2年経ちました

2006年1月20日、足掛け2年、28カ国をフラフラ旅した美ら地球回遊記から戻ってきた。帰国前の1.5ヶ月ほどの期間はフランス、ニース近くの友人宅にこもり、ワインを片手に帰国後の動きについて絵を描いた。
出した結論は、日本の地方部に移住し、外国人誘客を中心としたビジネスを展開し、「クールな田舎をプロデュースしたい。」と。
既存の業態ではこのような場はなかなかないだろうと、おのずと移住と起業をセットで開始することが僕ら二人に頭の中に生まれたことは極めて自然なことだと思う。

帰国からちょうど1年、移住先が決まり、その10ヵ月後に飛騨古川に株式会社美ら地球を設立。ついこの間、起業してから丸2年が経った。

あっという間の2年。想定どおりに進んだこと、まったく想定外の事態も色々あるがが、自分たちの思いを形にするために立ち上げた会社が2歳の誕生日を迎えたことは、本当に喜ばしいことだ。

この2年間で、日本全体、地方部が抱える本質的な課題もかなり見えてきた。また、その中で、自分たちが担える役割もかなり具体的なものが明確になりつつある。特にこの1年は多くのことが具体化できた年である。
本業BtoB分野での事業拡大。帰国時点で明確にやりたかった外国人向け旅行業Rural Japan Explorerの立ち上げ、レンタルサイクル事業「飛騨里山サイクリング」などBtoC分野への進出。地域資源保全・利活用を目指した飛騨民家実態調査の開始。掲げたビジョンに挙げていた要素の全てに着手することができた。

この10月から4人のスタッフが仲間入りしてくれた。個性派揃いのスタッフはものすごいパワーを与えてくれ、人的資源の重要さを再認識させられる。
このように経営資源のマネジメントを実践することにより、起業・経営の醍醐味も感じることができている。
今まではコンサルタントという立場で、経営に関するリスクをテイクすることは全くなかったが、経営者としての立場となった今、その立場も悪くないなー、と思う。

ひよっこベンチャーであることにはまだまだ間違いないが、掲げたビジョンに向かい、愚直に楽しくミッションを遂行していこうと、切に思う今日この頃である。(拓)

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【飛騨里山サイクリング】黒内コース行ってきました

飛騨市古川町のレンタルサイクル「サイクリング イン ヒダ」のタグチです。本日はサイクリングインヒダの飛騨里山サイクリングをレポートします。

二日前に初雪が降った飛騨の朝はとても寒く、朝もやの中から真っ青な空がのぞく空模様。そんな中、本日のお客様はワーキングホリデーで日本に滞在中のドイツ人の女性と一緒に「飛騨里山サイクリング」の黒内コースをサイクリングしてきました。

自転車の貸出ポイントでお申込書に必要事項を書いて頂いて、いざしゅっぱーつ!


スタート地点の宮城橋から宮川沿いを走ります。


コースの中には中学校のすぐ横の道もあったり


周りが田んぼの農道があったり、


森の中の峠道もあったり


きれいに紅葉した山々が見渡せたり


山のすそをぬうように走ったり


神社に寄って


帰りも川沿いを走っていたら


中学生が手を振ってくれたり


さわやかな秋晴れサイクリングは全行程2時間30分のセミロングライド。
お客様にも、とても楽しんで頂けたようです。

「飛騨里山サイクリング」では、今回の黒内コース以外にも

 ・越中東街道をたどる、のんびりスローな安国寺コース
 ・ゆるゆると続く上り坂を一気に駆け上がる、四十八滝チャレンジコース

の、2つのコースがあります。

機会がありましたら、またご紹介いたします。
雪が積もるまであとわずか!

晩秋の飛騨の風を感じたい方は、お早めにご予約ください。
詳しくはこちら。(タグチ)

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飛騨民家お手入れお助け隊を実施します

来る11/8に飛騨民家のお手入れお助け隊なるイベントを実施します。
飛騨に決めた理由のひとつとして、やはり飛騨の匠によって建てられた民家とその周囲の景観というものがありました。飛騨をはじめとした原風景での営みは、住民にとって、日本にとって、これからのライフスタイルにおいては間違いなく大切にされるべきものだと僕らは信じています。
飛騨への移住を決めてから、ほぼ3年。この間にも多くの民家が取り壊されていく現状を指をくわえてみている以外のことは今までできていませんでした。

ようやく、飛騨の原風景とそこでの暮らしを継承するための動きに着手することができました。10月より、飛騨の民家の実態調査と飛騨民家のお手入れお助け隊活動を始めました。
現実は決して楽観できるものではなく、老夫婦だけの世帯となり、大きすぎるようになり手入れもままならない状況や、しばらくすると取壊し、というような世帯は、これからさらに増えてくると考えられます。
ヒアリング調査などの活動を通じて、お住まいの住民の方にその素晴らしさを再認識いただくとともに、お手入れが困難であれば、みんなでお手伝いしましょうという趣旨の活動です。

都市部在住の方も含め、ほぼ定員に近い方が名乗りを上げてくださいました。まだ、若干名の空きはありますので、ご興味のある方は、下記リンク先の情報をご覧ください。
また、レポートをアップします。
活動の詳細はこちら。(拓)

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飛騨里山サイクリング始めました

久々のブログですが、ちょいと宣伝です。

クールな田舎をプロデュースする会社、美ら地球からのクールな田舎を楽しんで頂くためのサービスを新たに開始しました。
その名も、飛騨里山サイクリング

高山にしても古川にしても、町なかを走るママチャリレンタルは以前からありますが、周囲の農村空間を気持ちよく走るサービスはありませんでした。

田舎を訪れる際、中心部の古い町並みをそぞろ歩くことはもちろん楽しみの一つですが、田畑と民家、その背後にそびえる山々が織り成す空間と新鮮な空気に包まれたバイクライドはいわゆる自転車好きだけでなく、多くの方の遊びツールになるのではと考えています。

飛騨地方は、飛騨の匠の技が息づく立派な民家や、乗鞍や御岳など日本を代表する山々など、MTBに乗りながら、飛び込んでくる景色は他では味わえない素敵な空間です。

紅葉の綺麗な今の時期に、一度飛騨でMTBに乗ってみませんか?
今年限り、雪が降るまでの開催期間は無料モニタリングを実施しています。(拓)

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越後妻有アートトリエンナーレいってきました

下の子も4ヶ月近くなってちょっと遠出してみるかーということで、先日、越後妻有アートトリエンナーレを見に行ってきた。
3年ごとに開かれるこのイベントは今年で第4回目。38の国と地域、約350点のアートが里山に展開するという。
クールな田舎をつくる!と掲げる美ら地球としては、行っておかないとね。

さすがに2人の子連れ、しかもうち1人はベビーそのもの、ということで、精力的にアートをみてまわるというわけにはいかなかったが、雰囲気は十分につかめた。

稲穂が金色に輝く季節、里山そのものも素敵だったが、その中のアートを発見するのがとにかくとても楽しいのである。
個人的にはひとつひとつのアートに感激するというわけではないのだが、「え、こんなところに?」というのがいい。ほんとこのイベントをプロデュースした北川フラムさん、すごいと思う。

山奥の集落の廃校や空き家に、いろんなナンバーの車が次々とやってくる。こんなこと、このイベントがなければありえないだろう。(もっとも、そんな1年中きたら迷惑だろうけど)
しかも若い人が多くて、平日だったが活気にあふれていた。
飛騨もこのくらい盛り上げる仕掛けを考えていきたいものだ。

うちの娘もパンフレットの写真を見て、「これ見たーい」などといって、見てまわることを楽しんでくれたようなので嬉しかった。

(田んぼの中のイナゴ前にたたずむうちの子)

きっと小さいながらも何らかの刺激を受けてくれていることだろう。

何はともあれ、なかなか泊りがけで出かけることができなかったので(産後なんだから当たり前だけど。。)、良いリフレッシュになりましたー。(慈芳)

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鮎でお喰い初め

下の子もすくすく育って早3ヶ月。
そうだ、お喰い初めしなくっちゃ!と思い立ち、数えてみたらすでに100日をすぎていた・・・。

お喰い初めの魚は鯛がメジャーだが、地方によってそれぞれとか。

そこで、飛騨で手に入る尾頭つきの魚を思い浮かべると・・・ そうそう、今は鮎シーズン。まさに地産地消、これしかなーい!と、早速観光協会の釣り吉さんに連絡。そうしたらちょうど翌日に釣りに行く予定というので、ちゃっかりうち用のも!とお願いした。

次の日の夕方、早速釣りたての鮎が届いた。(Yさんに感謝)
囲炉裏に久々に炭を入れて、竹串にそれっぽく鮎をさして焼く。

今まで、焼いた鮎をいただいたことはあったが、自分で焼くのは初めて。やっぱり自分でやると楽しい&おいしく感じるものだ。6匹いただいた鮎はあっという間になくなった。

いやー 釣りたての鮎がすぐ手に入る幸せ。
本人はどうかわからないけど、親は大満足。思いでに残るお喰い初めでありました。(慈芳)

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つばめ巣立ちました

うちの軒下に巣をつくっていたつばめがついに巣立ちました。
つばめをブログにしようしようと思っているうちにもういなくなっちゃった・・・。

6月下旬、実家から帰ってきたとき、できていたはずのつばめの巣がなく、つばめがうちの前を旋廻していた。大雨の日に落っこちてしまったようだ。親つばめはゼロからまた巣作りをはじめ、あっという間に完成。

(巣作りに励む親つばめ)

7月上旬には卵がかえったようで、子つばめのピヨピヨいう声がするようになったが、まだ小さいらしく最初姿は見えず。
それからしばらくたって4羽くらいの子つばめが頭だけ見えるようになった。うぶげだらけの顔はスティッチにそっくり。親が飛んでくると、エサくれー!!!とピィーピィー鳴く。親はとんできて10秒もしないうちにエサをやってまた飛んでいく。ちゃんと順番にあげてんのかなー。

毎日朝起きて成長ぶりを観察するのが楽しみになった。
早朝には特にピィピィ声がきこえる。

そして頭だけ並んでいたのが7月末には巣が小さくなってきたのか体をかなり乗り出すように。

(エサを待って口をあける子つばめちゃん)

そしてその約1週間後には、うぶげもほとんどなくなって、あっという間につばめらしく成長!
なんとなく顔つきも引き締まっている。

(ザ・つばめになってきた子つばめちゃん)

こうなると、いつ飛んでいってしまうのかなぁー、いっちゃったらちょっと寂しいなーと思うようになった。

そしてついにその日がきた。夜からなんか静かだなーと思い、早朝のピヨピヨも聞こえない。
もしかして。。。と窓を開けると、巣はからっぽ。
あ~いっちゃったー。

ここ古川ではどこの軒先にもいるつばめではあるが、アフリカ以来の動物観察、わたし的にはとても楽しかった。
来年もうちに巣つくってね。(慈芳)

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庭に光を

入居時から気になっていた、我が家の庭の柏の木。冬には庭にとんでもないほどの落ち葉を落としてくれていた。
空家になっている期間はまったく手入れもされておらず、のび放題。屋根に上って我が家の並びの家を見てもどこの家からも木なんて目に入らないが、我が家の柏のみ、森の木のように伸びていた。


木なんて切ったこともないし、大掛かりっぽい作業は何かと先送りになるので、ずっと放置されていた。去年より庭の日当たりが悪く、湿気っぽい気がしていたので、助っ人の訪問に合わせて、いざ作業開始!

5mくらいのところでかつて切られたらしく、幹はそこで止まっているが、そこから様々な枝が放射状に伸びていた。

知人に切る季節や切り方を教えてもらい、素人ながらとにかく始めてみることに。
のこぎりを片手にハシゴを登っていく。梅雨明け時期が切り時と教えられたが、湿気を含んだ木はとにかくノコが重いが、ひたすら切り続ける。
アリの大群との戦いなど予想外のハプニングもあったが、徐々に丸裸状態に近づいていく。



切り落とした枝が広がる地面は、ナタを振りながら道なき道を進み、マウンテンゴリラを探しに行ったウガンダの熱帯雨林のようになっていた。。。。


葉を落とし、枝は冬の薪ストーブの炊き付けに保管。葉は袋に詰める。ここでまた、製菓工場を営む隣人より、材料の大きな袋をご提供頂いた上に、ゴミを焼却場まで運ぶ際に軽トラまでお借りできることに。袋はしめて14袋。焼却場で計量すると70kgであった。

作業後、助っ人の叔父と乾杯。右腕と右側の後背筋がかなり張っていた。しかし、畑仕事に、庭仕事に、日常の肉体労働はいやおうなく体を動かすことになるので、悪くない。
我が家がすこしづつ町家らしく変わっていく。(拓)

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地域の恵みを分け与えていただく

「田舎」での暮らしには、自分で作る野菜の他に、周囲の様々な方から「恵み」を分け与えていただくことが少なからずある。
有難いことに、僕らのような、地域の人付き合いの仕方も何も分かっていない世帯にも温かく恵みの分配が届けられる。

先日、いただいたのが梅。木から取ったばかりの梅がみかん箱半分くらい届けられる。「ウチもいただいたんやけど、多すぎてなぁ~」との声に、遠慮なくいただくことに。

早速、予定を変更して、ネットで調べて、梅ジュース、梅酒づくりに挑戦。
頭の片隅に浮かんだのがどこかの飲み屋で飲んだ黒糖梅酒。普通に氷砂糖で漬けるのも面白くないので、黒糖で漬けることに。


好奇心旺盛な娘はもちろん、これに参戦。梅を水洗いし、祖母宅からもらってきたザルに梅を広げて乾燥させた後は、効率を良くする為にフォークで梅をつつき始めた。子供の頃、ウチで梅ジュースをつける際に梅に穴をあけた記憶があり、それをやってみた。
梅をビー玉のように転がしたり創作的な遊びも生み出すが、見よう見まねで作業もちゃんとやってくれる。こんなことをやっていると、どんなおもちゃでも、それって子供からすると親から与えられた、まさしく「子供だまし」でしかないのではと思ってしまう。

ジュースにしても炭酸飲料にしても、我が家では買い与えられなかったため、自家製の梅ジュースよりコカ・コーラやら濃縮還元という魔法を使った100%ジュースのほうがよっぽどカッコよく、手を出したいと思っていた幼少時代が自分にはあったが、今は、むしろこんな天然の恵みを自らの手で加工することに喜びを感じるのは、単に自分が年を食ったのか、それとも世の中が変わってきたのか、どちらなんだろうか・・・。
きっと、これはどちらかではなく、両方なんだと思う。

あと、一週間ほどで飲めるはず。乞うご期待(拓)。

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ちゅらぼしファーム 進捗状況 -7月-

家族不在の4月後半よりファームマネジャーとスタートしたちゅらぼしファーム2009。昨秋に植えたニンニクを6月下旬に収穫。本によると5月中旬頃からが取り頃と書かれていたので、5月上旬にチラ見したら、昨秋に埋めた一片のニンニクと全く変わらず。焦りまくって、肥料を投入し、近辺の畑で収穫される時期を見ながら、収穫。


マズマズでないですか?
ニンニクは、日常食べるニンニクをそのまま一片づつ土に埋めれば、収穫期にはまた六片に成長しているというしくみ。
とはいいつつ、このニンニクが高い。6片ニンニクふたつで800円近くした。毎年、作物を食べきらずに徐々に増やしていくことが大切なのかもしれない。

もちろん地域の慣わしに準じ、デキの良い順に地主さまやご近所に差し上げる。3つのニンニクを植えたので、大小ふくめ、18このニンニクを収穫。

その後、春から植えた作物の生育が悪い。理由は二つ考えられる。
1.直播きした(周囲は当たり前のように苗を植えていた)
2.肥料が少ないのか

タネのほうが苗より安いとのファームマネジャーのアドバイスにより直播きを決行(ポットで苗を作っても良かったのだがそれもせず・・・)。周囲の畑はウチの種まきより遅いタイミングで苗を植えたにもかかわらず、トマト、ナスは立派なものができているが、ウチのナスは葉っぱが10枚以下と惨憺たる状況。。。
先週末に、生育しないナスやらキュウリを引き上げ、打ちなおした。


一つだけ成長したキュウリの初収穫。(写真は先日、引き上げたファームマネジャー)

うーん、去年、順調に作物が取れたのは、僕らの成果と言うより土が良かっただけとういうことか。
野菜作りは奥が深い。。。(拓)

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ワークライフバランス?

僕らが飛騨に移住して起業した理由はいくつかある。事業内容そのもの以外にも、自分たちなりのライフスタイルを確立したいからということがある。

要は自分たちが住みたいところで、自分たちのスタイルで生きていきたいということである。自分たちのスタイル、それは
1.「日本」を感じられる場で、そこに息づくしきたりやら営みの一部となりたい
2.可能な限り自給自足の食生活としたい
3.家族との時間をより多くとりたい
くらいであろうか。

自給自足、それはちゅらぼしファームネタで何度か紹介しているが、家族との時間という視点ではまだあまり書いた記憶がない。ま、企業のオーナーブログで、プライベートを明かす必要もないと思うが、ウチの場合はライフスタイルそのものも、ポイントであったりするから、あえて隠す必要もないかと思う。

まだ、創業して間もない今は、自宅兼オフィスであり、仕事をしているすぐ横で子供が寝てたり、走り回っていたり。集中が削がれることもあるがまぁ、なんとか仕事している。

最近は、生活のリズムを意識して、都会生活とは異なった以下のようなサイクルが流れている。

・6:30起床。家族が起きるまで仕事、朝食時はなるべく一緒に。
・昼休み11:30から12:30とし、最初の30分は、娘と公園で遊ぶ。
・17時に仕事の手を止め、娘と公園、畑に行く。
・入浴、食事、子供と遊ぶ時間を21時くらいまで取る
・必要に応じて、寝るまで仕事(今はほとんど毎日・・・)

ちなみに、ここは田舎なので、12時と17時に時間を知らせる音楽が町中に鳴り渡る。これが子供に時間を告げるのに最も説得力があるので、昼と夕方の時間を上記のように決めている。


(育児(寝かしつけ)と仕事(読書)の同時進行の図)

コンサル会社勤務時代もリモートワークを推奨されていたので、世の中一般よりはフレキシブルであったとは思うが、通勤時間ゼロ、自然に囲まれたこの地であるから実現できている部分も多いと思う。
まだまだ理想のライフスタイルへ近づく為の道のりを歩き始めたところではあるが、色々形になってきていると思う。(拓)

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地域を守る、家を守る

今日は、朝から地域の行事。朝一番から河川敷の草刈と近所の側溝掃除。
朝7時からの草刈は、核家族での育児中という勝手な言い訳をさせてもらい、欠席。
(去年は出席したが、えらい人手で、今年は失礼させてもらうことに。内緒ですが・・・)
8時前に畑から長靴を持ってきて、側溝掃除部隊に合流。

この側溝掃除は、地域の若者(といっても45歳まで・・・)の組織が行うもの。軽トラに積んだ消火用のポンプと消火栓を用いて、側溝に溜まっている土砂やゴミを処理する。
地域の若者が休日に地域を維持する為の活動を行う。素晴らしくないですか?

作業自体はそれほど難しいものでもなく、色々教えてもらいながら進めていく。その作業をしながら、
「そこの子はいまいくつになったな?」
「最近、仕事はどやな?」
と近所の同世代(?)のコミュニケーションが取られていく。これらのコミュニケーションは子供時代の祭りから育まれる。
すこしくらい年が離れていても「・・・ちゃん」やらニックネームで呼ぶ間柄で、新参者のボクにも温かく接してくれる。

午後も勢いで、家の中を掃除。3ヶ月くらい掃き掃除もしていなかった路地を掃除。。その後、ずっと気になっていた壁板に荏油(エゴマの油)で磨いてみる。永年放置されかなりカピカピになっていたので、今日は二枚だけ。
こんなに色が変わった。
あとは、継続的にから拭きをすれば、これらの板はさらに輝きを取り戻すはずだ。木の文化は素晴らしい。


(使用前使用後のようす)

200年住宅とかいう言葉が巷を賑わしているようであるが、内容はどうもイマイチな気がする。ウチのように100年使い続けている住宅を維持することを促進する制度があってもいいんではと思う今日この頃である。

いずれにしても、田舎暮らし2年生。いろんな面で少しづつこの地の暮らしがなじんできているのではないだろうか。(拓)

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鳥害オンパレード

去年は家の工事や仕事の関係で7月上旬まで我が家を空けていたので、今年は古川の春、初夏をはじめて感じている。(家族は出産でいなかったが・・・)

冬には落葉していた森の木々が今では青々と茂っており、雪国での春のありがたみをなんとなく感じた気がする。今年は、周囲をMTBで走ったりと自然を身近に感じられる時間も少しは取れ始めた。

と、田舎暮らしの素晴らしさを満喫しつつ、自然と身近に住む別の出来事も色々ある。春辺りから、ハトが家の周りを徘徊し、アミをはったり防御策も講じたが、そのすき間をついてハトが我が家の蔵の屋根の下に住み着いた。アホなハトはアミにも動じず、何度か網に引っかかったハトを同居人と救出したこともあった。


(網をかけた蔵)

先日、一週間ほど家を空けて戻ってきて、死後数日とみられるアミにぶら下がったハトを発見。一日は見てみぬふりをしたが、意を決して遺体処理班として出動。アミをハサミで切って除去。かなり白骨化が進み、袋に入れようとすると中から○○虫が大量に飛び出してきた。
ハトを気の毒に思う気持ちとゲンナリ感が交錯した複雑な気持ちがその日は続いた。。。

翌日、ダイニングにいる慈芳より、「煙突の中からバタバタ聞こえる。段々近づいてくるよ」との報告が。早速、屋根に登り、煙突の中を覗くが暗くて何も見えず。
しばらくすると、また「薪ストーブの中にいるみたい・・・」との続報が。
窓を開け放ち、そーっとストーブの扉をあけると、灰色のくちばしのとがった小鳥とバッチリ目が合った。その瞬間、部屋中に灰を飛び散らして、部屋の外に飛び出していった。

あとは、家の表にできたツバメの巣。家に戻ると、屋根の上に巣の残骸が。何らかの理由で崩壊したようだ。
数日後には、巣が再生されている。ツバメは追い出してはいけないそうなので、静かに見守っている。


(小屋根に落ちた巣の残骸)

ハッピー田舎暮らし!(ハト、ツバメは都会でもいるか・・・) (拓)

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煙突におきゃくさま

うちの屋根にはよくハトやスズメ、ツバメなど鳥がやってくる。トタン屋根なので、鳥が歩いていると音ですぐわかる。それが今日はちょっと不思議な音が。
どうも薪ストーブの煙突のあたりでバタバタっといっている気がする。

帰って来た拓に、「ねぇ、煙突に鳥は入らないよね?」 「うーん、そう思うけど・・・」 といっていたらまたバタバタっという音が。なんかさっきより音が下がってきた気がする。

「ちょっと上から見てみよう」と拓がライトを持って、煙突の上から覗きにいった。
「これじゃぁよく見えないなぁー」 「薪ストーブやにきいてみる?」「うーん」と対処を保留し、また拓は外出。

すると30分ほどしてから、バタバタっ、コツコツ! っという音が、今度は明らかに部屋の中からきこえた。
もしや!!??と薪ストーブの方にいってみると、ガラス戸から灰まみれになった何か小さいものが動いているのがちらっと見えた。やっぱり! 煙突から鳥が入って、もがいた末になんと薪ストーブの中まで落ちてきてしまったようだ。

「どうしたのー?」と走ってきたうちの子に薪ストーブに鳥がいることを教えた。「どこどこ?」というが、中は暗いし、後ろの方にいってしまったようで見えない。

タイミングよく帰って来た拓に、「たいへ~ん! 薪ストーブに鳥さんがいるんだよ~!」とうちの子。
「え~~?!」

みんなでおそるおそるガラス戸をのぞくが何もみえない。
拓がカチャっとガラス戸を空けた。「ん? いないよ?」「えー絶対いるよ!」といった途端、バタバターっと中から鳥が飛び出した!!顔をつっこんでいた拓は思わずのけぞった。 

鳥は出口を探して天井を飛び回る。その風で桟にたまっていた埃がふわぁ~(掃除できてない・・・) 下の子を抱っこしていた私はあわてて退散! 拓は窓を片っ端からあける。
と、あわあわしてるうちに、「あれ、どこいった?」「でてった?」

どうやら鳥は出て行った模様。結局何の鳥かもわからずじまいだったが、気の毒に。灰まみれになって大丈夫だったかな?
こんなことでも、なんか自然と近いって気がするなぁ。(慈芳)

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Back to 飛騨

うちの子も私も1ヶ月検診を終え、問題なし!ということで早々と飛騨に帰ることにした。

実家から飛騨まで一気に帰るのは、1ヶ月をすぎたばかりの子には長旅すぎるということで、途中小淵沢で一泊することに。

泊まったのはリゾナーレ。周りは静かな森で、何よりも立地がいいのとゆったり間取りが気に入っている。来るたびにサービスがちょっとずつ充実していると感じるのはさすが星野リゾート。

ホテルの部屋からは一面の新緑。拓と上の子がプールに行き、下の子がお昼寝している間に久々に1人で癒しのひととき。あ~好きなときに1人カフェできた時代が懐かしいなぁ・・・。
(とくつろいでいたら、すぐにベビーベッドから小さな泣き声が・・・)

(ホテルの部屋より)


そして翌日、あーもう一泊のんびりしたいなぁーと後ろ髪をひかれつつ、飛騨へ向かった。今回は荷物もいっぱいで、後部座席にチャイルドシート、私、ベビーシートの順である。とても窮屈で、上高地付近の山道はつらいものがあったが、両側ですやすや眠る子供たちの顔をみて、なんとか気を取り直す・・・。

子供たちが寝てくれたおかげで順調に夕方には自宅に到着。ガラガラっと玄関をあけるとひんやりとした町家の空気が流れる。実家へ帰った頃、まだ雪囲いのあった庭はもう青々。(のび放題ともいうが) 

久々の畳と囲炉裏を見て嬉しくなった。うちの子も嬉しそうにマイキッチンやピアノに走っていってご機嫌に遊び始めた。

昨日は朝顔を植えた。その上に軒先にはつばめが巣をつくっている。

手助けがない分大変だけど、早く帰ってこれて良かったな。
お構いできないけど、また皆さん遊びに来てくださ~い!
(慈芳)

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オーストラリアで目についたネタ3 -こどもの遊び場-

記憶をたどるように、もう半年も経ってしまったオーストラリアネタ第三弾。匠の国、飛騨からオーストラリアに行ったのは、去年の12月。2歳になったばかりの娘との初めての旅は、二人の大人のお気楽な美ら地球回遊記とは少し勝手が異なった旅であった。
移動距離は二人の時の6~7割程度で、そこここで彼女の満足感を満たすアイテムが必要で、その中で公園は大きな役割を果たしてくれる。

いままで見たこともなく、自分が遊べるツールは子供たちにとってはたまらない存在で、その場に解き放つと最初は警戒しながらもドンドン入り込んでいく。

いーなー、と思ったのは。遊具の下にウッドチップが敷き詰められた公園。そこここで見かける公園はウッドチップが敷き詰められ、ほとんどの子供は裸足で駆け回っている。家の中では靴を履いている西洋文化、意外ではあるが、外で裸足になることが多い。日本人の感覚とは反対なような気もする。
飛騨にも木を使った公園もあるけど、このようにウッドチップが敷き詰められ、子供たちが裸足で駆け回る公園は見かけたことがない。こんなのがあればいーなーと思った。


(真ん中が我が娘)

また、水と触れ合う公園もあった。水の供給についてはサステイナブルな仕組みなのかよくわからなかったけど、暑い、暑いケアンズではこんな場も子供たちにとっては、最高の遊び場なんだろうなと思った。
何よりもボクがこの場がいいなと思ったことは、水遊びという視点より、様々な人種の子供たちが集える場であること。僕らの飛騨にもこのようなマルチカルチャーな場が存在すれば、訪れる人にも住む人にとっても良い意味での刺激の場になるのではということ。
僕らの目が黒いうちに実現するといいなー、と思う。(拓)

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お前、何屋や?

わが町古川のある居酒屋で地元のオジサマ方とお酒を飲んでいたひと時に、カウンターで飲んでいた別のオジサマが僕らの席に合流する。ひとしきり話が済んだ後に僕も何とか話の和に入ることができ、そのオジサマが建具職人であることを教えられる。
お互い酔っていたが、「明日、作業場に来るか?」と言われ、「行きます」と即答。このような縁は大事にしている(というか単に好きなだけ)。


翌日、作業場にお邪魔する。所狭しと並んだ匠の道具たち。
ボク:「かんなにもこんなに種類があるんですね。」
職人:「そんなもん、今の時代は使わんよ! そーいう時代やわな」
ボク:「そうなんですねー」

色々見せてもらった後に、ある作品が登場。高山のある料亭に納められた木の便器。どうせ作るならということで、当時、ひとつ余分に作ったらしい。
なかなか趣のある作品だ。
「オモロイやろ。でも、今の時代はこんな仕事ないよ。」「今は建具がいらん家ばかりになってしまってな・・・」

ひとしきり話をした後に
職人に「んで、お前は何屋やな?」と聞かれた。
答えるが職人には理解できない様子。コンサルティング会社勤務時代も祖母にも両親にも自分がどのような仕事をしているかを理解してもらことは難しく、まだ理解してもらえてないと思う。

この問い、簡単な問いではあるが、非常に人間の本質に迫る問いだと思う。自分は何屋か。誰にでも分かりやすくひとことで言えることばを捜す必要がある。ある企業の経理部に務めながらミュージシャンやってた知人は「経理マンとギター」という曲を書いていた。その彼も今は、経理スキルを活かして別の企業のマーケ部門のプライシング屋となった。企業人だとしても「自分は何屋か?」、この答えが見つけられない人は転職市場で自分を売り込むことは難しいのではと思う。夜に現在自分探し中の同居人にも投げかけてみると、明確な答えはでなかった。

「お前、何屋やな?」。この問いに自信を持って答えられる人はどれだけいるだろうか?(拓)

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サイトリニューアルしました

早いもので起業して1.5年ほどが経ちました。
日本にクールな田舎をテーマに考えると、インバウンド・ツーリズムは一つの切り口でしかありません。飛騨に移住してからも色々試行錯誤を繰り返しています。地方部での我々の役割を考え、これまでの実績も踏まえて、サービス内容を拡充して整理しました。(サイトはこちら

少子・高齢化が進み、決して元気でない地方の活力に、いまの不況がさらに追い討ちをかけているようにも感じられます。
しかしながら、近い将来に現実になる状況が予想より早くに来ただけとも考えられます。いま、このふるいにかけられ、耐力を持ち続けられ、生存できるかを試されているとも言えるのではと思っています。
今を乗り越えられなかったら、どうせ近い将来に淘汰されるかもしれないと思えば、今が頑張り時だよな、と思っています。

近日中に新規サービスもリリース予定です。今後とも美ら地球をヨロシクお願いします。(拓)

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ちゅらぼしファーム Year2009始めました

昨年から始めたちゅらぼしファーム。昨秋は予想外の大収穫に恵まれ、今年度も春が来たので、手入れを始めました。

(去年の秋に収穫した白菜と大根。地主が長年育てた土が良い以外にこんな収穫にありつけた理由はアリマセン。。)

二週間ほど前に畦を作り、今日は今年初の植え付け。同居人(ちゅらぼしアグリ・マネジャー)とともに作業をしました。今年は有機農法の本を買い、秋口耕しなおす畦、通年で育てる畦などを整理し、輪作障害等も考慮し、多年度の計画をエクセルとパワーポイントを活用し策定済み(自称IT農業)。少しずつ他品目の種を植えました。

今年は冬の間に薪ストーブで出た灰を畑に。循環型農業への一歩も踏み出しました。
写真右手は秋口に植え、雪の下で冬を越したニンニク。再来週あたりには今年初の収穫祭を予定しています。
果たして、今年の作況はどうなることか。乞うご期待!(拓)

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祭り当日

4/19、/20の祭りは正直、休む暇などない。朝8時屋台蔵(屋台が収納されている蔵)の前に集合。龍笛台ロゴのついたハッピを受け取り、屋台を蔵から出す作業に。地域の財産、龍笛台を慎重に蔵から引っ張り出す。ペーペーなので、周囲を見ながら、屋台を曳く綱の端っこを持って、いちよう作業に加わっている格好を取る。

(屋台蔵から龍笛台が顔を出す様子)

朝から自分たちの町内を曳きまわし、「祭りだぞ、みんなの屋台を曳いてきたよ」と言わんばかりに町内を引き回す。方向を修正する人、電線がある際には電線を上に持ち上げる人、屋台を曳き回すには多くの人が必要で、多くの役割がある。屋台の中には子供たちが数十人入って、囃子を演奏する。
昼前に一度解散。家に戻り、仮眠。

(我が家の前をいく龍笛台)

昼に屋台を曳いた後、夜は起し太鼓に入るわけだが、夕方のまち賑わし(若社が町内を回って盛り上げる行為、祝儀集めの意味合いも)には出ずに、台湾からの視察団の接待に参加。去年はさらし一丁で酒を継いでまわったが、今年は挨拶だけでおしまい。

(まち賑わしの様子)

急いで戻り、去年同様、ご近所さんに晒しを巻いて貰い、清めで父と同居人に酒を全身に吹き付けてもらい、若社のもとに。

(ready to go)

20時半に集まり、出立祭に。独特の盛り上がりの中、起し太鼓に突入。今年は付けられる側からつける側での初参加。わからないことも多くあるが、無心で向かう。翌朝5時起きで東京出張のため、無念ながら途中で2時くらいに付け太鼓から離脱、帰宅。

今年は慈芳もおらず、写真もほとんどなし。レポートも文字だけで読者の皆さんは意味不明でしょう。。来年はもう少し、長期で丁寧にレポートします。。体力的にもかなりハードな古川祭。でも、これはなんとか続けていくべきものだということは体感しました。
またしても、お向かいI家には多大なお世話になりました。アリガトウゴザイマス。。。(拓)

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祭り前夜

とうとう祭り前夜。今日は、我が龍笛台組の若社が、付け太鼓の太鼓縛りを行った。龍笛台組とは、龍笛台という屋台を持つ地域コミュニティのようなもので、祭りはこの台組単位でそれぞれ執り行われる。(起し太鼓は青龍、白虎、玄武、朱雀)という四神の名をとったもう少し大きな地域単位で執り行う。ちなみに我が家は龍笛台と麒麟台の二つから構成される玄武組に属している。)

太鼓縛りは19時くらいから始まり、若社たちが納得する縛り方ができるまで何度も縛りなおす。最終的な判断はその年の大将が下す。
その後、表に出て、若社全員が口に含んだ清酒を縛り付けた太鼓にかけて清める。(太鼓は酒でデロデロになるが、そのまま、翌日の出立祭まで奉られる。)
その後、若社OBを含んだ地域の男衆が集い、前夜祭。

前夜祭が始まってしばらくすると、あいにく、朝からの大掃除で埃に反応したのか、両鼻が詰まり息ができなくなる。大将に詫びて早々に帰ることにした。せっかくの祭りが・・・(拓)
(神事だし、今年から仲間に入れてもらったので、写真は撮りませんでした。。)

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近づくまつり

4/19、/20の古川祭に向けたやわい(準備)が着々と進められている。毎年の古川祭は3/1に気多若宮神社にて執り行われる抽撰祭から始まる。
古川の町は白虎、青龍、玄武、朱雀の四神の組に分けられているが、その中から一つの組が「起し太鼓主事」に、9つの屋台を持つ地域区分、「台組」の中から「屋台主事」がくじ引きによって、決められる。
主事とは、その年の祭りのなかで、越し太鼓と屋台行列を執り行う責任者のようなものである。


(抽選祭の様子)

ちなみに我が家は玄武組、龍笛台組に属している。玄武組は去年、起し太鼓主事であり、起し太鼓を担ぎ、町を練り歩く役割であった。

その後、先週辺りから、町のそこここの公民館では毎晩、子供たちの笛・太鼓などの練習がだいたい8時か9時くらいまで続いている。白虎台には屋台の上で奉納される子供歌舞伎があるのだが、白虎台のある三之町の公民館では、子供たちが一生懸命歌舞伎の練習をしていた。

一昨日には、町のあちこちに旗も立てられ、さらに雰囲気が高まる。


(我が町内に立てられる旗)

昨晩、我が龍笛台の笛の練習に立ち会った。小2~中3までの男の子達が練習に勤しんでいた。我が地区は比較的子供が多いので、まだ男の子だけで構成できているが、子供が少なくなった町内では、女の子も屋台に乗っているそうだ。
といっても、僕らの世代が子供の頃は中学生の男の子だけが屋台の中で演奏していたのだが、今は少子化で小学生も乗せているとか。

地域の子供たちが祭の笛演奏を通じて、学年を超えた縦のつながりを構築することができ、また地域の大人がその練習をサポートする。
また、これらが口頭伝承であるところが驚きである。子供たちは楽譜も見ずに見よう見真似と周囲の指導で演奏を学んでいく。マニュアルなんて存在しなくても、キチンと伝承されているのである。

神事を行うことで地域コミュニティのつながりが保たれていく。コミュニティの崩壊が嘆かれているが、これこそが日本のコミュニティを維持する一つの機能ではと実感した。

(4/4~/18まで、毎日練習に立ち会う若社(地域内の35歳までの男性の集団)は練習が終わると、その場で夜な夜な飲む。これもコミュニティ維持。しかし楽でもないのも事実である)

(拓)

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春の訪れ@飛騨古川

去年は4月の頭から長期出張に出てしまい、古川の春の訪れを味わうことができなかった。
今年は、古川にて冬の終わりから春の訪れを体感している。

先週、4日ほど東京に行ったのだが、その前後で様子は急変。それまでは家の中は10℃くらいだったのが、戻ってきてからは家の中も20℃近くになる。


(桜@飛騨の匠の博物館、匠文化館)

例年は4/19、/20の古川祭の際に桜が満開となるのだが、今年は既にこんなに咲いている。お旅所がある、祭り広場付近のしだれ桜はまだ、つぼみも多いが、祭までは持たないかもしれない・・・。


今日は、あまりに気持ちが良いので、予定を変更して近くの公園でノンビリ読書をすることにした。
雪国の春の訪れはやはり東京のそれとはまた違った感覚であることを身を持って感じている。(拓)

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うちの子のごっこ遊び

うちの子も2歳と3ヶ月。外遊びやいろんな人との会話から覚えたことをすぐに真似している。子供の学習能力って本当にすごい! 今日はそんな中から飛騨ならではか?と思われるごっこ遊びをご紹介。

まずは、最近大流行の獅子舞ごっこ。拓と2人でタオルを獅子舞のかぶりものの代わりにして、「ピーヒョロロ~」と口で歌いながら獅子舞を舞うのだ。

獅子舞を初めてみたのは、まだ移住もしていない6ヶ月くらいのときに来た古川祭。昨年の古川祭ではうちの前で舞ってもらって「カプッ」までされた。やはり近くに来るとこわいようだが、獅子舞自体は大好きな様子で、町中の置物やポスターをみると「わっしょいだ!」と言って必ずチェックする。

起し太鼓もうちの子を魅了している。
祭のときと友人が来たときにまつり会館で何度かみた映像から覚えたのが、起し太鼓をちょうちんで持って先導する人のマネ。ちょうちんに見立てた棒や楽器をもってスクワット。(本物はこちら参照)

それから付け太鼓を担当する若者がやるパフォーマンスのマネ。(本物はこちら参照)

雪国らしいものなら、スキー/スノーシュー。布おむつをスノーシューにみたててひいてみたり、靴べらをスキーにしてみたり。
ちっちゃい木切れを木のとんかちでたたいて、薪割りごっこというのもある。
小さいながら本当によく観察しているものだとこっちが感心してしまう。

伝統芸能なんかもこうやって子供が興味をもっていくことで継承されていくのかなぁと思う。
こんなごっこ遊び見られるところに来て良かったな~と、また自己満足な両親でした。(慈芳)

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春来ちゃいました・・・

2月にしては暖かい日が相変わらず続いているが、今日はもう10度を越えるポカポカ日和。お隣の国府までお散歩に出かけた。
安国寺の境内で見つけたのは、ふきのとう!昨年 ふきのとうの天ぷらを食べたのは3月後半だったのに~。1ヶ月以上はやい・・・。


その後は、三休の滝までのハイキングコースをちょっとお散歩。真っ青な空。畑に残る雪はもうわずか。う~ん、最高に気持ちいいけど、もう本当に雪は降らないのかなぁ・・・。

畑ではすでに農家の方が準備を始めていた。ここはほうれん草をつくるビニルハウスだそうだ。やはり昨年より1ヶ月ほど早いが、もう雪解けだからねぇ、とのこと。
うちの畑もそろそろ準備開始かなぁ。(慈芳)

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慶應大学 学生支援GP最終報告会

昨年12月にSFC(慶應湘南藤沢キャンパス)にてミニ講義をさせていただいた一連の取り組み「学生支援GP」の学生による最終報告会がSFCにて開催され、出席した。

受講した学生の他、フィールドワークを受け入れた自治体や地域関係者とゲストスピーカーなどで関わったSFCの卒業生が出席していた。

小学校の中での子ども達のコミュニケーション能力を養うライフスキル養成プログラム、宮古島での農産物の産業化の考察など、興味深い提言が行われていた。

最近、インターンシップの学生やこういう場において学生に出会うことが増えてきたが、いつも驚かせられることは、学生の真剣さとクオリティの高さである。
自分自身が大学ではこれぽっちも勉強をしなかったバカ学生であったので、比較するほうが間違いかもしれないが、プレゼン能力や他のスキルを含めて、「使える学生」が多くいると感じる。コンサルティング会社勤務時代には社内外の新人研修などを担当したが、彼らと比しても肩を並べられるような2、3年生も少なくない。

また、彼らの興味の対象が地方の活性化であったり、地域貢献または、持続可能性など僕らの時代では考えられないようなテーマにも多くの目が向いている。

これからの地方部の活性化にはこのような若い行動力のある人材の如何にうまく取り込むかがキーとなることは、自分自身が地方に身を置いてからヒシヒシと感じるようになった。

本取り組みも始まったばかりで課題もあるが、都市部のエネルギー・知恵・センスが地方部の可能性を現実にする原動力となる取り組みとして発展することが期待され、また自分たちもそのような流れを大きくしていかなければと実感した。(拓)

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第2回 伊勢・三河湾流域圏ESDフォーラムにて発表します

きたる1/25に中部大学にて開催される第2回 伊勢・三河湾流域圏ESDフォーラム― 生物の多様性と文化の多様性をめざして ― にお呼びいただきました。

【日時】2009年1月25日(日) 9:30~17:30
【場所】中部大学50号館
【主催】中部大学伊勢・三河湾流域圏研究会、中部ESD拠点推進会議
【お問合せ】中部大学総務課 電話 0568-51-1111 担当:永田

現在、構想中の今後の動きについて簡単にお話させていただく予定です。

ご興味のある方、お近くの方は是非お越し下さい! (拓)

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リユース水屋、本棚になる

入居した時から、蔵に置いてあった水屋。扉がなく、棚にでもして使おうかと言ってからはや一年。埃をかぶり、蔵で物置台となっていた。日本家屋は備え付けの収納スペースが全くないので、家具を入れる必要があるのだが、お金もないし、なかなか気に入るものもないので、そのままになっていた。
並べたい本も多くあり、助っ人も来てくれたので、「ヨシ、今日やろう!」と今日やることにした。

引っ張り出した水屋は、触ると手が真っ黒になるほど埃をかぶり、引き出しを取り出すと、ガタ、ガタと木の部品が落ちてきた。
落ちた部品を見ると、「岐阜県平民・・・」と書かれた木片。何かの木を再利用しているのか・・・。この木は何なんだろうかと助っ人と盛り上がる。

乾拭き、水拭き、掃除機でゴミを取り、壊れた引き出しを修理して、徐々にその姿に元気が出てきた。
最後にエゴマの油で磨きをかける。この辺りは家の柱などはくるみか荏油で磨くそうな。
見る見るうちに水屋ちゃんが輝きを持ち始めた。

搬入を終え、さっそく民家系の写真集やらを並べてみた。リユース水屋で我が家が彩られた。
この水屋にはもうひとガンバリしてほしい、あと100年ほど。(拓)


(搬入された水屋とともに、満足感に浸りながら酒を飲む助っ人)

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三寺参り

飛騨古川では、「三寺参り」という慣わしがある。これは毎年1月15日、親鸞聖人のご命日の前夜に、町内にある3つの寺を詣でるというもので、200年以上前から続いているという。

もともとはそんな渋~い慣わしなのだが、近年ではちょっと観光イベント化して、町中に大きな雪ろうそくやかがり火が並び、各家庭・商店も小さな雪ろうそく(正確には雪でつくった台の上にろうそくをのせて、和紙で風除けする)をつくる。

昨年は移住したてで、3寺回ってみただけだったが、今年はうちもちょっと住民ぽく(?)家の前に雪ろうそくをつくってみた。

祭り広場には、牛串、そば、岩魚等々いろんなテントが並んで、「食」の広場となる。

(河合のおばちゃんたちの手作り五平餅)

そして、瀬戸川沿いではろうそくを灯したり、灯篭を流したりするのだが、ろうそくに手をあわせる若い女性の着物姿が絵になるということで、実は町中でここが最も混雑する。

(瀬戸川に集うカメラマンたち・・・ すごいズーム・・・)

そして、地元住民はそんな混雑ぶりをよそに文字通り3寺参りする。
どんなデコレーションより、慣わしがちゃんと続いていること、何よりもそれが素敵だと思う。(慈芳)

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新年を迎え

新年、明けましておめでとうございます。
創業、移住からちょうど一年が経とうとしている株式会社美ら地球(ちゅらぼし)ですが、今年は、仕事の面、自分たちなりの飛騨でのライフスタイルの確立など、色々とアグレッシブに動く予定です。

しばらくブログもご無沙汰してしまっておりましたが、実は昨年12月一杯は、出張とバケーションを兼ねてオーストラリアに行ってきました。2006年頭の美ら地球回遊記の帰国より、次なるステージに向けて休むことなく突っ走ってきた美ら地球。気が付けば3年もの時間が経っていました。さすがに伸びきったバネのように弾力も力もなくなりつつあったため、これではマズイと思い、ネタ集めと心身のリフレッシュをしてきました。
公私についての短期、中長期のゴール設定も明確になりつつあり、心は晴れやかです。

去年の1月8日に移住したため、飛騨古川での初のお正月。一日遅れて氏神様である気多若宮神社に初詣に行ってきました。

週明けからの始業からはロケットスタートでがんばります。
本年も宜しくお願い致します。(拓)

飛騨古川は静かな正月を迎えている。
トラディショナルなところだから正月飾りもいろいろやるのかなーなどと思いきや、門松を出しているところは少なく、皆さん玄関に控えめなお飾りをつけていて、あと元旦には多くの家が日の丸を掲げる。これが都会との大きな違いかも。
おせちはというと、正月より年末に「年取り」といってごちそうを食べるのが風習らしい。

年を越してからずっと雪がちらつく毎日で、うちの庭はこんな感じ。

拓はロケットスタートだけど、私は2歳児付きマタニティなので、相変わらずスローマザーでいきたいと思います。
今年も美ら地球ファミリーをよろしくお願いしま~す。(慈芳)

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雪景色の種蔵。冬支度が進む

(日干しされるネギたち)

今日は、ある知り合いが名古屋から遊びに来てくれたので、種蔵と角川に行った。三日ほど降った初雪はもちろん種蔵の集落も白く覆い、人々は大急ぎで冬支度を進めていた。
あるお宅は雪囲いを、ある家庭は野菜の保存をと。何度かお邪魔しているおかげで、顔を見ると、「こりゃまた、よう来てくんなはった」と温かく迎えていただく。

家の前にたくさんの白菜が転がっていたので、白菜の保存法について聞くと「白菜はな。ここらでは、ちょっと干してそれから新聞紙に包んどくんや。」と。
さっそく、雪に埋もれた僕らの白菜も明日にでも収穫して、日干しにしよう。

種蔵のメインストリートもこのように真っ白。ここからの景色を知人に見せたくて、滑りながら歩いてみた。

早く冬支度を完了させないと。しかし明日もまた別の知人が来てくれる。でも、冬もすぐにやってくる。自然との付き合い方が今まで以上に重要になっていることを感じる今日でした。(拓)

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初雪!

飛騨ではもう初雪が降った。
予報を見て空を見て、たしかにきそうだなぁ~と思っていたら、ほんとに降って、しかも積もった!
ここ3日くらい降ったりやんだり、雨になったりの天気が続いている。町も山も一気に冬モード。
道路は凍結防止の水がしゃーしゃー流れ、山は終わりかけの紅葉がもう黒ずんでしまった。

(うちの庭 – まだ雪囲いしてないんだけど・・・)

(線路も真っ白)
うちの薪ストーブくんも本格稼動をはじめた。
薪ストーブの威力はほんとにすごい。気温がまだそれほど下がっていないというのもあるんだろうが、つけるとあーっという間に部屋中暖かくなって、部屋を閉め切っておくと半そででもいける温度になってしまう。暖めすぎて外気との温度差が激しくならないよう逆に気を使うくらいだ。
もちろん改装した部分は断熱もされているし、密閉性が高くなったのも大きいが、寒―いすきま風に縮こまった昨年がウソのようである。
そして何より炎を見られるのが幸せだ。キャンプにも焚き火をかかさない私たちだが、やはり炎を見ていると安らぐし、それだけでも暖かい気持ちになる。
冬の飛騨も風情あるよ~ みなさん寒がらないで来てみてね。(慈芳)

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取り壊された民家のあとに

7月にたまたま取り壊し現場に出くわし、臼と階段をいただいた家の近くを通りかかった。(過去ブログ参照

取り壊す前の家はこれ。

新しく建った家はこちら。

このブログを読んでる方はどのように感じられるだろうか?(拓)

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飛騨の遊び場を求めて -2-

かねてから試してみたかった古川・河合サーキットを朝から実行した。古川の町家界隈をスタートし、郊外の農村部を走り、隣町の河合町までの周遊ルートである。
少し行って湯峰峠という古川町と河合町の境の峠を越える。トンネルを越えたところで、温度計を見てギョッとする。


朝からけっこう寒いなーと思ったが、まさか0℃とは。。。ずっと登りなのでハイポサーミア(低体温症)にはならないだろうとは思いつつも足と手の先はしびれかけてた。

農作業の準備をしている方より「今日は一番冷え込んだな。霜が降りたな、今朝は。これでえーんや。これで木から葉が落ちて冬の雪に備えられるんや」と教えてもらう。


しばらくすると念願の朝日が集落を照らし始めた。これほどお天道様のありがたさを感じたのは、2005年、パタゴニアのトーレスデルパイネで初日の出を待つとき以来であろうか。
朝日が照らす紅葉した山肌は僕を元気付けてくれた。



そのまま集落を超え、陶芸家の家を横目に最後の峠を越える。旧街道の趣を残すグネグネ道を降りたら、ダム湖畔に出る。紅葉の斜面を楽しみながら下っていくと、脇からキツネが出てきて僕の前を走り始める。300mほど全力疾走していたので、なんとかカメラに納めたいと思ったが、間に合わず。

800年の歴史を持つ山中和紙の職人が住む有家(うけ)など、小鳥川沿いの集落を眺めながら、河合町の中心部、角川集落に到着。その距離だいたい30km。寒さを除けば素晴らしいバイクライドであった。
JR高山本線角川駅の駅舎にて暖かい缶紅茶を飲み、古川に向かった(拓)。

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飛騨の遊び場を求めて -1-

別のプロジェクトが一段落し、ようやくやるべきこととして最も重要な仕事に取り掛かれた。それは飛騨市内の遊び場を探し、遊び方を提案する為の調査活動である。

部屋の中での仕事を終え、夕暮れどきにバイクに乗って飛び出した。今日は時間が限られているので、近郊のサイクリングロードへ。サイクリングロードといえど最近はまったく使われていないようだ。古川郊外の入り口からバイクをこいで紅葉の美しいパスを進む。

しばらく行くと、谷を降りるトレッキングポールを持つ初老の男性に出会う。バイクを停めて声をかけると近くの展望台まで歩いて戻るところとか。15年ほど前に岐阜から夫婦で移住した男性はこう言った。「このサイクリングロードで一度は自転車に乗った人に会いたいと思っていたが、アンタが初めてだ」と。貴重な存在に扱われ嬉しいような、ここが活用されていなくて悲しいような不思議な感覚を持った。


少し先に行くと、展望台への道らしきトレイルを発見。特に注意書きもないのでMTBでそのままトレイルを登っていく。しばらくすると古川盆地と背後にそびえる乗鞍を見渡せる展望台に到着。知る人ぞ知るスポットっぽい雰囲気が漂いまくっていた。帰りは一人でミニダウンヒルを楽しんで、本線に戻る。円空仏のお堂やら、ちょうどよい感覚でスポットがあるよくできたコースである。

ノンビリ一人で楽しんでいると、すぐ横の斜面よりキジらしき鳥がバタバタと飛んでいった。
このブログを見て、ここを訪れる人はかなりレアだとは思うが、行く人はクマ対策を忘れずに。

冬はスノーシューで歩けるのでは、今年の冬の遊び方も想像しつつ家に戻った。(拓)

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梯子作り選手権@飛騨古川

飛騨の匠の里である飛騨古川には多くの大工さんが存在している。時代の流れにより、その匠の技を継承する大工の仕事が減少しているとういう現実はここでも例外ではない。

ここ古川ではこのような大工たちに誇りを持ち、匠の技を展示している匠文化館なるものがあるが、ここの開館20周年記念に合わせて、大工たちが技を競うイベントも開催された。
この匠文化館自体が、20年前に飛騨の匠の技を結集させて作られた建物であり、構造部分には釘は一本も使われていないそうだ。

(梯子作りに取り組む大工たち)

大工たちは材料を見て各々の梯子を造り上げていく。
たかが梯子、されど梯子。見ているとその差を理解することは難しいが大工に話しかけると様々な技について教えてくれる。

(竹釘によりくさびが打たれた梯子)

登った時の横揺れに対する安定性はほぞとくさびの打ち方、全体の曲線などで変わってくるらしい。
ほぞも外側まで貫通する方法、中で留める方法、くさびも外側から打ち込むものもあれば、前面から竹釘を打つ方法やら色々あるようだ。


この梯子は100年以上の歴史を持つ梯子とか。色ツヤがその歴史を無言で訴えているように感じる。

この梯子、一本5,000円という破格で売り出された。
庭の柏の手入れをするために一本お買い上げ。外から楔を打った昔っぽいデザインのものにした。

(勢ぞろいした梯子たち)

飛騨の大工、技を継承する仕掛けを進めなければならないことは間違いなく、このような機会もその一つとしていいイベントであったと思う。

最後に、何よりも僕がこの町の好きなところが現れているのがコチラ。

今日の20周年記念事業に「女性会」の皆さんも参加されていた。餅つき、豚汁の振舞い役である。広場の片隅でテキパキと仕事を進めるこの方たち。大工と同じくらいこの風景の登場人物が貴重な財産だと強く思う。

この地に存在するこのような有形無形の価値を飛騨市民にもっと気付いてほしい(拓)

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少しずつ

正式に移住してから10ヶ月が経とうとしている。

僕らは定年後の安住を求めて田舎に来たわけではないし、こちらで会社勤めをしているわけもないので、生活面、仕事の面、双方で全てが新しいことなので、とにかく休む暇がないというか、あっという間に時間だけが経っているという日々である。

とはいいつつも、新天地への適応は徐々に進んでいるとは思う。
自分たちなりのより自然に近いサステイナブルなライフスタイルが少しづつ形になり始めた。

8月からはじめた畑からは多くの実りを得ることができた。
昨晩は我が家で採れた大根を入れておでんが夕食に。
夏場はほとんど野菜を買うこともなく、新鮮な野菜に囲まれた。
次の春からは生ゴミの堆肥化などもはじめたい。また、畑だけではなく田んぼもやりたいと思っている。

二年ほど行くこともできていなかったキャンプも秋になってようやくできた。
小さい子どもが家族の一員になったため、今までのようなバックパッキングはできていないが、ファミリーキャンプを楽しむことをようやく始められた。
以前は神奈川から西伊豆やら長野の遊び場に向けて夜中に車を走らせていたが、ここなら1時間もかけずに山の遊び場に到着する。

家の中も少しずつ片付き始めた。
囲炉裏には近くの古道具屋で格安の自在鉤がついたり、冬場に子どものいたずらで破れた障子が張り替えられたりと。
少しずつ、少しずつ我が家が思い描いた我が家に近づき、生活そのものも思い描いた生活に近づいている。

しかし、我々が本当に望むスローライフに到達するには、まだまだかなりの時間がかかると思われる。
ま、理想のスローライフがカタチになるまでもスローにいくしかないということか。
ま、いずれにしても、理想に向かって進んでいることには違いがないので、幸せなことである。(拓)

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祭り文化と住民

古川の町に受け継がれる屋台をお目にかかれる日は年に二度しかない。4月の古川祭りと屋台交代式なるものが執り行われる今日だけだ。これは祭り会館に展示されている3台の屋台がこの日にその名の通り交代となる。町にそこここに屋台蔵があるわけだが、祭り会館に展示されている屋台は蔵が空っぽということになる。我が竜笛台も曳き揃えられていた(今日は特に役が回ってこなかったので、一見物者でした)。

もちろん屋台を眺めるのも楽しみの一つだが、僕が好きなのは、このように行事があるときには隣人が集まって酒盛りをする風景。こういう場で地域のつながりが育まれるのではと思うわけである。特に祭り文化の地域のつながりでは縦(世代間)の繋がりが育まれる気がする。年齢を問わず役が着たら、屋台を出したり、酒を酌み交わしたりと、自然とコミュニケーションが生まれることになる。

続くと面倒くさく思うことも正直あるが、このような地域の繋がりは大切だと思う。

そんな、わが町の風景を楽しむことができたひと時であった。(拓)

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古川盆地を包む朝霧

最近、朝起きて家の前に出ると頭上に曇天が広がる毎日が続いている。不思議なもので、10時くらいになると気が付けば空には晴天が広がる。実はこれ、この季節に古川盆地を包み込む朝霧だということを隣人に教えてもらった。

さっそく、気多若宮神社の背後にそびえる安峰山の展望台へ。
トレイルもあるのだが、家族と一緒なので、車で頂上まで。七時前に起床し、眠い目をこするわが子を連れて車に乗り込む。
霧の動きがよくわからないため、到着する頃には展望台も霧に包まれて何も見えないのでは・・・と焦る気持ちを抑えながら車体に絡みつくような霧の中を進んでいく。

あるタイミングでパーッと頭上に青空が広がり、朝日の光が目の前に差す。誰もいないと思って頂上に着くとなんと車が三台も停まっているではないか。
早速、娘を抱きかかえ展望台に行くと、目の前に広がった景色がこれ。この霧の下に我が家のある古川の町が広がるわけだ。

眼前に広がる純白の平原を見ると、ボリビアのウユニ塩湖を思い出した。

素晴らしい。朝の冷たい空気がこれまた気持ちよい。
先客は朝ごはん、椅子、キャンプストーブを持参している。やはりマニアはどこにでもいるものだ。

この季節が一番綺麗に見えるそうな。
トレイルを歩いても2時間ほどで頂上に着くらしい。古川に泊まって、朝のハイキングにはちょうどよいのではないだろうか。

僕らはこの後、乗鞍や槍ヶ岳などの飛騨山脈(日本アルプス)が一望できるポイントに立ち寄り、それも堪能した後に、自宅に戻った。(拓)

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祭体験@河合町角川集落

祭というものの存在について、どれだけの現代人が理解しているだろうか。
僕自身はほとんど知らない。

飛騨に移住してから少しづつ祭りについて学んでいる。
基本的には自らが住む集落には神社があり、住民はそこの氏子であるわけである。
そして、その氏子たちは決められた日に自分たちの神様に感謝の意を表して祭を執り行うわけである。
かなり、アバウトな説明であるが、ここまでは誰でもが理解しうることではないであろうか。
我が家のある飛騨古川中心部の氏神様は気多若宮神社。ここの例祭、古川祭は国の無形文化財に登録されている。
古川祭については4月にもblogで紹介した。

去る9/23に我が家から車で15分、河合町角川集落の秋祭に参加する機会を頂いた。
田園と民家を見下ろす位置に聳え立つ神明神社の例祭である。
飛騨地域の多くの集落では例祭を今でもなんとか執り行っており、春や秋には色鮮やかな風景が広がり、素晴らしいが、河合町最大集落である角川といえど、祭の担い手が年々減少し、存続を危ぶむ声も聞こえてくる。

現在もシルバー人材センターに祭に出る人足を依頼している家庭もあるようで、外部の人の力を借りる方法も模索されているようである。

今日は二つの写真を用いて、日本の祭り文化について考えてみようと思う。
この写真をみて頂きたい。何か気付く点はあるであろうか?

この風景は現在の祭の姿として肯定的にも否定的にも捉えることができる。
何か。神輿が台車にのっているところである。少し前までは神輿はみんなで担いでいた。

しかし、近年、集落の住民が減り、また高齢化することにより、自分たちで担ぐことが困難になり台車にのせることになった。
台車にのせてでも祭を続けようとする努力の面から見ると肯定的にとることができるし、祭たるもの、神輿は担いでナンボというような見方もできるであろう。
現代の祭の象徴的なシーンである。

次にこの写真。
何か違和感を感じる方はどれほどいるであろうか?


実はこの一団は本来は子供たちの役目。集落内の子供たちが減った為、大人たちがその役を担って祭を存続させている。
10人ほどの一団の中に子どもはたった2人。
これも、なんとか祭を存続させようとする住民の思いを感じ取ることができると同時に、今後の存続に危険を感じるところである。

今回の僕自身の祭り体験も実は、この祭存続の解決策を導き出す為の一歩である。
来年に具体的なアクションを起す為に、今年は僕自身が体験した。

非常に楽しい一日であった。
なぜか? 昼の12時から夜の22時くらいまでずっとお酒を頂いていました。
祭=酒。
これも貴重な伝統文化です。(拓)

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寒くなってきました!

ここ一週間くらいで飛騨は急速に冷え込んでいる。晴れるとまだ日中は汗ばむが、日がでないともう寒いくらいだ。ついこないだまで半そで、短パンで散歩していたのだが、「涼しくなってきましたねー」なんて言っていたらもう「寒い!」
今日の昼の室温は16度。

まだ秋冬物の服を出していないのにー! コロッケ屋とおしゃべりしていたら、そこはもうこたつを出したとか。
それでもまだパンツをはきたがらないうちの子はどうしたものか・・・。

きっと冬も駆け足でやってくるのだろう。
我が家の薪ストーブ計画は間に合うかな・・・。

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おわら、弐之町を舞う

今日は、我らの住む弐之町で「ぼんぼり夢街道」なるイベントがあった。道路にぼんぼりを灯して風情を楽しもうというイベントで、様々な創作ぼんぼりの他、有志によって生けられた生け花なんかもライトアップされた。日本家屋にはろうそくの火が似合うな~

さらに、今回は特別に「おわら」が披露された。「おわら」は越中の踊りで、特に富山県八尾の「おわら風の盆」は最近大人気。その八尾から一組踊りに来てくれて、弐之町を踊り流してくれたのだ。どうやら誰かが知り合いづてによんでくれたらしい。

先頭に男の人、ついで女の人3人に、三味線や胡弓(?)と歌い手のおじさんが続く。想像したより、ゆっくりした静かな踊りで、でも手先、足先にはしっかり力がこめられているような感じだった。

風の盆は激混みときくので、しばらくはいけないなーと思っていたので、自宅前でベンチに座ってみられるとは、かなり得した気分!来年も来てくれるといいな~(慈芳)

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彩りの秋

飛騨は、かなり秋らしくなってきた。朝晩はかなり涼しくなってきて、木々の先の方は赤や黄に色づき始め、田んぼでは稲刈りが始まっている。田が黄金に輝くとなりではそばの真っ白な花が咲いていたりする。

(そば畑と田んぼ)
このあたりは、はぜ干し(天日干し)のところが多いので、なかなか絵になる風景だ。

栗やどんぐり、栃の実などもシーズンまっさかりで、うちの子も木の実拾いに大喜び!

こないだは、知人のKさんの家にお邪魔してきた。Kさんは20年前にこちらに移住した方で、古川郊外に建つ立派な古民家に住んでいる。裏山から山水が流れ、池にはニジマスが泳ぎ、畑と田んぼもある私たちの理想でもある棲家だ。

秋風に吹かれながら、黄金の稲穂の前でのんびり。庭でとれた栗をいただいたりして・・・。これぞスローライフ・・・。
あ~ 町家もいいけど、やっぱり裏山のある民家に住みたいなぁ~と、夢を再確認した1日だった。(慈芳)

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数河獅子

飛騨では、祭りというと獅子舞がつきもののようだが、その中でも岐阜県の無形重要文化財となっているのが、数河獅子である。前から気になっていたので、家族みんなで見に行った。

「『曲獅子』『天狗獅子』『金蔵獅子』の3段からなるのが特徴で・・・」とは事前にきいていたのだが、それがどんなものなのかは知らず、見てびっくり!の楽しい獅子舞だった。

まず「曲獅子」。これは獅子が2匹(?)出てきて、けっこう長い間舞ってくれるのだが、けっこうアクロバティック!1人がもう1人の肩にのっかったり、宙返りしたり。うまく決まると観客席から「お~~」と拍手がわく。

「天狗獅子」は、その名の通り、獅子の他に天狗が出てくる。そのほかに猿と熊と思われる動物も登場。一緒になって踊る。

「金蔵獅子」では、ヒョットコとおかめさんが登場。なかなかコミカルな感じでおもろい。

特に2つ目、3つ目は、物語になっている風だったのだが、内容までは勉強不足・・・ 今度、地元の人に教えてもらおうっと。
こんな面白い獅子舞だけど、観客はそんなに多くなくて、ほとんど地元と思われる。そんなローカルさが飛騨のいいところだ。(と思っている)
次は、春に河合で行われる小雀獅子を楽しみにしている。(慈芳)

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はたけと朝顔のご報告

先日のブログで、はたけと朝顔のことを書いたくせに、結果報告していなかったので、遅ればせながら報告。

まず家の前の朝顔は、出足は遅かったものの、ぐんぐんつるを伸ばしてくれて、今はつぼみがいっぱいついてくれている。2種類の種を植えたのだが、色とりどりの花が咲いている。

(昼に撮影したので、ちょっとしぼんでいるがこんな感じ)

一番最初に咲いたのは、うす~いピンク。私は青いのが咲くイメージでいたので、あれ?という感じだったが、初めての朝顔栽培だからやっぱりうれしい。そのあと、濃いピンクやら、水色やら紫やら毎日予測がつかず、楽しんでいる。

はたけの方は、だいぶ前から既に収穫している。

夏真っ盛りにはじめたので、植えるものも限られていて、菜っ葉類、ラディッシュと空心菜もどき(正式名忘れた)、香菜を植えたのだが、ほとんどがちゃんと芽を出してきてくれて、おかげで毎日サラダたっぷり。香菜はしばらく元気なかったのだが、涼しくなってきたら、急に伸び始めた。楽しみ。
こないだは新たに大根を植えたのだが、こちらも順調に芽がでている。次は白菜と青梗菜の予定。ふふふ。でっきるっかな~

それにしても、うちのはたけからの収穫は少しだったが、ここでは夏に野菜には困らない。ありがたいことに、あっちこっちからきゅうり、トマト、なす、じゃがいも・・・など、いろいろいただいてしまうのだ。スーパーへ行っても野菜コーナーは素通り。やはり旬でないもの、地物でないもの、特に輸入ものの野菜なんかは全く興味がわかない。これが本来の食生活なんだなーと実感する。
その効果かは知らないが、うちの家族は皆健康。ほんとありがたいことです・・・
(慈芳)

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おかげさまで大賑わい

家の改装が終わってこちらになんとか落ち着いてから、友人や家族・親戚が次々と訪れてくれている。今週はお盆だからというわけではないのだが、大賑わいとなった。先週から来てくれていた拓姉夫婦&叔母さんに加えて、南アフリカでであったフランス人家族がついに今年のバケーションに日本を選んでくれて昨日到着!子供が3人もいるので、全部で子供は5人となって、すごいことになっている。

最初は圧倒されていたうちの子も今日になってようやく一緒に遊び始めた。

言葉がお互い通じなくても一緒に遊べるというのは、やはり子供の感性ならではのことだろう。いい刺激になっているに違いない。やっぱりこれだよねーと勝手に納得している我らである。

私たちも久しぶりに外国人の旅人に触れてリフレッシュしている。
南アフリカで出会った後、彼らのフランス宅にお邪魔してから3年ぶりの再会。
旅しているときに「日本に来ることがあったら是非知らせてね」と何人にいったかわからないが、本当に来てくれたのは彼らが初めて。しかも飛騨まで。感激!
相変わらず旅に対する情熱は変わっていないのもうれしくなってしまう。

これからもどんどんこの飛騨にこんな外国の風を吹かせたいな~(慈芳)

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夏を涼しく過ごすには @飛騨

夏真っ盛り。こちらもさすがに昼間はかなり暑くなってきた。比較的涼しかったうちの1階もこのあいだついに30度を記録した。

ここ古川では、そんな夏を少しでも涼しく過ごす昔ながらの方法が見られる。
まずは、とにかく風を通すこと! 開け放つ窓には簾をかけて日よけをし、玄関も引き戸を開ける。都会でも窓を開けることは多いだろうが、玄関まで開けっぱなしということはそうはないのでは? 暑い日に散歩すると、あっちもこっちも玄関が空いていて面白い。「そうだよね、暑いよね」となんか仲間意識を感じる。でも、玄関の引き戸が空いていても、中にもう一枚格子の建具があったり、のれんをかけていたりと、中が見えても全然見苦しくない。昔からそうやっているから、そういうつくりになっているのだ。もちろん、うちも開けっぱなし~

次に打ち水! ここはお昼と5時に音楽が流れるのだが、だいたいその時間になると、あっちこっちから人が出てきて、自分のうちの前をジャバ~と打ち水する。前にも書いたが、用水路があるので、大きな柄杓でそこから汲んでジャパーン! だから雨も降っていないのに昼すぎと夕方は道がぬれていることが多い。町家の並ぶ通りに何人も人が並んで打ち水する様はなかなか絵になる。夜になってからもう一度しておくと、寝るときも涼しいのだとか。

だいたい、昼間は風通しと打ち水で何とかしのぐと、陽が傾いてくるころには、す~っと涼しい風がどこからか吹いてきてくれる。
夏の飛騨はどうやらこんな感じらしい・・・(慈芳)

PS. と思ったら先日からは、さらに冬の道路の凍結防止用の水がでるところから、水が出ていた。夏も使うんだねー。でも打ち水の方が風情があって、より涼しくなる気がする。

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はたけ

畑、始めました。

ようやく畑を始めました。
やりたいなとは思っていたものの、なかなか着手できずに、気が付けばもう周りの畑には夏野菜が鈴なり。

知人の畑の一角を貸してもらうことになり、今日、鍬を振り上げた。
6畳ほどの大きさの畑を耕して、畝を作るところまでが今日の目標。

(初心者へっぴり腰)

「こうやって耕すんや」と師匠はいとも簡単に耕していくが、いざ自分で鍬を持つとそれがうまくいかない。

しばらく汗をかきつつ奮闘していたら、ウォーンとエンジン音が近づいてきた。耕運機である。
「文明の利器のありがたみを感じてみぃ」と言われ、軟弱な僕らはさっそく耕運機を手にする。

(次は耕運機で)

スバラシイ。。。
扱いに難しいところもあるが、なんとか全面を耕し、堆肥をまいて一休み。

冷たいお茶を口にした後は、畝作り。
畝作りも苦労しながら終えました。

最後に、すぐにできる葉物やコリアンダーなどの種を蒔いて、水をやって初日の作業は終了。


(種まき後)
はたして、芽は出るのか。(拓)

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ルーツを探る旅

大学時代の友人は数年前から箱根の温泉旅館、豊永荘の若旦那として頑張っている。
館内に建つ別館、雉子亭は創業者である祖父が移築したものらしい。

つい先日、若旦那からの興奮気味のメッセージが留守電に残っていた。
「雉子亭がね、宮川町のある集落から移築されたみたいなんだよね」と。宮川町とは美ら地球の本拠地がある飛騨市内にあり、ここから車で30分少しで着くところである。

昔の記録を手にルーツを探りに来たいという本人の希望をかなえる為に、近所の方に話を聞かせてもらえるように段取りした。

まずは、雉子亭の跡地を見学する為に宮川町洞(ほら)集落へ。多いときで22戸あったこの集落も今は3戸のみが残る超(?)限界集落である。そのうちの一軒、かつての家主M氏とはご近所であったNさんに跡地まで案内してもらった。

(N氏とG氏(案内人)と談笑する若旦那)

かつて雉子亭が建っていたその地には杉が植えられ、草は生い茂っていたものの、土台の石や周囲の石垣、室(昔の貯蔵庫)のあとは確認できた。

(雉子亭跡地)

40年前のこの集落の様子などを色々教えてもらった。

かつての家主は今どうしているのか、という話になり、この家で生まれ育った方がこの近くに住んでいるとのこと、場所を聞いて訪れてみることにした。
M氏宅で生まれ育った娘さんが住む家を訪れてみたが、あいにく留守。
次に、もう一人の娘さん(昨秋に永眠)宅へ。ご主人が玄関に現れ、一部始終を説明。

「それはよく来てくんなはった」と頭を下げるご主人は典型的な飛騨人だ。

その後、せっかくなのでということで、家に上げてもらい永眠した娘さんの仏さんにお参りさせてもらった。

(亡き雉子亭の元住人と若旦那)

「あした帰って雉子亭見たら、また違う感覚なんだろうな。」といたく感動している若旦那。

とあるきっかけから飛騨市にたどり着いた僕ら。僕らの友だちのこんな物語がすぐ近くにあるなんて、本当に不思議なもんですな。(拓)

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朝顔、並べました

1昨年の夏だったか、飛騨古川に夏に来たとき、目についたのが、軒先の朝顔。家の前にプランターを置き、紐や棒を添えて軒先まで高くつるを伸ばすのだ。町家のこげ茶の格子に、朝顔の緑の葉と青や紫の花がものすごくマッチしていた。「古川に来られたら、これやりたい!」 そのときからそう思っていた。

今年4-6月まで実家にいることが多かったので、種まきはちょっと出遅れてしまった。遅ればせながら7月のはじめに種をまき、ちょっと実家に戻る間、中庭で放置していたのだが、帰ってきたらちゃーんと双葉が出ていて、ガーデニング初心者としてはまず感激。その後数日中庭で育てて、今日ついに家の前に並べてみた。

町中では、もう花が咲いているところも多い。ちょっと出遅れたけど、咲いてくれるといいなぁ~
(慈芳)

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種蔵にて古材塗り

飛騨市の素敵なところのひとつに種蔵がある。ここは山あいに石積みの棚田と板倉、古民家が並ぶ、いわゆる「原風景」と呼ばれるようなところ。

今回、縁あって、ここの週末作業をお手伝いさせてもらうことに。
拓の大学時代の友人2人がたまたま来ていたので、男三人衆が命じられたのは、搗き屋(つきや)の塗装。搗き屋とは、水の力を利用して穀物を搗き、粉にする、大きな「ししおどし」のようなもの。このあたりでは水車文化は無かったため、このようなものがつかわれていたとか。以前、種蔵にあったものを復元したらしい。復元というと、もとのものと全く風合いの違うものができがちだが、ここではちゃんと古材を使っているので、まわりの景観にも合う。

男衆が働いている間に、私はうちの子と水遊び。ここは山水が用水路をジャーっと流れているので、思う存分、水と戯れられる。水場で遊んでいると、近くの家のおばちゃんが、すいかをくれた。と思ったら、反対隣のおばちゃんはブルーベリーをくれた。みんなやさしいなぁ~
それにしても、この日はけっこう暑かったけど、水の音をきいているだけでいい気分になる。

午後3時すぎからは早めにお疲れ会がスタート。ニジマスとジャガイモのちゃんちゃん焼き(?)に飛騨牛(とろけた)におばあちゃんのお漬物。おいしいな~

夕方になると、涼しい風がさぁ~っと吹いてきて、おばあちゃんたちが今日最後の畑仕事に出る。
日暮れの農村風景はなんとも素敵である。
帰り際には、じゃがいもとおつけもの、たまねぎ、きゅうりをどっさりもらった。もちろん無農薬。
そして何よりもうれしいのがおばちゃんたちが、「またいつでもおいでね」といってくれること。
THE田舎暮らし満喫の1日でありました。(慈芳)

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階段、もらってきました

今、拓の大学時代の友人が滞在中。
飛騨の農村風景を見せようと、河合のあたりをドライブしていたところ、解体中の古民家を発見! 
しかも横でなにやら燃やしている。これは素通りできない!と厚かましくも見に行った。

解体中の大工さんにきいてみると、床も落ちてしまっているくらい痛んでいるし、取り壊して新しい家を建てる予定だという。典型的な美しい形の飛騨の民家だし、中の黒ずんだ梁も立派なのにもったいない・・・。

中はほとんどもう何も残っていなかったが、よくよく見ると臼のようなものがおいてある。これも燃やしちゃうのだったら譲ってくれないかな~? 大工さんにきいてみると快く承知してくれた。 
もっと何かないかな? 見て回っていると 拓が階段を発見!
 「これももらえませんか?」 
大工さんは不思議そうな顔をしながら「いるもんあったら、持って行ってえーよ」と言ってくれた。
というわけで、急遽ドライブを中断。トランクに臼を詰め込み、ルーフに階段を載せる。

(積み込み作業中)

飛騨の農村風景にかかせない立派な民家をひとつでも多く残したいと思っている私たちにとっては、解体される民家はあまり見たくない光景であった。
でもそう思うのは、こちらの勝手。住んでいる人は、もっと便利な家に住みたいと思っているのだろうし、改築の方がお金がかかることが多いため、新築を選ぶケースも多い。

帰りの車内では、どうやったら民家を残していけるかについての議論で大盛り上がり。(この話題については、長くなるのでまた別の機会に・・・)
飛騨に無国籍住宅があふれる前になんとか手を打ちたいなぁ・・・。 (慈芳)

PS. ちなみに夢中で階段と臼をレスキューしている間にブヨに刺されまくり、私と拓の脚は今日腫れあがってパンパン・・・

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風の通る町、風の通る家

2週間ぶりに我が家に帰ってきた。屋根の葺き替えもとうとう終わり、壊れた雨どいから雨がボタボタたれることもなくなり、1月に越してきた時とは比べ物にならない快適ぶり。(ま、季節もあるが・・・) 
問題といえば、掃除が行き届かなくて足の裏がすぐ真っ黒になるくらい・・・。

帰ってきて、改めて実感したのはうちの涼しさ。外がけっこう暑くなっても、今のところ常に20度台前半を保っている。散歩から帰ってきて、ガラッと引き戸をあけると、中からサァーっと冷気が吹いてくる。
2階はけっこう昼は暑くなるのだが、夜になると窓をしめきって寝られる。昼間も窓をあけると常に真正面から風が吹いてきて心地よい。
今月号のチルチンびとにあった「風の道のある家」ってこれよねーと自己満足に浸らせてもらっている。

家の中だけでなく、町全体としてもやはり都会とは全然違う。陽射しは強くても、どこからかス~っと風が吹いてきて本当にさわやか。古川の町中は、水路がどこもかしこもとおっているから、それだけでもクールダウンしているのだろう。昼間、道が暑くなってくると、水路から長い柄の柄杓で水を汲んで打ち水している光景が見られる。「打ち水大作戦」を普通~にやっているわけだ。(早速うちもホームセンターで柄杓をお買い上げした)

ちなみに古川の標高は500m前後。100mで0.6度下がるというから、単純にいくと川崎の家とは3度違うわけだが、もちろんそれ以上の差がある。

まぁ、エアコンをつけている家もあるから真夏はもうちょっと暑いんだろうけど・・ 1階の最高気温が何度を記録するのか楽しみだ。
みなさん、風の通る家に遊びに来てください! (慈芳)

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お掃除隊あらわる

我が家の改装もだいぶ進んで、残すところ屋根の葺き替え+αくらいになってきた。4月の古川祭の頃は、トイレと蛇口ひとつのみしか水が使えず、日常生活がままならない状態だったのだが、やっとキッチンとお風呂が使えるようになったので、工事をしながらでももうそんなに支障はない。
そこで、荒れ放題の庭の手入れと、手が回っていない2階の掃除に強力な助っ人をお呼びした。うちの叔父さん、叔母さんである。彼らには実家でもお世話になっているのだが、その仕事ぶりやすごい!と母からきいていて、今回お願いしてきていただいたのである。
10時ごろに到着した叔父さんたち。早速作業着と道具をもって、うちの中庭へ。伸び放題の枝をチョキチョキ、柏の枯葉をシャッシャ・・ 今まで雪と枯葉に埋もれてわからなかった庭の全貌があっという間に見えてきた。飛び石があるのは知っていたのだが、それ以外にも端の方にたくさん大きな石が積まれているのが不思議だ。

(中庭作業風景)
庭が一段落すると、母屋で今までほとんど手付かずだった2階のお掃除。それも徹底的に!一番感激したのは、梁の割れ目に積もった埃の掃除。「物差しある~?」というので、お渡ししたら、「これこれ~」といって、隙間に物差しを差し込んでがりがり!みるみるうちに埃が山のようになった。たぶんここを掃除することは前のオーナーも稀だったのではないだろうか。きっと何十年分の歴史ある埃である。

(梁の隙間をお掃除)
このお二方の活躍で、なんか家の空気がきれいになったような・・・
しかも叔母さんは料理もお得意。お掃除してくれてたと思ったら、いつの間にか台所にたって、おいしそうな匂いが漂っている。できあがったばかりのテーブルも上にご馳走が並んで嬉しそう。いやぁ~ 主婦の鏡です。 
叔父さん、叔母さん、本当に助かりました。 今度は遊びにきてね! (慈芳)

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ちゅらぼし家のテーブル完成!

ゴールデンウィーク明けに製材したちゅらぼし家のテーブル。ついに完成!
木工所のYさん自らトラックで運んできてくれるとのこと。どきどきしながら家で待った。

トラックが到着すると荷台にどーんとテーブルが。でも毛布がかけられているので全貌はまだ見えない。あいにくの雨の中、Yさんと拓が慎重に荷台からテーブルを降ろす。

(荷台からそろそろ降ろす)

家の中に運び込んで、かけられていた毛布をヒラリとはずすと、じゃ~ん! 黒光りするテーブルが登場! こないだ見た板がこんなになるのかー。見違えるね~

早速ダイニングに持っていって座りながら、Yさんの製作苦労話を聞く。

(ちょっと暗くて見にくいですが、ダイニングにて)

「最初は、天板はもっと明るい色で自然塗料でと思ったんだけど、う~ん、なんというのかなー きちんと保管されていたものじゃないから、木の『灰汁』とでもいうのかな、が出てね。古色にしてみた」とのこと。
(木の『灰汁』とは、木を扱う人しかわからないであろう何ともマニアックな表現でちょっと気にいった・・・)
「耳(ノタ:板の両端の皮のついていた部分)も残してつくろうと思ったんだけど、割れちゃっているところがあったからね。なし!」
そっかぁ~ ノタは欲しかったんだけど、なんせもとからワケあり材料だから仕方ない。
おかげででもシンプルですっきりしたテーブルになった。なんかうちのダイニングがイタリアンレストランみたいに見えてしまう何とも贅沢なお品である。

これから大事に大事に使っていきたいと思う。Yさん、ありがとうー! (慈芳)
PS. ちなみに皆さん一枚板と思ってらっしゃる方多いですが、大きいものなので、さすがにそうはいかず、2枚合わせてあります。

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ちゅらぼし家のテーブル製作

ただいま我が家は改装中。今までは全て和式だったけど改装後はテーブルを置く予定だ。
たかがテーブル、されどテーブル。どうせ買うなら一生、いや何世代も使えるモノがいい。でも飛騨の家具屋のショールームに並ぶテーブルはどれもかなりのお値段・・・ 

そこで、お世話になっている木工所のYさんに相談した。
すると、商品にできずにずっと置いてある一枚板があるから、それで造ってみるか?とのこと。その板は捨てられそうになっていたものを何かに使えないかともらってきたものをずっと寝かせてあったものらしい。しかも材は飛騨のナラ。材の有効利用ができて、かつ地元の木材ということで、私達には願ったり叶ったり!の話である。早速飛びついて、ついに製材の日がやってきた。

(板を製材所へ運ぶ)
ずっと置きっぱなしになっていたし、使えるかどうかは製材してみないとわからないときいていたので、どきどき!
まず1枚目の板が機会に入っていく。反対側から出てきたときには表面が削られてきれいな木目が見えた。
おー 素晴らしい。が、Yさんは難しい顔をしている。どうやら素人には素晴らしく見えるが、職人には100%ではないらしい。次は反対の面。削る角度を決めるのはYさん。職人の目が光る・・
こうして何枚かの候補の板が1時間くらいかけて製材された。

(製材中)

次は品評会。
2枚の板をあわせて作る予定なので、3セットの板たちを表裏じっくりみる。端に腐れがあったり、真ん中に節があったり、表情は様々だが、素人目にはどれも美しい。

(品評中)

最後にYさんおすすめのセットが決定。節のあるやつだ。
我が家のテーブルが製材過程から見られるなんて最高!木の国飛騨に来たかいがあるってもんだね。 (慈芳)

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獅子舞来る

古川祭の間には、町内あっちこっちで獅子舞が見られる。屋台のそれぞれに(全部ではないと思うが・・) 専属の獅子舞がいるのだ。朝方ピ~ヒョロロ~と笛の音が聞こえてきたので、また屋台か獅子舞がまわってきたかな~と、2階の窓をガラッと開けて見てみると獅子舞だった。「あ~獅子だよ~」と娘に見せていると、なんとうちの戸ががらっと開くではないか!
「え、うちに来てくれるの?」とあわてて下に下りていくと、玄関の前に獅子がすわってスタンバイしている。「やった~!」と単純に喜んでいると、すかさず隣のおばさんが教えてくれた。「ちょっと包んであげて渡すのよ」 あーそうか、お賽銭と一緒なのか。またまたあわててお財布を取りにいく。

(うちの玄関を覆う獅子)

獅子はうちの玄関の前で華麗に舞ってくれた。これで家内安全! それにしても獅子舞見るだけでもうれしいのに、うちに来てくれるなんてうれしいな~

そして、舞が終わったあとは、獅子が娘の頭を噛んでくれた。獅子が噛むと厄除けだの、健康だの、頭が良くなるだの、いろいろな説があるようだが、とにかくいいことがあるはず!

あとからきいた話では、一升瓶を渡すと2頭で舞ってくれるとか。来年は一升瓶を用意しよう。

祭2日目の今日は、快晴で汗ばむくらいの陽気。古川祭は春の訪れを告げる祭といわれるが、町内あちこちの桜も祭にあわせてこれでもかというくらいの満開。

(屋台と桜)

年に一度の大賑わいを見せていた祭り広場だが、夕方になるとこの通り。

つわものどもが夢の跡・・・といった感じで、いつもどおりの静けさ、いやいつもよりもっとひっそりとしていた。
このギャップがまたいいよねーと、またしても自己満足にひたる我々であった。(慈芳)

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初参加! 起し太鼓

ついに古川祭がやってきた!昨年も来たが、今年はなんといっても住民としての参加。
拓は、夕方から起し太鼓に向けて晒し、半股引に。(着付けはお向かいの煎餅やさんのおばあちゃん。ありがとうございました)

(起し太鼓についてはこちら参照)

私と娘は、ご近所にお邪魔し、祭のごっつぉをいただいた。古川では、祭のときには集まってごっつぉを食べる。知り合いがさらに知り合いをよんで、直接知らない人でもどーぞどーぞとおもてなしするのが古川流である。
私たちもちゃっかりそうさせてもらったというわけ。
なんせ、うちは今改装中で、お湯をわかすのもケトルのみだから今年は甘えてさせていただきました。
(これまたお向かいのおせんべいやさん。ほんといつもありがとうございます)

夜21:30、大盛り上がりの中、起し太鼓の打ち出し! 
私は匠会館から見守るがすごい人と熱気で拓がどこにいるかは全く見えず。
昨年も見たけど、今年はなんか誇らしい気持ちになる。(新参者のくせにすみません)

22:00 うちで娘を寝かしつけていたら、がらっと引き戸が開いた音が。どうやら拓が帰ってきたらしい。足袋が脱げてなくなった上に足を踏まれたとか。後からきいたところ、足袋は脱げやすいので、ガムテープを巻きつけて補強する必要があるらしいが、それをきいていなかったのだ。しょうがないので、運動靴をはき、ガムテープで固定して、再出発!

22:30 自宅前を起し太鼓が打ち鳴らされながら通る。
2階から目の前に見る起し太鼓は大迫力! 町家を手に入れたご褒美だよねーと、ここぞとばかりにフラッシュをたいたら、なんと電池切れ・・・ 

1:45 拓帰宅。足の小指は踏まれて真っ赤に腫れ、親指のつめは半分はがれ・・・ 一番激しい後衛(ディフェンスする役)にまわされたとかで、名誉負傷である。
ばたんきゅーでベッドへ倒れ、そのまま翌日も昼まで廃人・・・

本来ならば、翌日も早朝から屋台の曳き回しをするところなのだが、今年は起し太鼓だけで他の役は免除。やっぱり地元の人の祭にかける情熱と体力は半端なかった・・・
来年からはついていけるように頑張らなくっちゃね!
(慈芳)

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ふきのとう

今日は陶芸家のレーコさんちにお邪魔してきた。レーコさんも移住組で、初めて古川に来た時からお世話になっている。

帰り際、レーコさんが「あ、ふきのとう! 取りに行く??」と一言。
飛騨では今雪がどんどん溶けていて、ちょうどその下からふきのとうが顔を出す頃なのだ。もちろん「行く~!」ということで、道の反対側にある畑脇の土手へ。かなり急な土手なのだが、こういうところによくあるとか。ちょっと目をこらすと、雪解けでどろどろになった地面からきれいな黄緑の芽があちこちに! 

「ふきのとうの天ぷら」とか食べたことはあるが、もちろん自分で採ったことはない。5分もたたないうちに十分な量が収穫できてしまった。自分で旬のものを採るって楽しいなぁ~。
こっちへ来たからには、もらうばっかりではなくて、ちゃんと畑で自分たちの野菜をつくりたいとは思っていたが、今日改めて絶対やらなきゃ!と思った。


(収穫したふきのとうたち)

明日ちょうど叔母が来るから天ぷらにしてもらおーーっと。
え、私? もちろん天ぷら自分で揚げたことアリマセン。(ペコリ)
(慈芳)

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気多若宮神社初参り

飛騨も最近はぽかぽか陽気。おかげでお散歩もかなり長い時間遠くまで行けるようになってきた。こないだは、飛騨古川の氏神様である気多若宮神社に初めてお参りしてきた。ここは町中から歩いて15分くらいかかり、ちょっと登りなので、雪がある間はべビーカーで気軽に散歩というわけにはいかなかったのだ。

参道脇を流れる水路には、雪解け水がジャージャー流れていて、神社の木の雪囲いもちょうどはずしている最中だった。もう一回くらい雪降るのかなーと思っていたけど、このままどうやら春がやってきそうである。
ついこないだまで、こんなんだったのに。↓ あっという間!

(2階の窓から見たうちの庭と1階の屋根)

昨日なんてこっちに来てはじめて虫を見た。
ちょうど1ヶ月後には、桜も咲いて飛騨市最大の祭り「古川祭」が開催される。今年はうちの2階から見物できる予定だ。むふふ。
(慈芳)

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ペンギン村に春が訪れました

一週間ほど用事で都会に出ていました。
都会は春の陽気でTシャツ一枚でも汗ばむような陽気で、戻る日には「またあの冷たい畳の上を歩くのか・・・」と思いつつ自宅に到着。

ところが、えらいポカポカ陽気で屋根の上から滝のように水が滴り落ちる。古屋であるウチの屋根は雨漏り寸前で、雨樋もはずれまくりなので中庭周りのそこらじゅうからボタボタ落ちています。

氷点下が当たり前の我が家の台所、ペンギン村も最近は5℃以上が常になってきたので、とうとう冷蔵庫にも電源を入れました。
前は開放だった冷蔵庫の扉をピシャリと閉めています。いつでも冷たいビールも冷蔵庫に格納しました。

飛騨にも春が近づきました。(拓)

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御岳と乗鞍

うちの近くには宮川というけっこう大きな川が流れている。
川崎にいたときも多摩川のすぐそばだったので、よく散歩にいったが、こちらでも同じように川沿いを散歩することが多い。
そして、川崎では、多摩川沿線道路にかかっている歩道橋から富士山チェックをするというのが晴れた日の日課だったが、こちらでは、近くの橋の上から御岳&乗鞍チェックというのが晴れた日のTo Do。
橋の上からみると右手に御岳、左手に乗鞍が川をはさんで、町並みの向こうに見える。きれいに見えるときは寒いのを忘れて思わず見とれてしまう。


(右手に夕日を浴びているのが御岳)

ここらへんでは、ちょっとした企業のオフィスからは、乗鞍や御岳が見える位置に窓があったりするのがなかなかニクいところだ。

ちなみに晴れたら必ず散歩に行っている(雪が降ってても行く日もある)のだが、町でベビーカーを押している人はほとんどみない。子供がいないのかというとそうではないのだ。コロッケ屋にきいたら、「この時期はさすがにねぇ~」とのこと。
要は寒いのと雪道で押しにくいからみんなベビーカーで出てこないようだ。
幸いうちのベビーカーQuinnyちゃんは大きめの3輪なので多少雪がついている道でも大丈夫。
都会移住組、こんなところでがんばってま~す! (慈芳)

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雪下ろししてみました

全国的に寒かったみたいですが、飛騨も寒かったです。
明け方はマイナス11℃くらいまで冷えたみたいで、台所の麦茶はボトルの中で、結晶を作り上げていました。オブジェとまではいきませんでしたが、夕方までその姿を残していました。写真は撮り忘れました。
風呂場のシャワーホースはフロから出る頃になってもガチガチでした。

一晩中雪が降り、北側の屋根にはけっこうコンモリと雪が積もってました。今年は雪はかなり少ないのですが、ウチの屋根はヤバイと前から工務店にも言われていたのでちょっと不安になり、今日は天気も良かったので遊び半分で中庭に面した小さい屋根だけ下ろしてみました。

最下層部分はガチガチの氷状になっていて、無理して落とそうととしたらトタンの表面っぽいのが剥がれたりしたので、適当に終わらせました。
あと、前から目をつけていた巨大つららを折って今日のところは終わりにしました。(拓)

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表札できました

ここ古川の町なかの周囲の家も町家風の家が並ぶ素晴らしいところである。当然のように玄関には縦書きの表札がかかっている。フォントは当然毛筆の手書き書体(楷書か?)。

当然、二年近く空き家になっていたこの家には表札はあがっておらず、僕らはMy表札なんて持っていない。美ら地球回遊後転がり込んでいた実家では、ポストに挟んだ小さい紙に手書きで「山田」と書いてあっただけ。ちなみにその実家の苗字は佐藤。「佐藤・山田」と書かれていて、なんて平凡な苗字たちと思っていたのは僕らだけではないだろう。

二週間ほど前に注文して、ようやく出来てきた。知人の書道家に書いてもらおうと一度は木だけ買って頼みに行ったが、お値段をやんわり聞いてみると書道家らしく芸術品のお値段が聞こえてきたので、また木を買ったお店に戻ってお願いすることにした。

表札の材は一般的には木曽ヒノキで、名前を書く職人も木曽にいるとか。木曽から古川に来たヒノキが木曽に戻ってまた古川に戻って来たのか、木曽に連絡して、書かれた表札が送られてきたのかまでは聞いていないが、無事に我が城に表札がかかった。
飛騨も木の国なので飛騨の木にこだわりたい気持ちもあったけど、これに決めた。

学生時代ニセコに住み込んだりしていた頃は、ログハウスを建てて横文字のネームプレートとかかけようと思っていたはずだ。今はこのスタイルがかなり気持ちいい。(拓)

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デイリーももひき

引っ越してから、二度ほどえらい冷え込んだ日があったが、それ以外は明け方でマイナス2~5℃くらいである。
マイナス8~10℃くらいになると、かなり冷え込んでるなーという感じがする。

我が家の台所はかなり寒く、ここに入ったその日にペンギン村と名づけられた。
台所横の窓は一枚ガラスが入っておらず、あと中庭に面してガラスが多いので、かなり寒い。
春が来たら改装するので、応急処置以外はする気にもならない。


また冷蔵庫より室温のほうが低いので、冷蔵庫の電源も入れていない。

こちらに来て、毎日ももひきをはく生活になった。シャツもぬくぬくシャツを毎日着ている。
持ってるのは雪山用のパタゴニアのキャプリーン。高級品なのに毎日着ることには抵抗があるけど、しょうがない。

ただ、問題がひとつ。
ももひき履いて自分の家の中や外を歩く分には良いのだが、店や事務所などに行くと暑すぎる。
その場で脱ぐわけにも行かず、ムズムズしている。
田舎暮らしも色々あります。(拓)

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旅館業を営む方々と

今日は、旅館料理業組合の年次総会にお邪魔することに。
組合の取り計らいで、組合員の皆さまにインバウンドツーリズムの戦略構想の話をする時間を頂いた。古川のとある料亭で開かれた総会。厳かな雰囲気に似つかわしくない若造一人。
40分ほどの時間で、簡単に説明をした。
まだ、ここはそれほど国際的な観光地ではない為、一部の宿泊施設しかそれほど多くの外国人観光客が来ている訳ではない。

今後の展望をご理解いただくというよりも、僕自身の人となりを説明する時間という意味合いのほうが強かった気がする。おかげさまで、「なぜに飛騨に来たか?」「よう来てくんなはった」というお言葉を頂く。これから色々教えていただく糸口にはなったと思われる。

いまさらながら、1/20の日のおはなし。観光協会主催の市民イベントにて、ここでも飛騨市におけるインバウンドツーリズムの戦略構想をお話する機会を頂いた。400名強の飛騨市の市民の方々に、今観光協会で進めている外国人誘致の方向性について説明をした。
ここでも、内容云々より、飛騨市にある志を持った変な一家が関東よりやってきた。こいつが飛騨市民となって腰を据えて何かをやるという意気込みを発表するという意味合いのほうが強かった気がする。

このような場を用意してくれる周囲の方々の懐の広さに感謝(拓)

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お散歩

ここの寒さにやられたのか、鼻タレ一家は気分転換に近所を散歩することに。
古川はまぁまぁの観光地で、土曜日は冬でもチラホラ観光客を見かけるが、冬場の日曜日はそぞろ歩く観光客もあまり見られず、落ち着いたたたずまいである。
雪がちらつく中を三人で町をフラフラ歩く。何度も通る道、初めて見つけて入ってみる路地などを歩きつつ、適当に家に帰る。
ご近所さんにもようやく顔を覚えていただけたようで、家から少しはなれたところを歩いても挨拶する人が増えてきた。(拓)

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神岡、大坪酒造

飛騨市は4年前に二町二村が合併してできた自治体。その中にはスーパーカミオカンデを擁する神岡町がある。かつては鉱山の町として、いまの飛騨市の人口より多くの人口を抱えた町である。
今日はその町でイベントがあるということで、家族で行ってみることに。
その名は「にく祭り」。その名の通り、飛騨じまん、飛騨牛や飛騨地鶏などを食することができると聞き、慈芳は大喜び。
会場に着くと、まず最初に猟友会のみなさまから、イノシシ肉を差し出される。勝手な予想を覆して、サッパリ美味しい肉であった。



その後、神岡にある酒造、大坪酒造に立ち寄る。
坂の町神岡のなかに建つ酒造は中に入ると、昔は路地であった部分が屋内となっている。
そこで、絞りたての新酒を頂いた後、帰り際に空クジ無しの抽選を引いてみると、なんと二人とも清酒が当たりました~。

もちろん慈芳は酒を飲まないので、喜ぶのは僕だけですが、節分前日に運に恵まれました。(拓)

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飛騨市に転入しました

1/11に引っ越した私たち。バタバタと転がり込み、転出届も出していなかった為、転入すらできなかった。
ようやく母にお願いして転出を済ませ、めでたく飛騨市に転入。
美ら地球回遊から戻ってきた際は最後にフランスに居た為、「フランス国より転入」と書かれていたが、今回住民票を移した為、「川崎市より転入」となった。

飛騨市は中学生まで子供の医療費無料。素晴らしい。
これで名実共に飛騨市民になりました。
うーん、悪くない。(拓)

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我が家初いろりでモチを食す

今日、初めて我が家の囲炉裏を使った。
こっちに着てから、ずっとバタバタしていて囲炉裏どころではなかった。

ようやく一段落したので、炭と五徳を買って火をおこした。
自在鉤がないので、鍋はまだできない。
自在鉤とは、よく囲炉裏の上に天井から吊られていて、魚とか小槌とかがついてるアレである。自在鉤は結構重要アイテムだけど、この前骨董屋に行ったら、6~30万円と安いものではないので、まだ買えていない。

で、スーパーの安売りで買ってきた飛騨牛を焼いて食べた。
炭がいい感じで残っていたので、デザートにモチをひとつづつ焼いた。

今年は正月返上で仕事やら移住の準備をしていたので、初詣と元旦の雑煮以外に正月らしいことはなにもしていなかった。

ようやく20日ほど経って、ノンビリとモチを一つ食えた。
最高~!。

あと、奥に写っている障子の穴は我が娘にとうとうやられてしまった。
今まで田舎暮らし体験館ででも一枚も穴をあけなかったのに、我が家にていきなり・・・。
ニヤリと笑って拳を突っ込んでる姿はカワイイがやはり・・・。

こんな毎日です。(拓)

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ところ違えば・・・

飛騨へ引越してからあっという間に10日。家の中はまだまだ片付いていないが、空き家から生活感の漂う家にはなってきたと思う。
こっちに来て一番都会との違いを感じること。それは「玄関」の役割の違い。
例えば宅急便が来たとする。今までだったら「ピンポーン」とベルがなり、インターホンで顔を確認。ドアを開けて出て行って、受け取る。
こちらでは、まずガラガラっ!(玄関の引き戸の開く音) 「ごめんくださーい! 宅急便でーす」 その音で「はーい」と出て行く。インターホンのある家は少ない。
ご近所にご挨拶で回ったときも、全ていきなり「ガラガラっ!ごめんくださーい!」 鍵のかかっている家は1軒もなし。
家にいるときに鍵をかけている人はほとんどいない。都会のように外に閉じてはいないのだ。
そういえば、アラスカやコロラドの友人を訪ねたときも鍵をかけていなかった。住むんならそういうところに住みたいと思ったものだ。
カルチャーショックを覚えつつも自己満足する美ら地球であった・・・
この習慣がいつまでも続く古川であってほしい。(慈芳)

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建具屋さん登場


今日は、建具屋さんに来てもらった。飛騨市観光協会の副会長、山口氏の本業は建具屋で、そこから職人さんを派遣してもらった。
動きの悪い障子やふすまをみつけては、かんなをかけたり調整してくれる。
匠の技が我が家で見られる。
(実は、僕は観光協会の事務所で仕事をしていてみられなかったが・・・)

さっきまでガタゴトいってた建具がスイスイ動き出す。
恐るべし、タクミ。

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初めての我が家

お湯も水も暖房も確保できたし、布団もあるので、今日から自宅暮らし。
といいつつ、僕は朝から田舎暮らし体験館に残って仕事に集中させてもらう。
1/20にひとつの仕事の切れ目があり、それにむけて大忙し。

15時より、掃除部隊に合流。

とにかく寒い。トイレが敷地の奥にあり、かなり寒い。
トイレに行くのには、ツッカケ履いて徒歩30歩くらい。
通り庭を吹く風が体をさす。戻ってくる間にまたトイレに行きたくなりそうだ。。。

布団は余分にあるので、タップリかけてねる。
寒いけど、我が家での初夜。娘を真ん中にグッスリ寝ました。(拓)

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奈良からの荷物も合流

今日は、奈良の祖母宅からの荷物が到着。食卓、ふとんなど結構、重要アイテムが届いて、ようやく生活が始まりそうな感じ。

ガス屋に灯油とガスをお願いする。
「この湯沸しは設備屋に点検してもらったほうがええぞ」
二年間使われていなかったこの家。もともと古い日本家屋なので、使う為には色々チェックが必要そうなのである。
結局、ボイラーを見てもらい、いくつかの部品を替えて貰って終了。
水道管はサビだらけ。どこから流れる水もまっ茶色でーす。
でも、お湯がでる!これはウレシイ。

昨日、今日はえらい冷え込みで家の中はメチャクチャ寒い。
体を動かしていても芯から冷える感じだ。

今日も田舎暮らし館で就寝。
日が変わるギリギリ前に、二人で僕の誕生日であることに気づく。
ゾロメになりました。

移住。美ら地球回遊記から戻って二年。飛騨にくることが決まり一年。一月は切れ目として色々ある。(拓)

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いざ飛騨へ

9:30。近所の方々に温かく見送られて、出発。

「寂しくなるけど、やりたいことやりにいくんだもんね。頑張りなさいよ!」
けっこう、ウチの周りは近所付き合いがあり、周りの方々は僕らを可愛がってくれていた。

今回は助っ人に我が父を投入。ワザワザ奈良から来てくれた。

ハイエースには昨晩からギッシリ詰め込んだ荷物。

中央道では登りになると、後ろから引っ張られているのかと思うほど減速する。そして、下りになったとたん、転げ落ちるように加速する。
幸いにも天気に恵まれ、松本からの安房峠の道は完全にドライ。

到着して、荷物を搬入。

地元の人が何人も手伝いに駆けつけてくれた。土間においたひとつだけのストーブを囲んで暖まりながら、寒い中、雑巾がけや掃除機をかけてくれた。ありがたや・・・

その日は荷物を家に入れただけで、引越しの宴へ。
こちらのオジサマ方が料亭で僕らの引越しを祝ってくれた。あんこう鍋であったまった。
もう、逃げも隠れもデキマセン。
待ちに待ったこの日はバタバタしていても、嬉しさがこみ上げてきます。

今日はいつもの市の田舎暮らし体験館で就寝。(拓)

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移住カウントダウン4 「荷詰め9割完了」

ようやく、いま大半のものが積み込まれました。
明日は運転したこともないハイエースで飛騨まで行くので、寝ます。

今日もひとり友だちが来てくれた。積み込みも手伝ってくれた。
ありがと。(拓)

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移住カウントダウン3 「門出を祝ってもらう」

あいかわらずバタバタが続いている毎日。
タイトルにカウントダウンと書きながら、その隣の数字は更新するたびにアップしていることに気づく。
カウントいくつまで書けるかわからないし、数字は増やすことにしよう。

締め切りに追われていた仕事を昨日終わらせたので、今日は朝から引越しモード。今回運ぶ荷物を二人で打ち合わせたり、借りるレンタカーのサイズを確認したり。

昼下がりにはIKEAに行って仕事用の椅子を二人分買った。
初めて小物以外をIKEAで買ったけど、あの店舗内のシステムは憎たらしいほど効率的だ。
展示スペースでメモッた番号を頼りにレジ手前の保管スペースから自分が買う商品を取り出す。
イケてるビジネスモデルはWebのアマゾン、リテイルのIKEAという感じか。イチイチかゆいところに手が届くようなサービスだ。

家に戻って本を詰めたりしていると、腐れ縁夫妻が仕事の後に家まで来てくれる。チーム美ら地球を毎回空港までの送迎サービスをしてくれた彼である。

今回の移住は僕らのライフサイクルの中でかなりデカいイベントである。引越し時は顔を出せないから、移住前に一目見てやろうと来てくれたのだ。

スーツを身にまとった二人と埃だらけで小汚い僕らでカンパーイ。
バタバタの合間にステキなひと時を過ごせた。

ワザワザありがとうね。(拓)

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移住カウントダウン2 「荷物移動の段取りが決まる」

ようやく、飛騨への荷物搬入の段取りにメドが立つ。
今回の荷物移動は二つの拠点より行われる。ひとつはいま住んでいるところから、もうひとつは奈良の祖母の家から。

美ら地球回遊記に出る前に僕が一人暮らしで使っていた家電などはほぼ手放した。ほとんどオークションで売却したし、慈芳はもともと実家に住んでいたので僕らは自分の家電や家具を持っていなかった。
また、美ら地球回遊から帰った時から、今やろうとしていることをやるつもりでいた。
二年の旅人生活から戻り、貯金はスッカラカンだったので、「1年だけ置いてくれ」と家も借りず、家具・家電も買わず、実家にパラサイトさせてもらっていた。なので、僕らは大学入学して、一人暮らしを始める学生のようなものなのだ。

というわけで、家電や家具は一通りそろえる必要がある。
しかも、僕らの城は古い町家なので、和の家具たちが似合う。
そこで目に付けたのが、奈良の祖母宅の家具たち。祖母はケアホームに入っていてずっと空き家になっている。
使われていないものを活用する、コストを抑える、町家に合ったものがある、という三拍子揃った祖母グッズ。家族に相談し、座卓や鏡台など色々活用させてもらえることになった。
ずっと放置されていた冷蔵庫も何年かぶりに息を吹き返す。

奈良の両親に手伝ってもらい、運送の手配が済んだ。いくつかの業者調べてもらい、ある赤帽さんに決定。赤帽は個人業者なので値段交渉等も融通が利いて、その場で決済がおりるので嬉しい。
「山が好きで高山方面にはよく行きます。毎回、飛騨古川の酒を買って帰ります。」という気さくなオッサンだそうで、親近感が沸く。

こっちからはレンタカーでハイエースを借りて移動する。本当は1tトラックがよかったが、結局見つからず。雪国への引越しなので、今回は必要最低限の荷物と搬入し、雪が解けたら残りの荷物を搬入することにしている。
ドライバーとしてウチのオヤジが参戦してくれる。

もーいーくつねーるーとー、おひっこし~~。(拓)

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移住カウントダウン1 「レンタカーのネット予約システムにガッカリする」

移住の日が近づいてきた。
引越しをどうやってやろうかと引越し業者に見積もりとかも頼んだが、高い、高い。
帰国後この二年間は実家に置いて貰っていたので、今でも家電や家具はほとんどない。
大した荷物もないけど業者に聞くと料金は30万ほどするとか。
もちろん転勤でもないし、自腹となるとやはりコストにはうるさくのは人の常。ソリャたまらんとレンタカープランを考え始めた。

トヨタレンタリースのWebサイトにて出発店舗や車種、スタッドレスタイヤなどのオプションを選んだりして料金まで表示された。
と、そのときチッコイ文字を発見。
よく読むと「特別装備品を選択した場合、予約完了は翌日中のご連絡となります。また、予約が成立しない場合もございます」

は?翌日? 成立しない?
特別装備品とはスタッドレスタイヤ、スキーキャリア、タイヤチェーンなど冬場ではごく普通に使われそうなとても「特別」とは思えないオプション品だ。僕はスタッドレスタイヤが必要なので、「特別装備品」扱いになるのだ。
引越しの日が迫り、さっさと引越し手段を決めたいのに決定情報が得られない。

だいたい日本のネット上でのビジネスはネット上でコトが済まないケースが多々ある気がする。
引越し業者の見積もりも、色々情報入れてもその場で概算見積もりが出るわけでもなく、結局、個人情報の入力が必要で、「後日ご連絡します」となる。
顧客がネットに求めることは即時性で、24時間自分の都合が良い時に用事を済ませたい時にネットを活用するわけだ。
にも関わらず、ネットで注文するがオーダーが確定するのに一晩寝て待たなきゃいけない??

翌日、連絡もこないのでこちらから店舗に電話をしたが、係員はWeb上で顧客がどのように予約するかということすら知らない様子。「確認してから、お電話します」と言われ、1時間後に係員が言ったことはWebに書かれていて僕は既に知っていた情報のみ。僕の予約が完了するか否かについては全く回答なし。
あげく「ウチはフランチャイズなので・・・」という始末。呆れ返った。
なんだったんだ、この1時間は・・・

こういうのはネット上のビジネスとして欠陥だと思われる。
よく「外資に比べて日本企業はドラスティックに業務改革できない」と言われるがこれもその典型ではないかと想像する。既存ビジネス上にWebというチャネルをくっつけただけ。既存ビジネスモデルの制約を外すことができず、電話の変わりにWebを使うだけ、みたいな感じ。本質的な顧客のニーズに答えきれない。
別にスタッドレスやキャリアなど、この程度の装備品をシステム上で管理して、空き状況も詳細に出せるはずだ。
また、店舗にもWebで顧客がどのようなことができるのかというプロセスを理解させるべきだ。

顧客視点で、系列店や直営店の仕組みを替えるとか、システムを統合するとかもうちょっとやるべきことをやって欲しい。
ちなみに、ニッサンレンタカーのWeb予約も同じ仕組み。

結局、数日経って二社から「ご予約の車は手配できませんでした。」とのメールが届いた。
返答を待てずに、電話で予約を済ませてからのことだ。
これはあくまでひとつの例。日本のネットビジネス。もうちょい進んで欲しいものだ。

ま、バタバタと追い詰められた状態で準備していることが、「そもそもオメーが余裕持ってやらんからやろ」と言われればそれまでだけど・・・(拓)

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はじめての骨董屋

私たちは飛騨移住が実現してはじめて「居を構える」ことになる。結婚してすぐ旅に出て、帰国後は実家に居候していたから、家財道具は今まで一切なし。モノは最小限!という私たちもさすがに今度はなにかしら家具を買わないといけない。しかも古い町屋に住む予定だから、和の雰囲気にあったものを・・・、というわけで、はじめての家具探し、まず向かったのは、飛騨古川の骨董屋さん。

そこにあったのは、福井から来たという嫁入り箪笥に長浜から来た車箪笥。ふ~ん木工の飛騨だから飛騨のものがあると思っていたらそうでもないんだな~。

骨董屋さんいわく、箪笥などの大きなものは10年前の半額くらいまで値が落ちているとのこと。私たちには嬉しいが、その理由をきいてびっくり。以前は、日本の古民具を外人のバイヤーがどんどん買っていったんだそうだ。その際、コンテナで運ぶのでとにかくコンテナを満杯にするのに箪笥やら大きなものも人気があって売れたそう。飛騨高山のそのマーケットの拠点になっていたとか。だから特に飛騨の箪笥なんかはもう数が少ないんだとか。戦後、日本の美術品などがどんどん海外に流れていったとはきいていたが、それを実感する話だった。今はどこにいってしまったのか・・・。私の箪笥・・・。

骨董屋さんは、親切に高山のお店もいろいろ紹介してくれて、とにかくいろいろ見てじっくり決めたらいいとアドバイスしてくれた。おっしゃるとおり。これからじっくり勉強していこうと思う。
ついこないだまでは自分が骨董屋に足を運びようになるとは思っていなかったけど、これは楽しみになってしまいそうだ。(慈芳)

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人生初の議会傍聴

今朝10時より、飛騨市議会の一般質問を傍聴しに行く。
物心ついてから今日まで、議会? 行政? は? という生活をしてきた僕が議会の傍聴席に存在している。

先日、欧州視察団のメンバーの一人の議員が飛騨市の観光に関わる質問をするということで、観光協会の方々と傍聴席に向かった。

種蔵という板倉と石積みの棚田という素敵な原風景が残る地区がある。
そこに古民家を移築した宿泊施設建設、開業の計画があるので、それについての質問であった。
イタリアやスイスの農家民泊で見聞したことをベースとした質問で、興味深い質疑であった。


ま、内容云々よりもその場に自分が存在したことが驚きである。

僕らはリタイア後の年金暮らしIターンではないので、地域に密接に入り込み、仕事をすることが必要となる。それだけだからではないが、やはり行政やら人とのつながりは避けられない。
住んだことがある横浜市や川崎市に比較すると、規模が小さく行政がかなり近い位置に存在する。
今までは投票日以外にそんなことに触れることはまずなかった。

ま、欧米などと比較するともう少し日本人も行政に興味を持たないといけないと思うので、今は自分を取り巻く今の流れを肯定的に受け止めている。
これから、この路線を楽しめるのかウンザリするかは、乞うご期待って感じか。(拓)

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男の板倉 東京に進出!


夕方から東京ビッグサイトに向かう。
2007東京国際家具見本市に飛騨市の面々が出展しているのでお邪魔しに。
目玉は山口木工所の男の板倉シリーズ。
古材を使用して建てられる男の隠れ家。書斎に、茶室にと多様な用途に合わせて創り上げることができる代物だ。癒しを求める今の時代にはピッタリだと思う。
隠れ家スペースを確保できる団塊のオトコには受けるのでは。

この山口木工の山口社長(縁側に腰掛ける男性がその社長)は本当に魅力的な方だ。
いつも夢を追っていて、年齢は60近いはずだが今でも夢を持った少年のような瞳を持っている。
木工分野だけではなく、昨年廃線となった神岡鉄道のレールを活用したレールマウンテンバイクの中心人物という顔や他にもいくつかの顔を持つ。

展示されている板倉の価格は工事費込みで198万円。「安い!」との周囲の声に「都会と田舎は感覚が全然違うなー。でも、パンフレットもこの値段で刷ったしな・・・」とご本人。
この商売気のなさが人を魅了するのかもしれない。

白を基調としたいわゆる展示会風景の片隅に遠慮深く建つ板倉。明らかに異彩を放つ為、かなりの人が足を止めている。
はて、残り二日間。はたして成約するであろうか楽しみだ。(拓)

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そして飛騨へ

ヨーロッパから帰国し、二日間家族と過ごした後、また朝一に家を出て飛騨へ。今日も飛騨で会議がある。今日は慈芳の誕生日だが本人とも相談し、仕事を優先した。

時差ぼけの気だるさが体に残るが、眠気はないので考え事をしながら飛騨に向かう。
国を出てアンテナを張ると様々なものがひっかかる。今度はそれをどうやって活用するかがキーとなる。

ここ数ヶ月、自宅兼オフィスで仕事をし、飛騨に行けば寝る直前まで人と一緒。一人で考える時間が取れないことが多い。移動時間に頭をフル回転させることが多い。
それゆえ、電車移動での行き来が増えた。車でも色々頭は働くけど、すぐにメモを取ることができないのが難点だ。

天気もそこそこで車窓をボーっと見つめる。下呂を越えたあたりで素晴らしい民家が目に入る。その民家とは一年ほど前に古民家売買を仲介する雑誌に載っていた物件だ。かなり条件の良いものだったので気にはなっていたが、手は出さずにいた。
車庫にはボルボが入っているので、都会のお金持ちが買ったのかなーと通る度に眺めている。
と、思っていたらその民家に関する新聞記事を発見。かなり丁寧に手を入れられたようだ。一度お邪魔してみたい。

昼過ぎに、飛騨古川駅到着。小走りで事務所に向かった。(拓)

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なぜに移住か -3-

なぜに移住するのか。
ひとつめは「都会が好きでない」、ふたつめは「自給自足不可能な東京からの脱出」。
今日はみっつめ。

これは直接、田舎暮らしとは少し異なる部分もあるかもしれないが、「家族との時間や仕事以外の時間を多く取りたい」ということである。
スローライフという言葉があるように、仕事ではキャリアアップでイケイケドンドンではなく、スローな感じで家族との時間や他の事に時間を費やすライフスタイルを求めるからである。

田舎でも忙しくされている方もいるであろうが、僕らの場合、田舎でこじんまりと自営業を営むことにより、なるべくノンビリ過ごしたいのだ(ま、隣の芝生が青く見えているだけで、えらい苦労が待ってるかもしれないけど、それはそんとき・・・)。

他の国の方と働いたりしてきたが、どう考えても一般的に日本人は働く時間が長い(決してよく働くという意味ではなく・・・)。
大学や最初の会社の同期と話をしていても、21時や22時まで仕事は当たり前。僕もこの一年間、なんだかんだ一ヶ月で就業時間が200時間を超えることが多々あった。 都会においてノンビリ職種に変えれば、都会でも家族との時間や本業以外の時間を取ることもできるかもしれないが、あんまり頭の中でそのような職がイメージできない。

帰国後、田舎に出向き様々な人々に出会い、手続き等も行っているが、やはり時の流れはゆったりだ。都会では翌日に出来るようなことが数日もかかったりといったことはよくある話だ。逆に都会ではそんなことも一日で出来るの? ということも多くある気がする。

自分がゆったりしたければ、当然、相手のゆったりも許容する必要がある。そういった世界に身を置きたい。
だから、移住なのである。(拓)

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まちづくりシンポジウム

今日は観光協会主催のまちづくりシンポジウムが古川町真宗寺の本堂で行われた。
ふるさとづくりの原点を再考するという趣旨において、40年にわたって行われてきた古川のまちづくりを振り返る形で開催された。
長年、古川の都市景観やまちづくりについて調査を実施されてきた東京大学大学院の都市工学博士西村幸夫氏などをお迎えして講演やパネルディスカッションが開催された。

この分野の権威である先生が壇上に立たれた直後、目頭を押さえられるという時間が暫く続いた。何やら持論のモデルとして取り上げてきた古川を久々に訪れ、古くからの「仲間」に囲まれ、感無量だったようだ。

ゲストの方々の話の内容も非常に興味深いものであったが、このような先生方にとっても重要なまちと位置づけられた古川を含んだ飛騨市を自分たちの拠点と選んだことが間違いでなかったのではとの自信をもらったような気がする。(拓)

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進まぬ手続き

サイパンから帰国した翌日の朝、嫁・子供に別れを告げ、ひとり飛騨に来た。向こうでの会議の予定が入っており、道中準備をしながら古川に向かう。

移住の段取りが思うように進まずスタックしている。ま、今までがトントン拍子にうまく行き過ぎていただけに歯がゆさを感じる。自分の手の届かないところでスタックしているため、手の施しようがない。
できることは耐える、我慢のみ。

田舎暮らしを始めた方々に話を聞くと、地元に受け入れてもらえるようになるまでに10年とか20年かかることも少なくないとか。そう考えると、ここまではかなり恵まれた状況できている。
もう少し、頑張ろう。(拓)

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なぜに移住か -2-

なぜに移住するのか、そのふたつめ。

こちらは「移住」というより、「脱出」という言葉のほうが適切かもしれない。
美ら地球回遊を続ける中で、地球の様々なところの自然環境や人々の暮らしの変化を自分たちの目で見た僕らは、今後の地球規模における環境、情勢の変化の中で東京近辺に住むことにリスクを感じる。

エネルギー資源の問題・世界的な食物需要の高まり、経済発展・人口増加によって世界での争奪戦がより激しくなり、そのような状況の中、日本の立場が強いとは思えない。
それにより日本において、エネルギークライシス、食物クライシスが起きる確率が決して低くないと感じている。
「そんなこと起きるわけが・・・」と思いたいが、様々な分野で不祥事が起きる今日この頃、世のため、人のためと各々の職責をまっとうしている人が減り続けるこの世の中では、起きてしまうことも不思議ではないと思っている。

最近の電車の車両は窓も開かない車両が多い。すし詰めの地下鉄の中でパッと電気の供給が途絶えたら、いったいどうなるのかと思うことがよくある。

食物も野菜も買えるにしてもえらい高くなったらなー、買えたとしても形こそは野菜の形をしたものの、地下で人口光で栽培された野菜ではな・・・と思う。

そんなことを考え、手間はかかっても自分たちで食べる米・野菜を栽培し、使うエネルギーもなるべく減らす方法は何か。
万が一、社会システムの機能が低下しても最低限「生きられる」状態はどうやって作られるか、そんなことを考えると田舎での自給自足(100%でなくても)がひとつの解ではと考えているのである。

これについては、学術論文や経済ニュースを詳細に分析して、今の考えを導き出したものでは決してない。
パタゴニア地方の後退し続ける氷河をこの目で確認し、アラスカの広大なタイガの山火事で行く手を阻まれ、世界中で人々が携帯電話を手にしている姿を見て、僕らは考え、行動を起こしている。(拓)

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二週間の滞在でわかること

この二週間、移住の諸々の手続き、こちらでの仕事に関してと毎日バタバタと過ごしていた。
今回の拠点は飛騨市所有の田舎暮らし体験館。水まわり等はきれいに改築された古民家である。

田舎暮らし希望者を誘致している飛騨市において、移住前に実際に田舎暮らしを体験してもらおうという場である。市の田舎暮らし斡旋公社に登録すると利用可能となり、一回の滞在で二週間まで借りることが出来る。

布オムツで育てているわが子、最近めっきり年をとった犬を連れての二週間分の荷物で車のトランクは一杯になった。オムツ洗濯用の酢や重曹、オムツ用のバケツなど、犬のケージなどかさばるものも結構ある。
今回はこちらでの創業に向け金融機関などにも足を運ぶのでスーツや革靴も必要なので、一通り荷物が必要であった。

とはいえ、5ナンバーの車のトランクに必要なものが全て収まった(ワゴンタイプではあるが)。
滞在中、持ち込んだ荷物だけで特段不自由もなかった。

要は、人間それくらいの荷物でも生きていけることになるではないか。

回遊中はバックパックひとつでキッチン用具(キャンプ用)、寝具(テント・寝袋)、PC・カメラ等必要なものは全て持参し、それで1.5年を過ごした。
家に戻ると、衣類だけでなく腕時計も予備がいくつもあったりと、モノが溢れている。

帰国後、自分のもので買ったものは本当に限られている。買わざるを得ないスーツなどを除いて、自分が欲しいなーと思って買ったものは皆無に等しい(特に欲しいものがないといったほうがわかりやすいか)。

モノづくり大国にて、「モノはもうそんなにいらないじゃないのー」と言ったらお叱りを受けるんであろうか。でも、必要のないものに手を出さない目をさらに磨いていきたい。
そうすることが自分にとって自然と思えるし、今日明日の経済効果ではなく、次世代、その次の世代のために必要と思うから。(拓)

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なぜに移住か -1-

なぜに移住するのか? やはり多くの方々から聞かれる。
なぜに?  簡単に言うと、移住したいからなのである。

僕らは単細胞なので何事もシンプルに考える。
やりたいことをやってみる。ただそれだけ。
自分たちの生活で「欠かせないもの」をリストアップし、それを最大化できる方法を考える。
「欠かせないもの」を得るためには、当然、手放すものも出てくるが、よーく考えれば意外と答えが見つかることが多い。

なぜに移住したいか? もう少し噛み砕くといくつかの理由がある。
今日は、そのひとつめ。

僕らは二人とも都会が好きではないのである。
僕自身はもともと田舎の出身であるし、慈芳も生まれ・育ちは東京であるが、都会の喧騒が嫌いだ。
美ら地球回遊記に出る前も、毎週金曜日の夜か土曜日の早朝から日曜日の夜中まで、ほとんど長野や伊豆など、季節に合わせて楽しめる自然がある場に出向いてた。

その中で、心苦しく、ストレスにもなっていたのが、車でブンブン走り回り、おまけに渋滞に巻込まれればさらに、自分たちがエネルギーの浪費を行っていることであった。
「自然が好きでーす、地球に優しい生活がしたいでーす」なんて言いつつ、「ホンマか?」と自問自答することが多くあった。

季節に合わせた外アソビができ、いい温泉があり、満員電車もなければ、自分たちに不必要な便利さがないところ、シンプルにそんなところに住みたいと前から思っていて、美ら地球回遊の前半から、さらにその思いが強くなっていったのである。(拓)

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ブーランジェリー発見


田舎暮らしというと、都会の喧騒が恋しいとか、こじゃれた店がなくてつまらないとかいう人もいるかも知れない。が、私たちは全く気にならない。これも不便なところばっかり行っていた美ら地球回遊のたまものだろう。
ただ、ひとつだけ気になること、それは「食」である。(これも回遊のときと同じか・・・) 

もちろん、田舎は地産地消。野菜はもらえたりするし、買っても激安。田んぼだらけだから米にもこまらない。そして飛騨といえば牛もいる。魚は富山からやってくる。が、今回のミニ田舎暮らしで、すでに「ら~めん食べたい・・・」が始まってしまった。ちょっと南の飛騨高山は開けてるとはいえ、一風堂もじゃんがらもないもんなぁ~ 桂花通販かな~

そして、私は米も好きだけど、パンも大好き。おいしいパンないのかなぁ~と密かに心配していたのだが、高山に有名なブーランジェリーがあるらしいという情報を入手。早速チェックしに行ってみた。
うわさの店の名は、TRAIN BLEU" 窓の外から焼きたてのバケットやペストリーが見える。これは期待できそう! 店に入るといきなり「商品残り少なくなっておりますがご了承くださいませ」とのこと。よくよくみると、奥に並んでいるバケットやら食パンやらはみんな予約ものらしい。おいしそうなのに~ 仕方ないので、かろうじて残っていた桃のペストリーとパネトーネを購入。ちょっと高いけどおいしかった。これでパンの入手先は安心。今度は予約かな~(慈芳)

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