たちだ。
美ら地球回遊記の最初の目的地、アラスカにあるデナリ国立公園。ここのマッキンリーを臨むキャンプサイトで、私たちと同じ日本人の旅夫婦に出会ったのだ。
お二人も自然中心の旅をされているようで、その後、たまーに、情報交換などをしていたのだが、パタゴニア、南アフリカで再会かとも思われたが、いずれもニアミスに終わっていた。

ところが、デナリの出会いから一年四ヶ月ほど経った今日、ここナイロビで出会うことが出来た。残念ながら、夫の淳二氏のみとの再会であったが、久々に旅のネタに花を咲かせた。
一度しか会ったことないのに、なんか懐かしい同志に再会したような気分になったのは、なぜだろうか。

お互いの安全と健康を祈りながら、短い再会は終わった。(拓)

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ナイロビ日本人学校を訪ねる

知人の計らいでナイロビにある日本人学校を訪れることができた。ナイロビ郊外にあるこの学校は、立派な鉄筋の二階建て校舎に体育館、運動場や野外学習場などとても立派な施設である。
中を見学させてもらうと、その学校は日本の小学校そのもの。職員室のその雰囲気だけでなく、教材や壁新聞など、どれをとっても日本の小学校で、遠い異国で何か懐かしい匂いを嗅いだ気がする。
とはいえ、各クラスのプレートにライオンやサイなどのデザインが施してあったり、体育館にある和太鼓は実はこちらのマンゴーの木を切って作ってあったりとかで、よーく見てみるとケニアらしい一面もしっかりとあるようだ。

そんな、日本人学校も生徒減に困っているそうだ。日本人駐在員が一昔前より減っていることに加え、インターナショナルスクールに通う子供が増えたことが一層、日本人学校の児童/生徒減を加速させているそうだ。一時期は130人近くいた児童/生徒も今は小・中、九学年で37人しかいないとか。
児童/生徒減に泣いているのは少子化に悩む日本の小学校だけではなく、海外の日本人学校ではより深刻な問題のようだ。
僕らも海外に住むなら、自分たちの子供に日本人学校は選ばないかなぁ・・・(拓)

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チャリボダ

ケニアの貴重な熱帯雨林であるカカメガ森林公園。静かで素敵なところだと聞いて行ってみることにしたのだが、公園への道はまたまた険しかった。ケニア第3の都市キスムからマタツ(ハイエースの相乗りバス)、次にプジョー(プジョーのピックアップの荷台に屋根と椅子をつけたもの)、そのあとはボダボダ。ボダボダとは原付の場合もあるがここでは普通の自転車の二人乗り(よって私たちはチャリボダとよんでいる)、後ろには一応クッションぽいものがついている。

私たちはかなり重たいバックパックに加えてカメラやPCも持っているのであんまりこれには乗りたくなかったのだが、他に手段がないというのだからしょうがない…。しかも5kmの道のりはもちろん未舗装でがったがた… 後ろにのっていると道が見えないのでちょこんとついている取っ手にただただつかまるしかなく、私の二の腕はすっかり筋肉痛になった。
そういえば、でもドイツでも自転車タクシーを見た。(写真下)ずいぶん見かけは違うけど乗り心地はどうなんだろう?
(慈芳)

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漁船にのって

ビクトリア湖に浮かぶ島から本土に帰るのに漁船にのせてもらうことにした。来るときはバス+フェリーで来たのだが、バスでは横一列補助イスも入れて4人がけのところに6人ずつ詰め込まれ、しかも悪路。さらにフェリーはエンジン故障で2時間まち・・・などといい思いをさせてもらえなかったので、帰りは違う手段をためしてみることにしたのだ。
11時ときいていた漁船が出発したのは12時半。バスに比べればスペースがあるだけ良いのだが、今度は魚臭さにまいった。そりゃ漁船にのせてもらっているのだから当たり前かも知れないが、日本でも漁港でたまに感じるようなあの魚臭さがボートいっぱい漂っているのだ。

漁船には私たちの他に本土に向かう他のローカルもたくさん乗っていた。魚を持っている人もいればにわとりを生きたまま抱えている人、船の上で湖の水をくみながら洗濯&頭を洗っている人様々いてなかなか面白いのだが、興味深かったのは、自前の救命胴衣を着ていた人。救命胴衣を人数分積むなんて決まりはウガンダにはないと思われるので、もしもを考えて購入したのだろう。
16時頃、やっと港に到着。と思ったら最後の関門が待っていた。この港には桟橋がなく、下船=肩までつかるのだ。するとガイドブックにあった通り、船がビーチに近づくとポーターたちが2ー30人ばしゃばしゃと船に向かって走ってきた。荷物だけではなく人も運ぶために。そして私は軽々と前に抱えられ、拓は肩車されて岸まで運ばれた。もちろんお駄賃を払わなければいけないのだが他に選択肢はないのでしょうがない。
この港からはマタツ(ハイエースの乗合タクシー)に乗り、結局島から首都カンパラまで6時間。行きは10時間近くかかったからましだけど、ウガンダの移動はどこまででも1日がかりで
毎回ぐったり。
この日は私たちの駆け込み寺、行きつけの中国レストランに駆け込んだのであった。(慈芳)

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にわとりに野菜盗まれる

世界で2番目に大きいビクトリア湖に浮かぶ島々セセ・アイランズ。首都での1週間の介護にも関わらずPCのご機嫌が悪く、ちょっと沈み気味の私たちはここでちょっとのんびりさせてもらうことに。
泊まったキャンプサイトは目の前に白砂のビーチが広がり、かわいい犬も3匹そろってなかなかいい感じ。何もないのでひたすらほげることにした。

そんなある日の午後、一緒になったドイツ人の女性が砂浜にごろりしている私たちのところにやってきて言った。「あなたたちの野菜、にわとりに食べられてるわよ!」
ここにはバブーンはいないし、犬たちは利口だし、鳥たちからは見えないようテントの陰に隠したから大丈夫と思っていたのに、キャンプ場をコッココッコと歩き回るにわとりのケアは忘れていた! あわてて見に行くとすでにトマト3個とジャガイモ1.5個が犠牲になっていた。(ちなみにそのすぐ横においてあった鶏卵は無事だった。)
にわとりめー! 今度やったら捕まえて食べてやるぞ!とむな
しく脅す我々だった。(慈芳)

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俺にそっくりチンパンジー


熱帯雨林に住むサル達。これが私たちにとってウガンダ回遊の目玉である。ゴリラの次はチンパンジーとKibale国立公園に向かった。
チンパンジーの生態を熟知したガイドに連れられ、チンプを探すこと30分、すぐに木の上で戯れるチンプ家族を発見。森の外から指す光の合間にチラっと見えるシルエット。よく見る進化の過程を表した絵の左端に描かれているシルエットだ。

しばらくすると地面に降りてきたチンプ達をしばし観察。耳を見てビックリ。僕の耳と同じ形をしていた。幼少時代、兄はゴリラ、僕はサルと言われ、時には気に食わなかったが、森に住むチンプを見て、納得。僕はサルだー。(拓)

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電気も水道もなし + 夜中のガサ入れ

ブホマやブトゴタは隣国ルワンダとコンゴ(ザイール)との国境付近にある最果ての地である。ウガンダはまだまだ途上国で、このような僻地にはインフラもほとんど整っていない。
首都カンパラからの長距離バスの終着地ブトゴタには電気や水道があると思っていたが、宿に入ってみると受付や食堂などにはソーラーパネルから供給される電気で薄暗い電灯が、客室にはロウソクが用意されている。
トイレはただの穴、トイレの外や食堂にはブリキでできた水タンクが置いてある。
僕らにとっての最重要ポイントである安全は確保されているようなので、ロウソクの火を消してぐっすり寝ることにした。

翌朝のバスが5:00出発と言われたので、緊張しながら寝ていたのだが、真夜中に物音が聞こえ、目が覚めた。しばらくしてドアを叩かれ、「ポリース、ポリース(警察だ、開けろ)」と言っている事に気付いた。
目をこすりながらドアを開けるとライフルを肩から下げた警官が三人、「どこから来たのか、どこへ行くのか」など尋問され、パスポートの提示を要求された。

ここは国境の町、しかもコンゴはいまだ政情が安定せず、それなりの警戒態勢は敷かれているようだ。(ゴリラトレッキングもライフルを持った兵士3人と共に行くシステムになっている。)

真夜中の珍客にただでも少ない睡眠時間を奪われ、不機嫌な僕であった。(拓)

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宴(うたげ)トラック

今日はブウィンディ国立公園とお別れ、ブホマという町から17km先のブトゴタという町まで行かなければならない。この17kmは公共交通機関がないので、車をチャーターする、もしくはヒッチする、の二択しかない。
チャーターするとヒッチハイクの倍以上の値段になるので、特に急ぐ必要もないし気長に待つことにした。
今日は日曜日。ほとんど車がこない・・・。そろそろ諦めて、チャーターをお願いするかと思ったとき、一台の車が来た。
ここぞとばかりに運転手に聞いてみると、「そこでやってる子供の誕生日パーティが終われば、みんなでブトゴタに帰るから、一緒に行こう」と言ってくれた。制限時間いっぱい、なんとか足を確保できた。

単に町に行かれればと思っていたら、嬉しい誤算もついていた。パーティで陽気なみんなは、未舗装路をガタゴト進むピックアップの荷台で大合唱を始めた。ひとりのおばさんが歌いながら太鼓を渡してきたので、即興でドラマーに変身。陽気な村人とリズムに乗りながらブトゴタに向かった。

南アで訪れたプリミティブな村でもキッチンからはきれいな合唱が聞こえてきた。娯楽も限りなく少ない彼らは純粋に合唱を楽しんでいるようで、本当に素晴らしいと感じた。 (拓)

ちょっと見てみたい方はこちら(3.8MB)

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ウガンダ、バスの旅

今日はウガンダの首都カンパラからゴリラの住む森ブウィンディへ向けてのバス移動。朝6:30にバスが出るからバスターミナルへ行くように言われていたが、バスターミナルといってもただ駐車場に所狭しとバスが並んでいるだけで、南米のようなバス会社ごとのチケット売り場もなければ時刻表もなし。駐車場の入り口にいた人に「Butogotaに行きたいのだが」というと、「あーButogotaね、こっちだよ」と親切にバスの前まで連れて行ってくれた。一応窓に「Butogota」とサインが出ているのを見てひと安心。さっさと乗り込んで出発を待つ。
出発したのは結局7:30近く。ウガンダの乗り物は時間に関係なく、人がいっぱいになったら動くというのが常識のようだ。

ウガンダ初のバスの旅では初めての体験が二つほどあった。
1つ目は、「窓から牛串」。各町のバスターミナルでは、バスの乗客向けに食べ物やいろんな小物(時計、バッグ、携帯アクセサリー他様々)を売っている。バスに乗り込んでくる人もいるが、窓越しに売るのが主流である。その中で私たちの目を引いたのは牛串。窓からよく見えるように長-い串に刺さっているのが面白い。しかもなかなかおいしそう。ためしにいくらかきいてみると1,000シリング(約70円)。
や、安い・・・ 早速いただくことにした。「おいしぃ!」「うまいなぁー これ」といいながら嬉しそうに牛を食す私たちを見て、となりのおばさんはなぜか笑っていた。

2つ目は「トイレ休憩」。バスターミナルはただの駐車場なのでトイレなどはない。あるバスターミナルでみんなけっこう降りるようなので、拓が「トイレにいけるのか」ときいたところ、「いや、ここじゃない。もうちょっと先でトイレ休憩するから」といわれた。バスがその町を出発して15分くらいだっただろうか。キューっとブレーキがかかってバスは停まった。お、トイレ休憩か?と外を見渡すと、ん?建物は何も見えない。野原が広がっているだけ。もしかして?と思っていると乗客の一人が笑って私たちに言った。「Short Callの時間だよ」 そう、ウガンダのトイレ休憩は野原で行われるのだ。

男性はいいだろうが女性はどうなんだろう?と窓から見ているとおばさんと子供が野原の真ん中へ行って座りだした。スカートをはいていればみえないから良いというわけだ。え、ふくときは?と思ったが、どうやらこっちの人は別にふかないようだ。ジーンズをはいていた女性はバスを降りたとたん、遠くの茂みの方に走っていっていた。さすがにここではぬげないようだ。ウガンダの長距離バスに乗るときは水分を取らないようにしよーっと。(慈芳)

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ガタゴト揺られて12時間

ケニア・ナイロビからウガンダの首都カンパラまでは12時間のバスの旅。同じ宿に泊まっていたイスラエル人の女の子から「悪路だから覚悟したほうがいいわよ」と言われていたものの、まぁ、首都を結ぶメインハイウェイだし、南米で26時間まで経験したから何とかなるでしょと思っていた。

22:30に出発の夜行バス。ナイロビを出て1時間もしないうちにバスはガタゴトいいだした。とても舗装路を走っているとは思えない揺れ。飛行機でいえば悪い気流に入ってしまった感じか。ナミビアの未舗装路の方がスムーズだった気がする。外は真っ暗なのでどうなっているかは見えないが、一生懸命寝ていてもたまにお尻が浮き上がって目が覚めるくらいのガタゴトぶり。ひょぇー これが東アフリカの道路かー。予想していたよりひどいわ・・・

それでも気がつくと朝6時半。ちゃんとケニア-ウガンダ国境まで来ていた。その後も揺れは続いたものの、予定通り11時くらいにカンパラに到着。時間的には意外と順調であった。
それにしてもハイウェイでこれじゃぁ、この先も期待できそうにないなぁ・・・(慈芳)

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ナイロビ

今日ついにケニア・ナイロビ入りした。
南部アフリカとは全く雰囲気が違うと覚悟はしていたものの、空港から出た途端、「タクシー?」「どこに行きたいですか」「政府公認のインフォメーションです。インフォメーションはタダだからオフィス行きましょう」などなど客引きの嵐・・・ しかもやはり南部アフリカより日本人旅行者も多いのか「コンニチハ!」「日本人のお客さんいっぱいいます」などと日本語で書かれたツアー会社の推薦状見たいなものを見せてくる。南米のエクアドル・ボリビア・ペルーあたりと似たような喧騒である。
早朝到着で疲れている上にこの雰囲気がどうしても好きになれない私たちは「あ~ 南米と一緒だねぇ・・・」 とため息。タクシーの運転手が知り合いの宿に案内しようとするのをはっきり断り、Lonely Planetに載っていた評判の良いキャンプサイトへ向かってもらう。
タクシーを降りてキャンプサイトの敷地内に入り、旅人がくつろいでいるのを見てほっと一息。我が家をたてて爆睡した。(慈芳)

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我が家はどこに・・・

アムステルダムで乗り継ぎ、フランクフルトに着いた。
パスポートにスタンプをもらい、荷物が出てくるのを待つがまったく出てくる気配がない。
乗り継ぎ便だから出てくるのが遅いのかなぁ、なんて話していると、係員が寄ってきて「Mr.ヤマダ?」と聞いてきた。
うなずき、彼の背中を追ってカウンターに行くと「荷物は着いていない。ヨハネスブルグでチェックインした後の更新情報は何もない」
「・・・」
アムステルダムの乗り継ぎがあまりによく、荷物の載せ替えが追いつかなかったようだ。(そんなことあっていいのか良くわからないが・・・)

ここで荷物の送付先を聞かれ、南アに行く前にお世話になった(詳細は4/14のブログ参照)のハンスの住所を伝える。
手紙もメールを送っても反応のないハンス、もういないかもしれない。
空港係員に言って、ハンスに電話してもらったところ、「この電話番号は使われていない。この住所にもハンスという人は住んでいないようだ。」
「・・・」
我が家(テント)もなく訪れるアテもなくなった二人、係員にもらったTシャツやシャンプーなどが入った「お泊りセット」を手に途方にくれた。(拓)

同じ日の夕方、Webで荷物の状況を調べてみると、どうやら無事ロンドンから到着した様子。これで我が家はなんとか安泰。だけどハンスおじさん~ どこへ行ったんだよ~(慈芳)

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さよなら南アフリカ

とうとう、南アとのお別れの日。僕らの旅では国境越え=飛行機ではない。飛行機を利用するのは日本とアフリカ、中米と南米などという大きな移動のときのみ利用する感じだ。
で、いつも飛行機に乗るときに感じるのはなんだかわからない寂しさ。いつもそのエリアを満喫しているものの、去るとなるとなんとも言えない気分になる。
別にこれで旅が終わり、日本での現実が待ち受けているというわけでもないのに、そんな気分になってしまう。
これは空港や飛行機から感じる条件反射なのであろうか・・・(拓)

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4.5ヶ月の後片付け

明日に控えた南アとのお別れ。4.5ヶ月にもなった南部アフリカではレンタカーで周ったので、色々と荷物が増えていた。去年中米のベリーズで車を売却したときもそうだったのだが、車旅からバックパッカーに戻るにはどうしても荷物の整理が必要となる。
今回は、合流してくれた「追っかけ隊」が親切にも手放したくないものは日本に持ってかえってくれたので、かなり楽とはいえ、最後の仕上げは相変わらず大変だった。
主な余剰ストックは食料なので、無駄なく消費するためにここ数日は食べすぎ。どうしても消費しきれないものは宿のおばちゃんにプレゼントした。
食料だけでなく空瓶などもあったのだが、おばちゃんは喜んで引き取ってくれた。慣れた手つきで「チリソース」のラベルを剥がしていた。
(拓)

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よりにもよって今日は雨・・・

今日ははるばる日本から「ちゅらぼし追っかけ隊」(=慈芳の友人二人)が合流する日。この日は珍しく小雨が朝からぱらついていた。二人を出迎えるべく、私たちはクルーガー近くにある地方空港に向かった。聞いていた到着予定時刻の10分前くらいに着いてフライト情報スクリーンを見ると20分ほど遅れて11:43に到着とのこと。ふぅーん、そうかとおみやげ屋などで時間つぶし。だが、12時になっても全く飛行機が飛んでくる気配がない。小さな空港なので飛行機が飛んでくれば音でわかるはず。おかしいなーとスクリーンをもう一度見ると、なんと同じく遅れていたひとつ前の飛行機が「CANCELED」に変わっているではないか!どうやら、濃霧で空港に降りられないということのようだ。この4ヶ月南部アフリカにいてこんなに天気が悪かったことなど一度もないのに、よりにもよってこの合流当日になぜ・・・

航空会社のデスクに様子を聞きにいくと、渦中のSA1263便はどうやらこの空港に飛行機が降りられず、他の空港に着いたのでバスで移動してくるらしい。着くのは「うーん15時くらいかなー」とのこと。連絡手段もないので、とにかく待つしかない・・・
そしてスクリーンには続々と「欠航」表示。

15時、バスが到着する気配がないのでもう一度聞きにいくと「うーんあと1時間はかかるかなー」とのこと。やっぱりか。そんな気はしてた。とにかく何でもいいから無事にここに二人が運ばれてくることを祈ろう・・・
17時半、再度確認。「えーっとさっきXXというところを出たという情報があったから19時半くらいになるかしら」
おいおい、ほんとにバスは来るのか・・・
19時半、もうあたりは真っ暗。航空会社の職員はもうお帰りのご様子。おいおい、バス着いてないのに帰るのかー?と思っていたら、一人が帰り際つかつかと寄ってきて言った。「バスはあと10分でくるはずだから」何度もききにいっているので、一応気にはかけてくれているらしい。

果たして10分で来るのか・・・
それから15分後、1台のバスが到着。
これかぁ!というか、これに乗っていなかったらどうしたらいいんだろう・・・と不安いっぱいでバスの中をのぞいていると拓が二人の笑顔を発見!
合流自体楽しみにしていたが、8時間近く焦らされたおかげで嬉しさ倍増である。
その日に予定していたスワジランド行きはキャンセルになってしまったが、いやぁー会えて良かった・・・(慈芳)

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レオパーード!

南ア最大の国立公園クルーガー。南北500km近く、200万ヘクタールという広大な地域ゆえに場所によって気候や植生が異なり、野生動物の数と種類の多さも群を抜く。南ア最後のお楽しみにとっておいたクルーガー初日。本来ならゆっくりドライブしてじっくり動物を探したいところだったのだが、この日はどうしても送りたいメールがあって公園内最南端のキャンプに唯一あるネット・カフェにいかねばならず、そこから予約したキャンプまでは150km、18時の閉門までに到着すべく、私たちはかなり急いでいた。

17時半を過ぎるとかなり薄暗く、しかもスピードが早いと動物を見つけるのは難しいのであまり何も期待はしていなかったのだが、突然100mくらい先を何かネコ系の動物が道を横切るのが見えた。メスライオンかな?とスピードを落とし、横切ったあたりの草むらを見ると、な、なんとヒョウ柄が目に入った。レオパードだ!!!
今までのサファリ経験ではレオパードは夜の水のみ場かナイトドライブでしかもかなり運がよくないと見られないものだと思っていたのでこんな時間にしかもこんな近くで見られるなんて・・・感激!

レオパードは30秒ほど道路脇すぐのところに座っていたが、その後ブッシュの奥へと消えていった。それにしてもつやっつやで美しいヒョウ柄の毛並み。最後にくるりんっと消えていったしっぽの先。目に焼き付いて離れない・・・(慈芳)

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遠い日本からのメッセージ

日本大使館で受け取った生駒台小学校の児童の皆さんからの手紙をゆっくり読ませてもらった。
五年生全員、127名がひとりずつ、応援メッセージや疑問、質問を送ってきてくれた。

サイト上で、子供たちの反応があったときも嬉しいが、今回はこうやってはるか遠いアフリカで、日本の子供たちからの生のメッセージはやはりひときわ嬉しく、強く励まされる。

去年は出発前に小学校を訪れることが出来たけど、今年は、まだ見ぬ別のみんながメッセージを送ってきてくれた。帰ったら、また、行くから待っててくれぃ! (拓)

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二ヶ月ぶりの雲、そして雨

オカバンゴを満喫したあと、私たちは一路南アに向かった。ボツワナは非常に魅力的な国ではあるものの、2WDの車で行かれるところは限られているし、南部アフリカ回遊の期間も残り少なくなってきているので、一路戻ることにした。

国境に近づくにつれて、雲にうっすらと浮かぶ雲を発見。なんの変哲もない「雲」なのだけど、何故か新鮮に見えた。 よくよく考えてみると、6月後半にケープタウンを発ってからこの二ヶ月間ほど、ほとんど雲を見ていない。乾季の今はナミビアやボツワナのあたりは例外なく快晴の毎日だったのだ。

プレトリアに着いてテントを立てたら、空からポツリ。これまた二ヶ月ぶりの雨である。薄暗くなってきた空を暫くの間ボーっと見上げた。 (拓)

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巨大なアフリカ

ここオカバンゴ・デルタの拠点、ボツワナのマウンにあるキャンプ場。レセプションにはミシュランのアフリカ地図が全部貼られていて、アフリカ全土を見ることができた。
デ、デカイ・・・。その一言に尽きた。

僕らがこの四ヶ月弱で回ってきたのは、南の端のチョロッとした部分だけ。果てしなく続く未舗装路をいつまでも走り続けた日も沢山あったのに、たったこれだけか・・・。

しばらくの間、二人でニヤニヤしながら「ここもええなぁ、行きたいなぁ。こんな地形やったら動物も山ほどおるんやろなぁ」、「行~き~てぇ~!」とアフリカ全土に釘付けであった。 (拓)

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先進国キャンプの常識、オカバンゴの非常識

柵も何もないところをベースにする、ウィルダネスキャンプ。僕らの頼れるのは炎のみ。
キャンプについてまずやることは、薪を探し、火を起こすこと。動物は炎には近づかないというのは、今まで聞いたことはあったけど、その習性を活用するのは生まれて初めてだ。
ライオンなどの捕食動物が活発に動くのは私たちが寝る夜。
ガイドのムツェピは一晩中火を絶やさないように、ゆっくり燃える木の種類を知っていて、その木を集めてきてくれた。


バッファローの頭をイスにするところも、いかにもアフリカっぽい

グリズリーの住むアラスカのデナリなどでは、食料はテントから離れたところに置くなどの対処もしたことはあるが、火をつけっぱなしにしたことはない。いままでのどこのキャンプ場でも「絶対に火をつけたまま放っておかないこと!」と書かれていたし、それが常識だと思っていた。
ところ変われば、キャンプの常識も変わるのか・・・。 (拓)
※もちろん、完全にキャンプを撤収するときは完全に消火したので、ご安心を

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ゾウ出没注意

ナミビアもついに最北端、アンゴラとボツワナの国境にはさまれたカプリービという地方までやってきた。ここまで来ると大きな町もなく、人もまばらだが、一本だけ舗装路が走っている。そこを走行中、こんな看板を発見。


なんと「ゾウ出没注意!」 シカやクマ、他いろいろ出没注意看板を見てきたが、ゾウは初めて。噂にはきいたが本当に出るのか!? と思いきや、その20メートル向こうにゾウの群れを発見!(写真右奥にかすかに背中がうつっているのがそれ) 横断こそしていなかったが、道路のすぐ横でむしゃむしゃ木をむしって食べている。今まではフェンスに囲われた公園内でしか見られなかったのに、ここでは普通にそのあたりにいる。
すごいな、カプリービ・・・(慈芳)

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ライオンキーング!


ナミビア一のアトラクションであるエトーシャ国立公園5日目の早朝、前日にライオンを見かけたキャンプ地から一番近いウォーターホール(水飲み場)に行ってみた。私たちより先に一台だけ車がきていて、ものすごい望遠レンズで何かを追っている。あっちにライオンがいるに違いない。そう考えて双眼鏡をのぞくと、いたー! なんとライオンファミリー! 雌ライオン3匹とカブ(子供)が4-5匹、そして遠くにすっくとたっているのはライオンキーング! なかなか見られない雄ライオン、ここにいたのかぁー。やっぱり雌とは一味違うふさふさのタテガミ、風格がある。
なんだかこれでやっと本物のアフリカに来たぞーという気がした。(慈芳)

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朝の砂丘ラッシュ

ナミビアで最も有名なアトラクションのひとつ、ソススフレイにやってきた。ここはナミブ砂漠の200m以上にもなる砂丘にアクセスできる貴重な場所である。砂丘が最も美しいのは日の出時と夕暮れ時。日の出好きの私たちはもちろん砂漠での朝日を拝みに行くことにした。

朝5時過ぎ、まだ真っ暗な中、キャンプ場がにわかに騒がしくなる。開門を待ってゲート前に車が並びだす。私たちは5台目にランクイン! トレッキングでは朝日を見に行く人は少数派だったが、さすがにここは違うようだ。
5:45にゲートが空くと45km先の最も近い砂丘目指して次々に車が疾走する。道は一応舗装路だがところどころ舗装がはがれていて砂煙がたつところもあり、けっこうドキドキである。だが、あたりは明るくなるにつれて赤い砂が染まっていき、とてもきれいだ。

そして6:30、砂丘”Dune45”に到着。私たちが靴をはきかえ、カメラを用意している間にぞくぞく到着する車からわらわらと人々が降り立ち、我先にと砂丘へ駆けて行く。自分もそのひとりだが、見ているとあまりのラッシュぶりにけっこう笑える。まるでバーゲンに急ぐおばさんである。

朝っぱらから砂丘をかけ登るのはけっこうつらいものがある。が、朝日好きなだけに負けじ!と必死に登るが、8分目くらいまで登った尾根の上で朝日を迎えることになった。それまでひたすら登っていた人々は足をとめ、朝日に見入る。

それまでぜぇぜぇいいながら登っていたのがウソのように皆そこからはのんびり朝日を楽しむモードに。
人って面白いなぁ。(慈芳)

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秘湯

世界第2の峡谷といわれるフィッシュリバーキャニオンの85kmのトレイルで、一番の楽しみは16km地点にある温泉! ナミビアでトレッキング中に温泉に入れるとは夢にも思っていなかった私たちは大喜び。一緒に歩くことになった家族と2日目の昼にその秘湯に到着すべく頑張っていた。が、このトレイル、その温泉までの道のりが最も大変といわれており、特に目印になる山がないのでナビゲーションも難しく、川沿いの岩を乗り越えたかと思うと砂地をずぼずぼ歩かねばならなかったりで、予想に反してなかなか着かない。子供たちも「パパ、温泉見逃しちゃったんじゃない?」とぼやく場面も・・・ 

だが、午後2時すぎになってやっと目印のヤシの木を発見!
みな、たまらず足を早め、バックパックと服を投げ出してポチャン!

湯は細い川になって流れ込んでおり、かなり熱いのだが、フィッシュリバーの冷たい水とまぜると心地よい。すでに筋肉痛になった足が癒される。いい湯だなぁ~ 
そして湯につかりながら、私たちはここぞとばかりに日本の温泉自慢をさせてもらった・・・ (慈芳)

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アフリカ初の国境越え

今日はアフリカ大陸に入って初の国境越え。南アをかなりノンビリ回っていたので、気がつけば、ヨハネスブルグの空港に降り立った日から今日はちょうど二ヶ月目の日となった。
宿から70kmほど行ったところに国境があるので、「パスポートと、車の書類と・・・」と朝から準備するが、久々なのでなにか心もとない。

しばらくして、国境に到着。神妙な顔をした係りの女性の横で車を止め、「ハロー」と笑顔で語りかける。こういうところは愛想よく、さっさと通り抜けたいものだ。すると「今はナミビアへくるまで入ることはできない。知らないの?テレビなどでもやってたでしょ。知らないとは、恥ずかしいわよ・・・」と言われる。
「そんなはずはない・・・」と二人で顔を見合わせる。しばらく係官の顔を見つめていると、だんだん彼女の顔がほころんできて、ニヤァーという意地悪い顔に変わってきた。

「おいー!、驚かすなよぉ。」
国境でこういう風にいじめられたのは初めてだ。まんまとしてやられた・・・。(拓)

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移動生活復活

ケープタウンに入ってあっという間に二週間強が過ぎた。ケープタウン自身が私たちにとって非常に興味深い町であること、滞在させていただいていた家族が非常に温かかったことが私たちのケープ滞在を長引かせてくれた。
とはいえ、私たちは旅人。ケープタウンでやるべきことを終え、とうとう先に進むことにした。

今日は軽く200kmほどクルマで移動し、とあるバックパッカー宿に泊まることにした。敷地内にテントを張り、食材を持って、キッチンで夕食を作る。食事を終え、しばらくノンビリした後、テントに入る。

ここしばらくの間、毎日フカフカのベッドで安眠していたが、久々の我が家(テント)もやっぱり悪くないなぁと思いながらいつものように深い眠りについた。 (拓)

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テーブルマウンテン

昨日に引き続き、まだ青空が見えているので、今日はテーブルマウンテンに向かった。ケーブルカーも走っているが、美ら地球チーム、もちろん歩いて登ることにした。

ドロシーも一緒に来てくれるということで、飼い犬マリも連れてトレイルへ。テーブルマウンテンのトレイルはかなり数があるのだが、今日はせっかくの晴天、青い海を見ながら上るルートにした。頂上付近は1000mほどの標高でその名の通り、テーブルのように庭が広がっているような感じだ。途中から一気に崖を登るようなルートであるが、標高差は800m弱で少し頑張ればすぐたどり着く。
世界的に有名な山、人も多いかと思いきや、ハイカーは帰りに一組会っただけ。
太陽に照らされた青い海と白い波を存分に楽しませてもらった。(拓)

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喜望峰


ケープタウンは冬に突入するところ。ここの冬は雨が降り続き、3-4日降ったあとにちょこっと晴れるパターンらしい。私たちがケープタウンに着いてからずっと雨がふったりやんだりだったのだが、やっと今日、雲ひとつなく晴れたので、待ちに待った喜望峰へ向かった。
ケープタウンのある半島の先端は国立公園になっていて、そこに灯台のあるケープ岬と喜望峰がある。期待通りの真っ青で荒々しい海と断崖絶壁に「これはすごいなー!」と感嘆。荒波を乗り越え、この岬を回ろうした多くの船乗りたちに思いを馳せたみたりした。

でもちょっと意外だったのは、ケープ岬の方がメイン(断崖絶壁度はこちらの方がすごい)で、喜望峰はその横にある小さな岬、しかもアフリカの「最西南端」という微妙なところであること。日本人の中では「喜望峰」の方が圧倒的に有名かと思うが、もしかしたらそれは「Cape of Good Hope」を「喜望峰」を訳した人の功績かも知れないとふと思った。 
なぜ「Good Hope」という名になったのか経緯は知らないが、英語、日本語どちらにしろ、私はこの地名の響きがものすごく好きだし、それにふさわしい美しい岬だと思う。(慈芳)

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発病

オタートレイルの初日、体に何か異変を感じていた。それは、おマタの近く右足側のソケイ部に腫れを感じ、押さえると痛い。何だろうかとも思うが、他に問題はないし、オタートレイルという5日間の山歩きに入っているので、どうしようもない。

数日間腫れが続き、さすがに困ったなぁとも思うが、心当たりも何もない。体中を触り、見つけたのが、右尻ほっぺたの大きな虫刺されの痕。確かこれは、ワイルドコーストのキャンプ地でのシャワー時に刺されたと思われる。でも、これがその原因かどうかなんて、わかるわけもない。

オタートレイルの終わりと共に腫れも引き、元気になった。
これで一件落着と思いきや、なんと数日後、ケープタウンに着くその日に慈芳も同じ症状が現れたのである。

ケープタウンに着き、お世話になる家の主は都合の良いことにお医者さん。さっそく話をしてみるとどうやら、たまに虫刺され(ダニなど)からこのような症状がでるとのこと。ロンリープラネット「ヘルシートラベル」を読んでみると確かに同じような症状が書かれていた。
見ると慈芳も膝の裏に大きめの虫刺され。数日間で治るというそのアドバイス通り、慈芳も数日で完治した。

マラリアの心配はまだ必要ないのだが、こういったこともあるのだと身を持って学んだ。(拓)

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初めて見た野生のサソリ

オタートレイルの二日目の晩、薪があったので、火をつけて暖を取ることにした。
この旅の中で何度火を起こしただろうか。僕の考える最も真っ当な手段で火を起こす準備をする。それは、ナイフで薪を削り、細かい木屑を作り、徐々に大きな木に火をつけていく。

木を組み終え、しばらくして慈芳がその木組みのすぐそばにサソリを発見。怪しい黒光りをした小さな生き物が動いている。
種類とか毒を持つかとかは全くわからないが、間違いなくサソリの形をしている。テレビや雑誌で見たことはあるこの生き物(もしかしたら動物園とかでみたかもしれない)。ナマで見るのは初めて。未知の生物との遭遇に二人は驚き、山小屋に入っても寝袋の中や靴の中を入念にチェックしてから寝た。
残念ながら暗くて、写真に納めることはできなかった。(拓)

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イルカ

南アフリカの南、インド洋沿岸にはイルカが多く生息していることで有名。チチカンマ(Tsitsikammma)というケープタウンの東300kmほどのところにある海沿いの国立公園にいたときのこと、双眼鏡で海を見ているおばあちゃんを発見。もしや、とその方向に目を凝らすと、いるいる!
海岸のすぐ近くで、20頭くらいのイルカが波乗りしているではないか。
このあたりの波はものすごい高く、常に4mくらいはある。その大波で波乗りしながら時には楽しそうにジャンプしている。

(小さいけどお許しを)
イルカウォッチングのツアー会社が出しているパンフレットの表紙にイルカがたくさん波乗りしている写真があって、「こんなことそうはないよなぁ」と思っていたが、ここでは日常茶飯事だったようだ。
南アフリカを侮るべからず・・・

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ゾウ、ゾウ、ゾウ!

南アの北東部にあるクルーガー国立公園を後回しにした私たちはアフリカに来た目的のひとつ、大物の動物には会えてない。で、待ちきれなくなった私たちはケープタウンまでの道のりにあるアドーエレファント国立公園に立ち寄ることにした。ここは南アフリカの中でも象の保護に成功している国立公園。公園内には400頭以上のゾウが生息するとか。

ワクワクしながら、早朝の人生初のゲームドライブ(着座位置の高い動物観察専用のクルマで公園内を周ること)に向かった。
予想以上の寒さに凍えながら、シマウマや水牛などが朝食を食べる姿を見て感動するが、ゾウは見えず。水場のそばの林の中でようやく一つの家族に会うことが出来た。

午後は同じコースを自分達のクルマでゲームドライブ。水場に直行したら一頭のゾウが水を飲んでいた。そっと駐車スペースに車を停めて観察を始めた。
すると、来るわ、来るわ、どんどんゾウが集まってくる。数えたところ50頭以上のゾウが水場に大集合! 小さいのから巨大なゾウまで、家族単位でやってくる。しかも駐車スペースの真横をゾウの行列が横切る。巨体なのに驚くほど静かな足音で近づいてくる。
何も言わず、車の中から見上げる僕をじっと見つめていたあの瞳を忘れることはないと思う。 (拓)


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写真好きの村人たち


今回参加している4日間乗馬ツアー。このツアーは地元のコミュニティによって運営されていて、Xhosa(コーサ)と呼ばれる人々の生活をのぞけるところも魅力。
今日は通りがかった村で一休みすることになった。村の様子の写真を撮らせてもらう私たち。撮った写真をデジカメのスクリーンで見せてあげると被写体になった村人たちはすごく喜んでくれる。陽気なこの人たちはいろいろなポーズをして写り具合を見てはワーっと大騒ぎし、また違うポーズをしてくれたりする。言葉は通じないが楽しんでくれているのは間違いないようだ。

初めはビジターを受け入れることに抵抗もあったというが、今はこんな風に温かく私たちを迎えてくれる彼らにちょっと感激した。(慈芳)

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誰もいないビーチを馬で駆ける・・・

誰もいないビーチを風を感じながら馬に乗って走れたら気持ちいいだろうなぁ~ なんて思ったことないだろうか。こんなことがなんと今日現実になった。
私たちは今回南アフリカのインド洋側、ワイルドコーストと呼ばれるところを馬に乗って訪れるツアーに参加した。私にあてがわれたのは美人顔の黒馬ザベーラちゃん。あんまり人の後ろを歩くのが好きでないらしく常に前の方に陣取っていた。そして他の馬がちょっと早足を始めたときのこと、一気に火がついたらしく、早足からあっという間に駆け足! 9歳の女の子が乗るポニーとザベーラだけ駆ける、駆ける! 初心者ライダーの私にできることは、落ちないように手綱とサドルをつかむことだけ・・・
風を切って全速力の馬に乗って走るなんて経験もちろん初めてだが、気持ちいいのなんのってそりゃぁたまらない! やみつきになりそうだ。

でもおかげで、夢中で手綱とサドルをつかんでいた私の腕は、コーヒーカップを持つのもままならないほどのかつてない筋肉痛におそわれたのだった。(慈芳)


(写真:これはビーチを歩いているところ)

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夜中の訪問者

6日間トレッキング5泊目、20時前に寝てしまったので夜中にちょうど目が覚めかけたころ、山小屋の窓の外で何やら物音が。窓を見ると黒い大きな影が見える。なんだろう。よくよく耳をすますと「ザクッ、ザクッ」を音がする。馬が草を食む音と一緒だ。近くで飼っている馬が来たのかな? じっと見ているとその動物はヌーっと顔をあげた。立派な角!! エランド(このあたりにいる大型の鹿)である。 昼間は遠くにしか見ることのできないエランドがすぐ窓の外にいる!ナイトサファリの気分だ。草を食べているのだが、たまにあたりを見渡すために顔を上げると、ピーンとのびた角が星明りの中に影絵のように浮かびあがる。もしその角で窓を一突きされたらひとたまりもないだろう。その美しい角の影になんかゾクゾクした。
「ザクッ、ザクッ」は20分ほど続いていただろうか。最後の晩にすごいいいものを見せてもらった・・・(慈芳)

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迷子

6日間トレッキングの2日目、今日は朝から快晴で、このトレイルの名前にもなっている「ジャイアントカップ」という山を真正面に見ながら気分良く順調にずんずん進む。

しかし・・・ 途中で地図を見て、ジャイアントカップが真正面に見えるのはおかしいことに気付く。あまりに気持ちよすぎて左に分かれる道を見逃してしまったらしい。(ちなみにここのトレイルは草が深くてかなり見にくい。)
地図上では本来のトレイルに戻るには丘をひとつ越えなければならず、それは急な上り・・・ でも相変わらずジャイアントカップはよく見えていて眺めは最高。この眺めを得るためにちょっと苦労したのだと思うことにした。ひぃひぃいいながら上りきったところに洞穴があって、そこになんとロックアートがあった。(ここが世界遺産に指定されている理由のひとつ。先住民が岩に描いた絵があるのだ) おー!これはがんばった甲斐ありというもの。

さて・・・ 大変なのはその先だった。ロックアートの後、トレイルがなくなったのだ。また見逃したのかとあたりを探すが見つからない。もともとマイナートレイルのマークだったからそんなに歩く人がいなければ草に埋もれてしまっても不思議はないかもしれない。
地図を穴のあくほど見て、とにかく左に見える谷を降りていけば山小屋にたどり着けるはずと確信するが、どっから降りるんだろうか・・・。トレイルを探しても見つかる保証はないので、道なき道を行くことになった。(写真)

ひざほどの草がびっしり生える中、足首をひねらないかヒヤヒヤしながらも、なんとか谷底の川まで降りられた。私たちの現在地の認識があっていれば川沿いに下っていけば山小屋にたどりつけるはずだ。しかし歩いても歩いても山小屋は見えず、15時を過ぎて日はだいぶ傾いてきた。(ここの日暮れは17:40ごろ) 今までこんなに本格的に迷ったことはないので「暗くなっちゃったらどうしよう・・・」 「でも寝袋は暖かいのを持っているから凍えることはないかな・・・」など最悪ケースが頭をよぎる。

15:30、やっと岩陰に屋根らしきものが見えた!「山小屋だー!!」 テレビで昔見たような、道に迷って山小屋を見つけたときの気持ちが初めてわかった。あ~良かった・・・ ほっ。
この日は地図の大切さを改めて実感させてもらった貴重な日だった。拓は今日の苦労をねぎらうため、本当は最終日に飲むはずだったワインに手をつけた・・・ (慈芳)

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お、重い・・・

今日から世界遺産にも指定されている南アフリカの山々で6日間のトレッキング。パタゴニアでさんざんトレッキング三昧し、パイネでは最長10日を経験した私たちは、「まぁ、パイネの半分だから」「テント持たなくていいし」(ここのトレイルでは山小屋泊が基本)と半年前では考えられなかった余裕っぷり。ここでは途中での食料補給はほぼできないのでパイネで足りなくなったチョコやクッキーを多めに用意。さらに私のパックには贅沢品の果物も入った。

いざ歩き始めると、久しぶりなのと初めから上りなのがあいまって重いのなんの。初日の距離は13.3キロとたいしたことはないのだが、こんなに辛かったかというくらい足腰肩全てにずっしりくる。ふぇ~・・・
そして、テントが丸ごとなくなって余裕綽々のはずの拓もけっこう重そう。大量のチョコがそんなにキテるのか? もしや!? と怪しんでいたら途中の休憩でちょっと荷物を開いたときにやっぱり出てきた! そう、ワインである! パタゴニアではシオちゃんの合流により3人だったので荷物に余裕があってトレッキングにワインが常備品となっていたのだが、それに味をシメて今回も隠しもっていたのだった。そりゃぁ重いわな。
そんなこんなで山小屋までたっぷり6時間、初日からヘトヘトのちゅらぼしトレッカーだった・・・(慈芳)

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信頼ある車

南アフリカとその周辺諸国をクルマで回ることにした私たち。長期コントラクトでレンタカーをすることが一番良いと判断し、ある会社からレンタカーを借りている。未舗装路や僻地にも行こうと思っているので、車の引渡し時に保険やサポートについて、車の状態について入念に確認した。ボンネットを開け、
「オイルよし、冷却水よし、ブレーキオイルよし」とレンタカー屋のおっさんが言うので、
「調子はいいよな? 信頼していいか?」と聞くと
「問題ない! 信頼しろ」と。

一週間ほどたった今日の朝、キャンプ場から出かけようと思ってエンジンをかけようとしたら
「キュルッ、キュゥルゥ、ルゥ・・・」と一秒も立たないうちにセルが回らなくなった。しょうがなく、キャンプ場のオヤジにお願いして、ジャンプしてもらった。
冷え込んだ朝だけかと思いきや、昼もダメ。念のため坂の上に車を停めていたので、押しがけ。
これはもうダメだと思い、レンタカー屋に電話して、バッテリー交換の承諾を得る。幸いある程度の町の近くにいたので、バッテリー屋を見つけて、ピットイン。無事に交換終了。
山奥の国立公園の中とか出なくて良かった・・・。(拓)

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夜の早いキャンプ生活

南半球にある南アフリカでは、今は冬に向かっているところなので、日が短い。18時にはもう暗くなる。南北アメリカ編では私たちは夏を追って移動しており、日が長いことが多かったため、太陽の光だけでテントの中でもくつろぐことができた。
しかし、ここではかなり早くに日が暮れ、キャンプ生活ではライトが限られるので日が暮れるとできることが少なくなる。たとえばガイドブックを読もうと思ってもマグライトやろうそくランタンで読むのはけっこうつらい。そして今は山にいるのでけっこう寒いから日が暮れるとテントへ入る。となると寝袋にぬくぬくとくるまれていつのまにか寝に入ることに・・・ 21時ごろには寝てしまうこともけっこうある。
でもこんな太陽と共に生活する感じが私は最高に気に入っている。

それにしても今のところ南アフリカのキャンプは快適である。ちょっと前まではアフリカでキャンプできるのかどうかもわからなかった。こんな素敵なキャンプ生活が待っているとは誰が想像しただろうか・・・(慈芳)

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買出し

南アフリカは色々悩んだ挙句、アメリカ編同様に車で回ることにした。つまりいっぱい荷物が持てる!というわけで、今日はプレトリアに住む友人(正確には友人の友人、とてもお世話になっています!)に中国スーパーを教えてもらっていざ買出しへ。
中国スーパーに期待するのはなんといってもラーメン、米、それとアジア系の調味料。これがあれば私たちは幸せなキャンプ生活を送れるはず・・・。私達ほどの長期旅ともなると、食べ慣れない現地の食事だけで生きていくのは現実的にはけっこうツライ。

あった、あった!お気に入りの「出前一丁」がたくさん。30個買えば安くなるというので30個お買い上げ。米も普通のスーパーで「SUSHI RICE」を買ったらパッサパサだったのでここで大量に調達(5kgで600円ほどと値段も安い!)。
世界に広がる中国人ネットワークは本当に助かる。そして、これから南アフリカ回遊の始まりだ!! (慈芳)

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ちゅらぼしストーキング

アフリカへの中継地点ドイツにて宿の当てのなかった私たちは、いちかばちかの賭けでチリで出会ったドイツ人を訪ねることにした。出発前は連絡先を書いた紙を見つけることができずに諦めていたのだが、アムステルダムで次のフライト待ちの間に偶然発見!しかし最近の旅人には珍しくE-mailアドレスではなく、普通の住所のみなので、事前に連絡しようがなかった。

ハイデルベルグの観光案内所でだいたいの場所を教えてもらい、その住所目指して歩く。まるでストーカーである。目指す住所は観光地のど真ん中。こんなところに果たして本当に住んでいるのか!?
だんだん番地が近づいてきて、目的のアパートを発見。名前を探すがうーんない・・・ もう一度よく見ると苗字が同じらしき札を発見。ドキドキしながらベルを鳴らす。 ・・・ 応答なし。まぁ、こんな真っ昼間にいるわけないよなぁと伝言作戦にうつる。美ら地球の名刺とメッセージメモを貼り、しばらく散策に出た。

夕方5:30、仕事していたらまだ帰ってないよなぁーと思いつつも、もう一度アパートへ。するとなんとメモと名刺がなくなっているではないか!! あたりを見渡しても落ちている気配はない。
ドキドキしながらもう一度ベルを鳴らした。すると上の階でカチャっとドアを開ける音が! 階段をあがっていくと待っていたのはチリで会ったドイツ人、ハンスだった!

それは素敵な再会で、突然の日本人ストーカーの訪問にも関わらず、ハンスは暖かく迎えていれてくれた。
思えば、彼との出会いもセンセーショナルだった。チリ、トーレス・デル・パイネ国立公園の中で私たち以外誰もいないかと思われた最もマイナーなトレイルを歩いていたときに、反対側から1人で来たのがハンス。強烈な個性の彼にのせられて1時間くらい一緒に歩いたのだった。
彼についてはいろいろ面白い話があるが、それは次回に。。。
(慈芳)

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再出発

今日はとうとうアフリカへ向けての再出発。2ヶ月も一時帰国していたにも関わらず、やはり準備は土壇場。夜中の2時に常備品の「水出し麦茶」や「ゆかり」を買出しに行き、睡眠2時間ほどで出発。愛犬ココは「また行くのか!」とちょっと怒ってたかなぁ。。。 ありがたいことに早朝にも関わらず友人が東京シティエアターミナルまで送ってくれた。(ありがとう 仁!)

成田で搭乗待ちのときに今日千葉で地震があったことを知った。私たちがリムジンバスで爆睡しているころだったようだ。フライトは予定通りで出発できたので皆様ご安心を。。。
ちなみに今回はまずバージンアトランティック航空でロンドンまで。バージンは初めてだったので、噂どおり一味違うのか楽しみだった。乗ってみるとたしかに違う! 機内のデザインは斬新かつ機能的。エコノミーでもオンデマンドで20種類近くの映画が見られるし、機内の説明ビデオもかわいいアニメなので初めて最初から最後までちゃんと見た。乗客を楽しませようという気持ちが伝わってきてすっかり気に入ってしまった。

また旅人生活が無事再開できて2人ともかなりウキウキしている。しかも今回のメインはアフリカ。未知の世界が広がっている(はず)だ。このワクワクが途切れることのないよう楽しく旅を続けていきたい。(慈芳)

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一杯のらーめん

今日、8ヶ月ぶりに帰国、なんと有休までとって成田に迎えにきてくれた友人と再会を祝った後、成田から原宿じゃんがららーめんに直行した。

(写真:ぼけているがオレンジのジャケットの彼が迎えにきてくれた友人Sケン)

南米に入ってから、インスタントラーメン入手もままならなくなり、らーめん食べたい病にかかっていた私達、久々のにおいにうっとり。
じゃんがらには南米で一度合流したシオちゃんも来てくれた。そして、注文の際こんなやりとりが。「一階だと2名様ずつばらばらになってしまいますが。。 2階ならお席ご用意できます。」と店員さん。「え、でもたしか2階だと替え玉できないんですよね」と帰国の2人。「替え玉できないとだめだよねぇー やっぱり」と1階席に固持。

帰国組は2人とも「ぼんしゃん」を注文。細麺とからむ濃いスープ!う~んこれは海外ではありえない味だ。替え玉分もぺロリとたいらげ、ご満悦。食はやっぱり日本だね。

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オルカ来ず


(写真: ビーチでオルカを待つ)

私達にとって南米最後の目的地アルゼンチン・バルデス半島。ここはゾウアザラシ、オタリア、ペンギンのコロニーがあり、クジラ、シャチなどが回遊してくるというすごいところで、世界遺産にも指定されている。
ここを最後に訪れることにしたのは、ひとえにオルカ(=シャチ)が見たいから。ここバルデス半島にはオルカがアザラシの子供を狙ってビーチに乗り上げてくるというのだ。

ナショジオ(= National Geographic Channel)でその映像を見てから、こんなオルカを一目見たいと思っていたところ、パタゴニアで売っている絵葉書にまさにそのオルカの写真を発見。バルデス半島で撮影されたものらしいということで調べてみると、2-3月に最もよく来るというではないか。これは逃すわけにいかない!と、パタゴニアアンデスの山の中から急遽ルート変更してやってきたというわけである。

オルカが見られるというポイントには宿泊施設はなく、ゲリラキャンプも無理そうなので、町から毎日片道75kmの道のりを甲斐甲斐しく通うこと3日。最後のチャンスだった今日、オルカが現れるはずの満潮の時間が無常にも過ぎ去ってしまった。。。
3日あればなんとか見られるのではないかと思っていたのだが。自然相手では計画通りにいかないとはわかっちゃいるものの、くやしい!
カナダで見て以来、あの「プシュー」(潮吹きの音)が忘れられないオルカ、世界のどこかで絶対また会うと誓った今日であった。

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ガイド犬 シロちゃん


今回のトレッキングには心強い見方がいた。それはガイド犬シロちゃん。実はこの犬、トレイルの入り口にあるキャンプ場からついてきてしまって、名前がわからないので、勝手にシロちゃんと名づけただけ。よく知った道らしく、マーキングしながら標高差1,000m以上約13kmのトレイルを軽々、2人の間を行ったりきたりして、私がちょっと上りで遅れをとるとちゃんと途中で待っていてくれたりするのだ。
しかも2日目の山頂を目指すトレッキングにもついてきてくれて、山の上に残る雪の上で遊んでいたりする。(写真)
犬と山登りも楽しいな~とすっかり気に入ってしまい、3日目はシロちゃんがいないと妙にさみしくなってしまったのであった。(シロちゃんは前の日他のトレッカーと下りていってしまった。)

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キャンドル温泉の夢絶たれる

この3日間は、初のCabalgata(乗馬)に挑戦。トレッキングでも行けるルートなのだが、ずっと馬にのって泊りがけの遠出をしてみたかったので、今回は馬で行くことにした。
私(=慈芳)の馬は、はじめからいきなり道草をくいはじめる。動物には甘いのがバレてなめられたか。。

乗馬初心者にしてはかなりアグレッシブなルートを一日上り、素晴らしい景色を堪能して、次の日に備える。2日目は山の上の温泉に行く予定なのだ。このコースを選んだ理由は何といっても温泉。温泉のすぐ近くでキャンプできるらしいので、夜はキャンドルランタンをつけて、温泉に入ろうとわくわくしていた。
しかし、2日目は早朝から雨。風もかなり吹いてきてしまった。山の上で霧もでるので、2日目は山小屋から全く動けず。。。 夜になってやっと少し雲が晴れてきたので、ガイドのカルロスが明日の午前中に温泉に行こうといってくれた。

そして3日目、無常にもまた早朝テントをうつ雨の音が。。 「温泉いきたいなぁ。。。」片言のスペイン語でカルロスに伝えると、「じゃ、もうちょっと待ってみよう」といってくれたのだが、結局タイムアップ。山は霧に包まれ、晴れる気配なし。
こうして「キャンドル温泉」だけでなく、「パタゴニアで温泉」の夢も絶たれてしまったのでありました。
残念無念。。。
(でも乗馬は最高に楽しかった。詳しくはアクティビティレポートにするので、少々お待ちを)

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はじめての電話

今日「初めてのおつかい」ならぬ、「初めての電話」にトライ。何が初めてかって、スペイン語で電話するのだ。スペイン語圏に入ってここまで、問い合わせや予約は、ボディランゲージ、メールや、英語を話せる人をつかまえてやっていたのだが、どうしても今日、明日からの乗馬の問い合わせをしたくて、値段と予約くらいなんとかなるのではないかとトライすることにした。

町のネットカフェ併設の電話ブース(南米には電話ブースがいくつもあるこういう店がよくある)でどきどき電話をかける。「Hola!」(スペイン語の挨拶) ここまでは順調。そのあと急にたどたどしくなり、単語が並びだす。「Quisiera.. Cabalgata .. Termas y Volcanes...」(「乗馬が欲しい。温泉と火山のやつ」) 一応わかってくれたらしく、そのツアーの説明があった。3日間でガイドつきでいくらかというところまでわかった。でも、Webに載っていたのが2日間のツアーだったので、「No 2 dias?」ときいてみる。するとすごい勢いで返事がかえってきた。たぶん2日間だとハードで、見られるものもゆっくり見られないとかいう雰囲気。一応理解したことにして、今度は予約が必要か確認したかったので、「Tengo que reservar?(予約必要?)」 そうすると私の発音がいまいちで通じていないらしく、返ってきた返事が全く理解不能。もう一回くりかえしてみてもだめ。

う~と困っていたところ、なんと店の人が見るに見かねたらしく、ちょっと英語がわかるから助けてくれるという。電話を交代、いいたいことを店の人に伝えると、あっという間に、予約から行き方まで全て解決。
あー やさしい人がいて良かった。。。 ちょっとでも頑張ったかいがあったというもの。
日本で困っている外人がいたら、みんな助けてあげてね。

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さよならシオちゃん


チリのプエルトモンという町に着いた次の次の日。この日、とうとうパイネで合流した友人シオちゃんが去っていった。彼はこのあとイースター島に行ってから日本に帰るそうだ。
日本から直接パイネに来た彼には、正月セット(モチ、海苔、しょう油)や多くの貴重な日本食材を持ってきてもらい、おまけに合流している間はずっとその全てを持ってもらっていた。彼が持ってきた小説「沈まぬ太陽」全五巻も僕(拓)が奪い取ってむさぼるように読みきった。

そんな仕打ちにも一言も文句を言うこともなく付き合ってくれたシオちゃんとの別れの日であった。寝袋で寝るのすら初めてと言う彼はパタゴニアの山々でのキャンプ生活をどう感じていたのだろうか・・・・。
満充電で無事に日本に帰りつくことを祈っている。
ありがとう、シオちゃん!!

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チリ富士

チリ、パタゴニア地方北部は火山が多い。その中でも形が美しくて有名なのがオソルノ山(Volcan Osorno)。誰が言い始めたのかは知らないが、チリ富士と呼ばれている。
私達も富士山に似ているというので見るのを楽しみにしていた。初めて拝んだのはバスの車窓から。まだ遠かったのだが、雪をかぶって輝くその姿に、一目で「あれだー!」とわかった。

そして勝手にちょっとうれしくなった。

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朝焼けいただき隊 フィッツロイも行く

パイネの初日の出で味をしめた私達、(詳細はこちらから トレッキング → Circuito Grande) パイネと並びパタゴニアの名所のひとつであるフィッツロイでも絶好の朝焼けポイントがあるときいて、狙うことにした。ただし、このあたりの天気は非常に変わりやすく、どちらかというと山は雲の中のことが多い。この日の前日も夕方まで雨が降り続き、20時ごろになってやっとフィッツロイの頂をキャンプサイトから拝むことができた。

朝、4時起床、星空とフィッツロイの影が見えているのを確認して、出発。朝焼けを見るポイントは、キャンプサイトから1時間ほど登ったところにある。登りながらふりかえると東の空がだんだんと赤くなっていく。
ちょうど登りきったところで、日の出、それから15分くらいして、フィッツロイに朝日が当たり始めた。そびえたつ岩がピンク色に染まっていく。。。
この日、朝日を見に来たのは、私達だけ。朝焼けウォッチングがやめられないのは、やはり日出づる国の者だからだろうか。

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パタゴニアの風

フィッツロイ、セロ・トーレという2つの有名山があるこの地域、風の強いパタゴニアの中でも、特にすごい。
山のふもとの町でも、砂まじりの強風がふくので、ジャケットとサングラスは必須。みんな下をみながらななめに歩いていることが多い。

トレイルに入ったこの日も昼までは晴天、風もあまりなかったのだが、昼過ぎから急に強風が吹き荒れ始め、展望台まで行こうとしたが、吹き飛ばされそうな向い風に断念。
この写真、風に向かって斜めにたってるのだが、このすごさ、わかっていただけるかな。。。

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氷河の前でひたすら待つ

今日はペリト・モレノ氷河にやってきた。この氷河は、高さが60m以上あり、動きも活発(流れが速い=最大約2m/日)なので、先端で崩落もよく見られることで有名。今までいくつも氷河は見てきたが、展望台も氷河の目の前にあり、やはり噂にたがわずド迫力である。
なんといっても、ここでは崩落をみたいということで、私達は1泊キャンプ予定、時間にかなり余裕をもってやってきた。まず朝9時すぎにバスで到着、昼までウォッチング。時折、パーンと鉄砲のような音がするが、これは氷に亀裂が入る音らしい。また氷の表面から小さなかけらが崩れ落ちて水に落ちると、周囲の氷に反響して、ゴロゴロバッシャーンとすごい音。それが頻繁になると大きく崩れるのではないかと期待が高まる。午前中には一度大きく崩れてくれて、「おー!」と周りから歓声が。

ランチ&シエスタの後、3時ごろからまたウォッチング。かなり晴れていたので、崩れるのではと期待するが、待てどくらせど小さくしか崩れない。遠くの方では時折かたまりが落ちているのが見られたが、陽のあたる角度がいまいちだからか、目の前では全くなし。。 6時までねばったが、NG。結局次の日の午前中にもう一度ちょっと遠めだが大きな崩落を見られた。

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パイネで迎えるお正月


2005年は、Torres del Paineで初日の出を拝むという素敵な幕開けだった。ちなみに、今年のTorres del Paineの展望台には私達日本人が一番乗り!! (詳細はこちらから) 

そして、さらにうれしいことには、日本から12/30に合流してくれた友人が持ってきてくれた餅&豚汁(道場六三郎のフリーズドライ味噌汁)をパイネで食すことができたということ。
Torres del Paineの先っぽを見ながら、山で食べる正月の餅は、最高においしい初ごはんであった。
(おいしい正月セットを選んでくださった、S氏のお母様、本当にありがとうございました)

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待ち合わせ

パイネサーキット八日目の今日、目的地のキャンプ場で友人と合流することになっていた。シオちゃんこと、その友人は転職を機に旅行をする時間が取れ、パイネサーキットを共に歩く予定でいたが、急用のため途中参加となってしまった。日本から言えば地球の裏側にあるチリ、さらにはそこにある国立公園のキャンプ場で集合という極めて微妙な集合計画にお互い不安を覚えていたが、予定より遅れてキャンプ場に着いた私達を彼は不安の表情は表にもせず、笑顔で迎え入れてくれた。
強風が吹き荒れるキャンプ場で、彼が日本から持ってきてくれた干し梅に唾液腺を開きっぱなしで、合流を喜んだ。

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無補給の夢、絶たれる

今回のパイネサーキットは2人とも始めての長期トレッキングの挑戦であった。山の頂上を目指す登山ではないにもかかわらず、達成できるか不安もあった。とはいえ、各所に山小屋を携えるよくできたトレイルなので、比較的心配は要らないので、ここぞとばかりに10日間無補給のトレッキングにするつもりで、10日間の食糧を入念に計算し、可能な限り軽量化を試み、全て担いでトレイルに入った。
補給はいつでもできるのだから、いつ補給しても良いのではあるが、いつからか無補給でこのトレイルを達成したいという希望を僕(拓)は持ってしまっていた。
もちろん今までにはないほどの重みが肩にのしかかるが、歩けないほどではない。いつもより遅いペースではあるが順調に進んでいた。

毎日、少しづつ軽くなるパックを背に進みながら、トレイルに入って六日目、ついにその無補給の夢は絶たれた。限られた食材とともに進むトレッキングに慈芳の予想を超えたチョコレートとクッキーの消費スピードにより、どう考えてもゴールまでのチョコレートとクッキーを持ち合わせてないことに気付いた。
残念な気持ちと頑張って歩く慈芳に満足な食糧を与えられない苦痛を比べると、どう考えても後者の方が重要な問題である。昼に立ち寄った山小屋でチョコレートとクッキー、ドライフルーツの詰め合わせを買い、その危機を乗り越えた。

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キャンプ場のメリークリスマス

23日から、パイネ国立公園で10日間のトレッキングを始めた私達。(詳細はこちらから) クリスマスはここ、Lago Dicksonという湖のほとりにあるキャンプ場で過ごすことになった。クリスマスとはいえ、私達はクリスチャンではないので、特別に何かしようとは思っていなかったが、ここはチリにある世界有数の国立公園、まわりは欧米人だらけ。クリスマスは特別だ。山小屋では宿泊客にBBQを振舞っていたし、トレッカーの中には重たいワインをこの日のために持ってきている人も。(長いトレッキングではそんな重たいものは持たないのが普通)

そんな周りをよそにきわめて普通にクリスマスを過ごしている私達のところに、ドイツ人のおばさんが、ケーキを持ってきてくれた。これもドライフルーツ入りのけっこうずっしりするケーキ。ドイツの伝統的なクリスマスケーキだそうだ。一週間近い長期トレッキングにもかかわらず、担いできた重たいケーキを周囲の人にまで振舞う温かい心遣いに遠慮なく甘え、そんなときには「メリークリスマス!」といってしまう日本人トレッカーの2人であった。。。

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さかさまのオリオン座

パタゴニアの有名どころ、パイネ国立公園で2泊3日のカヤックツアーに参加した。初日の今日は、めずらしく一日中晴れて、Torres del Paine(この国立公園の最も象徴的な山並み)もばっちり。キャンプ地について、スナックと夕食、そして火を囲んで団欒。知らないうちに10時を過ぎて日が暮れ、星が見えてきた。私達2人だけでキャンプしているときは、9時ごろにはテントに入ってそのまま寝てしまうことが多いので、なかなか見られない星空だ。
みあげるとおなじみのオリオン座が。でも何か違う。そう、さかさまなのだ。日本で見慣れているオリオン座は頭が上で、左肩に赤いベテルギウスが光っている。が、ここ南半球では頭が下になって上ってくるのでベテルギウスは右下に、そしてもちろん夜空に描く軌道も全く違う。

これは、実はボリビアの夜行バスに乗っているときに気付いた。南半球で星がどのように見えるのかなど今まで考えたこともなかったので、初め、「どうもなんかヘンだなー」と悩んで、やっと今南半球にいることを思い出したのだった。なんだかちょっと感動した瞬間だった。

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晴れ のち ヒョウ

世界最南端の町、パタゴニア地方ウシュアイアまでやってきた。南極まであと1000kmというところだ。
パタゴニアではトレッキング三昧の予定。さっそく、Lago Esmelardaというところに1泊2日のキャンプにいってきた。ここは夏に入ったとはいえ、雲ひとつない晴れということはほとんどないようで、どちらかというと曇り時々晴れといった感じの天気が毎日続く。この日も曇りスタートだったが、キャンプ地の湖ではラッキーなことに青空ものぞいた。久々のキャンプなので、午後からゆっくりしようとテントを張り終わった直後、また雲が多くなってきたなーと思ったら、今度はなんと米粒大のヒョウが降ってきた!

シャーという音がやんだあと、テントから出てみると、あたりは真っ白。あっという間に冬景色になっていた。
パタゴニアの天気は変わりやすいというが、いきなりそれを思い知らされた初日であった。。。

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イグアスの滝@満月

世界3大瀑布のひとつ、イグアスの滝までやってきた。ここでは満月の夜にイグアスの滝を見ようという企画を行っており、その名も”Paseo de Luna”。ステキな響き。。。 パンフレットを見て、なんとばっちり今日が満月であることを知った私達は、もちろん参加することにした。
昼間はド迫力のイグアスの滝だが、夜、月に照らされて白く光る滝はものすごい幻想的だ。言葉ではとても表現できない。月夜に大波のたっている海を見て感激したことがあるが、それと似た感じだった。


(写真: 水しぶきがすごいので写真はうまく撮れなかったが、雰囲気だけでもわかってもらえるだろうか。中央の明かりはブラジル側の明かり)
そして月ってこんなに明るいんだーと再認識した。都会ではついつい忘れてしまう感覚だ。

世界遺産に指定されている街並みや遺跡などがライトアップされているのはよく見かけるが、無造作に建てられた照明設備が逆に景観を損ねていることもある。イグアスはいかに自然のライトアップが素晴らしいかを教えてくれた。
みなさんもイグアスの滝を見に行くことになったら、満月の日をチェックすることをおすすめする。

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日本人宿

南米には「日本人宿」と呼ばれる宿が多く存在する。私達も何回か利用したが、発見したことは、日本人宿というのは日本人(日系人)が経営する宿だけを指しているわけではないということ。宿の人は全くのローカルで、日本語を話さないのに、なぜか泊っているのは日本人だらけだったりする。

なぜ、特定の宿に日本人が集まるかというと、ひとつは、そこに「情報ノート」と呼ばれる日本語のメモがあるからだろう。また、治安のあまりよくない地域では、日本人がいると思うとちょっぴり安心だからというのもある。(実際には日本人宿が比較的安全なところにあるとは限らないのだが。。。)

「情報ノート」は誰が始めたのかは定かでないが、旅のルートや、交通手段、宿、治安情報についていろいろ体験談書いてある。そして読んだ人はノートにまだ書かれていないことを書き足すという仕組みになっている。南米は英語が通じないし、情報が集めにくいので、こういう口コミがけっこう有用であることもある。宿探しも、次の目的地で情報ノートに書いてあった宿に行けば、またそこに情報ノートがある、といった感じでつないでいくことができるようだ。

情報ノートでつながる、南米の日本人宿、欧米人の多いホステルとはちょっと違った独特の雰囲気が漂っている。なんだかんだ言っても日本語の情報がとても重要であり、きめ細かなことが大好きな日本人らしい仕組みな気がする。

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くるみ幼稚園の方 ~こんなところで走ってますよ~


11/12ブログに続く日本中古車レポート第2弾。ポトシでは日本のマイクロバスがコレクティーボ(乗り合いバス)としていっぱい走っている。マイクロバスなので、幼稚園から高校までの送迎バスや、旅館(地方のかなり渋めのクルマあり)、フィットネスクラブ、カントリークラブなどなど。一番大うけしたのは、ダンスクラブのバスで、車体に「Shall we Dance?」(写真はとれなかったー すんません)

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鉱山で働く人々

ボリビアのポトシという町のはずれに現在も採掘中の鉱山があり、見学するツアーがある。参加するとそこで働く人々の姿も見学することができる。このツアーは元ボリビア在住の友人からも一押しでもあったので、早速いってみた。

鉱山へは、ツアー会社が貸してくれるヘルメットとヘッドランプ、カッパ上下、長靴という装備で入る。
鉱物を運ぶトロッコのレール沿いに入っていくのだが、一歩進むと足元はぬかるみ、奥へ入れば入るほど粉塵がひどく、下へいくほど暑くなり(今掘られている最下部はなんと50℃以上だそうだ)、時には這いつくばってすすまなければいけないこともある。そんな中を、時々全身真っ黒によごれた鉱夫たちがトロッコを押してやってくる。鉱物で満杯のトロッコを人力で外まで運び出しているのだ。彼らは一日3交代の8時間労働だという。中ではろくに食事もできないので、私達がもっていった飲み物やコカの葉を何度もありがとうといって受け取ってくれる。私達が中にいたのはたかが1時間半くらいだが、それでも早く外に出たくなってしまった。こんな過酷な労働環境だが、賃金はいまだ低く、ガイドいわく銀がとれなかったらもらえない場合もあるとか。

昨日参加したウユニ湖ツアーでは、都市で通信会社に勤める陽気なボリビア人たちと一緒になった。今まで南米で現地の人がツアーに参加しているのをみたことがなかったのでちょっとびっくりした。途上国でも急速に拡大している通信関連の職は高給なのだろう。
ここにグローバル化が広げている貧富の差を垣間見た気がした。

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塩の湖面に浮かぶホテル


ボリビア一の観光名所、ウユニ湖。慈芳が三十路を迎えるこの日をこの湖に浮かぶ塩のホテルで迎えた。このホテルは湖のど真ん中に建つたった一軒のホテル。見渡す限り周りは純白の塩である。ホテル自体も壁、イス、テーブル、ベッドが塩湖から切り出した塩で出来ている。
純白の塩以外には何もない誕生日。夕日、満天の星空、朝焼けだけが静かにその日を祝ってくれた。

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ストライキ?


チチカカ湖畔にあるペルーのプーノから、ボリビアの首都ラパスへ約7時間のバスの旅。のはずだったが、ここは南米、時間通り着くわけがない。しかもこの日はなんとストらしきものがあり、ラパスの手前でバスがストップ。1時間くらい立ち往生(写真はバスを降りて動くのを待つ人々)。地元の人々が賃金UPを求めて(と誰かがいっていた)、幹線道路に大きな石を並べて通行止めにしていたのだ。

封鎖が解かれると、何十台もの車がいっせいにラパスへ向けて走り出すので、これまた渋滞。車線も何もあったもんじゃなく、横に4台くらい並び、時には道路をはずれて追い越しあったりしている無法地帯と化した。結局ラパスへは12時間以上かかったのだが、まだ私達はマシなほうだったらしく、ストで4時間以上待った人もいたとか。合掌。

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標高3890mのダンスパーティ


汽船が行きかう湖としては世界で最も標高が高いチチカカ湖。ここには、島がいくつかあり、本土に比べて昔ながらの文化を守っている人々を訪れることができるというので、島巡りツアーに参加することにした。葦(トトラ)でできている浮き島のウロス島を訪れた後、アマンタニ島で民家にホームステイ。

夜はツアー参加者とホストファミリーが集まってダンスパーティをする。観光客はアマンタニの民族衣装(男性はポンチョ、女性はブラウス、スカート、スカーフ)を借りて、笛や太鼓の生演奏にあわせて踊るのだ。ヨーロッパの女の人が衣装を着ると、なぜかアルプスの少女っぽくなるのが、面白い。(ちなみに私=慈芳はイスラム系、拓=モンゴル人ぽくなる) ちょっと見物しようかなと座っていると、子供が一緒に踊ろうとやってくるので、踊りの輪に連れて行かれる。始め2人で手をつないで踊り、途中から皆で輪になって踊るというのがパターン。がなんせ、ここは標高3890m、高度に慣れない私達はちょっと踊るとゼェゼェなのだが、ローカルの人々はもちろん元気いっぱい。なかなか休ませてくれず、夜はふけるのであった。。。

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脱線列車8時間の旅

キトの南、バスで5時間くらいのところにリオバンバという町がある。ここの名物は、世界でここしかない屋根の上に乗る列車。朝7時発なのだが1時間前から屋根の上の座席取りで大賑わい。列車が走り出すと線路沿いの子供がニコニコしながら手をふってくれてなかなか楽しい。しかも私たちの周りは愉快なドイツ人たちで、横の道路を走るバスに向かってウェーブをしたりとっても賑やかだった。

この列車、実は脱線も名物。リオバンバから2時間ほど経ったときガクンと大きく揺れたと思ったら、お約束の脱線だった(写真)。脱線すると、つるはしやら、よくわからない鉄のかたまりやらを持った係員が貨物車両から飛び出てきて、一生懸命復旧作業をする。乗客ははじめお約束の脱線にちょっと興奮して、降りて写真を撮ったりしているのだが、しばらくすると長い待ち時間に疲れて、屋根の上で昼寝。結局復旧には1時間ほどかかった。
路線の最後は、「悪魔の鼻」と呼ばれる山をスイッチバックで進むルートである。景色はそれなりに素晴らしいのだが、なんとスイッチバックで失敗し、また脱線。すでに6時間くらい屋根の上にいる乗客たちは「またか~」という面持ちで寝はじめる人多し。(私もそのひとり)

終点についたときには、本来5時間くらいといわれた道のりは8時間となっていたが、日本ではありえない列車の旅、
エクアドルに来る際には、ご経験あれ。

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ガラパゴス一小さいクルーズボート

ガラパゴスはバックパッカーにやさしいところではない。飛行機代に入島税100アメリカドル、物価も高め。どうせくるなら、と頑張って7泊8日のクルーズを予約した。ガラパゴス諸島はその名の通り、島が点在しており、島々にはそれぞれ特有の動植物が生殖しているので、ボートで島々を巡るクルーズがメジャーな楽しみ方となっている。
クルーズはいわゆるクルーズっぽい立派な船から、低予算旅行者向けの小さな船までバラエティに飛んでいる。もちろん私たちは低コスト旅行者なので、キトの旅行エージェントを一日かけて歩き回り、一番安い船を予約した。

港町で船を見た私たち。どの船より小さい。ポンポンポン、と心細い音と共に走り出した船、予想通りどの船よりも遅い。おまけにどの船よりも揺れる。私たちのキャビンは二段ベッド奥に小さなバスルーム。おまけにバスルームの窓は壊れており、揺れるたびに海からバッシャーンと海水がタンマリ入ってくる。
前途多難な船のたび、僕(拓)の三半規管は耐えられるのでしょうか・・・。

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ガラパゴス入島!


今日ついにガラパゴス入り。キトの空港ラウンジに入るとそこはすでに別世界。壁にはガラパゴスの写真が一面に飾られ、施設もむちゃくちゃきれい。さすがエクアドル一の観光名所なだけある。
飛行機からは真っ青な海と茶色い島々のコントラストが見えて大興奮。

ガラパゴスに着くとまず、入島料としてUS100ドル。エクアドルの物価ではありえない高額だが、ここは欧米を中心とした観光客ばかりで自然保護のために使われるというと心おきなく払ってしまう。次に動植物を持ち込んではいけないため、空港で一人一人入念な荷物検査がある。私たちはマンダリン(みかんみたいな柑橘類)を持っていたのだが、それはOKだったようだ。

空港からPuerto Ayoraというホテルやレストランのある町まではバス。ガラパゴスには動物と観光客しかいないと思っていたのだが、普通に農業などを営んでいる人々が意外と多いのに驚いた。今でこそ、エクアドルの人も簡単には移住できないが、昔から住んでいる人々がたくさんいるのだろう。
Puerto Ayoraはキトとは全く違うのんびりした空気が流れている。桟橋にはイグアナがはりつき、空には鳥が飛び交っている。明日からのクルーズがますます楽しみになった。

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野生の王国 ティカル遺跡


ベリーズからバスに乗って7時間、グアテマラのティカル遺跡までやってきた。ティカルは、国立公園になっている広大なジャングルの中にあり、世界遺産でもある。マヤ遺跡はメキシコで見たが、ティカルは皆が口をそろえて「いいところだよー」というので頑張ってやってきた。

ここでは、公園のガイドを頼めば通常の入場時間外のサンライズ、サンセットツアーに連れて行ってもらえる。友人に「朝日がよかったー」ときいていたので、サンライズツアーに参加。
日の出は6:00前なので、4:30起き。真っ暗な中を懐中電灯をもって公園内の道を行く。しばらく行くと頭上から何ともいえない叫び声が。ホエザルだ。ベリーズ動物園で聞いて以来のこの叫び声、ものすごい音量!
ピラミッドのひとつにのぼって日の出を待つが、あいにく曇りだったので、日の出は見られず。だが、朝霧の中に浮かぶ遺跡群はなかなか良かった。その後は、ガイドに連れられて遺跡をめぐること5時間。ガイドの説明を聞きつつも、ついついジャングルの動物に目が行ってしまう私。
なんとここでは、Toucan(写真)が普通に飛び回っているのだ。ベリーズでは国鳥でありながら、動物園以外では見るチャンスがなかったのに! さらに朝なのでオウムもにぎやか。カラフルなオウムの群れがバタバタ飛んでいく。小道には孔雀のような大きな鳥が。木が揺れているところを見れば、スパイダーモンキーとホエザルがテリトリーをとりあっている。

ベリーズで自然を堪能していたので、久々に文化遺産を楽しもうと思っていたら、ティカルはとてつもない野生の王国だった。ティカル万歳!

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Caye Caulkerのポーター

ベリーズシティからボートで45分のCaye Caulkerという島の主な乗り物は、ゴルフカートと三輪車。船が着くと三輪車ポーターが荷物を載せないかと声をかけてくる。普段は使わないところだが、私たちは車を売ったばかり、まだ荷物が完全にバックパッカー仕様になっておらず、かなり重かったので、頼むことにした。料金はどこまでいっても5ベリーズドル(=約250円)

ホテルもまだ決めていないというと、ポーターの彼は予算に応じたところをいくつか案内してくれた。しかもどのホテルの人とも顔見知りの彼は「安くしてやってくれ」と価格交渉まで。結局彼のおかげで20%OFFの値段で泊ることができた。ホテルのあてが全くなかった私たちにとっては願ったりかなったり!
Caye Caulkerに行ったらポーターを使うべしだ。
(写真:三輪車を自分でこいでいるところ)

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Water Taxiはスコールを行く

ベリーズシティからCaye Caulkerという島に行くにはWater Taxiと呼ばれるボートを利用する。私たちが島に向かった日はあいにくの曇天。遠くの方には黒い雨雲が見えていて、「あそこは通らないといいけどなぁ。。」と思いながら乗り込んだ。出発後15分くらいだっただろうか、案の定ボートキャンプテンがいそいそと雨ガッパを着始める。やはり雨雲の下を通過するようだ。ボートは屋根なし、とりあえず乗客もあわてて荷物を真ん中の格納庫へしまう。

するとボートのスタッフが今度は大きなビニールシートを出してきて、乗客に渡す。どうやらみんなこれをかぶれということらしい。そうこうしているうちに雨ゾーンに突入! 乗客みんなでビニールシートをひっかぶる。みんな濡れたくないからなかなかのチームワークだ。ビニールシートが飛んでいかないように必死につかみ、ザーっという雨を肌で感じながら猛スピードのボートでいく。

20分くらいして島に近づくと雨もあがり、波もおだやかに。皆ビニールシートの下から顔を出して笑顔になる。お隣さんは全く知らないもの同士だが、なんだかみんなで何かをなしとげたような気分になった。

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さよならターセル


写真:去り行くターセル

6/13にアラスカ州アンカレジで買った、私たちの足、ターセルと今日ここベリーズシティでお別れした。
総走行距離10,453マイル(≒1,6725km)、使用日数114日。毎日、私たちを安全に目的地に届けてくれた。

買い手は、一週間滞在したGlover’s Atoll Resortのオーナー、フランス人のおじいちゃん。
中心都市ベリーズシティで彼と再会し、手続きを進める。アメリカから輸入したことになるので、まずは税関で関税の支払い。税関ブローカーという怪しげなオジサンに書類作成を頼まなくてはならず、それが終わってから書類の処理を待つこと4時間、ようやく私たちの書類が出てきたと思ったら、なんと支払い窓口が既にクローズ。翌日に持ち越し・・・。

翌日は朝からすぐに手続きを終え、泊まっていたホテルの前で引渡し。四ヶ月弱毎日旅を共にしていた車にはかなりの愛着が沸いていて、走り去る後姿を無事に手渡せた安心感と寂しさが入り混じる気持ちで見送った。

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マヤビレッジ滞在プログラム

ベリーズの南部Toledo地方は特にまだあまり観光地化が進んでいない地域。ベリーズ北部や、海沿いの村はアフリカンアメリカン(とよんで良いのかよくわからないのだが)が多いのに対し、南部の内陸部はマヤの人たちが住んでいる。ここでマヤの村に滞在して、昔ながらの生活や文化を学ぶプログラムがあるというので参加してみることに。私たちが訪れたのはSan Miguelという人口526人の村。ちゃんとコーディネーターがいて、食事やアクティビティのアレンジメントをしてくれる。食事がユニークなシステムで、毎回違う家族の家を訪れて食事をするのだが、用意ができるとその家族の子供たちが呼びに来てくれる。村の人々は国の公用語である英語の教育も受けているのでコミュニケーションもできるし、昔ながらの釜で焼くトルティーヤは、それはそれは香り高くおいしい。

このプログラムは、Toledo Ecotourism Association(TEA)という団体がもう10年近く行っている。マヤの村といっても6年前から電気が通り、TVがある家庭もあるし、古くからの釜のとなりにガスコンロがあったりする。近代化が進む中で、マヤの古くからの文化と自然環境を守ることが大切であることに気づき、世界中の人たちにも知ってもらおうというその主旨が素晴らしい。コーディネーターやガイドの人たちからもその意気込みが伝わってくる。正直いって、中米の小さな国にこんなに完成度の高いプログラムがあると思わなかった。
日本でもマネできるのではないかとふと考えた。

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島生活Vol.4: 月夜の訪問者

ここは電気の灯がないからか、月がものすごく明るい。だから夜でも海は透けて見える。 ある日の晩、全く風がなく、寝付けないので、虫を避け、風を求めて桟橋でくつろいでいると、海の中に大きな黒い影がみえた。Eagle Ray(エイ)だ。親子なのか2匹で浅瀬を優雅に泳いでいる。たまにヒレの端が水面にちらっとでるとそれも月に照らされてすごくきれいだ。私たちが桟橋にいる間、何回か行ったりきたりしていた。月夜の海の訪問者、なかなかステキな体験だった。

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島生活Vol.3: 不気味な音

ある晩、キャビン2階のハンモックでくつろいでいると、1階のキッチンからカチャカチャと音が聞こえてきた。何だろう、鳥かな?とこわごわのぞいてみると、なんとフライパンいっぱいにヤドカリが! 夕食後すぐに暗くなってしまったので魚を焼いたフライパンを洗い忘れてしまったのだ。キッチンを見わたすと、同じく軽くしかふいていなかった箸やフォークにヤドカリがたかっている。缶ごみを入れているビニール袋からもカチャカチャと音が。けっこう不気味な光景だ。

アメリカ、カナダの国立公園なんかでは食べ物を置きっぱなしにしておくと、クマやマウンテンライオンなんかがくるので、外に食べ物を置きっぱなしにするのは厳禁だったのだが、ここでは鳥に注意すればよいのかなーと思っていたら意外なものに狙われたものだ。
それまで砂の上を歩くヤドカリをけっこうかわいいと見ていたのだが、その日から厳重警戒するようになった。。。

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島生活Vol.1: Glover’s Atoll Resortというところ

ベリーズ本土からボートで2時間ほどの島にやってきた。ここは、Glover’s Atollという環礁の中にあり、オーナー家族と2人の従業員しかいないプライベートアイランド。40年前にフランス人とアメリカ人の夫婦が購入したこの島を含んだエリアは世界遺産にも指定されている。

今日から1週間ここで島暮らし。オーナーの意図でこのリゾートには電気も水道もなし。(正確には、オーナーの家はダイビングショップとレストランを兼ねているのでジェネレーターがあるようだ) 皿洗いは海で、シャワーは井戸から水をくんできて浴び(この水は淡水:海水が50%づつ)、暗くなったらキャンドルをつける。宿泊スタイルはキャビン、ドミトリー、キャンプがあり、基本的に食べ物も全て本土から持って行って自炊する。他の島にあるような快適なリゾートホテルとはかけ離れているが、そのかわり孤島生活を満喫できるし、プライベート感はかなり高い。このスタイルはどうやらアメリカ人よりヨーロピアンに受けるらしく、私たちと一緒だったのは、オランダ人のハネムーナーで、次の週はまたまたオランダ人とドイツ人が島に向かうようだった。

そんな島で唯一豊富なのがココナツ。ココナツは採り放題。最初は割るのもなかなか苦労したが、だんだん慣れてきて、ジュースを飲んだり、私たちの得意料理タイカレーに入れてみたりとかなり活用した。

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Oh! マンゴー

今日はついにメキシコからベリーズへ入国した。国境はRio Hondoという川で橋を渡ればそこはベリーズだ。メキシコは入国があんなにいい加減だったから(8/26ブログ参照)、出国も何にもないのかなーと思っていたら、橋を渡ろうとしたら止められて、「スタンプは押してもらったか?」という。お、意外とちゃんと出国管理しているようだ。きちんと手続きを終え、ベリーズの入国審査へ。

人と車の手続きを終え、あとは税関のチェック。係員は駐車場の車までノソノソ歩いて行き、おもむろに社内の荷物をチェック。あれはなんだ? これは何だ?と聞かれ、素直に答えていたら、「この箱は?」と最後の関門の食料箱へ。見つかってしまった。

メキシコで毎日堪能していたマンゴー。昨日、スーパーで「ベリーズに行ったらないかも?」と三つのマンゴーを買いだめ。ダメ元で箱に忍ばせていた。係員は「フルーツ、野菜はダメ!Sorry~」と言って、楽しみにしていたマンゴーを持っていってしまった・・・あぁ。カリブの小国ベリーズ、こちらも意外と国境審査はしっかりしていた。朝、メキシコ内で食べておけばよかったと悔やんでも、時すでに遅し・・・
(写真:メキシコのスーパーにて。マンゴー 3.8ペソ/kg 1ペソ=約10円)

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VADO再び?

素敵なCabanaで気分を良くしていた私たち。Tulum方面に戻ろうと道を走っていると何やら道が水浸し。思ったより夜に雨が降ったのかな? まさかVADO再びはないよな・・・(VADOは直訳「浅瀬」。道路水浸しの箇所。これにハマッた様子は8/29ブログ参照)と慎重に車を進める。

しばらく行って海が横に見えてくるとますます道路がぬれている。え、もしかして、と思ったら右からバッシャーンと来た。なんと悪天候のため、海沿いの道路に波が打ち寄せているのであった。波がひいたすきに何とか通過すると今度はトラックが道をふさいでいる。どうやら、波で堤防(といってもたいしたものではない)が決壊し、トラックで岩を運んできて再び堤防を造ろうとしているのだった。そこで堤防ができるまで待つこと30分。若干マシになったとはいえ、相変わらずバッシャーン、ザザーンと波がかかっているところをすきをみて通り過ぎる。

その後は大雨。きっとあの道は波と雨で通行不可能になったに違いない。
メキシコの道、なめるべからず。

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メキシコのCabana

今日はカンクンの南、Tulumという遺跡の近くまでやってきた。このあたりは海沿いにホテルが立ち並ぶ。といってもカンクンのホテルエリアのように巨大なホテルではない。こじんまりしたホテル、レストラン、Cabana(小屋、本当の綴りはnの上にニョロがつく)などである。キャンプができるところもいくつかある。
いつもならキャンプのところだが、気に入ったところがなく、海風もけっこう強いので、Cabanaにとまってみることにした。私たちの予想(希望?)は150ペソ(約1500円)だったのだが、ここはビーチフロントで遺跡の近くだからか、最初に聞いたところはたいしたファシリティでもないのに700ペソ。700といったら他の町では超ゴージャスホテルに泊れる値段なので、他を探すことに。

何軒か見てまわり、感じのよいところをみつけた。オーナーはフランス人の女の人で、部屋もきれい、かつセンスがよい。私たちの泊ったCabanaは一番安い(300ペソ)なので窓ガラスもなく、木でできた壁も若干すきまがあるようなトロピカル小屋だったが、ハンモックにヤシ葺き屋根、カリブ海を望むリゾート気分は満喫できる(写真)。

あとの2つはサンゴ造りの壁にガラス窓あり、テラスありで、かなり素敵そうだった。(夕暮れは勝手にテラスだけ利用させてもらった)
カンクンのホテルエリア(=あそこはどちらかというとアメリカの出張所みたいである)ではメキシコ気分が味わえないという人にはTulumより南のエリアがおすすめ。

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汚警官

とうとう、お目にかかってしまった。メキシコ本土、上陸二日目の今日、Tolucaというメキシコシティの少し西にある町に着いて、宿を探し始めたときだった。この辺りはキャンプ場情報もなかったので、宿に泊まる予定であった。なにやら工場が並ぶゴミゴミとした街、なかなかホテルが見つからない。ある目印を見つけ、交差点でUターンをした。暫く進むと反対車線の白バイ警官と眼が合った。イヤな予感。

こういう予感は得てして的中するものである。警官もUターンし、近づいてきた。「端に停車しろ!」といっていることはしぐさからわかる。
ものすごい勢いで色々言ってきて、許可証やら免許証を出せと。問題はUターンだったみたいだ。そして罰金1200ペソ出せと。タコス一個8ペソ、レストランでも100ペソで二人がおなか一杯のこの国で、なんと法外な金額。ただ、色々はむかうと面倒くさいことになると色々調べたときに見たので、値切ってキャッシュを掴ませてその場をしのいだ。
キャッシュを窓から突きつけた瞬間、周りの目を気にしてアタフタしながらも、なにやら叫びながら去っていった。
話には聞いていたものの、実際に巻き上げられるとかなり悔しい・・・

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メキシコのフェリー

今日はバハカリフォルニア州のLa Pazから、メキシコ本土のMazatlanまでフェリーに乗った。アラスカとカナダではゆったりいい思いをしたフェリーだが、メキシコはどうなんだろう?
まずは、乗り方もよくわからないので、フェリー乗り場についてチケットを振り回し、とにかくいろんな人に「どこ? どこ?」とききまくる。が、たいてい返ってくる答えがわからないので、指差した方向にちょっと進んでまた聞く。そうするうちにやっとチケットに書いてある会社の船らしきところにたどり着いた。う~ん、やっぱり古そうなフェリーだなぁ。

入り口もひとつしかないので、車を入れるときはバックで。写真は大きなトラックがバックで入れるところ。ここのフェリーはほとんどがトラック。乗用車は数えるほどしか乗っていない。しかも信じられないくらいぎっちぎちに入れている。

フェリーの中はというと、カフェテリア、レストラン、ラウンジなど一通りはあるのだが、やっぱり、古い&汚い。。。
でも、食事はおいしいメキシカンが食べられるかなと思ったが、それも甘かった。別にレストランがまずかったわけでなく、うねりでけっこう揺れたから。フェリーは午後3時発、朝9時過ぎ着だったが、夕方からはう~気分悪い。。 ろくに夕飯も食べられず、とにかくマットをしいて寝る私たち。

ラッキーなことに時間はけっこう正確らしく、オンタイムにMazatlan到着。陸にあがってやっと一息。やっぱり人間て陸の生き物。

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いけ、ターセル!

(8/29より続く)足止めをくらった翌朝、水が引いていることを願ってもう一度その場所へ向かう。すると少し引いてはいるが、まだまだ水浸し。だが、かなり車高の低い車も無事に渡っているのを見て、「よし、行こう!」と決めた。
写真は、川を渡っているところ。(見にくいが後から2番目の小さな車) 

一日待ったかいあって、無事渡れたー!エンジンもマフラーも問題ない様子。やるじゃないか、我らがターセル! 昨日はやられっぱなしだったので、これは本当にうれしかった。

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ラパスは遠い

嵐の翌朝(嵐については8/28みてね)、バハカリフォルニア南方のリゾート地、ラパスまで向かうことにした。が、メキシコの道をなめてはいけなかった。メキシコでは雨が降った後、道路がところどころ水びたしになるのだ。バハカリフォルニア唯一のハイウェイでさえそうなのだから、未舗装の側道にでも入ったら泥にはまって動けなくなること間違いなしである。昨日泊まったビーチから20マイルほど進んだところで、けっこう深そうな水溜りを発見。あまり浸かりたくはないなーといって、ちょっとだけ横にそれたのが間違いだった。泥にはまってスタック!前輪がどっぷり入ってしまった。2人ではどうしようもないので、道行く人に助けを求める。するとメキシコ人の2人の男性が応じてくれた。ボンネットの下側を男3人でうんうん持ち上げること4-5回、なんとか泥を脱することができた!グラシアス、アミーゴ! メキシコ人に助けてもらうのはあぶないみたいなことどこかに書いてあったけどいい人たちじゃん! あー良かった。。 

しかし、それでは終わらなかった。さらに100マイルほどすすんだところで、車が列になって止まっている。車を降りて見にいってみると、なんと道路がまた水に浸っている。今度のは相当深そうだ。人が腰以上ひたっている。が、メキシコ人、こんなことには慣れているのか、果敢にわたっていく。ずぶずぶずぶ。。と。特に大きな4駆やトラックの後ろは大人気。ちょっとでも水をよけてくれるからだ。ほとんどは無事渡っていくのだが、たまに途中でとまってしまう車も。そりゃあんなに浸ればそれも不思議ではない。そして渡りきったものの、エンジンがかからなくなっている車も。いや、これは我らがおんぼろターセルを渡らせるわけにはいかないだろー。

夕方まで水が引くのを待ったが、まだ渡れる気がしないので、その日は近くに泊ることにした。明日はひいていますように。。。

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パラダイスビーチ!その後は。。。

今日はコルテス海(バハカリフォルニア半島とメキシコ本土の間にある海)までドライブしてきた。太平洋側は日射しは強くてもドライなのに対し、こちら側は湿気が多い。アラスカからドライブしてきて初の湿気ゾーンなのでまだちょっと慣れない。。
Loretoという町を目指していたのだが、途中であまりにきれいなビーチがあったので、そこで一泊することに。エメラルドブルーの海を前に南国イメージの小屋が立ち並ぶ。暑さと湿気に若干やられ気味だった私たちにとってはまさにパラダイス!海に入ってはしゃぎ、夕飯後はビーチにごろり。しかも月はほぼ満月。いやー入国やらキャンプ場探しやらで苦労したかいがあったというもの。暑いのでそのままビーチに寝転んでうとうと。。

大変なのはその後だった。夜11時をすぎたくらいだったか、急に強い風がふいてきた。さっき、遠くで見えていた雷雲がこちらへきてしまったらしい。テントも張っていなかったので、とりあえず、シートにくるまってしばらく待つ。が、波の音が異常に近くきこえてきたので、シートの隙間からのぞいてみるとやはり潮があがっている!あと20cmといったところ。これはまずいかもとすぐ横にとめてあった車にのりこみ、小屋の裏側に移動する。ふー。とりあえずやむのを待とう。。 と10分くらいたっただろうか、相変わらず風はやまず、雨もぱらぱら。しかも海水が小屋の裏側にまでまわりこんできたではないか!これはかなりまずい!ともう一度車を移動し、できるだけビーチの奥の方(内陸側)へ。このビーチリゾートのオーナーの小屋の前にとめ、とにかくおさまるのを待つことに。さっきまでのパラダイスはいまや水浸し。優雅に浮かんでいたカタマランも大揺れしているのが見える。しばらくするとのビーチのオーナーがやってきて、「ボートを引き上げたいのだが手を貸してくれないか」という。どうやらここに住んでいる人にとっても非常事態らしい。。。
1時間後、ようやく雨、風がおさまった。また月が現れて嵐がうそのよう。とはいえ、あたりは水浸し。オーナーの家の横にテントをはってとりあえず寝た。きれいなビーチ、なめるべからず。
(写真:翌朝のビーチ)

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メキシコ国境越え

ついにサンディエゴからメキシコ国境まで来た。今までは慣れている国だったので楽だったがここからは違う。気を引き締めて。。と思っていたが、早速国境越えからハマった。

メキシコに車で入るには、Tourist Card、Temporary Importation of Vehicle Permit(旅行者が車を持ち込むための許可証)、さらにメキシコの保険が必要。国境にいろいろとオフィスがあるとは聞いていたが、まず目に入ったのが「Auto Insurance」の看板。早速そこで止まってAIG Mexicoの保険を購入した。紙っぺら一枚なので「こんなんで大丈夫かなー」といいつつ、再び車に乗り込み、そのあと、メキシコの入国管理ゲートを通るのかと思って車を進めたのだが、気づくとハイウェイにのっていた。え、もしかしてすでに通りすぎたのか?ゲートらしきものは何もなかったが。。。 書類はちゃんとしておかないとあとで面倒なことになるときいていたので、仕方なく国境まで引き返し、なんともう一度アメリカに入国してからUターン。とほほ。。。 

どうやらメキシコは入るのは自由らしい。。 まじめな入国者は自分からオフィスに出むかないとスタンプも押してもらえないのだ。もう一度メキシコのボーダーらしきところを越えて車をとめ、きいてまわると、どうやらTourist Cardは端の方のオフィスでもらえることがわかった。そしてVehicle Permitはそこから5分くらいいったところに事務所があるという。さらに私たちはアメリカの出国カードも再入国の際に支障のないようにきちんと処理したかったので、歩いてわざわざ反対側のアメリカ入国管理事務所へ行き、出国カードを渡してきた。出国カードを作るなら、出国時に言われなくても回収してくれよぉ。ふぅー これでやっと事務処理終了。国境越えに3時間あまり。みなさんも陸路のメキシコ入国にはお気をつけて。

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ゲティー・センター

ロスの友人宅の居心地が良くて、長居の予感がしている私たち。なんせ、久々のベット、タオル(いつもは水泳によく使われるセームを愛用)、食材も豊富、おまけに24Hネット環境ときているから仕方ない。
今日は、前から行きたかった美術館があることを突然思い出し、ゲティー・センターに行ってきた。ここは、石油王ジャン・ポール・ゲティが残した莫大な基金をもとに、1997年12月、10億ドルの費用を投じて建設され、ゲティの集めた絵画や彫刻などが展示されているところ。

美術品については、私の好きな19世紀後半~20世紀のコレクションは少なかったので、あまりコメントできないが、何よりも感激したのが、その空間の演出。

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建物の設計はリチャード・マイヤーというアメリカの建築家で、他にバルセロナ現代美術館などを設計している。海と街を見下ろすマリブの丘の上に白い建物と花の咲き乱れる庭園、そして青い空。美術館の他、研究施設、庭園、カフェ、レストラン、ピクニックエリアなどが併設されていて、一日中ゆったりくつろげる。
ゲティ氏の意向というが、入場料はなんと無料! 駐車場代が5ドルかかるのみ。(ちなみに駐車場からはモノレールで丘を登るようになっているので、美術館付近では車の音がきこえない)

こんな素敵な空間を個人的につくってしまうアメリカの大富豪はやはりスケールが大きい。。。

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ユタの一日

ユタは砂漠気候。夏の昼間は、信じられないくらい熱く、乾燥している。息を吸うと熱風で苦しいくらいだ。昼間に車で移動したり、トレイルを歩くのは苦痛なので、じっとしていることにしている。しかもキャンプ場にもあまり木がないので、シートで影をつくって、その下で本を読んだり、寝たり。。 この日、時計で日なたの温度を測ったら52度を記録。ひょえ~
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そのかわり、朝いちと夕方のハイキングは気持ちいい。朝日、夕日を浴びて赤くなる山々が見られたり、涼しいうちに行動する小動物たちがいる。(私たちも同じ) 
そして夜には満天の星空! 夜は涼しいが寒いほどではないので、アーチース国立公園では、テントを張らず、シートの上に寝袋をしいて、星空の下で寝た。

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コロラドで露天風呂

コロラドの友人ケビン宅からユタ州への移動途中、ケビンに教えてもらったHot Springsに寄った。名もないこの露天風呂、道路沿いの駐車場からケモノ道をちょこっと入ったところにある。もちろん脱衣所も何もないし、男女に分かれているわけでもない。北米のちゃんとした(お金を払う)Hot Springsは、水着を着て入るが、ここはそんなルールも何もないので、みな男女かまわず裸ではいっている。
日本とは全く違うユタの景色を見ながらの露天風呂。いい湯でした~
IMGP1412.JPG

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コロラドトレイル

イエローストーン&グランドティートン国立公園から一気に南へ下り、コロラドのスキー場の近くにある友人宅へやってきた。
スキー場があふれるコロラドでは夏はマウンテンバイクが盛ん。私たちも早速マウンテンバイクをレンタルして、人気のコロラドトレイルを17マイル走ることにした。
ちょっと上りがきついとはきいていたが、スタート地点ですでに高度3000M、そこから3500M近くまでのぼるとは知らなかった。。。 

日本では整備されたMTBトレイルはあまりないので、そもそもそんな長距離は初めて、もちろんそんな高度も初めて、そしてこんな上りも初めての私(慈芳)にはかなーりきつかったが、上りきったあとの眺めは最高! こんなトレイルがあっちこっちにあるコロラド、うらやましい。

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ロッキーでダイビング?

今日はカナディアンロッキーのバンフにあるLake Minewankaというところで午後ちょっとのんびりした。
ここは釣りやカヌーが盛んな湖なのだが、驚いたことにダイブフラッグ(ダイビングしている場所で居場所を知らせるため水面に出す旗)を発見した。湖水は、10秒も脚をつけると冷たくて飛び出してしまうくらいのフリージングな水温(泳いでいる人もいるが)。
こんなところで何がみられるのだろう?? ダイバーの私としてはもぐる気はしないが興味津々。案内をみると、どうやら透明度がよいのと、ニジマスなどの魚がみられるのでけっこうポピュラーらしい。ただし、「冷水でトレーニングできているダイバーのみ」だって。そりゃそうだ。ログブックに「カナディアンロッキー」と書きたい方はトライしてみては?

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駐禁

駐禁やってしまいました。バンクーバーで。。。
久々の大都会、とりあえず、Visitor Centreへ行こうとパーキングメーターに車を停め、15分ぶんだけしかコインがなかったのだが、「ま、すぐだから」とそのまま車を離れた。先にクルーズターミナルをちょっと見て、そのあとVisitor Centreへ。するとなんとユーコン川下りで会ったスイス人が偶然となりに! 再会にひとしきり盛り上がった後、車に戻ったら、張られていました。小さなカードが。
日本ではパーキングメーターでちょっと時間超過したくらいでは取られないので、油断していたらここでは違いました。
そして、びっくりしたことに、なんとインターネットで罰金が払えるのです。感心している場合ではないけど便利。ちょうどネットカフェに行く予定だったので、ネットで支払い終了。

images/IMGP1003

これで旅先の駐禁は、アメリカ2回、オランダにひきつづき4回目となりました。(慈芳の場合)

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BC Ferry再び

Vancover Islandから本土へ再びBC Ferryに乗った。今回は予約もいらない定期便。バンクーバーへ帰る車が何百とならんでいる。こんなに入るのかなーと思うくらい。
BC Ferryがかなりしゃれた船であることは前回(7/12)書いたが、今回は新たな発見。なんと一人ひとり仕切られた電源つきPC Deskが。(写真をみる) いつも電源を探している私たちのような輩には願ったりかなったり。(少数派だろうけど) さすがにWirelessゾーンではなかったが、きっとそのうちつくのだろうな。

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BC Ferry

今日は、Vancoverの西にある大きな島Vancover Islandへわたるべく、初めてカナダのフェリーにのった。(BC FerryのBCはBritish Columbia. バンクーバーのある州の名前)
15時間くらいのることになるのだが、アラスカのフェリーと同じく、船内では様々なプログラムが催される。映画が子供、大人用各2本ずつ、アーティストの講演など。講演の方は今回昼寝中だったので、内容はよくわからないのだが、ラウンジの端に "Artist on Board"のコーナーがあって、絵がいっぱい飾ってあった。

BC Ferryで感動したのは、なんといってもデザイン。カフェテリア、ダイニングルーム、ラウンジのインテリア、船内の場所を示すサインにシャチやアザラシが使われているところなど、私好みというのもあるけどかなりセンスが良かった。残念ながらあんまり写真はとらなかったのだが、雰囲気だけはこちら → 写真: ラウンジでの映画上映船内の仕切りに使われている擦りガラスのデザイン

午後から晴れてくると、多くの人がサンデッキへ。ホワイトニングが主流の日本と違って、欧米人は日焼けがお好き。太陽の位置が変わるのにあわせてみんなそろって椅子の向きも変えていて面白い。写真:日にあたる人々

フェリーライフ、こちらではなかなか楽しいものだ。

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クマ三昧

今日は、サケをとりにクマが来るというAnan Creekというところにいってきた。ここには、US National Forest Serviceが設置した観察台があり、そこからクマを見物できる。ボートか飛行機でしかいけず、公共交通手段はないので、高くついたが、そのかわりクマ+白頭ワシを堪能できた! ブラックベアとブラウンベアがかわるがわるサケをとりにくる。2種のクマが同じテリトリーにいるのは世界でもめずらしいそうだ。クマはボート乗り場から観察台までのハーフマイルのトレイルにも良くでてくるらしく、ガイドはライフル(使ったことはないらしい)とクマスプレーをもっている。水辺に来て一発でサケをしとめる奴、まだ小さくってなかなかとれない奴、獲ったと思ったら他のクマに追いかけられてサケを落とす奴、見ているだけだと、とてもかわいいけれど、やはりトレイルでは会いたくない存在ではある。
Ananのレポートはこちら

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初のヒッチハイク

(6/27から続く) さて、バウンダリーについたは良いが、ここからが正念場。ここはイーグルよりさらに何もないところ。ここでヒッチハイクできなければドーソンへはたどり着かない。ここにくるまでの道が山火事で夜中の12時以降なので、ここを車が通過するのは2時か3時と予測し、どきどきしながら早めにテントへ。
夜中、予想通り、2時半くらいから車が通り始めた。最初、拓だけテントから飛び出ていって、ヒッチハイクにトライ。どうやら断られた模様。やはり夜中に男一人じゃあやしいからひろってくれないのだろうと、今度は二人で立ってみる。何台かは素通りされ、2台くらいとまってはくれたが、乗れないといわれた。やはり、国境手前でのヒッチハイクは昼間でも難しいはずだ。まずい。。 山火事の煙の中、わざわざ来るのはそう何台もいないからこのままだとだめかもしれない。。 10台くらい通っただろうか、そのあと車が来なくなった。やっぱり難しいんだなー ヒッチハイクって。。  ジェニファーとも相談、最終手段として、国境まで歩き、そこでもう一度トライすることに。国境は朝8時からしかゲートがあかないので、ここを通った車はゲート前に車が列をなしているはずなのだ。
朝5:30に起き、荷造りして6時に出発。国境まで4マイル(6.4km)。バックパックやら水やらズタ袋やらをもって必死に歩く。なんせ、カヌーにのっていたので、コンパクトに荷物はまとまっていないのだ。国境まではずーーっと上り坂。ぜいぜい言いながら、もうちょっともうちょっとと歩く。。 車買ったのにヒッチハイクするとは思わなかったなぁ。。。写真(国境をめざすヒッチハイカー)
8時20分前くらいにゲートにやっとたどり着き、早速一番前の車から交渉。やはり、さっき断られた人はウンとは言ってくれない。ただ、そのあとラッキーなことに3台目のRVに乗っていた夫婦がなんとかのせてくれるといってくれた!! とっても人のよさそうな夫婦。よかったー!
国境からドーソンまでは70マイル、RVの簡易シートにのり、楽しくおしゃべりしながら1時間半でついた。
いや、今日はけっこうタフな一日だった。。 ユーコン川を下るときは、山火事情報にご注意を。

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さよならイーグル

(6/26から続く) イーグルの掲示板に貼紙をして2日目。顔をあわせる人がみな、「ドーソンへ行くのか?」と聞いてくれる。が、実際にいく人はやはりいないみたい。。 けっこうあきらめかけて、グローサリーストアの前の「社交場」で話をしていたら、たまたまとなりに座ったおじさんが「バウンダリーまでならいっても良いよ」という。バウンダリーは、イーグルから100マイルくらい、カナダとの国境から4マイルほど手前の町で、国境を越えた最初の町は私たちの行きたいところ、ドーソンシティ。。つまり、そこを通る車のほとんどすべてがドーソンへ行くということだ。「いつ行くのか」というと「今晩でいいよ」というので、「じゃあ、つれてってください」とあわてて準備。一緒に川を下ってきたカナダ人の女の子も道連れに。ピックアップトラックのうしろに3人で乗り、バウンダリーまで2時間弱の山道を砂埃がもうもうと上がるのを見ながらジェットコースターライド。(おじさんいわく、アメリカNo.1のジェットコースターライドだそうだ。) 下りは前が見えないだけにけっこう怖い。。
途中、山火事の煙があちこちに見え、消防士のキャンプ地を通ったりした。やはりまだまだ燃えている。夜8時ごろ、バウンダリーの町についた。町といっても1家族がやっている1軒のストアとキャビンがあるだけ。おじさんは私たちを送って30分くらい休憩したあと、家族の待つイーグルへ帰っていった。ヒッチハイクというか、単に送ってもらったというのが正しい。。。 
写真(イーグルへ帰るおじさんのピックアップ)
なんとか感謝の意のかけらでもとガス代くらいはとキャッシュを差し出すが、「金はいらねえよ。」と。そうだった、このおじさんはいまなお金鉱を掘ってる粋なおじさんだった。

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山火事がこんなところで。。

ユーコン川を下って4日目、やっと目的地イーグルにたどり着いた。イーグルは再び国境を越えたユーコン川沿いのアラスカ州のとても小さな町。3時間くらいうろうろすると町中の人に顔が知れている。まともなレストラン(といってもファーストフードが主)は1軒、グローサリーも1店、グローサリーの前にベンチと掲示板があるのだが、そのあたりが皆の社交場。税関の陽気なおじさんもよくそこにきて、いろいろとしゃべっていく。
ここからは出発地のドーソンに戻るには、普通ユーコンクイーンという一日一回出航しているボートに乗る。ところが、ボートはなんと運休中だった。。。知らないうちにユーコン付近で山火事が多発しており、煙で視界が悪いため、ボートは動かず、ハイウェイは夜中しか通れないらしい。(夜中は気温が低いため) ボートはいつごろ再開するのかきくと「うーんわからないけど7月のはじめじゃないかなー」と税関のおじさん。もしかして一週間この小さな町に缶詰か!? 
しょうがないので、とりあえず残された唯一の手段、ヒットハイクで陸路を戻ることにした。が、そもそもイーグルにはカヌー以外でそんなに人は入ってこない。。しかもこんなときにわざわざ煙をかいくぐってイーグルまで来て、しかもドーソン方面に行く人ははたしているのだろうか。。。
だが、それしか手段がないので、とりあえず、町の掲示板に貼紙をした。「ドーソンへ行く方、のせてください!!」 写真(町の社交場で情報収集する旅人たち)

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ユーコン川

昨日フェアバンクスからカナダのドーソンシティまで移動してきた。ドーソンはユーコン川のほとりにあるゴールドラッシュで栄えた町。道のりは400マイルほどあったが、途中山火事のため、かなりの範囲で空に煙が広がっていた。まだ炎もでているところもみえた。ひどくならないといいけど。。
朝は雨が降っていたので、昼過ぎから用意をはじめ、午後4時に出発。カナダ人の女の子ジェニファーが一緒に行くというので、2艇のカヌーでいっしょにいくことにした。
いよいよユーコン川の川くだり!岸からみるとけっこう流れは速くみえるが、大丈夫かな?

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ユーコン川くだりについては、美ら地球回遊記 ユーコン下りレポートにアップする予定なのでそちらをチェックしてね

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いざデナリへ

いよいよおんぼろターセルでアンカレッジ出発。一応Quick Lubeでオイル交換などしてもらったので、ターセルくん順調である。デナリ国立公園はアンカレッジの北、370kmほどのところにある。が、今回はKurtたちに進められた道を通るため、遠回り。その名も「デナリ・ハイウェイ」。アンカレッジから東のほうをぐるっと大回りする感じだ。100マイルくらいは何もないから、ガソリンはたっぷり、水もいっぱい持って行けといわれた。ハイウェイとはいうものの、行ってみてわかったが未舗装。走ると砂埃があがるような道を行く。パンクしたらどうしようかとヒヤヒヤ。でも景色は最高。あっちこっちに氷河がみえていて、いかにもアラスカというドライブを楽しめた。やっと舗装道路にでるとデナリまではあと20マイル。しばらくするとデナリの看板が見えた!北米で一番行きたかった場所デナリ。(慈芳の場合) マッキンリーには会えるかなー。

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