飛騨民家お手入れお助け隊を実施します

来る11/8に飛騨民家のお手入れお助け隊なるイベントを実施します。
飛騨に決めた理由のひとつとして、やはり飛騨の匠によって建てられた民家とその周囲の景観というものがありました。飛騨をはじめとした原風景での営みは、住民にとって、日本にとって、これからのライフスタイルにおいては間違いなく大切にされるべきものだと僕らは信じています。
飛騨への移住を決めてから、ほぼ3年。この間にも多くの民家が取り壊されていく現状を指をくわえてみている以外のことは今までできていませんでした。

ようやく、飛騨の原風景とそこでの暮らしを継承するための動きに着手することができました。10月より、飛騨の民家の実態調査と飛騨民家のお手入れお助け隊活動を始めました。
現実は決して楽観できるものではなく、老夫婦だけの世帯となり、大きすぎるようになり手入れもままならない状況や、しばらくすると取壊し、というような世帯は、これからさらに増えてくると考えられます。
ヒアリング調査などの活動を通じて、お住まいの住民の方にその素晴らしさを再認識いただくとともに、お手入れが困難であれば、みんなでお手伝いしましょうという趣旨の活動です。

都市部在住の方も含め、ほぼ定員に近い方が名乗りを上げてくださいました。まだ、若干名の空きはありますので、ご興味のある方は、下記リンク先の情報をご覧ください。
また、レポートをアップします。
活動の詳細はこちら。(拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

地域の恵みを分け与えていただく

「田舎」での暮らしには、自分で作る野菜の他に、周囲の様々な方から「恵み」を分け与えていただくことが少なからずある。
有難いことに、僕らのような、地域の人付き合いの仕方も何も分かっていない世帯にも温かく恵みの分配が届けられる。

先日、いただいたのが梅。木から取ったばかりの梅がみかん箱半分くらい届けられる。「ウチもいただいたんやけど、多すぎてなぁ~」との声に、遠慮なくいただくことに。

早速、予定を変更して、ネットで調べて、梅ジュース、梅酒づくりに挑戦。
頭の片隅に浮かんだのがどこかの飲み屋で飲んだ黒糖梅酒。普通に氷砂糖で漬けるのも面白くないので、黒糖で漬けることに。


好奇心旺盛な娘はもちろん、これに参戦。梅を水洗いし、祖母宅からもらってきたザルに梅を広げて乾燥させた後は、効率を良くする為にフォークで梅をつつき始めた。子供の頃、ウチで梅ジュースをつける際に梅に穴をあけた記憶があり、それをやってみた。
梅をビー玉のように転がしたり創作的な遊びも生み出すが、見よう見まねで作業もちゃんとやってくれる。こんなことをやっていると、どんなおもちゃでも、それって子供からすると親から与えられた、まさしく「子供だまし」でしかないのではと思ってしまう。

ジュースにしても炭酸飲料にしても、我が家では買い与えられなかったため、自家製の梅ジュースよりコカ・コーラやら濃縮還元という魔法を使った100%ジュースのほうがよっぽどカッコよく、手を出したいと思っていた幼少時代が自分にはあったが、今は、むしろこんな天然の恵みを自らの手で加工することに喜びを感じるのは、単に自分が年を食ったのか、それとも世の中が変わってきたのか、どちらなんだろうか・・・。
きっと、これはどちらかではなく、両方なんだと思う。

あと、一週間ほどで飲めるはず。乞うご期待(拓)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ちゅらぼしファーム 進捗状況 -7月-

家族不在の4月後半よりファームマネジャーとスタートしたちゅらぼしファーム2009。昨秋に植えたニンニクを6月下旬に収穫。本によると5月中旬頃からが取り頃と書かれていたので、5月上旬にチラ見したら、昨秋に埋めた一片のニンニクと全く変わらず。焦りまくって、肥料を投入し、近辺の畑で収穫される時期を見ながら、収穫。


マズマズでないですか?
ニンニクは、日常食べるニンニクをそのまま一片づつ土に埋めれば、収穫期にはまた六片に成長しているというしくみ。
とはいいつつ、このニンニクが高い。6片ニンニクふたつで800円近くした。毎年、作物を食べきらずに徐々に増やしていくことが大切なのかもしれない。

もちろん地域の慣わしに準じ、デキの良い順に地主さまやご近所に差し上げる。3つのニンニクを植えたので、大小ふくめ、18このニンニクを収穫。

その後、春から植えた作物の生育が悪い。理由は二つ考えられる。
1.直播きした(周囲は当たり前のように苗を植えていた)
2.肥料が少ないのか

タネのほうが苗より安いとのファームマネジャーのアドバイスにより直播きを決行(ポットで苗を作っても良かったのだがそれもせず・・・)。周囲の畑はウチの種まきより遅いタイミングで苗を植えたにもかかわらず、トマト、ナスは立派なものができているが、ウチのナスは葉っぱが10枚以下と惨憺たる状況。。。
先週末に、生育しないナスやらキュウリを引き上げ、打ちなおした。


一つだけ成長したキュウリの初収穫。(写真は先日、引き上げたファームマネジャー)

うーん、去年、順調に作物が取れたのは、僕らの成果と言うより土が良かっただけとういうことか。
野菜作りは奥が深い。。。(拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

地域を守る、家を守る

今日は、朝から地域の行事。朝一番から河川敷の草刈と近所の側溝掃除。
朝7時からの草刈は、核家族での育児中という勝手な言い訳をさせてもらい、欠席。
(去年は出席したが、えらい人手で、今年は失礼させてもらうことに。内緒ですが・・・)
8時前に畑から長靴を持ってきて、側溝掃除部隊に合流。

この側溝掃除は、地域の若者(といっても45歳まで・・・)の組織が行うもの。軽トラに積んだ消火用のポンプと消火栓を用いて、側溝に溜まっている土砂やゴミを処理する。
地域の若者が休日に地域を維持する為の活動を行う。素晴らしくないですか?

作業自体はそれほど難しいものでもなく、色々教えてもらいながら進めていく。その作業をしながら、
「そこの子はいまいくつになったな?」
「最近、仕事はどやな?」
と近所の同世代(?)のコミュニケーションが取られていく。これらのコミュニケーションは子供時代の祭りから育まれる。
すこしくらい年が離れていても「・・・ちゃん」やらニックネームで呼ぶ間柄で、新参者のボクにも温かく接してくれる。

午後も勢いで、家の中を掃除。3ヶ月くらい掃き掃除もしていなかった路地を掃除。。その後、ずっと気になっていた壁板に荏油(エゴマの油)で磨いてみる。永年放置されかなりカピカピになっていたので、今日は二枚だけ。
こんなに色が変わった。
あとは、継続的にから拭きをすれば、これらの板はさらに輝きを取り戻すはずだ。木の文化は素晴らしい。


(使用前使用後のようす)

200年住宅とかいう言葉が巷を賑わしているようであるが、内容はどうもイマイチな気がする。ウチのように100年使い続けている住宅を維持することを促進する制度があってもいいんではと思う今日この頃である。

いずれにしても、田舎暮らし2年生。いろんな面で少しづつこの地の暮らしがなじんできているのではないだろうか。(拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

お前、何屋や?

わが町古川のある居酒屋で地元のオジサマ方とお酒を飲んでいたひと時に、カウンターで飲んでいた別のオジサマが僕らの席に合流する。ひとしきり話が済んだ後に僕も何とか話の和に入ることができ、そのオジサマが建具職人であることを教えられる。
お互い酔っていたが、「明日、作業場に来るか?」と言われ、「行きます」と即答。このような縁は大事にしている(というか単に好きなだけ)。


翌日、作業場にお邪魔する。所狭しと並んだ匠の道具たち。
ボク:「かんなにもこんなに種類があるんですね。」
職人:「そんなもん、今の時代は使わんよ! そーいう時代やわな」
ボク:「そうなんですねー」

色々見せてもらった後に、ある作品が登場。高山のある料亭に納められた木の便器。どうせ作るならということで、当時、ひとつ余分に作ったらしい。
なかなか趣のある作品だ。
「オモロイやろ。でも、今の時代はこんな仕事ないよ。」「今は建具がいらん家ばかりになってしまってな・・・」

ひとしきり話をした後に
職人に「んで、お前は何屋やな?」と聞かれた。
答えるが職人には理解できない様子。コンサルティング会社勤務時代も祖母にも両親にも自分がどのような仕事をしているかを理解してもらことは難しく、まだ理解してもらえてないと思う。

この問い、簡単な問いではあるが、非常に人間の本質に迫る問いだと思う。自分は何屋か。誰にでも分かりやすくひとことで言えることばを捜す必要がある。ある企業の経理部に務めながらミュージシャンやってた知人は「経理マンとギター」という曲を書いていた。その彼も今は、経理スキルを活かして別の企業のマーケ部門のプライシング屋となった。企業人だとしても「自分は何屋か?」、この答えが見つけられない人は転職市場で自分を売り込むことは難しいのではと思う。夜に現在自分探し中の同居人にも投げかけてみると、明確な答えはでなかった。

「お前、何屋やな?」。この問いに自信を持って答えられる人はどれだけいるだろうか?(拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

どうなるのか 八ッ場ダム

今日の新聞に八ッ場ダムの訴訟に関する記事が載っていた。八ッ場ダム問題は、美ら地球回遊の一時帰国時にたまたま知って、ダムに沈む予定の川原湯温泉を訪れてからずっと気になっていたもの。
アウトドアブランドのパタゴニア「八ッ場あしたの会」に支援を行っている。

今回の訴訟は、八ッ場ダムの建設費を東京都が負担するのは違法として、都知事らに負担金の支出差し止めと既に支出された約162億円の返還を求めたもの。つまり、本来恩恵を受けるはずの首都圏の住民が、ダムはいらない!としておこしたものなのである。
判決は敗訴、つまりダム建設ストップへの第一歩とはならなかった。でも、新聞記事を読む限りでは、この判決は、東京都の支出が適当か否かを判断するもので、そもそもダムが必要か否かという問題とは論点が異なった裁判のようだ。ダム計画の見直しはやはり国が早急にやるべきだ。(知事から反対され・・という受身でなく・・・)

計画から57年、半世紀以上もこの問題に翻弄されてきた地元住民の胸中は計り知れない。もういまさら中止されても困るというのが本音かもしれない。

が、日本の美しい田舎を守って生きたい美ら地球的にはやっぱり不要なダムは大反対!である。
今の国交省大臣は金子氏。地元は飛騨高山。一度古川駅でお会いしたことがある。だからといって別に縁もゆかりもないのだが、走り出したら止まらないといわれる日本の公共事業の進め方を改革した行動力のある大臣として名を残してくれるといいんだけどな~

ちなみにご存知の方も多いと思うが、全世界的には深刻な水不足が予想されているところがほとんど。国を超えた水の取り合いが起こっている。水の需要は減少するかもしれないなんていう日本は例外的なのだ。
おいしい水を供給してくれる日本の自然環境に感謝しなくてはね。(慈芳)

| | コメント (2) | トラックバック (1)

ちゅらぼしファーム Year2009始めました

昨年から始めたちゅらぼしファーム。昨秋は予想外の大収穫に恵まれ、今年度も春が来たので、手入れを始めました。

(去年の秋に収穫した白菜と大根。地主が長年育てた土が良い以外にこんな収穫にありつけた理由はアリマセン。。)

二週間ほど前に畦を作り、今日は今年初の植え付け。同居人(ちゅらぼしアグリ・マネジャー)とともに作業をしました。今年は有機農法の本を買い、秋口耕しなおす畦、通年で育てる畦などを整理し、輪作障害等も考慮し、多年度の計画をエクセルとパワーポイントを活用し策定済み(自称IT農業)。少しずつ他品目の種を植えました。

今年は冬の間に薪ストーブで出た灰を畑に。循環型農業への一歩も踏み出しました。
写真右手は秋口に植え、雪の下で冬を越したニンニク。再来週あたりには今年初の収穫祭を予定しています。
果たして、今年の作況はどうなることか。乞うご期待!(拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

春来ちゃいました・・・

2月にしては暖かい日が相変わらず続いているが、今日はもう10度を越えるポカポカ日和。お隣の国府までお散歩に出かけた。
安国寺の境内で見つけたのは、ふきのとう!昨年 ふきのとうの天ぷらを食べたのは3月後半だったのに~。1ヶ月以上はやい・・・。


その後は、三休の滝までのハイキングコースをちょっとお散歩。真っ青な空。畑に残る雪はもうわずか。う~ん、最高に気持ちいいけど、もう本当に雪は降らないのかなぁ・・・。

畑ではすでに農家の方が準備を始めていた。ここはほうれん草をつくるビニルハウスだそうだ。やはり昨年より1ヶ月ほど早いが、もう雪解けだからねぇ、とのこと。
うちの畑もそろそろ準備開始かなぁ。(慈芳)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

慶應大学 学生支援GP最終報告会

昨年12月にSFC(慶應湘南藤沢キャンパス)にてミニ講義をさせていただいた一連の取り組み「学生支援GP」の学生による最終報告会がSFCにて開催され、出席した。

受講した学生の他、フィールドワークを受け入れた自治体や地域関係者とゲストスピーカーなどで関わったSFCの卒業生が出席していた。

小学校の中での子ども達のコミュニケーション能力を養うライフスキル養成プログラム、宮古島での農産物の産業化の考察など、興味深い提言が行われていた。

最近、インターンシップの学生やこういう場において学生に出会うことが増えてきたが、いつも驚かせられることは、学生の真剣さとクオリティの高さである。
自分自身が大学ではこれぽっちも勉強をしなかったバカ学生であったので、比較するほうが間違いかもしれないが、プレゼン能力や他のスキルを含めて、「使える学生」が多くいると感じる。コンサルティング会社勤務時代には社内外の新人研修などを担当したが、彼らと比しても肩を並べられるような2、3年生も少なくない。

また、彼らの興味の対象が地方の活性化であったり、地域貢献または、持続可能性など僕らの時代では考えられないようなテーマにも多くの目が向いている。

これからの地方部の活性化にはこのような若い行動力のある人材の如何にうまく取り込むかがキーとなることは、自分自身が地方に身を置いてからヒシヒシと感じるようになった。

本取り組みも始まったばかりで課題もあるが、都市部のエネルギー・知恵・センスが地方部の可能性を現実にする原動力となる取り組みとして発展することが期待され、また自分たちもそのような流れを大きくしていかなければと実感した。(拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

南部オーストラリアの熱波

1月末、南部オーストラリアでは記録的な熱波が襲ったという。
(参考:「豪南部で100年に1度の熱波、死者30人 山火事も」)

ちょうど12月に私たちが訪れた地域だったので、びっくり! 
だって、私たちが行ったときは夏に入ったというのに肌寒いくらいだったのだ。ちょうど南部のアデレードからメルボルンまでキャンプしながら移動していたのだが、朝は寒いので、子供には薄手のダウンを着せたり、レッグウォーマーをはかせたり。朝晩は冷えることもあるときいていたのだが、昼間も雨がちで肌寒いくらいだった。半そでを多く持っていったのに、私なんかほとんど長袖・長ズボン。暖かい寝袋にしてよかったねぇ~と言っていたのだ。
それが一転、熱波とは・・・

温暖化はより激しい気象をもたらすというが、このようなニュースをきいているとほんと怖くなる。
みなさんの地域は大丈夫ですか~? (慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ポタポタポタ・・・

ここのところ、雪国飛騨にしては暖かい日が続いている。家にいるとずーっと「ポタポタポタ・・・」と屋根の雪がとける音。昼間ならまだしも夜になってもポタポタがやまない。4日間ほど関西に帰省していたのだが、その間も雪はふらなかったようで、うちの前の道にも全然雪なし。
降ったら降ったでもちろん大変だけど、1月にこんなに雪降らなくていいのかなぁ。

気象庁のサイトで調べてみたら、高山の過去30年の平均最高気温は3度。今、外の温度計は7度。古川は高山より更に寒いはずなので、だいぶ暖かいことになる。

冬は冷蔵庫に入れずに外においている食べ物もけっこうあるのだが、こんなに暖かいとそれも不安になってくる。昔から漬物や野菜など冬は外で保存して春まで持たせる食べ物はいっぱいあるはずだが、温暖化が進めば、そんな暮らしもままならないということだ。

今年は特に暖冬というし、ここの人にきけば「今年は雪が少ない」ときく。でも昨年もそうきいたような・・・ 

「今年は雪が少ないね」「暖冬だ」といっているうちに、じわじわ温暖化が進んでいるのではという気がしてならない。(慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

歌舞伎座と長瀬旅館と小学校と・・・

COURRiER Japon (クーリエ ジャポン) 2009年 02月号 の「世界から見たNIPPON」コーナーに、「なぜ日本人はあの歌舞伎座をいとも簡単に取り壊すのか」(from 英BBCニュース)という記事がのっていた。

東京銀座の歌舞伎座は、入ったことはない(もしかすると中学の校外学習で行ったかも知れないけど、覚えてない・・・)が、華やかなビル群をぬけていくと、突如銀座ではもはや異色となってしまった古い建物が現れて、はっとしたことがあうのを覚えている。取り壊しの件は以前から知っていたが、この記事を読んで、いかに欧と日本で古い建物に対する意識が違うか、そして「新しい」「便利」を追求する日本で伝統的建築物を残すのがいかに難しいかを再認識した。

昨日は、高山で「二十四日市」というのが開かれるというので行ってみるついでに長瀬旅館を見に行った。長瀬旅館とは昨年11月で250年の歴史に幕を閉じた老舗。

期待通り、いやそれ以上の立派な建物で、玄関の格子の隙間からのぞいてみると(勝手にごめんなさい)、中も相当素敵そうだった。長瀬旅館は伝建地区にあるので、建物は保存されると噂にきくが、使われてこそ輝く建物がまたひとつ博物館化するのは寂しい限りだ。

ちなみに、「二十四日市」の方は正直期待はずれ。昔は、旧暦の12月24日に開かれる歳の市で、正月用品の買出しでにぎわったというが、今は全国どこでも見られる的屋が連なる中に、飛騨の食べ物屋台がちらほらあって、さらによく見ると、有道しゃくしや小屋名しょうけ(2つとも高山市久々野町の民芸品)のテントがかろうじてある感じ・・・

さて、銀座、高山ときたが、最後にわれらが飛騨市の話題を。以前築300年の民家が消えたことをお伝えしたが、今回は嬉しいニュース。畦畑という集落にあった木造校舎の小学校が飛騨市文化財第1号となった。(参考:中日新聞記事

この小学校も実は噂にきいて以前見にいったことがあっただけに、良かった~!でも合併から4年以上たって第1号か・・・ これから続々!を期待しよう~ (慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第2回 伊勢・三河湾流域圏ESDフォーラムにて発表します

きたる1/25に中部大学にて開催される第2回 伊勢・三河湾流域圏ESDフォーラム― 生物の多様性と文化の多様性をめざして ― にお呼びいただきました。

【日時】2009年1月25日(日) 9:30~17:30
【場所】中部大学50号館
【主催】中部大学伊勢・三河湾流域圏研究会、中部ESD拠点推進会議
【お問合せ】中部大学総務課 電話 0568-51-1111 担当:永田

現在、構想中の今後の動きについて簡単にお話させていただく予定です。

ご興味のある方、お近くの方は是非お越し下さい! (拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

リユース水屋、本棚になる

入居した時から、蔵に置いてあった水屋。扉がなく、棚にでもして使おうかと言ってからはや一年。埃をかぶり、蔵で物置台となっていた。日本家屋は備え付けの収納スペースが全くないので、家具を入れる必要があるのだが、お金もないし、なかなか気に入るものもないので、そのままになっていた。
並べたい本も多くあり、助っ人も来てくれたので、「ヨシ、今日やろう!」と今日やることにした。

引っ張り出した水屋は、触ると手が真っ黒になるほど埃をかぶり、引き出しを取り出すと、ガタ、ガタと木の部品が落ちてきた。
落ちた部品を見ると、「岐阜県平民・・・」と書かれた木片。何かの木を再利用しているのか・・・。この木は何なんだろうかと助っ人と盛り上がる。

乾拭き、水拭き、掃除機でゴミを取り、壊れた引き出しを修理して、徐々にその姿に元気が出てきた。
最後にエゴマの油で磨きをかける。この辺りは家の柱などはくるみか荏油で磨くそうな。
見る見るうちに水屋ちゃんが輝きを持ち始めた。

搬入を終え、さっそく民家系の写真集やらを並べてみた。リユース水屋で我が家が彩られた。
この水屋にはもうひとガンバリしてほしい、あと100年ほど。(拓)


(搬入された水屋とともに、満足感に浸りながら酒を飲む助っ人)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オーストラリアで目についたネタ1 -アデレード空港-

12月のオーストラリア遠征のなかから、自分たちの備忘録をかねていくつか気になったことを少しづつブログで紹介して行きます。美ら地球回遊記では旅先でリアルタイムに書いていたが、さすがに今回はそこまでする予定はなかった。


まずは最初に降り立ったアデレード空港にて、そのデザイン性の高さに感心と妬みを覚えた。
オーストラリア産の木であろう木材を多く利用し、かつシンプルな機能的なデザインに、「かっこえーなー・・・」。
日本には多くの空港や公共施設があるが、このように、地産や高いデザイン性を持った建築物はどれだけあるのか。いま工事中の渋谷駅が安藤忠雄がデザインしていると聞いた記憶があるが、日本全国を見回して「ここかっこいーなー、使いやすいなー」というような施設があるのだろうか。自分が行ったところではそのようなところは頭に浮かんでこない。

日本人で優秀なデザイナーもたくさん居るはずなのになぜこうなるのだろうか。発注者側、すなわち仕様を決定する側に問題があるということか・・・。

先日、ナショジオチャンネルで北京オリンピックの広報館のデザイン・建設プロジェクトのドキュメンタリーをを見たのを思い出した。如何に使用した材料の徹底したリサイクルできるようにするかなど環境に配慮しつつ、高いデザイン性を持たせたパビリオンを建設するヨーロッパのデザイン事務所と中国の建設会社の苦労をまとめたものであった。

最近、我が飛騨市には建設中の図書館の外観が目に見えるようになった。旅行者用の公営駐車場の横に立つこの建物は飛騨古川の古い街並みから徒歩2分。
残念ながら、飛騨の匠の里に建てられたこの建物も「かっこえーなー」という感覚からはほど遠い。。。(拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

雪景色の種蔵。冬支度が進む

(日干しされるネギたち)

今日は、ある知り合いが名古屋から遊びに来てくれたので、種蔵と角川に行った。三日ほど降った初雪はもちろん種蔵の集落も白く覆い、人々は大急ぎで冬支度を進めていた。
あるお宅は雪囲いを、ある家庭は野菜の保存をと。何度かお邪魔しているおかげで、顔を見ると、「こりゃまた、よう来てくんなはった」と温かく迎えていただく。

家の前にたくさんの白菜が転がっていたので、白菜の保存法について聞くと「白菜はな。ここらでは、ちょっと干してそれから新聞紙に包んどくんや。」と。
さっそく、雪に埋もれた僕らの白菜も明日にでも収穫して、日干しにしよう。

種蔵のメインストリートもこのように真っ白。ここからの景色を知人に見せたくて、滑りながら歩いてみた。

早く冬支度を完了させないと。しかし明日もまた別の知人が来てくれる。でも、冬もすぐにやってくる。自然との付き合い方が今まで以上に重要になっていることを感じる今日でした。(拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

取り壊された民家のあとに

7月にたまたま取り壊し現場に出くわし、臼と階段をいただいた家の近くを通りかかった。(過去ブログ参照

取り壊す前の家はこれ。

新しく建った家はこちら。

このブログを読んでる方はどのように感じられるだろうか?(拓)

| | コメント (6) | トラックバック (0)

飛騨の遊び場を求めて -2-

かねてから試してみたかった古川・河合サーキットを朝から実行した。古川の町家界隈をスタートし、郊外の農村部を走り、隣町の河合町までの周遊ルートである。
少し行って湯峰峠という古川町と河合町の境の峠を越える。トンネルを越えたところで、温度計を見てギョッとする。


朝からけっこう寒いなーと思ったが、まさか0℃とは。。。ずっと登りなのでハイポサーミア(低体温症)にはならないだろうとは思いつつも足と手の先はしびれかけてた。

農作業の準備をしている方より「今日は一番冷え込んだな。霜が降りたな、今朝は。これでえーんや。これで木から葉が落ちて冬の雪に備えられるんや」と教えてもらう。


しばらくすると念願の朝日が集落を照らし始めた。これほどお天道様のありがたさを感じたのは、2005年、パタゴニアのトーレスデルパイネで初日の出を待つとき以来であろうか。
朝日が照らす紅葉した山肌は僕を元気付けてくれた。



そのまま集落を超え、陶芸家の家を横目に最後の峠を越える。旧街道の趣を残すグネグネ道を降りたら、ダム湖畔に出る。紅葉の斜面を楽しみながら下っていくと、脇からキツネが出てきて僕の前を走り始める。300mほど全力疾走していたので、なんとかカメラに納めたいと思ったが、間に合わず。

800年の歴史を持つ山中和紙の職人が住む有家(うけ)など、小鳥川沿いの集落を眺めながら、河合町の中心部、角川集落に到着。その距離だいたい30km。寒さを除けば素晴らしいバイクライドであった。
JR高山本線角川駅の駅舎にて暖かい缶紅茶を飲み、古川に向かった(拓)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

飛騨の遊び場を求めて -1-

別のプロジェクトが一段落し、ようやくやるべきこととして最も重要な仕事に取り掛かれた。それは飛騨市内の遊び場を探し、遊び方を提案する為の調査活動である。

部屋の中での仕事を終え、夕暮れどきにバイクに乗って飛び出した。今日は時間が限られているので、近郊のサイクリングロードへ。サイクリングロードといえど最近はまったく使われていないようだ。古川郊外の入り口からバイクをこいで紅葉の美しいパスを進む。

しばらく行くと、谷を降りるトレッキングポールを持つ初老の男性に出会う。バイクを停めて声をかけると近くの展望台まで歩いて戻るところとか。15年ほど前に岐阜から夫婦で移住した男性はこう言った。「このサイクリングロードで一度は自転車に乗った人に会いたいと思っていたが、アンタが初めてだ」と。貴重な存在に扱われ嬉しいような、ここが活用されていなくて悲しいような不思議な感覚を持った。


少し先に行くと、展望台への道らしきトレイルを発見。特に注意書きもないのでMTBでそのままトレイルを登っていく。しばらくすると古川盆地と背後にそびえる乗鞍を見渡せる展望台に到着。知る人ぞ知るスポットっぽい雰囲気が漂いまくっていた。帰りは一人でミニダウンヒルを楽しんで、本線に戻る。円空仏のお堂やら、ちょうどよい感覚でスポットがあるよくできたコースである。

ノンビリ一人で楽しんでいると、すぐ横の斜面よりキジらしき鳥がバタバタと飛んでいった。
このブログを見て、ここを訪れる人はかなりレアだとは思うが、行く人はクマ対策を忘れずに。

冬はスノーシューで歩けるのでは、今年の冬の遊び方も想像しつつ家に戻った。(拓)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

景観保全とサステナビリティ

先週の月曜日、愛媛出張の帰り道に伝建地区に指定されている内子町に立ち寄る。
鏝絵(こてえ)や鬼瓦など、ここの町並みの特徴に目を向けながらフラフラと歩く。
ノンビリしていて素晴らしいが、お土産屋が多く住人の気配がしない点が、なんだか味気なくも感じた。

そんな時に、ふと目に付いたのが、こちらの防水ホース入れ。
なんかの樽を再利用されているのか、もしくはあえて樽型のホース入れが作られたのか。景観的にも特に目立つことなく佇んでいる。

わが町飛騨古川もこちらの内子も古い木造の町家が並ぶ地域では防火は最も重要なテーマであり、各戸には当たり前のように防火バケツがあり、地域には消防団が組織されている。

我が家の表にも防火ホースがあるが、これ。
古臭くはあるが、明治や江戸の時代にこれがあったかと言われると少し・・・。

同行していた建築士が「古川の街なかの防水ホースのケースをデザインしてくれと頼まれているんだ。これ、いいな。酒蔵から酒樽の古いのとかもらえないかな」と。
僕は、「それ、最高です。それ、ぜひやって下さい」とけしかける。
その後どうなったか、確認をしなければ。

古いものリユースして、景観保全に活かす。
景観にも優しく、地球にも優しい、そんな取り組みが多く進められることを願う。(拓)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

築300年余の民家、消える

先日、ローカルな週間新聞「神岡ニュース」で、神岡にある築300年以上の民家が近く解体されることが決まったというニュースを見かけた。先祖は「片掛屋」の屋号で鉱山師をしていたという片山家。築300年以上とは立派な民家が多く残っている飛騨でも珍しい貴重なものだ。
「これは大変!!」と、拓が出張から帰ったら神岡の知り合いに連絡して、その家をなんとか延命すべく動こうと思っていた。ところがなんとあっという間に片山家は解体されてしまった・・・。 拓がたまたま出張で一緒だった市の職員にきいたら新聞に載って1週間もしないうちに解体されたとのこと。普通このような家の解体は事前に業者から市に相談があることが多いとのことで、外部の業者だったのかなという話だった。
読売新聞によるとどうやら富山の業者だったようだ。

見たこともない家ながら、それをきいて涙が出てきた。
もちろん、持ち主の方にはいろんな事情があるだろう。が、伝統構法の民家は壊したら最期。いくらお金をかけても二度と同じものはつくれない。民家の見直されている今、様々な情報網を使って買い手を探したり、維持管理にボランティアを募ったり、残したいという気力さえあれば、いろいろ方法はある。この民家の情報がもう少し前に入っていれば何かできたかもしれない・・・と思うと悔やまれてならない。
でも現在、民家保全活動に励んでいらっしゃる私たちの親世代くらいの方々は、戦後全国各地ですごい勢いで民家が壊されていくのを見てきたはずである。時代の流れがそうだったのだから、そっちの方が比較にならないほどつらかったんだろうなぁ・・。

美ら地球的には、飛騨の民家をひとつでも多く住み継いでいってもらうために、プロジェクトを立ち上げたいと思っているが、全くもって手がまわっていない状態である。でもその間にもこうやって壊れていく民家があると思うとそんな悠長なこと言っていられないかも知れない。早く始めなくては・・・。
民家の存続に興味のある方は是非力を貸してください。(慈芳)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

南予の古民家再生プロジェクト

出張で愛媛県宇和市の卯之町へ。
ここで素晴らしい取り組みのことを知る。

その名は「南予の古民家再生プロジェクト」。四国電力が中心となって地元工務店と共に進める古民家再生を推進する為のプロジェクトである。卯之町の通りにモデルルームがあり、古い町家をオール電化にして、古い家屋でも快適な現代人の暮らしができることを提案しているわけである。

古民家再生だけでも、失われつつある日本の伝統文化、伝統家屋の保存・利活用と言う面で意義ある取り組みといえるが、さらにそのモデルルームを地域活動の拠点としてスペースとして開放するなど、地域活性化の視点からもよく考えられた素晴らしいプロジェクトであると思われる。

建築士や工務店経営者の同行者と「飛騨の匠の聖地でも負けてはいられない!」と、戻ってからの具体的なアクションをその場で分担した。

我々ちゅらぼしはオール電化の重要性を理解しつつも、自らは一線をおいている。その理由は他の動物と我々人間の唯一の違いは炎を操るか否かと言われる。その唯一の違いを放棄することは人間として果たして正しいのかと疑問を持っているのである。
熱と炎は別モノと考えており、我々は炎にこだわっているわけである。
それゆえ、築100年の木造建築であるちゅらぼし拠点には、ガスコンロ、ストーブが備え付けられている。
お隣と壁を共有してピッタリと建てられている町家だけに、人一倍は火の元には気を使っていることは間違いないが、しばらくはこの方向で暮らしていくことを考えている。

日本人の伝統の暮らし、伝統の家屋が守られ、より身近な存在になることを祈り、また自らが動くことの大切さを再認識した。(拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

天生峠 紅葉ハイキング

飛騨市河合町に天生峠というところがある。白川郷との境になっている峠で、県立公園として保護されているので自然林が残っている。そこの紅葉がそろそろ見ごろだというので行ってきた。

実は2日前にも行ったのだが、ちょっと曇り空だったので、色づきを堪能できなかった。だから今日再トライ。車窓からの眺めだけでも2日前よりさらに色づいているのがわかり、わくわく。
しかも今回は、私たちに古川を紹介してくれた恩人とご一緒できるということで、さらに嬉しい。

うちの子も山道を歩くのは好きなようで、ベビーキャリーに乗せようとすると、「あるく~!!」と叫ぶ。でもさすがにずっと歩かせては何時間かかってもつかないので、途中なだめすかしてのせる。
 
(いっちょまえに杖を持って歩くうちの子)

天生湿原まではスタートから40分程度。まだまだトレイルは続くのだが、子連れではだいたいここまでだ。ここの休憩所で2日前にクッキーを食べたのを、うちの子はちゃんと覚えていて早速ねだる。
今日は青空と紅葉のコントラストが見事! 期待通りだ。

(色づく天生湿原)

普段は人の少ない天生だが、さすがにこの時期は平日でも団体が来ていた。皆すごい高そうなカメラにズームレンズをつけていて、ちらほら三脚をもっている人も。いつもこのような光景を見ると、日本人て特殊だよなーと思ってしまう。いつになっても海外で「日本人てカメラ首からぶらさげて団体で歩いてるよね~」と笑われても仕方ない。

それはおいておくとして、家から1時間弱でこんな景色に出会えるのはなんとも幸せ。だがこのあたりのブナも白川郷付近で猛威をふるっている虫(名前は忘れた・・)にやられているものもあるそうだ。木に巣くって枯らしてしまうという。それに温暖化が進めば、日本のブナ林は壊滅するという予測もある。天生が末永く美しくあることを切に願う。(慈芳)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ロハスデザイン大賞@新宿御苑展

雑誌ソトコトがやっているロハスデザイン大賞@新宿御苑展にいってきた。
休日に都心に出るなんてことはあんまりない私たちなんだが、なんで今日は頑張ったかというと、飛騨市からエントリーした山中和紙が展示されているはずだから。飛騨市からは何点かエントリーしてみたのだが、最終選考に残ったのが和紙だった。

丸の内線の駅からちょっと歩いて御苑の敷地内に入ると、木々に囲まれた小道はコンクリートの歩道とは対照的にひ~んやり。新緑の香りがして気持ちいい。柵のすぐ外にはマンションなどが立ち並んでいるのに別世界という感じだった。御苑は都会のオアシスとかいわれているが、たしかにそうかもしれないと思った。

会場につくと早速展示ゾーンへ。「えーっと山中和紙、山中和紙・・・」
「あったー!」
 
(山中和紙の展示)

山中和紙は、ファミリースケールというカテゴリに入っていた。(なんでかはいまいち不明・・)
説明を読むとさすが雑誌、キャッチーに編集されていて、感心 ↓

コウゾを雪ざらしで白くします
~中略~
飛騨紙のひとつ、山中和紙は、冬、素材となるコウゾを雪上でさらし、自然漂白して、紙を漉き上げる。
空気も風も冷たい雪の中での作業はけっして楽ではない。
そのため、この手法を今でも守り続けているのは、この山中和紙しかないという。
伝統に敬意を払って作られる和紙、大切にしたい。」

でもちょっと展示が地味だからみんな見てくれるかな~。自分のものではないものの、気になる。


(展示コーナーの雰囲気)

会場では、弦楽のミニコンサートなども開催されていた。芝生の上で弦楽というのもなかなか良いものだ。うちの子も意外と最後までおとなしく聴いていた。
会場には発電機が何個もあって、これ環境負荷高くないの?と気になっていたのだが、これはバイオディーゼルで稼動するジェネレーターだそう。さすが。
フードコートも徹底して、アースデイみたいに食器リユースとかしてくれれば、もっと感心だったのだが。ふつうにプラスチックゴミが出ていたところがちょっと残念。

何はともあれ、山中和紙。大賞は難しいかもしれないが、これを機会にちょっとは注目されるといいな~
(慈芳)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ゴリラトラッキング、アップされています

最近、移住・田舎暮らしネタが多かったので、久々にちゅらぼしネタです。たまに記事を掲載させていただいているEICネット上でご覧いただけます。

美ら地球ファンの皆さまは既にご存知の内容かもしれませんが、環境ネタとしてまとめています。
ご興味のある方はぜひご覧下さい。

いまならEICネットトップページからアクセスできます。
記事はこちらです。

他にも
南アフリカの国立公園
ンゴロンゴロ保護区とマサイ族の暮らし
ガラパゴス国立公園
があります。

移住して、核家族で乳児を子育てして、会社作ってと色々えらい大変ですが、こういう視点は保ち続けたいので細々とではありますが、やり続けています。
(というか上記の記事は全て慈芳が書いています・・・)

(拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

雪国の和紙職人

今日は飛騨市河合町というところで和紙職人が楮(こうぞ)の雪ざらしをしているというので、訪ねていった。和紙の原料である楮を雪の上にさらして自然漂白するというこの手法は、全国でも珍しいものらしい。ここ河合町で作られる和紙は山中(さんちゅう)和紙と呼ばれている。

和紙の工場は、ちょっと大きめの民家の一角。「こんにちは~」と声をかけて戸をあけると、そこにはおじさん、おばさん、おばあちゃんの3人が、小さな薪ストーブにあたりながら和紙づくりをしていた。

和紙づくりは全て手作業。「はぁ~」と感嘆のため息の出る工程はまたの機会に紹介するとして、ものすごい印象に残った和紙職人のおじさんの言葉がある。
かったんかったんしゃら~りと和紙を漉きながら、「この水の音がねぇー いい音がするんでさぁー でな、いい音がするときは、やっぱりいい紙が漉けるんや~」
といってうれしそうに笑う。

都会生活で、「水の音がいい」なんて感覚が得られるところがあるだろうか。
昔ながらの手作業であり、昔ながらの民家にいるからこそ聴こえる水の音。それに耳を傾けるおじさん。私たちはこの言葉にいたく感激した・・・。
そんな素敵なおじさんなのに、今のところ後継者がいないようだ。800年も続く和紙づくり。この伝統をたやしたくないと強く思った。(慈芳)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

日本の木でつくった家具が欲しい

15日の「はじめての骨董屋」に続き、続・家具探し。骨董屋めぐりは楽しいものの、モノも値段もいいものにめぐりあうのは相当時間がかかることを認識した私たち。古民具にこだわらず、新しいものも見にいくことにした。幸い飛騨は日本有数の家具の産地。都会にもショールームを持つこじゃれた家具メーカーがいくつもある。

まずは、前から気になっていたオークヴィレッジへ。ここは環境保護活動でも知られており、国産材にこだわっていて、かつセンスがいい。木のにおいがするショールームには、玩具などの小物からベッドやキャビネットの大物まで素敵なモノが並んでいる。和室のディスプレイもあり、いい感じ。お、一枚板のテーブル。いいねぇ~ どのくらいするのかな?ちらっと見たらなんと約300万・・・。素敵だけどなぁ~とため息をついて出てきた。まぁ、買えないにしても、ここにはいろいろ勉強させてもらうことがある。

さて、もう一軒、高山の街中のショールームへ。こちらはもうちょっと手の届きそうなお値段。が、よくよく説明をみるとほとんど北米の木材をつかっているとか。う~む。

日本は7割が森林なのに木材自給率はたった18%、8割は輸入である。安い外材におされて、国内の木は売れなくなり、森は手入れされずに死んでいるのである。この事実は日本がよく非難の的となる捕鯨問題なんかよりもっと海外からバッシングされてもいい気がする。安いからといって、海外の木を切っているのだから。中には間違いなく原生林もあるだろう。

美ら地球的には、やっぱり日本の木をつくった家具が欲しい。
が、調べてみると家具の聖地飛騨でもほとんどが外材を使っているようだ。なんという悲しい現実・・・。匠の技術が云々といいながら、日本古来の木を使ってない、いや使いたくても使えないとは・・・ 
家具を買うときに、何の木で、どこから来た木材かということにこだわる人がどのくらいいるだろうか。聞かれて答えられる店員がどのくらいいるだろう?

近年やっと京都議定書達成のために「木づかい運動」なるものが始まったようだ。メーカーも国産の杉を使った商品開発を進めているところもあるらしい。

木の国飛騨に住む予定の私たち。本場で木づかい運動に貢献したいと思うが果たして・・・(慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

南極はそっとしておきませんか?

南極で100人の乗客を乗せた観光船が沈没した(記事)。幸い乗客乗員は近くの観光船に救助された。

世界最南端の町、ウシュアイアには2005年の12月に訪れた。ウシュアイアからは20万円弱で南極まで行けるツアーの広告がツアー会社の壁に貼られていたし、バックパッカーの間でも「船でバイトしながらいけば安くいけるらしいぞ!」というのが話題になった事を覚えている。
切り立つ氷塊の写真、映画「皇帝ペンギン」などを見ると、ウシュアイアから船で行かれる範囲にある南極に行きたくなる気持ちは僕らにもあった。でも、そこでの僕らの決断は「行かない」であった。(予算的に行かなかったとも言えるが・・・)

世の中、多くのことが簡単になり、南極も調査員や探検家でなくても行かれるようになった。報道機関の記者が基地に滞在し、レポートを送るということも珍しくもない。
アマゾンの奥地も、アフリカの大地も僕らでもフラフラと旅ができる今日この頃、地球のそこここに一般人が行かれるようになったことは喜ばしい。そこで多くのことが学べることも事実だ。

ただ、どこかで線引きは必要でないであろうか。その線引きは誰が決めるのか。
性悪説的にはやはり規制も必要であろう。
でも、各人が線引きを決めることも重要でなかろうか。

僕ら、美ら地球は南極はそっとしておくべきではなかろうかと思ってる。(拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

20万円の修理代は高いか?

帰国後、移住先探し等で必要でもあるため、車を買った。既に8万Km走ってる中古車だった。 モノ好きオヤジに育てられたこともあり、気に入った車があれば少々距離や年数がいっていても好きなクルマに乗りたい心を持っている。

購入時に16万Kmを超えていた11才のクルマでアラスカから中米ベリーズまでの2万Km弱を走破した僕らにしてみれば、日本の中古車なんて、どれもこれも極上品に感じられるし、万が一故障しても死ぬことはないと思っている。

少し時間に余裕が出来たので、一度マイカーを点検に出すことにした。
早速、ガレージの担当者から電話が来た。

担当者:「点検の結果、いくつか整備が必要なところが見つかりました。結構かかりますよ。」

僕は心の中で「3、40万かかる何かがあったのかな・・・。しかし、このオヤジ明らかに新車セールスモードやな~」とつぶやく。

担当者:「ブレーキホースのひび、ベルト周りの劣化等々、合計すると20万円弱ほどかかりますが・・・。ま、距離もいってますしねぇ・・・。」

そりゃ、走行距離が10万Kmを超えれば、ある程度劣化する部品もあるだろうから、費用もそれなりにかかると思うし、ある程度はいたしかたないと思う。

しかし、日本では「そろそろ~」なんて普通に言ってくる日本のこの手の考え方が僕は大嫌いだ。

ご存知の方も多いと思うが(しかも何回もブログに書いている気がするが)日本ほど新車やきれいな車が溢れている国はないと思う。USでもヨーロッパでもピカピカのクルマも走っているが、薄汚れたクルマ、年数のいったクルマのほうが大半を占める。フランス車なんて小汚い感じが雰囲気あると思うが、日本でみかけるプジョーはみんなピカピカ。

国内のメーカーは自動車、家電に関わらず最新式が環境に優しいと宣伝をする。廃棄に関する環境負荷も考慮に入れても本当にそうなるのであろうかといつも疑問に思う。

僕は消費活動の全てに単一の指標を導入されれば良いのになぁといつも思う。
水道、ガス、電気、燃料だけを管理する今の環境家計簿だけでは全く不十分だと思う。

食料の輸送コストを考慮したフードマイレージ、建築材の輸送コストを考慮したツリーマイレージなどバラバラではなく、どれにも適用できるモノサシを作られないものか。CO2排出量でもよいし、わかりやすいものでよい。

モノを買う、エネルギーを消費してモノを利用する、モノを廃棄する、全ての行動に適用できるモノサシだ。
会計上の減価償却のように償却しきれないうちに廃棄、売却する場合はその分も計上する。

そうすれば、数年サイクルでクルマを買い換えること、修理をしながらもう少し長いスパンでクルマを保有することのどちらが環境負荷が高いか明確になると思う。
消費活動を行う時には「費用は**円、環境負荷は**か。ほな、買い換えようか」と二つの軸で判断を下すイメージだ。

ま、こんなこと、できなくはないと思うができてないのは負の恩恵を被るステークホルダーから圧力がかかってるのかなぁ・・・。

僕は20万出して修理するつもりだ。
これが間違った選択であれば、ぜひ論理的に教えて欲しい。(拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

美しい星 50

安部総理がG8で提唱したという「美しい星50」。ご存知の通り2050年までに温暖化ガスを半減しようというもの。ふぅーんと聞き流していたが、ふと気づいた。「美しい星?」「え、美ら地球じゃん!」 ということで、ちょっと真剣に演説内容なんかを読んでみることにした。

京都議定書以降も排出量を増やし続けた日本。2005年に京都議定書が発効し、来年からは削減約束期間に入るということで焦り始めたように見える。あちこちで指摘されているように、「美しい星50」では基準年が90年(京都議定書の基準年)ではなく、「現状」である。90年からはだいぶ増えてしまったからリセットか?といわれても仕方がない気がする。

さて内容だが、予想通り、省エネ技術が柱のようだ。(首相官邸ページ参照)たしかに日本の省エネ技術が世界中に広まれば、かなりの削減にはなるはず。だが、いつも気になるのは、省エネ製品だからって、次々と買い換えてよいのかということ。日本ほどまだまだ使える製品をぽぃぽぃ捨てている国はない。この新しいものをどんどん買って、いらないものはどんどん捨てるというスローの対極を行くライフスタイルを変えない限り、「美しい星」には程遠いと思う。
このライフスタイルの見直しを「国民運動」でなんとかするらしいが、「国民運動」とはそんなにすごい効力をもったものなのだろうか・・・。

もひとつ、気になったのは提案1の最後にある「日本には、昔から「もったいない」の心があり、徹底したリサイクルが行われています。また、緑も豊かな江戸時代のまちづくりに代表される良き伝統があります。」という文章。
私的には、「昔は「もったいない」の心がありましたが、今は使い捨て文化が浸透し、リサイクルでは欧州の先進国に大きく遅れをとります。また、緑も豊かな江戸時代のまちづくりに代表される良き伝統もありましたが、戦後急速に衰退し、大都市ではコンクリートづくしによるヒートアイランド現象が発生し、世界でも最も醜い景観となっています」という感じ。

ちなみに、安部総理は「美しい星50」がサミットで認められたといっているようだが、BBCでは、「Cool Earth 50を日本が提唱した」なんてことは一言も書いてなかった・・・。これも悲しいかな予想通り。

とはいえ、やっぱり首相が環境問題への取組みを真剣に取り上げ、サミットでも米国を含め各国が「『考慮する』」ことで合意したということだから、中身の批判はさておき、喜ばしいことである。
日本が提案したと胸を張っていえるように、ちゃんと日本の目標を設定し、実行してもらいたい。
洞爺湖が温暖化防止の歴史に名を残せるといいな~(慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

春爛漫

今日は家族3人+犬を連れて多摩川河川敷に散歩に行った(ちゃんと選挙に行ったあと!)が、半そでで十分なくらいの暖かさだった。
世田谷側の桜はすでに散り始めたが、先週の雨の後に雑草が一気にのびて、今河川敷は青々としている。青、白、黄色と小さな花々も咲き乱れ、タンポポに黄色い蝶々がとまっているのを見て、すごく和やかな気分になった。

春ってやっぱり楽しい。が、つい私は温暖化のことを考えてしまう・・・ 以前は冬になると毎年河川敷は土と枯れ草色になっていたのだが、今年は一度もそうならなかった。ずーーーっと芝生は緑のままだった。もちろん今のように茂ってはいなかったが、完全に緑がなくなることがないうちに春が来た。以前は年に一回くらいは雪がつもって、土手でそりすべりをする子供の姿が見られたが、なんかそんなことがあったなんて信じられなくなってきた。この冬は、犬の散歩もほとんどウインドブロックのフリース1枚に帽子をかぶれば事足りてしまった。

春夏秋冬は、日本の文化の原点であるように思う。そこから冬がなくなるなんて日が来ませんように・・・(慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

消えゆく魚たち

今月号のナショジオの特集は「魚が消えた海」。前から気になっているテーマだ。このテーマをかなり意識するようになったのは、ガラパゴスでフカヒレ目当ての密漁が問題になっていると知ってから。(詳細は「美ら地球は今」参照) フカヒレスープは大好物だが、自分の口にするフカヒレがどのように獲られたものかはわからない。もしかしたら、密漁を助長することになっているかもしれないのだ。フカヒレもほどほどにしないとなぁ・・・
こないだは、インドネシアかどこかのマングローブ林が、海老の養殖場にとってかわっているというのを知って、これまたショッキングだった。私のよく行くスーパーで売っている海老の産地を見るとインドネシアが圧倒的に多いからだ。最近は海老に手を出しかけて、「うーんインドネシア。今日はこっちのブリにしよ。」なんてことがよくある。
今回ナショジオの表紙にもなっているマグロが、実は絶滅危惧種だというのは以前から耳にしていたが、マグロが豊富に流通している今の日本ではなかなか実感はわかない。絶滅危惧種となっているくらいなら、もっと値上がりして、貴重な魚扱いされてもいいのにと思う。そうでないと、気づいたときには、マグロが食べられなくなっているかもしれない。
たぶん、ほとんどの水産物で獲りすぎ問題は起こっているんじゃないだろうか。
FAO(国連食糧農業機関)の2004年の報告によると、世界各地で漁獲対象となっている主要な漁業資源のうち、7%が枯渇、16%が乱獲、52%が限界まで利用されており、緊急な対応が必要とされているという。この問題に対応するため、MSCマークというのがある。持続可能な方法で捕獲・加工された水産物にMSCマークをつけて販売するというものだ。日本ではイオンが導入したというが、うちの近くにないので、まだ見たことがない。
最近は授乳には肉より魚がいいということで、以前にも増して魚をよく食べている。このマークを見たら是非それを買おうと思う。 (慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

エコトラベル

お気に入りのナショナルジオグラフィック・チャンネルで、「エコ・トラベル」という番組をやっていた。エコツーリズム体験ものかと思いきや、さすがナショジオ、全然違う。
あるオーストラリア人がモロッコ~ヨーロッパ、そしてニューヨークを20日間(?)で旅しなければいけないのだが、その旅にはユニークな掟がある。1日の資源消費が一定ポイントを超えたらそこでゲームオーバーなのだ。ポイントは、食料、輸送機関、電力、水、ゴミの5項目に分かれていて、計100ポイントでセーフ。たとえば輸送機関だと、歩き、自転車、ロバなどは10点、公共交通機関か、3人以上同乗した車は20点、1人でレンタカーは30点という具合。食料は地元のものじゃないと輸送にエネルギーがいるのでだめ、ゴミは500g以下という制限があるから包装された食料はほとんど買えない・・・ 内容はエコだが、おちゃらけた雰囲気の番組に仕上がっていて、私にはかなりヒット! 続きがあるのかは知らないが、是非日本に来てほしい!あまりに国産の食料が少なくて、包装だらけだから苦労するに違いない。

そういえば、ちょうど昨日ニュースで、イギリスのスーパーでは、「フードマイル」というのを食料品に表示してあるというのを見た。その食料がどのくらいの移動を経て、そのスーパーにやってきたのかというもの。まさにエコ・トラベルでやっていたのと同じコンセプトだ。

自炊の旅をしていた私たちは、各国のスーパーに通いつめたわけだが、そこで日本の食料自給率の低さを初めて実感した。たとえばアルゼンチンではディチェコのパスタ(イタリア)やトワイニングの紅茶(イギリス)はアルゼンチンブランドに比べて数倍の値段。おかげで手に取るものを どこ産かチェックするくせがついた。アルゼンチンではほとんどのものが国産で、調べてみたら自給率は90%以上だった。

輸入に頼る日本。途上国の需要が増え続け、食料資源がエネルギー資源へもまわされるようになり、異常気象で世界食料生産が減っていったら、いったいどうなるんだろう・・・ 真剣にこわい。田舎に行って自分の野菜と米くらいつくれるようにしよーっと。(慈芳)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

温暖化、危機感ありますか?

さて、昨日の温暖化ネタの続き。
よく感じるのは、日本で温暖化がネタとして取り上げられることはあるが、個人が身近なものとして意識するところまではいっていないということだ。特集番組や記事もだいたい、「温暖化は深刻だ」と結ぶだけでアクションにつながるようなものはあまりない。温暖化といってすぐ浮かぶのは氷河の崩落や海に沈むインド洋の島々であり、どこか遠い国のできごとのような気がしているのではないか。温暖化は大変なことだという知識はあるものの、それが自分も加担しているもの(日本人だったら間違いなく貢献度は高い)と認識し、「じゃあ、日常生活でこういうことに気をつけよう/始めよう」というところにまでいかないのだと思う。

たしかに今の日常生活、特に都市部の生活では何もかも快適すぎて危機感を感じなくてもムリはない気がする。しかし誰もが感じるようになるときが来たとしたらもうすでに手遅れだ。
じゃぁどうすればよいのか。「不都合な真実」の中で、ゴア氏は温暖化の危機を知るには「自分の目で見てみるのが一番だ」といっている。私もそう思う。現に私たちの見てきた出来事が「不都合な真実」の中にもいくつも紹介されていた。だが誰もが世界中温暖化を示す事象を見て回るわけにはいかない・・・。

危機感を醸成するのは本当に難しい。私たちもせいぜい見てきたことを話したり、マイ箸・マイボトル運動を実践して周りに勧めてみるくらいしかできていない。地道にやるしかないのかなぁ・・
とりあえずまだ映画もみていないし、本も読んでないという人は「不都合な真実」、読んでみてください。とってもわかりやすいです。あぁ、彼が大統領になってたらなぁ・・・

今ベッドで1人遊びしているわが子の顔をのぞきながら書いている。
この子にベリーズのサンゴ礁やパタゴニアの氷河を見せてあげることができるのかなぁ・・・(慈芳)

| | コメント (4) | トラックバック (2)

ライトアップと温暖化

先日、パリで「気候変動に関する政府間パネル」が開かれ、温暖化の危機的状況とそれが人為的なものであることが確認された。そしてその会合に対する象徴的なイベントとして、エッフェル塔とローマのコロッセオで夜のライトアップが停止されたそうである。

それをきいて、今日本のライトアップイベントのことを思いだした。いつからか定かではないが、日本各地でライトアップイベントが大流行だ。あちこちの神社や寺、桜・紅葉の名所、お城、橋、タワー、時には町並み全て、ライトアップされる。観光の呼び物として行われているようだ。私だって夜桜なんぞは好きだ。が、温暖化の危機が叫ばれるときに果たしてそれでいいんだろうか・・・と思ってしまう。

「京都議定書」、先進国でこれを知らない人はあまりいないじゃないだろうか。温暖化防止へ向けての初めての世界的合意が京都で行われたことは日本が環境問題で存在感を増すチャンスだったはず。なのに日本は何一つ世界をリードする取組みをやっていないように見えるがどうだろう。日本はたしか世界第4位の温暖化ガス排出国。1位の米国は離脱し、2位は途上国に分類される中国、3位はロシア・・と考えると、日本の果たさなければならない責任は重大だ。
こればかしは国として政策をきちっと出すべきだ。ふろしきだの、チームマイナス6%だのキャンペーンでなく・・・。 

そういった意味で、環境税の見送りは個人的には残念だ。もちろん税が増えるのはイヤだけど、たとえば道路財源を他にまわすというなら、それこそそれを環境税にすればいいのに。車ほどはっきり自分がガスを排出していると認識できるものはない。ガスを多く排出した者=税を多く払う。それでいいと思う。同じようにゴミも一定量以上出す人もお金を払うようにすればよいと思う。日本ではゴミは出しておけば持っていってくれる。つまり粗大ゴミとかでなければいくら出しても怒られないのだ。ゴミ=温暖化ガスではないものの、資源を使っているという点では同じだし、処理にはエネルギーが必要だ。どんな消費でも温暖化に貢献しているということを少しでも認識してもらうことが必要だと思う。

長くなりそうなので続きは明日・・・
(慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

虎屋の羊羹


羊羹といえば虎屋。先日親が買ってきてくれたのでみんなで賞味することに。今回の羊羹は「竹皮包羊羹」の「新緑」というもの。抹茶風味らしい。う~んおいしそう!早速食べましょう~と包みを開いてみると・・・ 竹の皮を開いたら羊羹が出てくると思ったら、羊羹はさらに紙に包まれていた。ちょっと味気ないなぁーと思いつつ、紙の上からナイフを入れると、ムム、なんとさらにアルミ包装!つまり竹皮はただのお飾りだったというわけである。虎屋サイトにによると「羊羹を包む竹皮には防腐作用があると考えられており、竹皮は江戸時代中期からすでに使われていました。」とあるけど・・・ 今じゃ、賞味期限だの品質管理だのがきびしすぎて、それではだめなのかなぁー
虎屋は1500年代に創業したそうだ。そのころには間違いなくアルミ包装はないはず。竹の皮で包まれたやつ、食べたいなぁ。(慈芳)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

自然育児から戦後の日本について考える・・・

昨年末に自然育児について書いてみたが、自然育児を唱える人々の共通した主張のひとつに、現在の誤った育児は戦後の急速な(欧)米化によってもたらされたということがある。
戦後、欧米の育児論が入ってきて、本来の日本の育児法は遅れているとされ、人工乳や早い離乳食が推奨された。実はその後欧米ではいくつもの誤りが正されたのだが、日本では当時のままの育児論が厚生省の指導を中心にまかりとおっている。それが現在の社会現象(いじめやわけのわからない犯罪など)を生んでいるという流れである。

現在の社会問題が、長い歴史で日本の伝統を次々と切り捨ててしまったツケだというのは腑に落ちる気がする。

私たちは古民家に興味を持っているが、この日本古来の木造の家というのも戦後急速に消滅し、1ヶ月もあればできあがってしまうコンクリートのハコに変わってしまった。本来日本の湿潤な気候に合うわけがないのに・・・ ある木造建築の匠は、日本の小学校の建物がコンクリートになってしまったせいで、いじめ問題が出てきたのだと言ったそうだ。

そういえば先日の政府の教育会議では、いじめ問題について「ルールを守ることの大切さを教えることで一致」と報道されていたのにはびっくりした。詳細の議論は知らないし、ニュースの伝え方が悪いこともあるんだろうが、いじめをする子に「いじめはだめだよ」と教えて効果があるんだろうか。専門家が集まっているんなら、もっと根本的な問題はなんなのかってことを議論してもらいたい。そうしたら、ひょっとして日本の小学校では建物も机も全て木造に!なんてことがあるのかもしれないのだ。

話は元に戻るが、急速な(欧)米化は、いまや経済のグローバル化という名のもとに世界各地に広がっている。もちろん欧米化が全て悪いとはいわないが、途上国で伝統が失われているのは言うまでもない。
日本が守るべきモノ、コトを失ってしまったと感じている人は、その体験談を今失いつつある国々に伝える責任があるのではないだろうか・・・ (慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (4)

「地球を長持ちさせる生き方」は「けち」?

旅に出る以前からそうではあったが、美ら地球回遊後は以前に増して「必要なもの以外は買わない/できるだけ中古品を活用する」ポリシーを徹底している。物を増やすと地球に悪いことをしているような気分になるからだ。家族が増えてどうしても物を増やさなければいけない今、そのような場面がよくある。

それをわかってもらえない人には、これが単なる「けち」と映ることもあるだろう。「旅で資金が尽きたからお金をセーブしている/貧乏旅行に慣れてしまってお金を使えなくなったのかな」とか。
でもそれは違う。「けち」をいうのは、辞書によると「金銭や品物を惜しがって出さないこと」である。
これは「自分の~」と付け加えて解釈することができる。
私たちが物を増やさないのは「自分の金銭」を消費したくないのではなく、その「金銭」によって得られる「物=必ず何らかの地球資源から作られている」を消費したくないからで、「けち」とはその動機が決定的に違うのだ。結果的にコストセーブにつながっているのは間違いけど。
これは企業が「環境経営」を意識した際に、エネルギー、水、紙などを削減した結果コスト削減につながっているのと一緒である。

そう考えるとマータイさんが改めて日本人に気づかせてくれた「もったいない」というのは地球を長持ちさせる生き方につながる言葉としてふさわしい言葉だと思う。「もったいない」は辞書によると「(有用な人間や物事が)粗末に扱われて惜しい。有効に生かされず残念だ。」だそうだ。「有用な人間や物事」というところを「地球の資源」におきかえればぴったり。

地球を長持ちさせるための行動を「けち」という一言で片付けられると何ともいえない悲しい気持ちになる。そしてそういう人に私たちのコンセプトを納得してもらうのはとても難しいことも体感している。
「LOHAS」だ、「もったいない」だ、「マイバッグ」だのいうが、実際にそう行動している人をどのくらい見かけるだろうか。「大量消費、物は新品!」が当たり前の日本で、意識を変えていくのは相当時間がかかるんだろうなぁー それまで地球ががんばってくれているとよいけど・・・
(慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

クマ問題

私たちが旅に出ている間もあったようだが、今年もクマが多く出没しているらしい。asahi.comによると「捕獲後、唐辛子スプレーをかけるなどして人間の怖さを教えて奥山に放す「学習放獣」が広がった」らしいが、その数319頭に対して、2,637頭が捕殺されたとか・・・

美ら地球回遊の最初の目的地が、クマの多いアラスカだったこともあり、そこでのクマ対策については非常に印象に残っている。

基本アイテムとしては、クマがあけられないようにしたゴミ箱。頑丈かつ、手で留め金をはずさないと開かないようになっているのだが、手を入れるところは、クマの大きな手は入らないので、どうがんばっても彼らには開けられない。ひっくりかえそうにも地面にしっかり固定されている。
これは山の国立公園やキャンプ場だけでなく、街中やハイウェイ沿いなどあらゆるところのゴミ箱が徹底してこれになっている。どこにでもクマが来る可能性はあるからだ。

(写真: マクドナルドの前においてある紺色のボックスもクマ対策ゴミ箱。アラスカ ジュノーにて。)

実際、私たちがアンカレッジで泊めてもらった友人のうちにもたまにクマが出るということで、クマがログハウスの木をひっかいた跡や、ピクニックテーブルを舐めている写真など見せてもらった。でも、自然を愛する彼らはそれをむしろ楽しんでいる。

国立公園ではもちろんもっと厳しい管理がされている。キャンプ場では、食べ物や歯磨き粉等匂うものをテントに置くことは禁止。設置された共有ロッカーに入れる。テントの近くで食事もしてはいけない(匂いが残るため)。設置された食事スペースで食事することになっている。バックパッキングで、キャンプ場以外でキャンプする場合は、特製コンテナを持ち歩き、その中に食べ物をいれておかなくてはいけないことになっている。

そんなんだったので、日本では注意を促すばかりで、あまりに何の対策もなされていない気がしてしまう。キャンプ場でも「出没注意!」と書いてあるだけで、ゴミ箱はオープンだし、「テントに食べ物を入れるな」とも書いていないから、自ら気をつけるようにしている。
ニュースを見る限り、クマが出たら追いかけて捕獲ということしかきかない。食べ物の匂いでやってくるのだから、まずはそれを最小限にすることが当たり前だと思うのだが・・・。

長い間クマと共存していたはずの日本。クマの棲む山を植林に変え、農地と住宅地を増やして生息地を侵食したのは人間の方なのだ。共存のために、まず人間の知恵でできる限りのことをやっていかなくてはいけないと思う。(慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マチュピチュでヘリ遊覧禁止令

ペルーで、いや南米で最も人気の高い遺跡のひとつであろうマチュピチュ。今年の9月にマチュピチュ上空でのヘリコプター遊覧飛行が禁止された。ヘリツアー会社に許可を出したたった1週間後に、それを覆して禁止ということになったらしい。ヘリの音や振動により、野生動物がいなくなったり、植生や遺跡自体が影響を受けるとして、環境保護団体や考古学者の反対を受けて、ペルー政府が決定したもの。大枚はたいて営業を開始したツアー会社にはちとかわいそうではあるが、禁止されて当然だと思う。
(参考: BBCの記事 http://news.bbc.co.uk/2/hi/americas/5326042.stm

自然や遺跡の上空を遊覧するツアーは、世界各地で行われているようだ。
以前もテレビのギアナ高地特集で、以前はトレッキングで登っていたところを、今はてっぺんまでヘリでもいけるといった話をきいてびっくりした。このように「ヘリで一気にXXまで」というのは、日本の山の多くに頂上まで舗装路をつくってしまっているのと同じ感覚を覚える。アクセスが楽になれば当然訪れる人も多くなり、それだけ自然(または遺跡など)への負荷が増大する。

しかも、もちろん一概にはいえないのだが、自分の足で大地を踏みしめながら目的地へたどり着く人と、文明の利器を使ってたどり着く人とでは、やはり自然に対する敬意の払い方が違うと思う。自然保護意識のあまりない人が大量に訪れることほど怖いものはない。そのようなアクセスを可能にするのであれば、どうしても自分の足では行かれない人に限定すべきだと思う。
ペルー政府のように観光利益に執着しないすばやい対応を他のところでも是非見習って欲しい。

同じくとんでもないアクセスを実現したチベットの青蔵鉄道にも私はかなり疑問を覚えるのだが、それについては次の機会に・・・(慈芳)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

Google Earth+UNEP

Google Earthを見てすごいなーと思っている方は多いと思うが、Google Earthの特集コンテンツで「UNEP:変わりゆく環境地図」とい
うのがあるのをご存知だろうか。私は最近これにハマっている。これはUNEP(国連環境計画)の出版している
One Planet, Many People: Atlas of Our Changing Environment
という本の内容をGoogle Earth上で見られるもの。地球各地の、30年近く前と現在の衛星写真を比較して見ることができる(しかも解説つき)。劇的な変化が最も印象的だったのはイグアスの滝。滝の上流で取水が増加し、滝の水量が減っているという話を聞いたことがあるが、これを見れば納得。緑の多い1973年と並ぶ2003年の写真では恐ろしいほど開発が進んでいるのが一目でわかる。

興味のある方、Google Earthの地球儀くるくるまわしながら、美ら地球のこと考えてみませんか?(慈芳)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

崩れゆく中国

日本に戻って、国際情勢をみる情報源が少ないことに不満を持っていることは以前から何度か書いている。そんな中で、お気に入りの雑誌がひとつある。
その名はクーリエ・ジャポン
世界各国のメディアの記事を紹介している雑誌なのだが、先進国だけではなく、アジアや南米のメディアの記事もあり、様々な事柄を多面的な視点で紹介されているのが面白い。

「京都議定書を定めた京都はアイドリング天国だ!」というタイで書かれた記事のように、日本のことを世界がどう見ているか、世界の国が別の国をどう見ているかということが垣間見えるワケである。

今日読んで目に留まった記事が中国で増え続けるバブルタウンについて。上海近くのテムズ・タウンや北京郊外の高級シャトーなど、ヨーロッパの町並みを模したエリアが続々と建設されているらしい。他にもドイツ風やスペイン風の町が計画されているらしい・・・。

戦後、日本も多くの外来建築が建設され、日本の景観は壊滅的な状況であり、僕は非常に残念に思っている。いま、同じようなことが中国で起こっているのだろう。
アジアはまだ全然チェック仕切れてないのだが、中国は歴史が長いだけに、町や暮らしに蓄積された文化は相当あるであろうと想像する。

環境破壊は既に問題視されているが、文化の破壊もかなり進んでいるのであろう。
イケイケ、ドンドンの中国、気づいたときには手遅れになっているのだろうなぁ・・・。(拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

受け継がれるチャリ

久しぶりに父親に会い、嬉しい写真を受け取る。
北海道の甥が自転車にまたがった写真だ。

この自転車、実は僕も幼少時代に愛用していた一台。実は、僕の姉が子供の時に父が買い、姉→兄→僕という順番で僕のところまで来たのである。


(姉@奈良 約30年前)

その後も父親に手入れされ、僕らの従兄弟などを経て、とうとう甥までたどり着いた。購入から既に30年ほどが経っているそうだ。

旅の最後、フランスの友人宅に滞在しているときに父親から、メールが舞い込んだ。「11インチのタイヤとチューブを買ってきて欲しい。」。

11インチという特殊なサイズ、日本で色々探したが手に入らなかったらしい。チャリ自体もイギリス製なので、僕が子供のときにもこのチャリはミシュランのタイヤを履いていたことを記憶している。

ヨーロッパにて、あの手この手で探したが、見つからず。結局買えずに帰国した。
その後、本家イギリスのネットショップで見つけることができた。
問題は海外からのオーダーは受け付けていないと。最後の手段と思い、ロンドン在住の友人の購入・発送をお願いしたところ、彼は快諾してくれた。

ようやくタイヤが届き、レストアも本格化。
僕の時代には前にしかなかったブレーキは後ろにもつけられた。下り坂でスピードを出しすぎ、慌ててブレーキをかけて、前に飛び出た幼少体験を父親に伝えたところ、新たに付け加えられた。

30年経っても現役のこのチャリンコ。僕らの子供、孫の時代まで引き継いでいきたい。(拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

禅寺の夕暮れ

関西は連日、猛暑が続く。
暑さがマシになるのを待ち、柳生十兵衛で有名な柳生のまちへ。

途中のお寺に寄ることにした。
お寺の脇にたたずむ茶屋を発見。満場一致で拝観料をケチり、カキ氷を食べることに。

ガラスの器に山盛りのカキ氷を食べるのは何年ぶりか・・・。
味は迷わず抹茶にした。

その後、柳生に着き、芳徳禅寺へ。
誰もいない境内は入ってもよい様子なので、入ることに。
幅の広い廊下は毎日拭き掃除されているためか、黒光りしている。
裏庭を眺めながら、大の字に寝転がる。気がつくと時計の針は15分ほど進んでいた。

幸いにも他の参拝客もおらず、禅寺の静けさを堪能した。(拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

星野道夫氏とシシュマレフ

今年は星野道夫氏の没後10周年ということで様々なイベントが企画されている。
10年前の8/8、ロシアのカムチャッカ半島でヒグマに襲われて亡くなられたという話はよく聞く話だ。
今日、その星野氏が訪れ、歓迎を受けたといわれるアラスカ西部の島シシュマレフが温暖化の影響で侵食されているというニュースを読んだ。
アザラシやヘラジカを狩猟して暮らすイヌピアット・エスキモーの集落の倒壊が進んでいて、退去を余儀なくされているそうな。
「私たちは環境難民だ」という彼らの言葉が耳に残る。
もう少しこの問題について勉強しようと思う。(拓)
関連記事は こちら

| | コメント (0) | トラックバック (0)

裏山の木で建てた家は長持ちする?

今日は古民家に住むある方を訪ねる。15年近く前から別荘感覚で田舎暮らしをされている方だ。
ここの古民家はだいたい130年くらい前に建てられたものだそうだ。

ひとしきり家の中を歩き回り、その落ち着いた雰囲気に感動する。
大木をくりぬいて作られた台所のシンクや釜炊きのお風呂などかなりの徹底ぶりだ。
ここでは家の前に畑、裏には水田。野菜と米はほぼ自給自足だそうだ。
水田の後ろにはヒノキの林が広がっている。

縁側に腰掛けて古民家や田舎暮らしについて色々教えていただくが、その中でははーん、と思ったことがひとつ。
「ここの家の木はすべて裏山の木で建てられているから長持ちするそうよ」
「は、はぁ。そうなんですか・・・」
「同じ空気を吸って、温度や湿度が同じような環境だと長持ちするらしいわよ」
な、なるほど。確かに木も生きもの、切り倒された後でも同じ環境のほうが木も健康を保てるということか。
深いなぁ。とってもいい勉強になった。(拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マイ箸への反応

一時帰国時から始めたマイ箸活動。飲食店の店員さんの反応はさまざま。
一番よく反応してくれるのが、定食やのおばちゃんか。「あ~ら、マイ箸持ってるのー。えらいねぇ~」といったことをよく言われる。
中には、周りの店員のおばちゃんをよんできて「ほら、みて。マイ箸なのよ~」なんて言う人も。
こうして反応してくれるところを見ると、今までお店で私たち以外にマイ箸を持っている人は見たことがないが、
「マイ箸」という言葉自体はけっこう浸透しているのかなーなどと思ったりする。

そして最も多いケースは、ちょっと面食らった顔をされること。割り箸を返すと「え、あ、はいー」といった感じで、
マイ箸と割り箸を交互に見たりして。
この反応で、思い出したのが、中南米の買い物でレジ袋を持参していたときのこと。(そのときの様子はこちら
ビニール袋をひらいて待ち構えている袋入れ係に「袋はもってきたからこれに入れてください」というと何ともいえないとまどった顔をされる。(注: 中南米の大きなスーパーではやはりレジ袋を使い捨て感覚で配っているところが多い。環境意識はまだ先進国ほどは高くないだろうから、レジ袋を断る理由もきっと理解されていないと思われる。)
ま、このときは外国人というだけで珍しいから、その人が何を言い出すんだろう?という気持ちも反映されていたに違いないが・・・

レジ袋ももらうのが当たり前だった日本のスーパーでも、今ではマイバックコンセプトは定着してきたようだ。(ただ実践している人は少ないようだが)
マイ箸ももうちょっとしたら市民権を得られるかなーと希望を抱く今日この頃である。
(慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

観光客の責任・・・

たまたまついていたテレビ番組で中東の水問題を取り上げていた。
イスラエルとパレスチナ自治区の水をめぐる争い、毎年1mも水位の下がる死海、地中海の海水を淡水化するという壮大なイスラエルの計画、水をテーマにしたそんな内容だった。

その中でもはっとした映像があった。それは死海浮遊体験を楽しむ観光客の姿だった。
前述のように死海では、流域人口の急増や潅漑の拡大で流れ込む川の水量が激減したため、水位は下がり、沿岸は干上がりつつあるという。
ある地域では地下の塩の層が溶け出して空洞になり、陥没も起きているらしい。
が、死海周辺のリゾートホテルではそのような脅威には目をつぶり、浮遊体験やエステを楽しむ客のためにサービスを続けている。
周辺では水に困っている人々もいるはずだが、そこにはなみなみと水を張ったプールがある・・・

観光は多くの国・地域にとって貴重な財源。観光客をより増やすために現地の状況を省みずに開発されているところは数え切れない。
高級リゾートを一歩出ると外は別世界ということも多い。
そんな観光目的の乱開発をくいとめるためには、観光客である私たちの意識が非常に重要だと思う。
これだけ情報が溢れているのだから、自分の訪れようとする地では何が起きているか知り、自分が訪れることの影響ってなんだろう?など考えることはもしかして観光客の責任じゃないだろうか。
事前情報でなくっても現地で気付くことも大切だ。気付いた人は帰ってからそれを伝えよう。
もちろんバカンスに行くのにそんなことやってられないというのもわかる。
が、このままではどこもかしこも自然が搾取され、バカンスするところがなくなるかもしれない・・・
特にパッケージツアー利用の多い日本では、そういったことは旅行会社の責任ともいえるかもしれない。
「ツアーが行くところなら大丈夫だろう」といった認識がどこかであるからである。

旅行を予定されている方、どこに行くか決まったら、そこで何が起こっているか、ちょっとだけ知ってみませんか?
(慈芳)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

スローマザー

名古屋で行われた 「持続可能な社会づくり」シンポジウム」に、ゲストとして話をしていたのが、アンニャ・ライトさん。
スウェーデンに生まれ、オーストラリアで育ち、現在はエクアドルを拠点に活動中の、シンガー・ソングライターであり、環境活動家。見た感じも話し方もとっても素敵な方で、一目で好きになってしまった。
そんな彼女の話で一番心に残っている言葉が「スローマザー」。
彼女は現在2児の母でもある。
「母親として環境活動家としてスローとはいっても忙しくしているのではないですか」という質問に
対して、「私の1日は子供たちに日の出を見せるところから始まります。もちろん夕方になったらみんなで夕日を眺めるんです。私はスローマザーですから」(裏覚えなので間違ってたらスミマセン)のように答えていた。
都会に住む私たちにとっては、朝日・夕日を見るなんていうのは一大イベントになってしまう。
「ご来光を見にいく」「夕日スポットで夕日を見に行く」なんて感じ。
でも本当は毎日毎日太陽は昇り、落ちる。自然の営みの基本中の基本。
人もそれに合わせて生きてきたはずなのに、電気がついて、高い建物が並んで、日常が日常ではなくなってしまった。
思えば、私たちもパタゴニアやアフリカを旅していたころは、朝日とともに起き、夕日が沈めばテントに入るという幸せを味わっていた。
アンニャさんの言葉はそれをまた思い出させてくれる言葉で、しかも子供とその幸せを共有するなんてなんて素敵なことなんだろう。
私もアンニャさんを見習おーっと。
(慈芳)

アンニャさんについてはこちら → NGOナマケモノ倶楽部世話人紹介ページ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アマゾンのアグロフォレスト

市民大交流フェスタ(6月24・25日のブログ参照)でお隣の展示ブースにいたのは「世界最大の熱帯雨林アマゾンを救え」さん。
彼らが「地球の授業」(1時間弱の小会場でのプレゼンテーション)をやるというので話を聞きに行った。
テーマはアマゾンの「アグロフォレストリー」について。アマゾンでは1970年来牧場開発が森林破壊の主な原因になってきたという。
数百~数万ヘクタールの森を伐って焼き払い、1ヘクタールあたり1頭未満の牛を放牧するというもの。
それに対し、日系農家は小さな土地に、アマゾンの植物も含め多種多様な農作物を生産しており、数ヘクタールの土地で数百~1千ヘクタールの牧場と同じ収入をあげているという。これをアグロフォレストリーといい、近年アマゾンの森を守る切り札として世界中から関心を呼んでいるらしい。

日本から百年前に移住した人々が地球の裏側で今このような形で注目をあびているというのは、なかなか誇らしいことだ。農作物と牛、そもそもモノが違うのでそう簡単に切り替えられるものでもないとは思うが、消費する人々がアマゾンの牛は食べないように、逆にアマゾンの果物を食べるようにすれば、少しずつ変わっていくかもしれない。

また、会場で最近気になっていたブラジルでのエタノール生産のことを質問してみた。するとエタノール原料のさとうきびはアマゾンよりもうちょっと南が産地になるのでまだ影響はあまり出ていないそうだ。
だが、アマゾンにおける今の脅威は大豆生産とのこと。中国では食料需要が増加し、自国内で大豆生産をまかないきれなくなり、ブラジルから輸入するように決定したらしい・・・ これまた難題。

日本では農薬使用や狂牛病など、自分たちの健康を考えた「食の安全」の観点から原産地表示がなされるようになったが、これからはきっとさらに一歩踏み込み、「地球の安全」を考えて食料を選ぶべきなのだろう。特に食料自給率の極端に低い日本。輸入に頼る私たちが積極的にそうしたことを考えていくべきではないだろうか。
(慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

風車の向こうの富士の雄姿



富士の裾野に高さ100m風車40基ほどの風力発電施設の建設構想があるそうだ。
当然のように富士山の世界遺産登録を進める自治体や環境団体から反対の声が上がっている。
(参考記事はこちら

風力発電による景観の破壊問題は、風力発電の盛んなヨーロッパでも大きな問題とのコトをナショジオで読んだことがある。
見渡す限り何もない平原に林立する風力タービン、確かに景観上はよろしくないかもしれない。
風力発電は自然エネルギーでいいコト尽くめのような印象もあるが、米国では、渡り鳥がタービンに巻込まれ多数死んだり、地域に吹くはずの風が吹かなくなり気温が上昇したりとの報告もあるとか。

化石燃料も枯渇ぎみ、自然エネルギーも手放しでは喜べない。どうすればよいのか、それはエネルギー消費を減らすしかないのだと思う。
減らしてまかなえるのか、という気もするが、インドに中国、巨大な人口集中国がエネルギーを消費し始めた今、できることはなんでもして消費電力を減らすしかないと思う。(拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「持続可能な社会づくり」シンポジウム」


6/23に愛・地球博の後続イベントとして標題のシンポジウムが開かれた。
市民プロジェクトのコーディネータの方の他、万博に参加していた5人の外国人の方を招いて開かれたものである。
この5人がそれぞれ個性的、魅力的で、自分の活動内容や持続可能な社会に対して強い想いを持っている方々ばかりだったので、ゲストトークはなかなか面白かった。
たとえば、インドから来たオルデンドゥ・チャタジーさんの万博についてのひとこと。

「インド館はスパイスの商談場みたいだった。市民参加をうたうなら、瀬戸会場に市民を追いやらないで各館でも市民の顔が見えるようなものにしてほしい」(万博には行っていないが、インド館の様子、目に浮かぶ・・・)
「持続可能をテーマにするんだったら、新たに土地を切り開いて万博会場をつくるんでなくて、荒廃した土地に植林でもして会場をつくるべきでは?」(大賛成!!!)

また5人のうち、2人はミュージシャンでもある。歌も披露された。フィリピンから来たアーネル・バナサンさんは絶滅の危機に瀕しているフィリピンの鷲の歌、現在エクアドルにいるスウェーデン人アンニャ・ライトさんは、エクアドルの伝説のハチドリの歌。バナサンさんの歌は言葉が全くわからないものの哀愁が漂い、メロディがずーっと心に残った。アンニャさんの歌はとっても単純なメロディだが、日本語、スペイン語、英語の歌詞で歌われ、最後には皆で合唱、かなり感動的だった。

言葉でとうとうと語っても理解されない場合も多々あるが、音楽ってやっぱりすごいなーと思った。
各ゲストについてはまた・・・
(慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

割り箸はいま

3月にも書いた割り箸ネタ

今日のNHKのクローズアップ現代(2006年6月6日放送)で特集されていた。
国内の間伐材を使って割り箸を作っていたのは昔ばなし。
今は需要の97%が中国の森林(主にシラカバの木)から切り出されているそうだ。そして、中国での木材需要が増え、環境意識も高まってきており、中には木材の輸出を禁止する動きも出ているとか。
賛成。日本における浪費の象徴のサプライが根元から停まればどうしようもない。解決策は明快、みんな箸を持参すればよいだけである。

旅の間からずっとマイ箸を愛用している(というか旅の間は手に入らないし・・・)。衛生面を考えての割り箸などと訳のわからない論理もあるようだが、僕自身は食べた後にさっと拭くだけのときもあるが、腹も壊さずに生きている。

さらに、恥ずべき現象が中国に起こっている。割り箸が中国でも使われ始めていることだ。日本の浪費文化が国内に留まらず世界に広がり、森林伐採を促進させてしまっているのだ。

パキッ、パキッ、あなたがご飯どきに鳴らすあの快音。
その音の向こうでは一本、また一本と海の向こうでシラカバの木が倒されていることをご存知ですか? (拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ロハスシンポジウム

今日は時間の都合が付いたので、ロハスクラブ主催の「ロハスデザイン大賞2006」の発表シンポジウムに出てみた。
ロハスクラブは「ロハス」ブームをつくった雑誌ソトコトが主催するロハス公式評議団体。「ロハスデザイン大賞」は「ロハス的なデザイン」を「ヒト、モノ、コト」の3部門で決めようというもので、インターネットで募集した審査員の投票によって賞が決まる。

感想は・・・。時間を割いていくほどの価値はなかった。
第一回ということでトライアルの要素もあるのだろうが、講演内容はメッセージ性に欠け、大賞もロハスクラブ理事である坂本龍一氏が受賞するなど、この会はいったいなんなんだろうという感じであった。

ただ、日本におけるロハスというか、サステナビリティの分野で一番声が大きいと言っても良い坂本龍一氏の発言を生で聞けたのは価値があった。
「役人はすぐにはできないというが、コンビニ袋なんてすぐにやめればよい」、法律を作ればよいと。これは僕も全く賛成。コンビニ袋、割り箸、さっさと廃止すればよいと毎日思っている。

こうやって影響力のある人がモノを言っても変わらない社会、本当に浪費を減らす社会はいつ実現するのだろうか・・・。なんとかしたい。(拓)

ちなみに私たちが投票した「ヒト、モノ、コト」はほどんど3位以内に入っていなかった。受賞したのは知名度の高いものばかりな気がする。それじゃつまんないじゃんと思う私たちはやはり少数派なのか・・・ さらにいうと「ロハス」の取り上げられ方にもかなり疑問がある。「ロハス」という受けの良い言葉によって「人類と地球が共存共栄できる持続可能なライフスタイル」が今まで関心のなかった人々にも広まったことは確かで、それはすごいと思う。ただ、日本ではやっぱり「モノ」に結びつくケースがあまりに多い。典型的なのが「エコバッグ」。こんなの新たに買わなくても家にあるのを使えばいいんじゃないの?経済と両立しないと世の中まわらないとはわかっちゃいますが・・・ 自然と健康に良いモノを買いましょう!というのは認識が高いけれど、一番大事な(と私が思っている)そもそもモノを買わない=消費を最小限にということがなおざりになっていないだろうか。(慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「いのちのネダン」

今日もまた「ナイロビの蜂」ネタ。
自分たちがすごく気に入った風景が舞台となる映画は、他とは違った感情を引き起こしてくれるのだろうか。

PC故障というトラブルが発生し、予想以上に滞在期間が延びたのが東アフリカの玄関口であるケニアの首都、ナイロビ。南部アフリカから飛行機で到着し、南部とは大きく違う雰囲気を体全体で感じたことを覚えている。

僕らを世話してくれた駐在員は帰国直前の多忙な時期にもかかわらず、単なる旅行者では見ることができないナイロビの多くの側面を僕らに紹介してくれた。
「ここでは人のいのちはとにかく安い。」
そんな彼との会話の中で彼の口から出てきた言葉であった。
ケニア人の従業員が出産直後に病院内で感染症で亡くなった話、多発する交通事故、校門の前で強盗に殺された日本人学校長、貧困で亡くなっていく多くの子供。とにかく人の死に直面する機会が多いとか。

「ナイロビの蜂」では先進国がつけた途上国の「いのちのネダン」が取り上げられている。
この映画はアフリカの現実について問題提起した映画であることには間違いない。
しかし、この映画こそが、インド・中国の次にアフリカにターゲットをあてた文明諸国のしたたかな戦略の第一歩と考えるのは考えすぎだろうか・・・(拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ホンネとタテマエ

帰国後初の映画、「ナイロビの蜂」を見ていて、思い出したウガンダでの出会いをひとつご紹介。
それはアフリカ最大の湖、ビクトリア湖に浮かぶセセ諸島(Ssese Islands)を訪れたときに滞在したバックパッカー宿のオーナーはオランダ人の中年のオヤジだった。
気のいいオヤジは全ての宿泊客に気さくに話しかけ、電気もガスもない原始的な場所であったが、素晴らしいビーチを持つ宿をノンビリと経営している。

そんな彼は、ここのオーナーになる前の話をしてくれた。
食料援助団体で活動していた高い志を持った彼、最初は「アフリカを、困った人を助けよう」と精力的に活動していた。しかし、しばらくすると援助活動の「ホンネとタテマエ」に直面する。

アフリカの困った人を本当の意味で助けようとすると、アフリカ内で生産された食料をアフリカ内の貧困地域に送り込むことが双方にとって「助け」が利く方法のはず。
しかし彼が携わっていた食糧援助団体は、わざわざヨーロッパから食料をアフリカへの「援助物資」として輸出していたそうだ。そんな矛盾に身を置き続けることに疲れを感じ、彼はその活動を抜け、静かな島で細々と生きる道を選んだそうだ。

そんな話、たくさんあるんだろうなぁ・・・。(拓)
(セセ諸島はお勧めスポットです。行くのは大変ですが、それだけ僻地好きにはたまらないスポットです。ちゅらぼし日記はこのあたりかな

(2005年10月 セセ諸島にて)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

富士を拝む

数週間前から始まった今の仕事で、週の半分以上は富士山の麓で仕事をしている。
富士山の雄姿を毎日拝めるとの触れ込みで、ホイホイとやってきたが、なんと最近は雨ばっかりで数週間の間、一度も富士山を見ていない。
そんな今日、朝から河原を海に向かって走り、折り返し地点で振り向いた瞬間、ドドーンと、富士さまがいらっしゃった。
やっぱり、この雄姿はすばらしいなぁとちょっと走るペースが上がった気がした。

ただ、気になった点もひとつ。予想以上に残雪が少なかったのだ。
キリマンジャロもかなり頂上付近の氷河が減っていた。
数年前に書かれたトレッキングガイドには「頂上付近は雪が硬い日の出直後に行くべき」と。去年の10月に登ったときは、頂上のトレイルに雪なんてこれっぽっちもなかった・・・。
これってやっぱり温暖化なんだろうか・・・。(拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

リサイクルの難しさ

実家で整理をしていると、もう使わないなーというものがたくさんでてきてしまう。その例がキッチンキャビネットとVHSビデオラック。


まだまだ使えるはずなのにうちには置き場がない。そこであっちこっちのリサイクル屋に持っていってもらえないか聞いてみた。写真で既にだめだしされたところ、見積もりに来てくれたが有料引取り(=ゴミ)になるというところ、いろいろあったが、結局、引き取り手は見つからなかった。近所を軽トラで巡回しているリサイクル業者のおじいちゃんいわく、「引越しの時期はねぇ、新品同様なのがいっぱい出るからねー」(つまりキズ、さびの多少あるこれらはお金にならないということ)とか。 
がっくり・・・ そしてゴミを出している罪悪感と共に改めて日本のモノ社会を思い知った。人々は新しいモノを求め、古いモノはゴミと化す。リサイクルという意識はたしかに浸透しつつあるとは思うが、実態は新古品市場なんじゃないだろうか。

技術の進歩でどんどん新しいモノがつくられ、ゴミが増える。このスピードは日本が世界の最先端を行っていることは間違いないと思う。たとえば、ビデオ。メディアの変遷によってどんなにゴミが出ただろうか。VHS(βを持っていたら更に大変)→DVD/HD、8mm→DV/HDが主流になって、VHSビデオプレーヤ/レコーダー、8mmビデオなどの機器とVHSテープ、8mmテープ、そして今回私が困っているそれを入れるラックなど全てゴミになっていく。実際膨大なVHSテープをせめて再生プラスチックにするなどしてリサイクルできないものなのかと調べてみたが個人ではかなり難しい様子。市場を塗り替えるメディアの発明にはメーカーが責任を持って古いものを回収してほしいもんだ。

3R(Reduce, Reuse, Recycle)という標語があるが、日本では「リサイクル」という言葉が一番一般的なようだ。リサイクルは「再資源化」という意味だが、日本ではリサイクル屋に代表されるように「Reuse」の意味でも使われている。でも本来一番大事なのは「Reduce」、つまりそもそもゴミになるようなものを買わないというところにある。
買う前にもう一度考えよう。「これ、ほんとにいるかな?」と。(慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

さおだけと竹垣

我が家のこの季節の決まった行事は家の周りの竹の手入れ。
というと、お前の家には竹林があるのか?とたまに言われますが、竹林なんて大層なものではなく、お隣さんが植えた竹が境界を越え、我が家の敷地内にも生えているだけなんですが・・・。

竹は驚くほど成長が早くグングン伸びるため、間引かないと家の日当たりが失われたり、毛虫の大群に襲われたりと、様々な問題が起きるそうな。
今までは力任せに十本近い竹をなぎ倒し、細切れにして、ゴミの日にポイ。
美ら地球回遊記、今年からは違います。

切り倒した竹たちを見て、家族会議。捨てるのはもったいないと。
ミーティングの結果、3つの活用法を実行することに。

その1.笹を除いてそのままさお竹:
我が家で3本、ご近所に2本、数名の友人に電話をかけ、2本売約(うそ、うそ。差し上げましたよ)、あと、最後の二本は家の前で「ご自由にお持ち帰りください」と、売出し中。

その2.竹垣:
帰国直前くらいのある日、朝起きたら、垣根が大破。寝ている間に当て逃げされたとか。
防犯カメラの映像を元に、警察が捜査もしてくれているが、一向に進展なし。
自力で垣根修理をすることに決定。そう、その材料に選ばれたのが、庭から切られた竹の木ぃ。

その3.タイヤの台
車の出入りのたびに地面が掘れることに、頭を悩ませていた私たち。竹を半分に割って、並べました。
一見、青竹踏みのような素敵な仕上がりです。

みなさんも、日々のチョッとした美ら地球長持ち活動、教えてください。(拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ゴミはゴミ箱へ

ゴ-ルデンウィークのさなか、関越に向かって環八を走っていたときのこと。世田谷の砧公園近くで異常な事態に気がついた。環八の中央分離帯にゴミが散乱しているのだ。しかも空き缶や紙ごみなどではなく、ほとんどがスーパーの袋に入った大きなゴミ。なんだこれは?渋滞中、車からぽいぽい捨てたのか?

南米やアフリカで道端に投げ捨てられたゴミを見て悲しい気分になっていた私たちだが、ゴミ処理施設も収集システムも整っている日本、それも首都東京でこんな光景に出会うとは・・・。モラルの低さに唖然。
「ゴミはゴミ箱へ」って小学校で習ったよね? (慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

下呂で見つけた素敵なもの

日本3名湯のひとつといわれる下呂温泉に行ってきたのだが、宿で思わぬ発見があった。泊ったのは「いずみ荘」というところで、じゃらんで犬が一緒に泊れるということと木造という言葉に惹かれて選んだ宿であったのだが、その木造というのがただの木造じゃなかったのだ。
下呂ではただ一軒の総木造りだそうで、純和風の部屋が23室。そのお部屋のひとつひとつが、素材から天井のつくり、障子まで全て異なるつくりなのだそうで、これを見に泊りに来る外国人も多いとか。改装の話が出るといつも古い造りなのでどうしようか・・・と考えるが、結局そのまま維持してきたんだそうだ。素晴らしい・・・
(写真: 竹の葉をあんだという天井)

中でも印象に残ったのは、竹を育てるときから型に入れて四角くするという角ばった竹の素材。素材を育てるところからやっていたらいったいこれを作るのにどれだけかかったのか・・・
宿の方に話していろんな部屋を見せていただくことができたのだが、帰国後、日本の伝統建築に関心をよせている私たちにとっては目にウロコのものばかり。ただいま勉強中の「和風住宅」に載っている「XX造り」が出てくるわ、出てくるわ・・・ いやぁ、これこそ和だね。匠だね。
宿の方もとってもいい方なので下呂に行く方は是非!(慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

原油高と大画面テレビ

最近、原油高の話題が新聞などを賑わせている。
「消費者への影響もジワリ、ジワリ・・・」、「セルフの給油スタンドに人が流れている・・・」などなど。

中国とインドという超巨大な人口がエネルギーを消費し始めた今、原油需要が増大し資源が高騰するということを理解することはそんなに難しくない。

自国に資源がない、確保するにも外交問題が色々絡んで簡単じゃない日本では、やっぱり使う量を減らすしかないと思う。
3Rでは足りず、4Rなんて言葉もどこかで見た。新たに付いたRはRefuse(断る、拒絶する)。
これは大賛成である。要らないもの、使わないものは「いらない!」と勇気を持って排除することと理解する。

僕自身も、帰国してから3ヶ月、マイ・ボトル持参により容器入り飲料のは1本のみ。マイ箸持参による割り箸もほとんど使っていない。
やっぱり、何か行動にしないと「口だけ星人」になってしまうので、それは避けたい。

と、ニュースを見ていたら、世の中はW杯を目前として大画面テレビ市場が活況とか(2月にもオリンピックだ!なんて言って同じ売り文句聞いたなぁ・・・)。
シングルベッドと同じ大きさの画面やより明るい画面が売りだとか・・・。
それに伴い、ホームシアター用の家具やらソファもその波に乗って売れてると。

確かに、今の電気製品は省電力かもしれない。でも、使うと「消費」するんだよねぇ。
古館さんやみのもんたの顔を大画面で見たい? 見る必要あるかな・・・。

(拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

こんなところに・・・

桜見物に小田原を訪れた。小田原は伊豆・箱根に行くのによく通るものの、あまりじっくり見て回ったことはない。朝一に長興山というところにあるしだれ桜を堪能したあと、せっかくなので市のシンボルとなっている小田原城址公園に行ってみた。小田原城は15世紀はじめごろに築かれた後、戦国時代北条氏のもとで最も規模を拡大したが、その後江戸時代の縮小、改修を経て、明治3年に廃城となってほとんどの建物が解体されてしまい、現在の天守閣や門は昭和中期以降に復元されたものだそうだ。城址公園内はお堀周辺をはじめ桜がたくさん植えられて桜の名所ともなっている。
本丸へ入る重厚な門をくぐった後、目の前の光景に唖然とした。天守閣を背景にゾウがいたのだ。

ここは小さな動物園となっているらしく、ゾウのほかに、ニホンザルや孔雀、フラミンゴなどが檻に入れられていた。そもそも動物園というものに複雑な思いを感じる私たちではあるが、どうしてここにつくらなくってはいけないんだろうか。日本の歴史を垣間見るつもりできたのに、天守閣の前にゾウときては昔の様子を偲びたい気もぶち壊され、がっくり・・・
日本人は新しいもの、異文化を取り入れ、融合するのが好きだし、うまいと思う。それはプラスに働いて経済を活性化させることももちろんあるが、他のものを取り入れすぎて失ってしまった日本の伝統文化や町並みも各地に見られる。小田原城のゾウもそれを象徴しているような気がしてしまった。(慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

割り箸値上げ

日本の割り箸業界が今大変だという記事が新聞に載っていた。輸入元の9割とも99%ともいわれる中国が大幅値上げを要求しているからだという。中国では森林伐採の行き過ぎで洪水が増え、伐採禁止になったところがあるらしくその影響らしい。しかも日本割箸輸入協会(http://www.waribasi.com/)によると中国でもいまや材料の67%をロシアと蒙古から輸入し、生産しているという。
そんなことを知らない私たち日本人は割箸は「タダ」かつ「使い捨て」が当たり前と思っている。が、日本から一歩出て考えてみるとそれは特異なことである。海外生活をしたことのある人は思い出して欲しい。日本にいるときのように簡単に手に入らない割箸を何度も洗って再利用していなかっただろうか・・・
ロシアや蒙古で何が起こっているか、その情報はあまり入ってこない。が、計画的に伐採が行われているとはあまり思えない。地球温暖化が騒がれ、森林が貴重になっているこの地球上でこれ以上森を減らしてよいのか。
日本がクジラ問題に引き続き、「WARIBASHI」問題で非難を浴びる前に、この中国の値上げを機に「マイ箸」運動が加速するといいなぁ~と個人的には思っている。
年間約240億膳輸入しているという割箸。簡単に人口で割ってしまえば一人年間200膳。ちなみに帰国してから私たちがマイ箸でセーブした数は既に60膳。みなさんも始めませんか?(慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (4)

これ・・・必要?

久々の高速サービスエリア中央道談合坂。トイレでこんなものを発見してびっくり仰天!

なんとラーメン「一蘭」の座席表そっくりの表示板がついているのだ。一目で各トイレの「空き」「使用中」のわかるとっても便利なこの表示板だが、あちこち空いているトイレが見えているから、私が見た限りではわざわざこれを確認していく人はあまりいなかった。前に立っていたのはあまりにあきれて写真を撮る私だけ。
果たして空いているトイレがわからずに困っている人がそんなにいたのでしょうか・・・ これを開発して作るのにいくらかかったのでしょうか・・・ そのお金、他に使い道なかったんでしょうか・・・ はぁ・・・ (慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ギアナ高地

先日テレビ番組で「ギアナ高地」の特集をやっていた。ギアナ高地は私たちも行きたかったが、ルート・資金的に泣く泣くあきらめた場所のひとつであり、珍しく興味津々で番組を見た。

秘境といわれた南米ベネズエラのギアナ高地も近年観光客がかなり増加し、ヘリコプターでの観光やトレッキングツアーなどが活況、リゾート建設計画も着々と進んでいるとのこと。このようなことは南米やアフリカ各地できく話だが、ひとつ驚いたことがあった。今までそこに生えていなかった植物、観光客の靴や衣服に付着して運ばれてきたと思われる植物が根を生やしはじめ、さらに栄養たっぷりの人の排泄物のおかげで高地が青々としてきたということだ。緑が増えることは一見良いようにきこえるかもしれないが生態系を壊しているという目に見える恐ろしい事実だ。
トレッキングではもちろんゴミは全て持ち帰るのが大原則だが、やはり排泄物だけは持ち帰らず穴を掘って埋めることが多い。ギアナ高地ではどのようにしていたのか詳細はわからないが、現在はポータブルトイレ携行が義務付けられたらしい。植物の種なんかは気をつけていても完全に付着を防ぐのは難しい。トレッキングは私たちの最も好きなアクティビティだけにそれをきいて悲しくなった。

地球上に残された美しい自然を求めて旅をしていた私たちは、その地を訪れ、雄大な氷河、広大なサバンナ、鬱蒼とした熱帯雨林、真っ青な海など素晴らしい自然の造詣、また、そこに住む生き物たちを堪能させてもらって、こんな素敵な自然をいつまでも残したいとより強く思うようになった。

しかし途上国の自然保護に関してはあるジレンマが生じているところが多い。私たちのような観光客が訪れることでどうしてもその地の開発を促進し、いくら壊さないようにしても自然を破壊してしまう反面、その観光客収入がないと自然保護のための資金が得られないというものである。旅中、この問題で悩むこともしばしばあった。
このジレンマを逆手にとり、地元にお金を還元すればよいだろうと金持ちを呼び寄せるための超高級リゾートをつくる人々もいるようだが、私はそれには賛成できない。そのようなリゾートの多くは地元の現状とあまりにかけ離れていて、観光客が現実を認識することのないまま楽しむだけ楽しんで帰っていくことになるからだ。
途上国ではできる限り地元民の話を直接きく機会を持ち、私たち観光客ひとりひとりがその地を変えているんだということをしっかり認識してその影響を最低限にするよう心がける気持ちを持つことが大切だと思う。(慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

南極に行かない勇気

日本に帰ってきて、お気に入りのナジョジオチャンネルをよく見ている。自分たちが訪れたところに関する番組が放送されると、自分がこの目で見た風景が放映されては喜び、目にすることができなかった景色が紹介されると、「チクショー」と笑いながら唇をかむ。そんな楽しみ方ができるようになった。

また、当然それとは反対に行ったことがないところが紹介されると「ここ、ええなぁ。行きたいなぁ・・・」ともなるわけである。
私たちがこの一年半で訪れたのは28カ国、また、気に入ったところは一ヶ月ほどの滞在というスタイルではもちろん、これだけの時間では行きたいところを行き尽くすことは不可能なわけである。

そんな中で、やはり、ひときわ気になるのところが南極である。2004年12月にたどり着いたアルゼンチンのティエラ・デル・フエゴ。世界最南端の町といわれるこの街からは南極ツアーがいくつも出ていた。もちろん興味はあったが、最安でもひとり3,000ドルをくだらないツアーに参加する余裕はその時の私たちにはなかった。

家に戻り、映画「皇帝ペンギン」の中に映し出されている景色を目にし、それ以上に違いない壮大な大地を思い描いた。その映画を見て「やはり南極!」と思う自分を想像していたのだが、終わった後に自分の心の中には意外な考えが浮かび上がった。

それは「ここはこれ以上、人間は入らないほうがいいかも」という感覚であった。

これは色々素晴しい風景を目にすることができた私たちのエゴなのかもしれない。
今まで私たちが訪れた多くのところも、多かれ少なかれ「観光地化」された場所であり、そこを訪れる観光客による影響は間違いなく長短両方あるわけで、自分たちでもそれを感じた。

増つづける南極ツアー、あの美ら地球最後の聖域と言ってもよいようなあの地にこぞって「人間」が訪れるということは、やめたほうがいいと感じる。

行きたい、でも、南極はそっとしておこうと今は思う。(拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

どこまで続く、マイ箸、マイボトル

帰国後、あっという間に仕事人生が始まった。覚悟はしていたが、実際に戻ってみると電車の混みようや、忙しさゆえの無駄なものが溢れているこの社会はやはり少し異常に感じる。
とはいえ、やはりムダを排除した暮らしをと強く思っているので、今実践しているのが「マイ箸」と「マイ・ボトル」。

箸に関しては、やはり間伐材も立派な資源。使い捨ての割り箸以外に有効利用できるはずだし、ペットボトルにしても、リサイクルできるかもしれないが、そのサイクルをまわすにはエネルギーもお金も消費する。と思って、なんとかそんなムダを減らそうと思っている。
以前は一日3本くらいのペットボトルを買っていたように思う。(と、考えれば経済的にもお得!)

昔、発展途上国から帰ってきた時はやってたんだけどねぇ、今はやってないなぁ・・・と先日会った人も言っていた。やはり慣れるとそうなってしまうのか・・・。

どこまで続く、この動き。些細な自己満足かもしれないけど、ま、続けてみよう。
慈芳がセーブした割り箸の数をエクセルで管理してるので、ま
た後日発表しましょう。(拓)

| | コメント (1) | トラックバック (1)

新築ラッシュ

帰国して気付いたのは、自宅の周りに新しい一戸建て、マンション・アパートがニョキニョキ建っていること。帰国前に滞在していたヨーロッパでお世話になった友人のうちのほとんどが築50年、100年という話をきいていたばかりだったので、新築ばかりのここが私たちには奇妙に映った。
特に帰国直前のアムステルダムでは、水路沿いの家並みが有名だが、その多くが傾いたりしている。外から見るとびっしり並んでいる家々の間に三角に隙間があいているのでよーくわかる。実際友人の家でも以前別の階で水漏れが発生したのだが、床が傾いているために水がしゃぁーっと流れていってしまい、てんてこまいだったそう。
そういえば、パリで泊った友人宅でも水漏れが発生したとかいっていた。なんせ古いからそんなのが当たり前なのだ。でもそんな古い建物を改築に改築を重ねて使っているから、パリやアムステルダムの街並みは大都市であるにも関わらず、落ち着いた感じで調和がとれていて美しく見える。
日本でも百年住宅などというのが言われているようだが、そもそも木造でも何百年も持つ建物というのは日本のお家芸だったはず。いつの間にこんなに建て替えサイクルが進んでしまったんだろうか。
地震が多いというのはひとつの理由であるかもしれないが、五重塔なんかは地震に強い構造をしているはず。昔はできたのにどうして今はできないのだろう?

もちろん住宅だけではない。日本の「モノ」の移りかわりの早さは異常だ。次々と新機能を打ち出す携帯電話やデジカメからコンビニに並ぶお茶ブランドにいたるまで、昨年あったものが今年は手に入らないものが多い。修理して長―く使おうと思っても修理代より新品の方が安いということも多く、とにかく「買い替え」が奨励される風土がある。古きよき「もったいない」精神はどこへ行ったのか?

アフリカからヨーロッパに入ったとき、便利な社会にカルチャーショックを受けたが、ヨーロッパから日本に帰ってきて、更に早いモノのサイクルにとまどっている。(慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

鯨肉

先日、テレビを見ていたら「鯨肉流通増」というニュースがあった。日本の調査捕鯨の枠を増やすことにしたため、鯨肉の流通が増えることを見込んで、各地で鯨肉ビジネスが活況!という内容だった。

私たちはこのニュースに敏感に反応した。というのは欧米の人々が考える日本のイメージのひとつとして「鯨・イルカを殺して食す人々」というのがあるからだ。が、捕鯨と鯨文化に関して彼らに説明しようと思っても、恥ずかしながら説明できるほどの知識がない。そんなわけで、私たちはこのニュースで「捕鯨問題の歴史・背景」、「なぜ今調査捕鯨の数が増やされたのか」「現在の国際的鯨管理の問題点」なんてことを勉強できることを期待したのだが、ニュースでは鯨ビジネスのみに焦点があてられており、それを見て日本国内と諸先進国の捕鯨に関する温度差を再認識した。

ドイツでは1月20日、日本大使館前で死んだ鯨をディスプレイし、捕鯨に対する抗議活動が行われたという。
たまたま私たちがオランダ・アムステルダムにいるときにも、広場でグリーンピースが巨大スクリーンで捕鯨シーンのビデオを繰り返し流し、訴えていた。もちろん日本の鯨文化についての説明なんて何もない。ただ鯨が捕獲され、血が流されるシーン、グリーンピースが捕鯨船のまわりを囲んで抗議するシーンが流されるのみである。なぜこんなに悪者扱いされなくてはいけないのか。しかし抗議活動の様子しかメディアに登場しない国々では、その扱われ方がそのまま日本のイメージとなるわけである。

それに対して日本国内では捕鯨問題の本質についてメディアではほとんど取り上げられないため、関心は低いのではないだろうか。「最近『鯨肉』よく見かけるようになったね」「調査捕鯨で捕獲された鯨肉が市場に出回っているって、ちょっと違和感あるよね」と思うくらいがせいぜいでは?「調査捕鯨の捕獲数がなぜ増えることになったか」、「なぜ南極の保護区内で日本だけ捕鯨してるのか」なんてことに興味がある人はあんまりいないだろう。それが海外では大問題として取り上げられているにも関わらず・・・

(写真: 魚料理店のメニューに「クジラ」 )

鯨問題については、捕獲を続ける側、保護を訴える側の主張があまりに食い違っている(鯨の生息数、保護すべき海域など)ため、一概にどちらが正しいとはいえないが、国内外でそれぞれ非常に偏った情報が伝わっているために温度差が開いているのは間違いない。
日本の捕鯨を理解してもらいたいなら、まず私たち日本人自身がもっと捕鯨について知ることが大切だと思う。(慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

久々のテレビ

長期にわたって旅を続け、「日常」に戻ってくると、日常に違和感を覚えることもある。
今日、感じたのは「テレビ」について。なんとテレビを見ている時間が長いことかと。
「チャンネル変えても同じニュースが繰り返されるだけ・・・」、「くだらん番組ばっかり・・・」などという声はよく聞くが、なんだかんだ言ってもテレビの電源はついている。

南米やアフリカではいうまでもなく、ヨーロッパでも訪れたすべての家にテレビはなかった。ある人は「テレビで得られる情報の密度は限りなく薄く、映像が必要ない場合も多くある」と言って、テレビはまったくいらないと言う。

日本はオリンピックやワールドカップを控え、フラットディスプレイ大画面テレビの熱い大商戦が繰り広げられているとか。ヨーロッパ内の主要都市もいくつか訪れたがどこの国でもそんな風景は見られなかった。

今の僕は、はっきりと「そんなものは要らない」と言える。(拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

レシピで感じる日本の生活

私たちの旅の基本は自炊である。外食は数えるほどしかしていない。たぶんこれが健康に過ごせている理由のひとつでもあると思う。特にヨーロッパへ来てからは、材料が豊富、友人宅のキッチンが使える、日本のレシピ本がある、とあってますます充実した自炊生活を送っている。

(写真: 日本のレシピ本を借りて熟読する拓)

というわけで最近は本やネットでよく日本のレシピを見ているのだが、この間ひとつ気になる表現を見つけた。それは材料の欄に「XXX 1パック」などと書いてあるものがあること。フランスでは(というか今まで私たちが訪れたところほとんど全て)では、野菜はバラで山積みされていて好きなだけとって量り売りしてもらうのが普通。「1パック」というのは野菜が丁寧にパックされている日本ならではの表現である。(そもそも1パックといってもいろいろ大きさがあるだろうからこう書くのはおかしいと思うが)

見栄えが良いとか清潔だとか物流事情など、いろいろ理由もあるんだろうが、誰もがエコ生活を口にするこのご時勢、何でもパックにしてゴミを増やすのはやめてほしい。
(慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ディーゼルVSガソリンエンジン

ここアンティーブでの二人の移動はもっぱら自転車。ジュリアン夫妻の自転車を借りて、買い物や散歩に出かける。周辺にはくねくねと細い小道が続き、たくさんの小型車が私たちを抜いていく。耳を澄ましてみると、カラカラとディーゼル特有のエンジン音が聞こえてくる。
よく聞く話ではあるが、ヨーロッパでは多くのディーゼル車が走っている。フランスだけに多くのプジョーをみかけるがそのほとんどは「HDi」シリーズ、ディーゼルのラインナップである。ニッサンの最新モデルでもディーゼル仕様を見かけた。

数ヶ月前の自動車雑誌ではトヨタのプリウスとプジョー307HDiの比較テストを特集し、「両車、燃費はそんなに変わらない」という記事だったとか。燃料電池の研究者であるジュリアンは、この記事の裏にはヨーロッパ車メーカーの強い力が働いているとみる。

知っているようで知らないディーゼルとガソリンエンジンのほんとうの長所や短所。一度、じっくり勉強してみよう。(拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

観光客と物乞い

ふとしたことから、ガイドと物乞いの話になった。ンゴロンゴロに近い村Karatuというところでは観光客に対する子供の物乞いが問題になっていて、子供たちは観光客からペンをもらってそれを勉強に使うのではなく、マーケットに行って売るんだそうだ。

ガイドいわく、これは教育が行き届いていないせいもあるが、主には観光客の責任だという。もともとは観光客がペンやアメ、または小銭をいわれもしないのに与えたせいで、今は子供たちが求めるようになったと。その多くは米国人だとか。(データがあるわけではないので事実かどうかはわかりませんので悪しからず。)

これに関しては私たちも全く同感である。というより、自分たちが思っていたことが現地の人の言葉で裏づけされたようなものである。南米でもアフリカでも皆同じこと(アメ、ペン、お金)をいうのは世界中を旅している観光客がどこでも同じようなことをするからだと思っている。
南米の観光客の乗る電車からアメを投げるのが通例になっているという話をしたら、ガイドもサファリカーからアメを投げ与えた人がいると言っていた。

私たちは物乞いに応じないようにしていると以前書いたが(10/2のブログ参照)、まるで動物にエサをやるかのように物やお金を与える観光客には賛成しかねる。もちろんやっている本人は少しでも助けになればと思ってやっているのだろうが、その結果どうなるかを考えてみて欲しい。

現に、観光客からモノがもらえることを知っている子供たちは学校も行かずに路上でうろうろしているという。また、歯磨きの習慣がないのにアメやチョコをたくさんもらって虫歯になり、歯医者も行けずに困っているという話もきいたことがある。いくら貧しいとはいえ、手を差し出すだけで何かもらえるということを覚えたら大人になっても働く意欲がわくわけがないと思う。これは、なぜ、野生動物にエサを与えてはいけないかという理由と全く同じである。
私たちのように物乞いにうんざりする観光客も多いはずだからそのコミュニティにとってもマイナスだろう。

このような事実を先進国ではきっちり理解して、今後無責任な行動をする観光客が減っていくことを期待している。(慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

キリマンジャロのゴミ

キリマンジャロ登山でひとつだけ残念だったのはゴミ問題である。トレイル、キャンプ場にゴミが散らかっているのだ。アメやスナックの包装紙、ジュースの空パック、トイレットペーパーなどスタートからサミットまで途絶えることはなかった。
(写真: ちょっとボケてしまったが岩の間に捨てられたゴミ – カランガバレーの休憩ポイントにて)
憶測ではあるが、これらのほとんどは観光客によるものであると思う。ポーターもアメのクズなどを捨てたりするだろうが、写真のようなジュースやスナックなどはポーター達が持っているはずがないからだ。
きちんと教育を受けているはずの先進国の人間が、よその国のかけがえのない自然遺産を楽しませてもらう代わりに汚して帰るなんてことは本来あってはならないことだ。心ない人たちの残した異物をみて憤りを感じた。
いつもは人のゴミでも拾って帰るのだが、今回は多すぎてそれもできなかった。(慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東アフリカにて「世界の貧困」を考える

南アで合流した友人がお土産にくれた「ホワイトバンド」。世界の流れに乗り日本でも「ほっとけない、世界のまずしさ」キャンペーンなるものが進められているとか。ネットカフェにてキャンペーンのサイトを覗いて少し違和感を感じた。世界の貧困がなくなることはよいことだとは思うが、このキャンペーンでは特にその具体策に関して書かれていない。
「貧困をなくそう!」と意思表示をすることと、その具体策は別の議論という意見もあるかとはおもうが、僕はそこは切り離すことはできないと考えている。
地球資源の枯渇が叫ばれている今、貧困に苦しんでいる人々が先進国の人のような暮らしをするとするとたちまち地球のキャパシティをオーバーし、地球全体が滅びてしまうだろうと考える。発展途上国の債務帳消しなどを要求しているようであるが、それは単なる一歩に過ぎないと思われる。

地球のサステナビリティを考えつつ、本当に「世界の貧困」をなくそうとするのであれば、資金援助や発展途上国でのインフラ開発を援助するという彼らの生活を良くするだけではなく、同時に先進国に住む私たちが自分たちの持つ便利さや快適性などの「豊かさ」の一部を放棄し、彼らに分け与えることをなしにはありえないと強く感じる。

じゃぁ、自分たちはどうすればいいかと二人で考えた。
1年以上旅を続けている私たちはある意味最低限のモノに囲まれて生活している。どうしても欲しいのはやっぱりネットにつながる環境と小さな冷蔵庫くらいかな? (拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

コミュニティキャンプ in ウガンダ

ウガンダにはコミュニティキャンプとよばれるキャンプがいくつもある。UCOTA (Uganda Community Tourism Association)という団体が推進しているもので、立ち上げ時に欧米のNGOが関わり、土地を買って施設をつくり運営できるようにした後にコミュニティに引き継がれたものが多いようだ。テントサイトの他にBandaとよばれる昔ながらの小屋、コテージ、レストランなどがあり、森や滝などを訪れるネイチャーウォーク、近くの村を訪れるビレッジウォークなどアクティビティを主催しているところも多い。旅しているだけではなかなか難しい現地の人との交流ができるのがうれしいし、ここだったら私たちの支払う宿代や食事代がコミュニティに還元されている気になる。

このコミュニティキャンプのように現地のコミュニティで運営される施設やアクティビティは「コミュニティツーリズム」と呼ばれ、アフリカや中南米に急速に増えていると思われ、あちこちで見かける。観光客にとっても現地の人にとっても良いよくできたシステムだと思う。

ただ、現地の人の対応によってはアクティビティや食事の押し売りをされている気分になることもある。ビレッジウォークやカルチャー体験はどこも似通ったプログラムなので、いくら場所によって文化が違うといってもすべての場所で体験しようという気になる人は少ないのではないだろうか。また、キャンプから一歩出て村を散歩したりすると物乞い攻めにあうこともあり、これはあまり気持ちの良いものではない。

どうやってオリジナリティのある魅力的なプログラムを作っていくか、そして施設関係者だけではなく、コミュニティ全体でいかに観光客に気持ちよくお金を落としてもらうか。立ち上げに関わったNGOもきっとそこまでは教えてくれなかったろう。「観光客からお金を取ることを考えるのではなく、どうすれば観光客が喜ぶか考えてみてね。そうすれば観光客は自然にお金を払うから」と言ってあるコミュニティキャンプを後にした。(慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

停電

ウガンダでは停電が日常茶飯事である。首都カンパラ周辺でも毎日のよう停電し、ネットカフェで長いメールを書いていたら突然スクリーンが真っ暗!ということもしばしば。地方では電気がないところもまだまだあり、そのようなところではソーラーパネルをよく見かける。電気はきていても停電したら復旧に丸1日以上かかることも珍しくないのでランタンやロウソクが常に用意してある。
先進国ではイベントになる「キャンドルナイト」だが、ここでは当たり前である。今流行り(?)のオール電化の住宅だったらさぞかし困るんだろうが、ここではそもそも電気製品に依存している人は少ないと思われるのでそんなに問題ではないようだ。
ウガンダの電力の大部分は水力ときいてよっぽどすごいダムがあるのかと思ったが要は電力消費が少
ないのだ。
ここの生活に慣れると、日本における電力の安定供給ぶりに感心すると同時に、いかに日本含め先進国が電力を消費しているかということを気づかされる。キャンドルナイト生活に戻ろう!とは言わないが地球を長持ちさせるためにはもうほんの少し便利生活から後戻りしても良いのではないだろうか。(慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アメ、ペン、おカネ!

ウガンダの田舎道を歩いていると、気がつくとどこからともなく現れる子供たちに囲まれる。
彼らは笑顔で手を出し、
「sweets?(アメある?)」
「ないよ」
「Pen?(ペンは?)」
「ないよ」
「Money?(じゃ、おカネは?)」
「…」

(写真: 「写真を撮ってくれ」というので撮ってあげたら、「金をくれ」といった子供)
彼らの行動にも気が滅入るが、彼らにそうさせてしまうのは間違いなく私たち旅行者。先人の愚考に怒りを感じる。もちろん貧しい子供たちを目にし、いたたまれない気持ちで物を与える気持ちもわからなくはないが、ベギング(物乞い)はお互いにとってよいものではないと考える。
コミュニティツーリズムを進めている村々では物乞いの誤りに気づき、戒めているところも多くある。

なぜ、ダメか。それについてはこう考える。
やはり生物は基本的には自分の力で立つべきだから。手を差し伸べるのであれば、立ち方がわからない人、立てない人には立つ方法を一緒に考え、立つ手助けをするほうが良いと思う。それはアメを与えるのではなく、多くのNGO団体などが進めているボランティアワークという形で世の中には存在している。

ちなみに、ウガンダで出会うオトナたちはやたらと僕らのメールアドレスを欲しがる。これもネット時代の物乞いスタイルなのか…。(拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ゴリラの住む森

ウガンダで最も楽しみにしていたゴリラトラッキング(森にゴリラを探しにいくこと)。
いつか見たドキュメンタリーで、動物園のゴリラの目がとても悲しそうだったのが目に焼きついていて、私はゴリラに非常に興味を持ち、今回東アフリカで野生のゴリラを見ようと心に決めていたのである。
ゴリラにはローランドゴリラとマウンテンゴリラがいるが、マウンテンゴリラは世界中にもはや700頭強しかおらず、そのほとんどすべてがここウガンダ・ルワンダ・コンゴの国境にある森に住んでいるのだ。私たちのやってきたブウィンディ国立公園にはその半分近くが生息しているという。

私たちは公園の入り口から最も近いところに住んでいるゴリラファミリーを見にいくチームに入り、1時間半ほどの山歩きでゴリラたちに会うことができた。うっそうとした熱帯雨林の中なのでなかなか体全体は見られないのだが、葉の隙間からのぞく目は思慮深げでたまらなかった。そして、もちろんテレビで見た動物園のゴリラとは違って安らかだった。

あとからレンジャーに聞いた話では、このご時勢においてもいまだにお金でゴリラを買おうとする人がいるらしく、つい2年ほど前に海外の金持ちに雇われた密猟者が捕まったという。ゴリラを興味本位でこの美しい森から連れ出そうとする人がいるなんて信じられない。それも金にものをいわせて・・・。
しかもこのあたり、特にコンゴはただでさえ治安が不安定な地域でもあり、ゴリラたちは公園内に保護されているとはいえ、安心はできないのだ。
私たちの支払ったゴリラパーミットのお金が正しく使われて、彼らの森がこれ以上荒らされないことを切に祈る。(慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ナミビアの北と南

ナミビアを北上してきて、北部と南部では全く町の様子が違うことがわかり、驚いている。南部はドイツの植民地時代に開発され、さらに南アフリカの影響が強いからか、町はきっちり区画され、建物も西洋風。北部に来るとがらっと変わる。昔ながらのヤシの葉葺きの屋根の家や道路沿いにはコンクリートに色を塗っただけの家やバーが立ち並び、町に白人はほとんど見かけない。

正確な数字は知らないが、聞いたところではナミビア国民の7-8割が開発の遅れている北部に住んでいる。今滞在している町の様子を見ると、北部では伝統的な自給自足生活から電気や水道のある現代的な生活への移行途中にあるようだ。

今まで見てきた国もそうだったが、そうした地域では必ずゴミ、汚水問題が見て取れる。自給自足生活では存在しなかった缶、瓶、プラスチックや洗剤が入ってくるからだ。町にはゴミ処理場がないのでほとんどの人が自分の庭でたき火をして燃やし、燃えないゴミはそのあたりに転がっている(写真)。また、洗濯機はないのでバケツで洗濯し、汚水はそのまま流す。地面は砂だし、乾燥しているので、すぐ水はどこかに消えるようには見えるが、実際地面にしみこんでいることを考えると気が重い。

先進国の企業は、モノを送り込むだけでなく、モノの使用後のことも考えるべきだと強く思う。(慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

地球に優しい山小屋(?)

今まで、トレッキングは全て自分達のテントで夜を過ごしていた私たち。しかし、今回のトレイルではキャンプは禁止されていて、山小屋泊が基本である。初の山小屋を楽しみにしながら歩いていた。ここのトレイルは人里離れた秘境を歩くトレイルというよりも、南北に伸びる山々を北から南に下るトレイルで、その合間合間には、人々の生活エリアを通るコース設定となっている。

山小屋もいわゆる山の頂にある簡素な建物だけではなく、かつてのファームハウス(農場にある家)を少しだけ改造して山小屋として利用しているところもある。それゆえ設備は整っているところもあった。暖炉や薪ストーブを利用した温水シャワー、ある山小屋ではバスタブとシャワーなど普通の山小屋では想像できない設備があるところもあった。最初は「なんだ、この快適すぎる山小屋は!」と否定的に見ていたが、よくよく資料を読んでみると、かつての建物を可能な限り手をいれずに活用しているとのこと。「山小屋」としてみるとできすぎな気もするが、トレイルにも色々な種類があり、そこに活用できる設備があるのであれば、それもありかと思い改めた。(拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ダムに沈む温泉

再出発の前に温泉に入ろうと出かけたのは群馬県の川原湯温泉。ここを選んだのはこの温泉街が数年後ダムに沈んでしまうということをたまたま知ったからである。川原湯温泉は近くの草津や伊香保と比べるとこじんまりしているが、すぐ横に吾妻渓谷という紅葉スポットで有名な渓谷があり、ひなびた雰囲気がなかなか良いところである。

ここがなぜダムに沈まなくてはならないのか。首都圏の水需要は減少するという予測をきいたことがあったので気になって調べてみた。すると予想通りの問題山積状況。ダム建設は50年前に持ち上がった話、いまだほとんど進んでいないが建設することだけは決まっており、できた頃(2020年ごろ?)には首都圏は水あまりになっているそうだ。そのため、水を供給してもらえるはずの都や県から逆に財政負担(国の予算は2004年に当初の2,100億円から4,600億円に増額)と環境破壊を理由とした建設反対の声があがっている。要は誰もいらないダムのようだ。
こんなダムのために絶滅の危機にある野生動物がたくさん住む渓谷を水没させ、人々のふるさとを奪うなんてことがいまだに行われているとは本当にあきれるばかりだ。

不幸中の幸いは、まだ本体建設が始まっていないこと。反対の声もあちこちから挙がっているようなので、一刻も早くこのダムの建設が撤回されることを心より祈っている。(私たちが旅している間にそんなニュースをきいたら是非教えてください!!)(慈芳)

この問題に関する詳細は以下のサイトからどうぞ----------
「八ッ場(やんば)ダムを考える会」 http://www.yamba-net.org/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ブッシュ大統領と省エネ、そしてアラスカ

今日の日経新聞で「米大統領、『世界規模で省エネ加速を』」という見出しを見てちょっとびっくり。私のイメージでは、ブッシュ大統領は環境にやさしくないことを推進する人だったから。しかし内容をよくよく読んでみると、「ははーん、なるほどね」という感じ。原油高騰を受け、省エネが必要ともいっている、同時に産油国の増産努力と米国内のエネルギー自給率をあげるための法案可決を促していたのだ。

国内のエネルギー自給率向上?ときいてピンときたのが、アラスカの油田開発。するとまさにこの記事の真横にあったのが「アラスカ自然保護区、油田・ガス田の開発解禁へ」の記事。やっぱり。。。
アラスカの北極圏野生動物保護区(ANWR: Arctic National Wildlife Refuge)における開発は、推進派と自然保護派で長年せめぎあいが続いていたが、エネルギー業界と仲良しのブッシュ大統領は一期目からアラスカ開発をエネルギー政策の柱に盛り込んでいたという。

ANWRについてもっと知りたいと思ってサイトを訪れてみたが、またそこでびっくり。野生保護区に関するサイトのはずなのに、サブタイトルが”Jobs and energy for America”とあるのはおかしくないだろうか。サイトの内容も開発に肯定的、「自然と開発は共存できる」とある。全く期待を裏切る内容に鳥肌が立つ。サイト内容の統制だろうか。。。

私たちは今回の旅で北極圏には足を踏み入れていない。私たちのおんぼろ車で行くのは心もとなかったからなのだが、それほど行きにくい場所にこの保護区はあり逆にそれだけ荒らされていないということ。写真家の星野道夫さんが最も魅せられていたのもこの辺り。私たちにとっても憧れの地である。先住民の暮らしやカリブーの群れ、北極グマ、北極ギツネなどが住んでいるこの土地を荒らさないでほしい!

世界のエネルギーの4分の1を消費する米国、彼らの生活を見ればその消費量も納得できる。(もちろん全ての米国人とはいわないが) 開発を掲げる前に消費量を減らすことを考えてほしいものだ。(慈芳)
----------------------------
関連記事:
米大統領「世界規模で省エネ加速を」・サミットで議論
カリブーの大移動が目に浮かぶ極北の危機(2003.2.19)
アラスカ開発に関して米政府ウェブサイトが混乱(2001.3.23)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本の癒しとその舞台裏


木曽路の観光名所、馬籠と妻籠に行った。平日だということもあり、非常にノンビリと参勤交代の時代へとタイムスリップさせてくれる町並みを歩くことが出来た。

町並み保存に関する記述を読むと本当にその活動の苦労が伺える。
外部資本による土地の買収、露天商など景観にそぐわない店の進出などとの攻防、電柱撤去や営業内容や家屋改造の指導など、景観保護そのものの活動など。
(詳細は馬籠観光協会のサイトまで。)

成田到着前の空から、奈良に向かった時の新幹線の窓から、馬籠や妻籠に向かう途中の道から見える景色。どれもこれも人工的な建造物が乱立していて、「美しい」といえる景色は本当に少なくなっていると思う。
国民がこういった日本の古くからの素晴らしさに価値を感じること、それに対する実際のアクションを起こすことはもはや困難なのだろうか・・・ (拓)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

やっぱりあれは地球温暖化だった

私たちはナショナルジオグラフィック誌を定期購読しているのだが、一時帰国の間にたまったバックナンバーを少しずつ消化している。
先日「地球温暖化」の特集があったので読んでいたところ、私たちが旅の間に実際目にしてきたことがいくつか取り上げられていた。「山火事(アラスカ)」、「干上がりつつあるパウエル湖(ユタ州)」、「枯れた針葉樹林(アラスカ)」というのがそれだ。しかも先の2つは私たちも地球ニュースとしてとりあげていたもの、(詳細は、「ちゅらぼし長持ち活動」から「美ら地球は今!」へ) 残りのひとつについては、アラスカでドライブしながら、「なんでこの森はこんなにひどく枯れてしまっているんだろう?」と話題にしていた現象だった。

それらをたまたま記事で再確認し、自分たちの憶測が確信になると同時に怖くなった。目撃してきた自然現象が、気づいていないものも含めてかなりの確率で地球温暖化に関連しているのではないかと。。。
私たちが旅のテーマにしている美しい自然も何年後に消えてしまうかわからないと思うと本当に悲しくなる。
あっちこっちで繰り返すが、まずは一人ひとりが地球の大切さと危機に「気づく」ことが大事だと思う。今後のアフリカ・ヨーロッパ編でも一人ひとりの「気づき」のきっかけになるようにできる限りいろんなことを伝えていきたい。(慈芳)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ルールは守ろうよ!

二子玉川付近の多摩川河川敷は、野球、サッカー、アルティメットなどのトレーニングや試合によく使われており、週末は特に賑わっている。それはけっこうなことなのだが、昨年あたりから、河川敷の違法駐車がひどい。写真は今日の様子。

私は河原にいつも犬の散歩に行くので、まるで自分の庭のように思っているから余計敏感になるのかもしれない。が、本来河川敷の道は、歩いたり走ったり、自転車が通るためのところで、こんなところを車が走るのは危険だし、道や道沿いの芝生が傷むだろう。川崎市に何度も対応をお願いしているのだが、なかなか改善しないようだ。市いわく、杭をうったのだが、なんと壊されたとのこと。
ルールが守られないようになったら、社会って崩壊するよなぁーと、心無い人たちにいつもがっかりして河原から帰ってくる。
心当たりの方、「みんなやってるからいい」ではない。ルールは守ろうよ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

京都議定書発効

今日は、ついに京都議定書発効の日。どこのニュースでも必ずとりあげられていたが、気になったのは、その伝え方。
あるニュースでは、「京都議定書発効、国民の『痛み』とは・・・」という内容。温暖化ガス削減は、地球、そこに住む私たち人間を含めた生き物を守るための取組み。そもそも人間が自分の蒔いた種だ。「痛み」などと表現されては、まるで誰かが勝手にこんな取組みに批准してしまって、一方的に我慢を強いられるみたいだ。しかもその意義についてはあまり説明なく、いきなり日本の目標値は他よりきつくて、環境税導入や、電気使用量が制限されるだの、そんな話。そんな伝え方をされては、やる気もおきないと思う。日常生活の中で、皆が少しずつ気をつければ、削減余地はまだまだあるはず、と私たちは信じている。

ノーベル平和賞受賞者のワンガリ・マータイさんは、日本語の「もったいない」という言葉を世界に広げたいと語られたという。普段何気なく口にしている「もったいない」だが、マータイさんにそういっていただけると、何か言葉に特別な力がわいてくる気がするから不思議だ。まずは小さな「もったいない」からはじめよう!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

40年前の環境問題

拓の実家で、1960年の「モーターマガジン」という雑誌を見る機会があった。たまたまそこに載っていた記事にびっくり。特集のタイトルは「自動車のたそがれ – その未来はバラ色ではない」。米国式の消費経済への批判記事で、このまま大量生産、消費を続け、それが途上国にも拡大して行けば、燃料も食料も足りなくなり、地球上で生活できなくなるだろうという内容だった。

このような記事、いまでこそ珍しくないが、この雑誌が出たのは45年前、そこで主張されていることが現在とあまり変わらないことに私はけっこうショックを受けた。ほぼ半世紀たってもほとんど改善されていないとは・・・
このまま変わらなかったら・・・ 45年後を考えるだけでも恐ろしい。
手遅れになる前に、地球を長持ちさせる生活へ切り換えよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルゼンチンのマイカップ

アルゼンチンの人はマテ茶が大好きである。いつでもどこでも飲めるように、自分専用のカップとストロー、それにお湯を注ぎ足せるよう、魔法ビンまで持ち歩いている人をよく見かける。お店にも様々なデザインのマテカップが並んでいて(写真)、街角には、お湯を売っているスタンドがある。

見方を変えれば、これはちょっとした国民的「マイカップ」運動ではないか。余計な紙やプラスチックのカップごみが増えなくてすむ。
日本もお茶文化の国、マネできるのでは?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アウトドアトイレマナー

パイネサーキットの南側は、アクセスが良いので、人もかなり増えてくる。そこで気になったのがトイレマナー。ここには、民間キャンプ場と公園管理団体CONAF(Corporacion National Forestal)が運営するキャンプ場があるのだが、CONAFの方は無料なだけにトイレもなかったり、あっても少し離れていてわかりにくかったりする。アウトドアで設置されたトイレがない場合は、地面を15cmほど掘り、そこに全て埋め、ティッシュなどはできる限り持ち帰るというのが基本ルールなのだが、ここのトイレのないキャンプ場の近くの木陰には、なんとティッシュが散乱していた。

そもそも、こんなに世界中から人が集まるところにトイレを設置していないというのも、問題だと思うが、ティッシュをそのまま捨てていくというトレッカーの非常識さにびっくりした。しかも、パイネ国立公園では、湖や川などどこの水でも飲めるというのが自慢のひとつであるようだが、こんな光景を見てしまっては、それも怪しい気がする。動物はあまりいないのに、人間だけが水を汚しているのだ。

世界有数のトレッキングスポットであるパイネが汚れてしまう前に、管理する側ももう少しきちんとしてほしいし、訪れる人のマナー向上を強く望む。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

歴史ある道

パタゴニアのトレイルを歩きながらふと考えた。トレイルの楽しみ方にはいろいろあるんだろうが、主には景色を楽しむというのと、その道の歴史を感じながら歩くというのがあるんじゃないだろうか。たとえばここ、パタゴニアは氷河、山々、湖などの絶景を楽しむトレイルが多い。でも日本には、歴史ある街道、古道がたくさんあって、道沿いには、寺や地蔵、XXの座った岩、XXの植えた桜、峠の茶屋などが何百年も前から存在している。世界遺産になった熊野古道が良い例だと思うが、今まで通った旅人のことを考えながら道を歩くというのは、歴史ある日本だからこそできることで、非常に素晴らしいことなんではないだろうか。残念ながら、主な街道はそのまま幹線道路となり、地方の道も舗装されているところが多いので、昔のままに歩ける道はかなり少なくなっていると思うが、今残っているステキな道はどうかそのままに残しておいてほしいものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

冷たい飲み物が飲める国で考えたこと

アルゼンチンに入って、それまでいたボリビアとは全く違う雰囲気に正直びっくりした。特にブエノスアイレスは、南米のパリなどと呼ばれているだけあって、建物や、人々の容貌にヨーロッパの匂いを強く感じる。
雰囲気だけではなく、私達が最も国の違いを強く感じたのは、電気が不自由なく使えること。ペルーやボリビアを旅していたころは、電線は通っているのに、電気はないことがよくあった。一部の大きな街は例外だが、コーラやジュースも常温が基本。炭酸は冷やして飲むものという常識は覆された。冷たい飲み物が飲みたくても売っていないのだ。冷蔵庫らしきものにアイスクリームを入れているのに、電源は入っていないこともあったし、電気がないので閉まっていたインターネットカフェもあった。チチカカ湖の島では、電気はきているが、電気代が払えないので使わないとのことだった。

日本では、電気は当たり前すぎて、電気についてよく考えたこともなかったが、世界には電気のない生活をしている人々がたくさんいることを改めて知った。デジタル化がどんどん進む先進諸国の生活でもし電気がなくなったらどうなってしまうんだろうか。。。
そんなことを考えたので、ちょっと興味がわいて日本とボリビアの電力消費量を調べてみた。CIA World Fact Bookによると、日本は国土(陸地)でいうとボリビアの約3分の1だが、人口は14.6倍、電力消費量はなんと265倍だった!その消費量はアメリカ、中国についで世界3位。もちろん単純に比較することはできないだろうが、日本はもうちょっと節約できるはずと考えるのは私だけだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ポイ捨て

ボリビアで長距離バスに揺られることが多くなり、気づいたこと。それは「ポイ捨て」が常識化していること。
バスの窓からプラスチックのカップや、ビニール袋、お菓子の袋などをポイポイポイ。当然道路の脇にはゴミの山ができている。
一番衝撃だったのは、親子連れで、親が楽しそうにゴミを窓の外に放り投げていたこと。ゴミ箱めがけて投げ入れるのと同じように、窓めがけて投げたのだ。親がそれでは当然子供もそれが常識と思って育つに違いない。
もちろん、バスの中だけではない。バスの待ち時間、町の公園で過ごしたが、そこもゴミだらけ。

私達は、この国にとっては外部の者であるし、スペイン語がカタコトしか話せないので、注意したくてもできない自分が情けない。ポイ捨てを目撃するたびに「やめてー!」と心の中で叫んでいるのに。

「ポイ捨てはいけない」というのは表面的には万国共通の常識であろう。だが、「どうしていけないのか」ときかれたら何と答えればよいのだろうか。「衛生上良くない」「景観が悪くなる」「動物が食べ物の匂いのするプラスチックなどを食べてしまい、病気になったり、死んだりする」等等いろいろ考えられるが、私達は「ゴミはゴミ箱へ」が当たり前で育ってきたので、なかなかシンプルな答えが思いつかなかった。

皆さんはこの当たり前の質問にシンプルな答えが思いつきますか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ゴミなし宣言 インカトレイル

世界遺産の遺跡、マチュピチュ周辺にはインカ時代の道がたくさん残っており、その一部はインカトレイルとして世界中のトレッカーが集まる超人気トレイルになっている。私たちも今回その中でも最もポピュラーな3泊4日でマチュピチュを目指すトレッキングツアーに参加した。(詳細はアクティビティレポート&メルマガで公開予定なのでそちらをみてね)
現在は規制が厳しく、ガイドなしではトレイルに入れない他、トレイルの入場料として50USドル、参加者の名前は4週間前までに届出なければならないなど、様々なルールがある。
ゴミももちろん全て持ち帰ることになっており、それは各ツアー会社に責任があるらしいのだが、目安としては、3泊4日であれば「1人1キロ」のゴミを持って帰ることになるという。キャンプ地に着くと必ずゴミ袋が用意されるので、それでもどこかに捨ててしまえという人はあまりいないと思われる。また、ペットボトルも禁止されているのだが、それもゴミにならないようにという配慮だろう。

厳しい管理の成果か、ローカルの人の努力か、おそらく両方なのだろうが、これだけ人が入っていてもインカトレイルにはゴミはない。
ゴミで有名になってしまった富士山は今はどうなっているんだろうとふと思い出した。。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アンデスと排気ガス

エクアドルのアンデス沿いを南下して非常に気になったのが排気ガスのにおい。キトやクエンカなどの大きな町ではバスにのっても歩いていても店に入っても臭くてつらかったし、特にキトは町全体がガスで白くみえた。現地の人はもう慣れてしまっているのだろうか。こんなに臭くて、人体と自然に良いわけがない。たぶん2500M以上の高所にあるため、排ガス濃度が濃くなり、加えて古い車が多いことが原因なのだろう。メキシコシティも高度が高く、大気汚染がひどいことで知られているが、エクアドルもこんなにひどいとは知らなかった。
手がつけられなくなる前に何か対策を講じるのは、やはりクルマという産物を持ち込んだ先進国の責任なんだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Too Close!

ガラパゴスの動物ウォッチングは最高である。見渡す限りの鳥のコロニー、砂浜に寝そべるアシカたち、海をおよぐカメにイグアナなどなど。またそれがガラパゴスしかいない種類や、島によってそれぞれ種類が違ったりするので、いくら見ても飽きない。
私たちも堪能させてもらったが、ちょっと気になる点もあった。それは動物たちが人間を怖がらないのでつい近づきすぎてしまうこと。動物が人に囲まれているのを見ると、動物にとっては相当ストレスなのではないかと思う。人に囲まれることだけでなく、ボートの音や排気ガスだって嫌に違いない。一応ルールとしては4メートル以内には近づかないということになっているようだが、私たちのガイドは2メートルまでは良いといっていた。

アラスカやカナダの国立公園では動物ウォッチングしていたときは、動物のエリアを人がおじゃましている感が強かったのだが、ここでは踏み入ってしまっているのではないかと心配になった。もちろんアラスカやカナダとは動物の種類が違うので、近づいて良い距離も違うというのはある。アシカなんかはシュノーケルしていると自分から寄ってきたりもするのだから。

かわいい動物たちを見たいという人の気持ちと、動物へのストレス。自分も動物ウォッチングが大好きなだけにかなり複雑な気分であった。ルールに頼るだけではなく、彼らの生活の場にお邪魔する私たち一人ひとりが動物の立場になって少しでも負荷を減らすように心がけるべきだと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

デイライト活用法

20040911.jpg

今日はカリブ海のカンクンまでたどり着いた。僕らの日課は町に着くとスーパーに行って、夕食の食材を購入することだ。今日は海沿いとあって、タコを買った。タコ飯を作る予定だ。
そこのスーパーについてなのであるが、店に入った瞬間あまりに明るくて目を細めた。「何でこんなに明るいのか!」と思って不満がてらに上を見上げるとあることに気づいた。たくさんの照明があるが、全部消えている。
そう、この明るさは自然光を取り入れた屋根にあったのだ。
そういえば、今まで使ったレストランなどでも自然光を活用したデザインが多くあった。自然光をうまく活用する生活、それは間違いなく消費電力を少なくする地球に優しい生活といえる。発展途上国メキシコで興味あることを学んだ。世界共通のエネルギー、太陽光がもっと有効に活用されるといいのになとフト思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

モーターホーム

美ら地球ジャーナル第三号ではちょっと紹介したが、こちらでRVというと中に、キッチンやベットがあるキャンピングカーを指すことが多い。民間のキャンプ場の多くがRV Parkといわれる、電気や水、電話などのフックアップのあるもの。私たちのようなテントのみのキャンパーは、端っこの木陰のテントサイトにこじんまりステイさせてもらうことが多い。RVがずらっと並ぶRV Parkの様子はちょっと異様。。(写真: 子供の遊び場の後に並ぶRV)

RVにもいろいろ種類があって、普通車の後ろにトレイラーをくっつけるタイプ(写真: Folding Camping Trailer)から、モーターホームと呼ばれる巨大なバスタイプ(写真: Motor Home)まで様々。レンタカーも充実している。

モーターホームになると、その後にもう一台車が引っ張られていることが多く、チェロキーなど日本でいうRV、ちょっと大きめの車がバスに引っ張られていると小さく見える。車だけでなく、ボートやコンテナがくっついていることもあり、車+ボートなど組み合わせもある。やはり北米のレジャーは大型だ。。(参考HP:GO RVingCruise America)日本だったら大型免許が必要であろうこのモーターホーム、さすがに慣れないのか、キャンプ場内でサイトに駐車するのに苦労している姿もよく見かける

これらのRVは特にリタイヤ世代に受けているようだ。たしかにリタイヤして車で各地をのんびり回るというのは素晴らしい。が、小さな車とテントのみの私たちからすると、便利なのはもちろんわかるが、大自然の中で、電気やサテライトTVが果たして必要なのか?と思ってしまう。鳥の声や風の音を楽しんでいるときに、RVのジェネレーターの音や、掃除機の音が耳に入ると私たちにとっては憂鬱だ。

しかもモーターホーム、いかにも燃費は悪そう。さらに車やボートを引っ張っていたらなおさらだろう。さすが世界の4分の1の炭酸ガスを排出するアメリカ、京都議定書に調印しない国。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

乾いた川と水のないマリーナ

ユタ州には、コロラド川やその支流によって何千年もかけて削られてできた峡谷が連なる地域。
そのユタ州をドライブしてびっくりしたのが、乾いた川がたくさんあること。峡谷の底を覗き込んでも、橋の下にも水は全くないところがたくさんある。(写真: キャニオンの乾いた川
また、レイクパウエルという世界第2の人造湖(コロラド川をせき止めて造ったグレンキャニオンダムのダム湖)に到着してさらにびっくり。湖の水位があまりに低いため、一部マリーナが閉鎖されているのだ。(写真: 閉鎖されているHiteマリーナ周辺。左側にある茶色い小さな建物がマリーナ。) マリーナに着いたのが午後の最も暑い時間だったからかも知れないが、水のないマリーナは灼熱地獄。ここはNational Recreation Areaなので、普通はレンジャーが常駐しているのだが、今ではレンジャーもたまにしか来ないようだ。

なぜこんなに水位が低くなってしまったのか? 
このあたりは降水量が非常に少なく、レイクパウエルに流れ込む水は、ほとんど上流(コロラドの山々)の雪解け水。だが、ここ数年雪が少なく、流れ込む水も限られている。が、ダムからは放出が続き、灼熱の太陽の下、広大な湖面からの蒸発量も著しく、レイクパウエルの水は減るばかりなのだそうだ。

ダムはそもそもなんのために造られたのか?
それは西海岸、ラスベガスやロサンゼルスなどの都市に水と電力を供給するため、および潅漑用水。つまり西海岸で水、電力消費をセーブし、効率的な潅漑をしない限り、レイクパウエルは消滅してもおかしくないと考えられる。しかもダムの建設でコロラド川が何千年も築いてきた生態系が壊れてかけているという。かの有名なグランドキャニオンもその影響を受けているそうだ。

しかし、私たちの見る限り、ラスベガスやロサンゼルスで、水を節約しようという動きはあまり見られない。ラスベガスなどは逆に郊外に建設中の建物が多く見られ、さらに拡大する様子だったので、このままだと水・電力の消費がさらに増えるのだろう。人々は乾ききったレイクパウエルのマリーナを知っているのだろうか。。。

そもそもこんな砂漠の真ん中に、ラスベガスのようなネオンや噴水のあふれる街がなんでできたのだろうとそこから疑問になってしまうが、すでに人が生活している以上、自然と共存していくために、水や電力を大切に使うことをもうちょっと考えてもよいのではないかと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

イエローストーンの大混雑

カナダから国境を越えて、イエローストーン国立公園にやってきた。ここは1872年に世界初の国立公園となったところ、かつ世界遺産で、アメリカの国立公園の中で一番人気といわれている。それだけに人も世界中から押し寄せるため、サマーシーズンはかなり混雑。私たちの訪れた時期も例外ではなく、主なポイントの駐車場には車があふれ、道沿いに動物が現れると大渋滞であった。

このあたりは、アラスカのデナリとはかなり違う(デナリのBlog-7/19/2004参照)。デナリでは、一般車は入れないため、道に車があふれることはなく、すべてに予約が必要なため、公園内の人数も自動的に制限されている。やはりこれだけの車と人が押し寄せればどんなにケアしても自然は荒れるのではないか。人ごみが苦手な私たちとしてはあまりの人にちょっと疲れた感があった。個人的には、イエローストーンもデナリのように一般車を制限してほしい。

--------
イエローストーン&グランドティートンについてはこちら

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Ecology ReserveとWhale Watching

3日間のOrca Adventure(詳細は、こちら)があっという間に終わってしまった。最終日の今日は3-4日ぶりにOrcaがTelegraph Coveの近くに戻ってきたので、海はWhale Watchingで大盛況。Whale Watchingのボート、カヤックツアーのマザーボート(エンジンつきのボートで動き回り、ポイントに着くとカヤックをドロップオフする)が数艇、カヤック、カヌーが10艇くらいだっただろうか。

この付近ではRobson Bightという研究者しか入れないOrcaの保護区を中心に、Whale Watchingのルールを策定している。100M内に近づかない、OrcaやHumpback Whaleなどを見たらボートのスピードを落とす、前後から近づかないなどなど。海洋生物保護やEcology Reserveに関する規制もあり、きちんと監視もしているようで、どうみてもOrcaを追っかけていたある船は、その後案の定注意を受けていた。

私たちのガイドもきちんとそのルールを守っていた。そもそもガイドになるには6ヶ月ものトレーニングが必要だそうだ。このあたりが、エコツアーという名の環境破壊がはやりつつある日本との違いだろうか。

だが、いくらルールは守られていたとしても、やはり大勢の人間に囲まれてOrcaも気持ちがいいわけがないだろう。もちろん自分もその一員ではあったのだが、カヤックからみると、エンジンつきのボートはものすごくうるさく感じるし、スピードがでるのでどうしても追っかけているように見えてしまう。ダイビングをしている人なら水中でボートの音がいかにうるさいか知っているだろう。

できる限り自然にインパクトを与えない方法で、Orcaの観察をしたいものだが、皆がカヤックやカヌーを漕げるわけではないし、このあたりではWhale Watchingが観光のハイライトであるし、なかなか難しい課題である。今のところ、Orcaの住むJohnstone Strait付近は小さな港しかなく、バンクーバー島の南のほうと比べるとアクセスが悪いせいかまだまだ開発されていない。Orcaの保護と観光がバランスがとれている状態なのだろう。そのバランスが崩れないことを期待したい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ゴミのないユーコン

ユーコン川には、岸にもキャンプサイトにも全くゴミがない。流れてくるのは、流木くらい。流域に住んでいる人口が少ない(上流の最大の町ホワイトホースで2万人くらい)というのはもちろんあるのだろうが、やはり、ユーコンテリトリーの「No Trace」ポリシーが功を奏しているのだろうか。
「No Trace」とは、トレッキング、カヌーなどで自然に入っていったときには、絶対に跡を残さないという約束事。カナダ政府(Department of
Renewable Resources)はこのポリシーに関して詳しいパンフレットを配っている。日本語版もあったのにはびっくり!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

デナリというところ

「デナリ」とはアサバスカの人々の言葉で"High One"、マッキンリー山を指す言葉だそうだ。デナリ国立公園は自然をできるだけありのままに残していくため、さまざまなルールをつくっているが、いろいろ禁止事項をつくるだけではないところがやはり進んでいると思う。たとえば。。。 公園内は最初の何マイルか以降、車は禁止、シャトルバスのみの移動となるが、乗り降りは自由なので、途中で降りて歩きたければ降りればいいし、拾ってもらいたければ拾ってくれる。キャンパー用のバスには大きなバックパックとマウンテンバイクも積める。パンフレットには動物の写真を撮りたい人のために、主な動物ごとの安全な距離のとり方が書いてある。バックカントリーキャンプは、エリアごとに人数を制限しているが、クマ対策の食料をいれる缶を無料で貸し出したり、ビジターセンターでの案内が非常に充実している。
また、キャンプ場は非常に整備されていて、驚いたのは、奥地のキャンプ場でもゴミ箱がいっぱいあること。ごみは持ち帰りかと思っていたが、逆にこんなにいっぱいあるとごみをおいていく人はまずいないだろう。公園内の施設は非常に限られていて、道の終点までは89マイルほどの長い道のりなので、休憩所はいくつかあるが、レストランやスナックなどは全くない。つまり何か食べたり飲んだりしたい人は自分で持っていくしかない。これも無駄なゴミを出さないための仕組みなのではないだろうか。
これだけ人気のある公園だが、広大な敷地に人は本当に少ない。バス、キャンプ場などは限られたスペースをすべて予約しなくてはいけないので、大型バスがどんどん乗り付けてくるようなことはないのだ。だからトレイルを歩いてもあまり人にあわない。
こんなにできた国立公園は日本にあるのだろうか。。

| | コメント (0) | トラックバック (0)